大海原家執務室 1
「ああ、やそっち? このまえのイタリア語かもしれないダイイング・メッセージの件だけど」
「──やそっち言うな」
秒でそう返ってくる。
大海原家執務室。
告は応接セットのソファに座り、多香乃が作り置きしていた昼食のサンドイッチを食べていた。
スマホでかけた先は、所轄の刑事課の八十島 漕太刑事。
刑事になってまだ一年と少しの友人だ。
「いま話しても大丈夫?」
「遅い朝食中」
告は執務机の上の置き時計を見た。
午後一時半。
「ランチの時間じゃん」
「──何」
八十島がズズ、と飲みものを飲みながら促す。
「まずはあのダイイング・メッセージは、たぶんイタリア語だと思う。はじめギリシャ語とラテン語とか迷ったけど。イタリア語と思ってみれば、かんたんに関係者の名前に行きあたる」
「──んで誰」
八十島が聞いてくる。
「そこは待って。最低限の裏づけはしたいじゃん。このまえのデミグラスソースみたいなこともあるし」
告は答えた。
「被害者が殺害されたときの持ちものって遺留品としてあるんでしょ。──それの資料ってよこせる?」
告はたまごサンドをムグムグと口にした。
「──さわるなら手袋持参」
八十島が言う。
それ以前に被害者に縁もゆかりもない他人にさわらせていいのだろうか。
「僕は直接さわんなくていい。手袋つけるの嫌いだし」
しばらくして告は軽く眉をよせた。
案の定、「持ち出しはできない」と八十島が答える。
「ならはじめから手袋とか言わないでくれる?」
告はドサッとソファに背中をあずけた。
「殺害されたの玄関だよね? 服装と向きからすると出かけようとしたとこっぽいけど、持ちものにリップパレットってあった? あと殺害されたのって何時ごろ? ──じゃあ見つけた時間」
八十島が質問の内容に答える。
「──見つかったの早朝か。第一発見者が仕事仲間の刈部 一花さん……」
「女性なんだ」と続けて、告は宙を見上げた。
「鈍器でなぐられてガッツーンって言ってたよね。その鈍器なに?」
「ちっと待って」と言って八十島が沈黙する。
資料を見ているのか。
「やそっち、“ちっと” なんてまえから言ってたっけ?」
「──刑事課のベテランの人の言い方がうつった」
八十島がそう答える。
「へえ」
告はそう返事をした。
言い方のクセって仕事場でもうつるもんなんだと思った。
あまり人と密になるような職場を経験したことがないので分からない。
「──リップパレットってどれだ?」
八十島が、まずそこから的な質問をしてくる。
「何か小さいパレットみたいなやつ。小さい筆ついてて。──ある? 開けなきゃ筆まで分かんない? はやく開けなよ」
何かガタガタとあわただしい音がする。
遺留品置き場に移動してるんだろうか。
「リップパレットって、とうぜんリップ入ったまま市販されてるらしいけど、こだわる人だとスティクのほうのリップをドライヤーで溶かしてパレットに加えたりするんだってさ」
「──へえー」
八十島が感心したような声を上げる。
「やってるとこ想像すると錬金術師か魔女みたいだな」
独特のたとえだなと告は思った。
ゲーム好きの八十島らしい。
「──それドSのメイドさん情報?」
「いや。辞めてもらってほかのお家を紹介したほうのメイドさん情報」
「──あそ」
つまらんこと聞いたというふうに八十島が返答する。
ガサガサとビニール袋と思われる音がする。
「パレット開いたとこ、画像送れない? ──まずいならすぐ削除するけど」
「──いや。身内とか重要参考人とかに見せてるからいいんでないかな。送った分にない?」
告はタブレットをスクロールした。
八十島から送信してもらった何枚かの事件現場の画像を見る。
「事件現場だけだよ」
「──ああ。ダイイングメッセージだけ解いてもらえばいいって感じでそれしか送らなかったんだっけ」
八十島が言う。
「僕もはじめはこれだけ解けばいいと思ってたんだけどねえ。やっぱり冤罪の原因とかなりたくないじゃん。裏づけしようとすると、資料がいるなって」
告はポットに入った紅茶をトポトポとそそいだ。
「予想外のとこ難しいね、探偵って」
そう言い紅茶を飲む。
「──しらんけど」
八十島がそう返す。
「でも、やそっちが警察官を無事にリタイアしたときに第二の人生として探偵事務所やれるようにがんばってキープしておくからさ」
「──いらんから」
八十島が返答した。
タブレットの着信音が鳴る。
リップパレットの画像が送られてきた。
「んー」
告は、タブレットを左右にかたむけて画像をいろいろな角度から見た。
「桜色っぽいのは……あるんだけどな」




