あなたがそのつもりなら〜婚約者は駆け落ちしました〜
「アンジェ。愛している!」
「! ダニエル様! いけません、あなたにはイライザ様が」
「彼女との間に愛情なんてない。家の都合で婚約が結ばれているだけだ」
「それでも、私は婚約者がいる方とは……」
「アンジェ! 俺には君しかいない。この気持ちは、誰にもとめられない!」
ダニエルはアンジェを腕の中に抱き寄せた。彼女は涙を流しながら拒絶する。でも、その弱弱しい抵抗の言葉はダニエルの唇でふさがれた。そして、細い二の腕は、抱擁に応えるように彼の背中にまわされた。
あーあ、何を見ちゃってるんだろう。
私、二人の愛を邪魔する婚約者のイライザは、木の陰からのぞき見していた。
お茶会の途中で席を外したダニエルを追いかけたら、侍女とイチャイチャしている場面に出くわしたのだ。
私の婚約者の熱い口づけを受けているピンク髪の侍女アンジェは、男爵令嬢だ。
田舎の貧しい領地で育ったアンジェは、親戚の伝手を頼って、公爵家で侍女として働くことになった。そして、黒髪黒目の影のある美貌の令息と出会う。公爵家の嫡男で、気難しい性格のダニエルだ。最初は戸惑いながらも、持ち前の明るさと優しさで世話をし、彼の心を癒し、愛される。やがて、ダニエルから向けられる不器用な優しさに、恋が芽生えて、愛情が膨らんで気持ちが止められなくなる。婚約者がいるとは知りながら。
うん。なんで、こんなに詳しく知っているのかって?
だって、これ、そういう小説だったから。
転生したのは前世で読んだ小説の世界だった、って気が付いたのはついさっきのこと。そして、二人の様子から恋の第一章はすでに終わっているみたいだ。
私の役どころは、愛の障害となる婚約者の侯爵令嬢だ。
私とダニエルの婚約は、家同士の典型的な政略だ。
この世界の貴族令嬢の結婚相手は親が決める。自由恋愛なんて許されない。
私は、年齢や身分のつり合い、そして我が家に利益をもたらす相手ということで、公爵家の嫡男のダニエルと婚約した。ダニエルの家、ダンドリオン公爵家にとっても、跡継ぎの嫁として、私が適切だと選ばれたのだろう。こうして毎週公爵家に呼び出されて、公爵夫人から教育をうける程度には。
でも、小説の中では、この花嫁修業は結局無駄になるんだよね。
この後、ダニエルとアンジェの恋の障害がなくなって、二人は結ばれるんだから。
でも、まあ、あれはあくまでも小説だから、現実には無理だろうけど。
長々と続くラブシーンをのぞき見るのに飽きて、もう家に帰ろうかなと思っていると。
「だめ……。これ以上は、イライザ様が……」
ようやく、アンジェはダニエルの腕から逃れたようだ。
「こんなことしちゃだめよ。あなたには婚約者がいるのよ」
アンジェは泣きながら、ダニエルの腕を払いのける。
そうそう、アンジェはいい子ちゃんヒロインだからね。婚約者がいるヒーローを拒むんだよね。
悔しいけれど、ヒロインはかわいい。泣いている姿は、思わず抱き寄せたくなるぐらい可憐な美少女だ。私も前世では読者として、じれじれしながらヒロインを応援していた。早くくっつけ! 婚約者邪魔! なんて思ってた。
「イライザにも、他に相手がいるんだ!」
ダニエルはアンジェの腕をつかんで叫んだ。
「彼女は、庭師と愛し合っている!」
! !
ダニエルの言葉に、アンジェは目を丸くする。そして、私も。
「はぁ?」
あ、いけない。おもわず声が出ちゃった。
あわてて口を押さえるけれど、盛り上がっている恋人同士には聞こえなかったみたい。植え込みの陰にいる私の存在はバレていない。
「イライザ様が庭師と? どういうことですか?」
アンジェはダニエルに問いただした。
私も聞きたい!
どういうこと?
