朝石キリスト教会 イングリッシュ工房 1
朝石キリスト教会経営の英会話教室「イングリッシュ工房」。
告は駐車場に車を停め、殺風景な玄関口に入った。
玄関まえのガラス戸の奥をのぞく。
多香乃が通りかかった。
「あ、多香乃さーん」
手を振る。
多香乃は顔をしかめてガラス戸を開けこちらに近づいた。
「いまでもちゃんと通ってたんだ。まじめ」
告は目を丸くした。
「まじめって……受講料を支払ってるのはそちらでは?」
「いちおうこちらに問い合わせて、多香乃さんがまだ受講してるかどうか聞いたら、欠かさず来てるというんでじゃあ喜んでもらってるんだな、継続と」
「……そちらがいつまでもお支払いしてて、もったいないのでしぶしぶ来ているんですが」
多香乃が眉をよせる。
「うちでもそろそろ英会話の先生、いい人いれば雇おうかって感じだったんだけどイタリア語とかのほうがいい?」
「……何でイタリア語なんですか」
多香乃が顔をしかめる。
「ここんとこイタリア語に縁があるから、気に入ったかなとか」
「どちらかというとお腹いっぱいです」
多香乃が答える。
「いっそ英語とイタリア語いっぺんにやるとか」
「スターゲイジーパイとアクアパッツァをいっしょに食べるのとはわけが違うんですよ? 頭がこんがってムリです」
多香乃が眉間にしわをよせる。
「イタリア語とスペイン語を組み合わせるほどにはこんがらがらないよ。たとえば “ペルファボーレ”と“ポルファボール” とか」
「こんがらがらせたいわけじゃありません」
告は玄関口のガラスドアの外を見た。
「というか立ち入ったことだと思うけど多香乃さん、教会の事務って産休の人の代わりの期間限定って聞いたんだけど」
多香乃が押し黙る。
「それこそうちにもどってくればいいじゃん」
「もどるつもりなら、もう少しあなたとの会話に気を使ってます」
多香乃が答える。
「まえは気を使ってたんだ」
「とうぜんでしょう」
多香乃が言う。
たしかに以前はこんなに口数の多いキツい性格だとは知らなかった。
助手として役に立ってくれそうな目の持ち主だというのと、メイドとしての察しのよさと、自分の身を自分で守れそうなところに目をつけて残した。
ここまで打てば響く退屈しない性格だとは。
からむたびにワクワクするので話し相手としても惜しいと告は思った。
「僕としてはさあ、講師の一人が殺人犯だったところで大事な従業員を働かせてるとかちょっと」
「それでなぜ受講料は払い続けてさらに関わらせるようなことをしてるんです」
多香乃がそう返す。
テーラードジャケットにスラックスのややラフな格好の男性が玄関口から入ってくる。
クセの強い髪質とはっきりとした顔立ち、大柄な体躯は格闘かラグビーの経験でもありそうだがどうなのか。
男性は、告と多香乃に目を止めた。
「ここ受講してる方?」
愛想のいい感じの微笑で話しかけてくる。
「受講してるのはこちらです。僕はスカウトに来ただけで」
告は多香乃を指した。
「スカウト」
男性が目を丸くする。
「探偵助手に」
告はスプリングコートのポケットに手を入れて、声を上げ笑った。
「……気にしないでください。ドラマで見たネタで冗談言うのが好きなんです、この人」
多香乃が眉間にしわをよせる。
男性が「ああ」と答えて苦笑いした。
持っていたカバンを開けて中をさぐると、名刺入れを取りだした。
「フリーライターっていうか。雑誌でエッセイとかコラムとか書いてるんですが、ここの英会話教室の記事を懇意の雑誌社が載せることになって」
男性が名刺を差しだす。
「フリーライター 楠木 湊」と表記されていた。
「フリーライターってこうやって取材とかするんですかあ。それこそドラマみたいな」
告は名刺を見た。
「やったりやらなかったりですよ。占いページ頼まれてたころなんか、何冊かの占い雑誌の十二星座占いをつぎはぎして書いてたりとか」
「えっ」
多香乃が声を上げる。
「ああいうの信じてたんですけど」
「多香乃さん、かわいい」
告はポソっとつぶやいた。
「 “占いって信じられるんですか?” って質問が読者からきてたから返答書いてくれって言われて、“それは本人しだいさ。運命は変えられるよ” なんて御大層に書いたりして」
楠木が「あははははは」と大声で笑いだす。
告もいっしょに声を上げて笑った。
「ちなみにその記事のペンネームは」
「 “カサンドラ楠木” 」
二人でさらに声を上げて笑う。
多香乃だけが無言で頭をかかえていた。




