大海原家執務室 2
「サンドイッチで食中毒でも起こしましたか」
夕方。
教会の勤務を終えて大海原家に出勤した多香乃を執務室に呼ぶと、第一声でなぜかそうと聞いてきた。
「おいしかったよ。何で?」
「執務室に呼ばれるとは思わなかったので」
そういえば彼女が掃除以外で執務室に入ったのは、辞めたいと申し出たときくらいだろうか。
「当面、ここが探偵事務所も兼ねてるからさ。助手の多香乃さんはバシバシ入ってきていいんだけど」
「助手になった覚えはありません」
多香乃が眉をよせる。
「さっそくだか、これを見てくれたまえ」
告は被害者のリップパレットが表示されたタブレット画面を多香乃に向けた。
「だれの口まねですか?」
多香乃が目をすがめる。
「事件の被害者さんが殺害時にバッグに入れてたリップパレット。――でね」
告はそのうちのニヵ所を指さした。
「桜色が二つ入ってるんだよね」
多香乃が眉をよせる。
つかつかつかと執務机に近づくと、タブレットをじっと見た。
「弐生堂のことしの新色と、花欧の定番の色ですね」
そう答える。
中央よりやや右側にある桜色を指した。
「弐生堂のことしの新色は、桜とほうじ茶をイメージしたという渋めの桜色で」
「ああ、このまえ言ってたやつ」
告はそう応じた。
多香乃がこんどは右はしの桜色を指す。
「花欧のは定番の人気色の一つです。ベージュに寄った桜色。ヌーディカラーというか」
「へえ……」
告はタブレットを自身のほうに向けて見た。
おなじ桜色に見える。
被害者もこれを見分けていたんだろうか。恐ろしい。
「ちなみにダイイング・メッセージは、どっちの桜色で書かれてんの? それともどちらともちがう桜色?」
「弐生堂のほうです」
多香乃が即答する。
「早いね」
告はつい執務イスごとうしろに引いた。
「このあいだ見てますから」
「おっけ」
告はそう返した。
「んじゃー、つぎこれ」
告は、被害者の死顔がアップになった画像を表示させた。
あらたに八十島に送信してもらった画像だ。
さきにもらっていた画像は、うつ伏せだったため殺害時の口紅の色が分からなかった。
多香乃が眉をひそめる。
「ふつう見せますか。断りくらい入れてください」
「多香乃さん、平気そうだから」
告は答えた。
「死体がこわくては肉の切り分けはできませんので」
それでも見せられたこと自体が不快そうに多香乃が眉をよせる。
「市販のお肉は死後四日ほど経ったものですから。死後硬直が解けてから流通するんです」
「ちょっとまって。多香乃さん、僕の食欲落とそうとしてない?」
「人を食欲不振にしようと思ったら、もっとえげつないことを言います」
多香乃が真顔でタブレットを見つめる。
「で? この女性のお顔がなんなんです」
「その口紅って何色?」
告は問うた。
多香乃が眉をよせる。
「ワインレッドですが?」
「だよね。それは僕にも見分けられる」
「なんなんですか」
多香乃がコトンとタブレットを置いた。
「まず女のひと的に、リップパレットに桜色があるのにスティックのおなじ色もバックに入れておくもん?」
告は尋ねた。
多香乃が宙を見上げる。
「人にもよると思いますが……」
そう前置きする。
「バックがかさばるだけというか。よほど口紅が落ちるのに神経質になってる人くらいですかね」
「もう一つ。彼女が殺害されたのは夜。たぶん昼が桜色系、夜がワインレッド系と使い分けてたんじゃないかと思うけど」
「ええ」
多香乃がそう返事をする。
「ワインレッドの口紅をつけてお出かけするときに、パレットに桜色があるのにスティックの桜色まで入れておくもん?」
告はギッと執務イスに身体をあずけた。
「……なんでわたしに聞くんです」
「女の人の意見を聞いてみたかったの。僕は生まれてこのかた口紅を持ちあるいたことないから」
何を連想したのか、多香乃がきつく顔をしかめる。
「あ、つけたことはあるんだけどね。大学の学園祭で。やそっちにも貸してあげたんだけど」
多香乃がさらにきつく顔をしかめる。
「このスティックの口紅さあ、だれかが置いたんじゃないかな」
告はタブレット画面を見つめた。