「侯爵家の若い庭師だ。ハーブティーを入れるためだと言って、イライザはいつも庭師にハーブを持って来させる。二人はとても親密だ」
「まさかイライザ様に、そんな方が?」
「ああ、彼女は……、そう、彼女にとっても、この婚約は義務でしかないのだろう。俺は、彼女が真に愛する相手の庭師と暮らせるように、手助けするつもりだ」
「! イライザ様の恋を応援するってことですか?!」
「そうだ。彼女は、貴族令嬢なのに、ハーブの菓子を作ったり、ハーブティーを入れたりするのを好んでいる。きっと、庭師と結婚して平民になりたいと思っているんだ。俺は、彼女の駆け落ちを応援したい」
「まあ! それなら、私もイライザ様のために力になります!」
アンジェはダニエルに抱き付いた。そして、二人はまた、熱々の口づけをかわしあう。
(はぁ?! はぁ?! はぁ?!)
口を押さえてなかったら、大声で叫ぶとこだった。
なにそれ!?
庭師と愛し合ってる?
駆け落ちして平民になりたがってる?
誰が?!
たしかに、原作ではそういう流れだった。
この小説は、ご都合主義の恋愛小説だ。ヒロインが結婚するために、障害となる婚約者は勝手に消えてくれるのだ。
イライザの父の侯爵は、庭師と駆け落ちして婚約を台無しにした娘の慰謝料を払うかわりに、アンジェを養女に迎える。
身分という障害もなくなり、ダニエルとアンジェは結婚してハッピーエンドという話だった。
でもっ。でもでも!
現実では、そんなの無理だから。
あれは、ただの小説。
そんなことできるわけない。
だって、わたし、絶対に平民になるつもりなんかない!
中世ヨーロッパみたいなこの世界で、平民として生きる?
無理無理、ありえない!
貴族だからなんとかやっていけるのに。
重たい井戸水を運んだり、冷たい水で洗濯や掃除をしたり、薪を割ってかまどで火をおこしたり。そんな重労働は絶対にしたくない!
一日中、汗水たらして働いて、唯一のご褒美が、固い黒パンと豆と草が入っただけの味のしないスープとか、ありえないでしょ。
ごわごわでチクチクする麻の服だって、絶対に着たくない!
そんな平民の生活なんていやよ。耐えられない!
愛がない政略結婚でも、貴族として、まともな暮らしができるなら我慢するわよ。
だいたいどこの貴族家でも、政略結婚して子供を産んでから、愛人を作るのが普通なんだから。
庭師と恋愛? 駆け落ち?
するわけない! っていうか、できるわけないじゃない?!
現実は小説とは違うんだから。
……だけど、彼はアンジェと結婚したいから、私を邪魔だと思ってるのね。
小説の真実がどうだったのかは分からない。でも、現実では私が庭師と駆け落ちすることは絶対にない。それなのに、こんなことを言うなんて。
もしかして、ダニエルは私を秘密裏に始末するつもりなんじゃない? 駆け落ちに見せかけて、私を殺して、代わりにアンジェを養女にさせるとか……?
うん、彼ならやるかも。
愛のない家庭で育ったダニエルは、心が病んでいるダーク系ヒーローだ。そしてアンジェに執着する。彼女を手に入れるために、邪魔な婚約者を殺すことぐらい簡単にやりそう。
でも、私は小説の中のイライザじゃない。
黙って消えてあげたりなんかしないから。
あなたがそういうつもりなら、私も。
前世で演劇部だった私の舞台を見せてあげよう。
「ダニエルさまぁ〜」
鼻にかかった甘ったるい声を出しながら、私は小走りで二人の前におどり出た。
「ダニエル様、ここにいらしたのね。私、1人で寂しかったわ」
突然響いた声に驚いて、二人は、ぱっと離れた。
くねくねして近づいていく私を、ダニエルは口をぽかんと開けて見て、後ずさる。
「イ、イライザ?」
「はいっ! ダニエル様の婚約者のイライザですわ!」
逃がすまじ、と手を伸ばして、私はダニエルの腕を絡めとる。
そして、ドレスのポケットから刺しゅう入りのハンカチを取り出した。
「大好きなダニエル様を想って、がんばって刺繍しましたの。受け取ってくださいね」
あ、これ、お母様が刺繍してくれた女物のハンカチだった。ま、いっか。
「私の髪と同じで真っ赤な薔薇を刺繍しましたの。これを見て、毎日私を思い出してくださいね」
無理やりダニエルの手の中に押しこんで、にっこり微笑む。
ついでにお母様譲りの大きな胸を、ダニエルの腕にぎゅっと押し付ける。
「あ、ああ?」
訳が分からないと言う顔で、ダニエルは私から逃れようとする。
まあ、今まで、義務的な付き合いしかしてこなかった婚約者が、突然豹変したら、驚くよね。
「こいつ誰だ?」って顔をしている。
