朝石キリスト教会 イングリッシュ工房付近 1
朝石キリスト教会経営の英会話教室、イングリッシュ工房の駐車場。
告は車を停めると、運転席に座ったままスマホを取りだしタップした。
「──あ、やそっち? いま話して大丈夫?」
通話に出た八十島刑事に問う。
通話がいったん切られる。
ややしてから “張りこみ中” とのメールが来た。
もういちど八十島のスマホにかける。
「おっけー。このまえ聞いたこと鑑識さんに確認してくれた?」
通話が切られ、“張りこみ中” とのメールがもういちど送られてくる。
告はふたたび八十島のスマホにかけた。
「今日は犯人確保は手伝わないよ?」
三たび通話を切られる。
「遊んでんのか」とのメールがあらためて来た。
まあ、その通り遊んでるんだが。
しかたがない。告はメールを打ちはじめた。
「被害者は、絶命するまでにけっこう間があった? もしくはいちど意識をとりもどした」
しばらくして返信がくる。
「検死じゃそこまでは分からんけど、即死でなかったのはたしからしい」
「そっか」
告はつい目を伏せた。
その死にいくあいだにダイイングメッセージを残すというのはどんな気持ちなのか。
「南無……」
ついそうつぶやく。
とくに敬虔な仏教徒というわけではないが。
「ありがとう やそっち。愛してるよ」
そうメールを送る。
しばらく待ったが、返信はなかった。
捨て身のボケにおもしろい返しをするくらいしてくれればいいのに思う。
友だち甲斐のない。
運転席のシートに身体をあずける。
助手席からタブレットをとりだして、スクロールした。
執事の大江に調べてもらった内容のメモを読む。
しばらくして、スマホの呼び出し音が鳴った。
八十島だ。
通話のアイコンをタップして耳にあてる。
「友だち甲斐のない人はいらないよ」
「おまえ、ちなみに犯人だれか分かってんの?」
八十島が問う。
「イタリア語で読むと関係者の名前になるって言ったじゃん。裏づけしてるとこ」
「だから確証どの程度って聞いてんの」
八十島がそう返す。
「十パーセントかける五、そこにかける二、そこから七割引いて四十を足して、五かける六を足した感じ?」
「ふつうに答えらんないの、おまえ」
イングリッシュ工房の玄関口から、多香乃が出てくるのが見えた。
「ちょっとまって。うちのドSメイドさんが」
「──辞表でも出したのか」
八十島が返す。
「それはとっくに出されてる。福利厚生に英会話教室つけて引き止めてるとこ」
「──いいからメッセージ解いたなら、答え言え」
イングリッシュ工房の門のまえに、軽自動車が停まる。
車から降りたのは、先日話しをしたフリーライターの楠木 湊だ。
門から出てきた多香乃に話しかける。
告は眉根をよせた。
楠木が軽自動車に乗らないかと多香乃に勧めているようだ。
よほどでなければ男性一人の車に女性が乗るとは思えないが、理由にもよるだろうか。
「重要参考人は、いまんとこ友人の田伐 清華、居川 希、交河 愛美、仕事仲間の二木 南人、刈部 一花──どいつだ?」
八十島が問う。
「ダイイングメッセージで書かれてるのは「楠木 湊」。──やそっちごめん、念のためイングリッシュ工房まえにお巡りさん回してくれる?」
告は早口でそう言うと、通話を切りスマホを助手席のシートに放り投げた。
急いで運転席から降りる。
車のトランクを開けて、ガンケースをとりだした。
「多香乃さん!」
楠木に乗車をすすめられ困惑していた多香乃がこちらを見る。
楠木はとつぜん多香乃の背後に回ると、多香乃の首を太い腕でグッととらえた。
「ちょっ……?!」
多香乃が声を上げる。
首筋に刃物をつきつけられて大きな目を見開いた。
先日、桜色の口紅について口にしたのはやりすぎたか。
告はガンケースを片手で持ったまま顔をしかめた。




