大海原家食堂広間 2
「玉一とうふ茶屋の油揚げとカマイチ屋のネギのお味噌汁、味噌は特選霞ヶ城の白味噌。一尾たくあんのたくあん、さくらたまごのタマゴと、ハム工房一路の桜燻ベーコンのハムエッグ。木ノ国屋のトリュフ醤油、一茅舎の塩コショウ、壱池醸造の中濃ソース、お好きなものをかけてどうぞ」
午前八時、大海原家食堂広間。
メイドの制服を身につけた多香乃が、不機嫌な表情でカートに炊飯器と味噌汁のナベとおかずのトレーをのせて運んでくる。
食材のブランドやとりよせた店の名前を滔々と読み上げる口調が、落語の寿限無寿限無を思い出すなと告は思った。
「こちらは黒潮磯ノリ店の味海苔です」
多香乃が小さな皿にのせた味海苔を手で指し示す。
おもむろに多香乃が、味海苔を手にとった。
片手の手のひらにのせて、もう片方の手でいきおいよくパァンとたたく。
目を丸くする告にかまわず、袋の開いた海苔を真顔で皿にもどした。
「……失礼しました。開けるに手間どるかと思いまして」
「令和に入ってはじめて見た。この開けかたする人」
告は海苔の袋をまじまじと見つめた。
「では」
多香乃が一礼して食堂広間を退室しようとする。
「多香乃さん」
告は味噌汁に浮かぶネギを箸でつまみながら呼び止めた。
「なんですか。教会の出勤に間に合わないんですが」
多香乃が眉根をよせる。
さきほどの海苔パァンは、懸命の感情のおさえ方だったのかなと告は思った。
「こっちの業務一本にすればいいのに」
「……作り置きのお味噌汁のあたためかたが分からないくらいで、早朝からスマホにかけてくるのやめてください」
多香乃が声音を落とす。
「番号変わってなくて助かったよ」
告は味噌汁の油揚げを口にした。
「ここ数日はどうしていたんですか」
「冷製ミソ汁かなと思って」
「冷製パスタじゃないんですから」
多香乃が眉をよせる。
「家に人がいなければ、ご近所のかたに聞いたらよくないですか?」
「家を出て庭を通って外に出て、ご近所のかたを捕まえるまで早くてもおそらく五分から十分、多香乃さんに電話をかけると一分以内」
告は味噌汁を口にした。
「起きぬけでお腹がへってるところを五分から十分と一分以内なら、後者を選ぶでしょ」
多香乃がきつく眉をよせる。告を睨んだ。
「……その場合、わたしの移動時間はどう考慮してるんです」
「交通費だすよ?」
告は答えた。
「というか、出勤まえなんですが」
「食べたら送るから、いっしょに食べない?」
告はハムエッグに中濃ソースをかけた。
「けっこうです。食べてきました」
多香乃が答える。
「例のダイイングメッセージの事件、きのう懸賞金が振りこまれてた」
告は言った。
「多香乃さんにも特別ボーナス出すね」
「なにもしてませんが」
多香乃が答える。
「いいお土産くれたじゃん」
告は中濃ソースをかけたハムエッグを箸で切り分けた。
「サンドイッチのお弁当のことですか?」
多香乃が不可解そうな顔をする。
どういうことなのか説明してもいいが、こうしてイライラさせるのが何か楽しい。
彼女にはとうぶん不可解な顔をしていてもらおうと告は思った。
「教会の副業やめてこっちのメイド一本にしない? 大変でしょ」
「あちらが本業でこちらが副業です」
多香乃が眉間にしわをよせる。
「犯人、なんか前から被害者と女の人がらみで揉めてたんだってさ」
多香乃の表情が、少し複雑そうにくもる。
一、二度しか顔を合わせていないとはいえ、知っている人物だ。思うところがあるのか。
「空港で捕まえたって。イタリアに逃げられてたら大変だった」
「ネットのニュースで見ました」
多香乃が答える。
「教会までバスで行きますので。これで」
「あ、それで多香乃さん」
告は長テーブルに置いたスマホを手にした。
「知り合いの刑事さんが、また懸賞金の事件教えてくれてさ。資料見る?」
多香乃のほうにスマホの画面を向ける。
倒れた死体の画像。死体の手元には「✕◯、|」と書かれていた。
終