でも、私は、もと女優よ。(高校の演劇部時代だけどね)
恋する女を演じるの。
「うふ。今まで、恥ずかしくって言えなかったんですけどぉ、私、ダニエル様みたいな素敵な方が婚約者で、本当にうれしいです。早く、結婚したいです」
「は? いや、え?」
気持ち悪いものを見たように、ダニエルは私の腕を振り払った。
そして、隣で青くなっているアンジェに気が付いた。
「アンジェ! 違う、これは違うんだ!」
「ダニエル様……ひどい」
アンジェは大きなピンク色の目に涙を浮かべている。
「イ、イライザ。そうだ、あの庭師は元気か? おまえがハーブを世話させている庭師だ」
ダニエルは私から離れて、アンジェの方に一歩近づいた。
「庭師? トムじいやのことですか?」
侯爵家の庭は高齢の庭師のトムに任せている。
「じいや? いや違う、この前いただろう。若い、女受けしそうな顔の庭師だ」
「ああ、トムじいやの跡継ぎのジョーのことですね。その庭師が何か?」
言いたいことは分かってるけど、わざととぼけて見せる。
「ずいぶん仲が良さそうだったからな。イライザは彼と親しいのか?」
「ええ、まあ、庭師は先祖代々我が家に仕えてもらってますから。この前、ジョーの夫と子供にも会いましたわ。ハーブ園の拡充のために働いてもらうことになったので」
「彼には子供もいるのか? ん? ……夫?」
「ええ、彼女の夫と子供ですわ。もう10歳になるのでハーブの世話もできますわ」
「彼女?! 女? いや、ズボンをはいていたではないか。彼は男だろう?」
「庭仕事をするのにロングワンピースは不便でしょう? 夫の服を着ているそうですわ」
そう、ダニエルが私を消すために、駆け落ち相手にしようとしている庭師は女性だ。若い優男に見えるけど、40歳過ぎのかっこいいスレンダーな女性。夫と息子あり。
「彼女たち一家は、私のハーブ事業のために必要ですので、公爵家に嫁ぐ時には連れてきますわ。よろしくお願いしますわね。未来の旦那様」
私は、にっこりとダニエルにほほ笑む。
「え、いや、その、庭師が女?」
アンジェににらまれて、あたふたしているダニエルにぴたりとくっついてみる。ものすごく嫌そうに距離を取られるけど、気にしない。私は婚約者を愛しているのよってアピールを、ヒロインちゃんに向けてしないとね。
「あ、あの、イライザ様は、ダニエル様を、その、愛してるんですか?」
うわ、それ聞く?
ただの侍女でしかない男爵令嬢のアンジェが、侯爵令嬢に向って言うには無礼すぎないかしら?
でも、私は、優しい婚約者を演じて、幸せそうな笑みを見せる。
「もちろん。愛していますわ」
貴族としての生活をね、と心の中で付け加える。
「し、失礼します!」
涙をこぼしながらアンジェは走って行った。
「待ってくれ! アンジェ!」
すぐその後をダニエルが追いかける。
……。
あーあ。どうしようかな。これから。
とりあえず帰ろう。
今後の計画をちゃんと考えなきゃ。
これで、庭師と駆け落ちとかいう、訳の分からない事情で消される可能性は消えたよね。
小説の中では、侯爵家には借金があって、公爵家の援助が必要だった。だから、いなくなった娘の代わりにアンジェを養女として嫁がせるなんて横暴が認められたけど。
現実世界では、我が侯爵家に借金なんてない。
私が前世の記憶を思い出してから始めたハーブ事業で、めちゃくちゃ稼いでいるからね。
道端に生えている雑草でしかなかったハーブを、トムじいやに頼んで育てさせたのは、前世で使っていたハーブ化粧水を作るためだった。
この世界のハーブは育てるのは難しかったけど、効能は前世の10倍くらいある。ハーブ水で肌が若返り、ハーブティーは美容だけでなく、病気にも効果があった。ジョーの夫の料理人に作らせたハーブ飴やハーブクッキーも魔法のように効能がある。
公爵家に行くたびに、夫人にはハーブ治療薬とハーブ化粧水を、使用人にはハーブ飴やハーブハンドクリームを渡しているから、私はここでは人気者だ。
このまま、ダニエルと結婚して、公爵家に嫁いだとしても、……うん、多分、大丈夫だよね。
公爵夫人には気に入られているし、ハーブの賄賂のおかげで、執事や侍女長も好意的だし。公爵は、公爵夫人の決めることに基本的に逆らわない。
アンジェしか愛せないダニエルには「白い結婚だ!」とか言われて、浮気されるかもしれないけど。
まあ、いいか。私にはハーブ事業という仕事があるからね。今世も、恋より仕事よね。
っていうか、アンジェが小説通りの正義感の強いヒロインだったら、ダニエルの愛人になったりとかはしないよね、きっと。どうなるんだろう?
