朝石西高等学校付近 1
朝石西高等学校。
昭和の初期に創立された公立高校だ。以前は女子校だったのだが、ひとむかしまえに共学校になった。
そのさいに制服がセーラー服から深緑のブレザーになった。
学校近くの生活道路に車を停め、告と多香乃は校門から出てくる生徒たちをながめた。
「やっぱりセーラーのほうがかわいいと思うけどなあ」
ハンドルに両腕をかけて告はつぶやいた。
「とくにコメントする気はないですが」
多香乃が言う。
昭和のオジサンかとか、変質者かとかいろいろな批判の言葉が脳内を渦巻いているんだろうなあと告は想像した。
「なにを聞いてくればいいんです」
多香乃が問う。
三十メートルほどさきの校門から、三人ほどの女子が歩いてくる。
「僕がいっしょに行ってもいいけど」
「どんな素性だと話すんですか」
多香乃が眉をよせる。
「生徒の父兄」
「……わたしが一人で行って生徒の姉だと言います。たぶんそのほうがあやしまれません」
「生徒の父兄二人ってあやしい?」
告は尋ねたが、多香乃は返事をせずにサイドウインドウの外を見ていた。
「アラビア語と関連してそうな生徒はいないってのは、大江さんがざっと調べてくれて分かってるから。アラビア文字が流行ってないかとか、おもしろがって使ってる子とかいないかとか」
「その大江さんですが……」
多香乃の表情が険しくなる。
「うん。それはあとで」
「アラビア文字っておもしろいですか? わけが分からない文字ですけど」
多香乃が言う。
「アラビア文字は、ああ見えてものすごく規則的なんだよ。五十音の対応表でもあれば、ちょっとした暗号がわりに使える」
「というかあれはアラビア文字で確定なんですか?」
多香乃が校門のほうを見て眉をよせる。
「じゃない? アラビア文字って前提で読んだら、わりとすんなり読めたから」
「お知り合いの刑事さんはなんて言ってます」
「 “え? アラビ……待ていま犯人追跡中……うわっ” って」
多香乃が複雑な表情をする。
「……おケガはしてませんか?」
「だれが?」
校門からセミロングの髪の女子生徒が一人で出てくる。
告はタブレットを取りだして、大江が隠し撮りしてくれた参考人の画像と見くらべた。
「あれが警察に事情聞かれた子の一人、瓜生 一葉ちゃん。ダイイングメッセージ的にも重要参考人なんだけど」
「え……」
多香乃がこちらを見る。
「……アラビア語として読むとあの子の名前なんですか?」
「ぶっちゃけ二人の子にあてはまるから困ってる」
「は?」
瓜生 一葉が学校まえの信号を渡る。
「あー、バス停に行っちゃう、行っちゃう。多香乃さん、バスに乗るまえにお姉さまとして話聞いてきてっ」
告は多香乃をせかした。
多香乃が車にもどってくる。
助手席のドアを開けてシートに座った。
「アラビア文字を使ってる子とか知らないって言われました。そもそも日本語のキーボードにありませんからとかポソポソと」
バタンとドアを閉める。
「様子まで伝えてくれてありがと。こっちから見ててもおどおどしてたね」
告は缶の日本茶を口にした。
多香乃を待つあいだ近くの自販機で買った。
以前自分で買ったときより値上がりしていた気がしたが、いくら値上がりしていたのかは知らない。
「いちおうアラビア文字コピペできるサイトとかあるんだけど。でもまあ、亡くなるまぎわにペンでサラサラ書いてたとなると、ふだんから手書きで書いてただろうね」
「手書きで……書くものなんですか? いまの子って」
「さあ。僕いまどきの女子高生やったことないから。ひとむかしまえの女子高生のコスプレならしたことあるけど。文化祭のセーラー服喫茶で」
多香乃が顔をしかめる。
「まあ、こっちはお仕事的にアラビア文字をふだんから使ってたって分かればそれでいいんだけどさ。その背景とか人間関係なんてのは警察のお仕事だからね」
告は缶の日本茶を口にした。
「飲む?」
多香乃にもう一本を渡す。
「なんですか、人間関係って」
「要するにあれを使って秘密の連絡をし合ってたとか、仲間内だけに通じる悪口のやり取りをしてたとか、じゃないかなって」
「ああ」
多香乃があまり興味なさそうに相づちを打つ。
「日本人の見よう見まねって分かったのは、文字の形の変化を間違えてたからなんだけど」
告は言った。
「アラビア文字って、文字が単独のときと単語のはじめについた場合と、中間についた場合、最後についた場合とそれぞれ形が変化するんだよ。どういう形に変化するかは文字ごとにきっちり決まってる」
「それを間違えてたんですか?」
「間違えてた。文字の変化の一覧ってのもさがせばあるのに、そこら辺がてきとうというかお遊びでやってる感があったというか」
告は日本茶を飲んだ。