公爵邸の広い庭園を遠回りしながら歩いていると、できたばかりの花壇が気になった。
この苗って。
「ちょっと、庭師さん。それをこの場所に植えるのは、あまり良くないわよ」
余計なことかもしれないけど、作業をしている庭師に注意してしまった。
私の声にパッと上げた顔は若かった。綺麗な青い瞳の少年。
キラキラした金色の髪。でも、着ているのは庭師の作業着。
「イライザ・ルビアン侯爵令嬢!」
おっと、フルネームで呼ばれてしまった。わたしの真っ赤な髪は他の貴族家にはないものね。しかも公爵令息の婚約者の私は、この館では有名人。
大きな青い瞳がまっすぐに私を見ている。
ちょ、ちょっと、彼、庭師にしては美形すぎない?!
「あ、あのね、そのベルガモットは日当たりを好むけど、夏は直射日光にあたると乾燥しすぎるの。だから、午後からは日陰になるように、そっちの木の陰になる場所に植えるといいわよ。それと、ベルガモットは紅茶の香りづけにいいのよ。ストレスを緩和させて、リラックス効果があって、安眠もサポートしてくれるの。あと、免疫力も高めてくれて、抗菌作用もあるし」
どきどきして、思わず、早口でまくし立ててしまう。
ああ、もう、どうしよう。
金髪碧眼の美少年が、私をキラキラした目で見つめてくる。
「はい! 僕もこのハーブが大好きです。仕事で忙しい父と母のために育てているんです!」
「あ、そう、そうなの。親孝行なのね」
ちょ、ちょっと、どうしよう。
ああ、もう。逃げちゃえ。
私はくるりと踵を返して、小走りに庭園を抜け出した。
美少年庭師が後ろでなにか言ってたけど、聞きたくない。
だって、
どうしよう?!
駆け落ちしても構わないくらい、推せる顔の庭師に出会っちゃったじゃない!!
いやよ。私は、絶対、平民にはならないんだからっ!
※※※※※
黒髪黒目の影のある美貌のダニエルよりも、私の好みは金髪碧眼美少年。あの私を見つめる素直なキラキラしたまっすぐな瞳。
例えるなら、警戒心むき出しの人間不信の黒猫よりも、ご主人様大好きって甘えてくる愛玩犬が好き!
私は断然、犬派なのだ!
だから、今まで、「俺は愛されずに育った。不幸だ。世界を恨んでやるぜ」みたいなヒーローのダニエルに全く興味を持たなかった。はっきり言って、どうでもよかった。
でも、ああ! 推しのアニメキャラみたいな子だったなあ。
あれから何日も経つのに、なぜか思い出してしまう。
これ、もしかして、不味くない?
庭師と駆け落ち……。小説の強制力とか。
まさかよね。
怖くて、ずっと公爵家には行けていない。
毎週恒例の公爵夫人の花嫁教育も、体調不良だって言って休んでいる。
でも、今日、ついに呼び出しがかかってしまった。
私の仮病がバレてる? やり手の公爵夫人はきっと、うちの侯爵家に密偵とか仕込んでるんだ。
仕方ないので、迎えの馬車で連行されて、公爵夫人の部屋へ向かった。
「え! 駆け落ちですか?!」
思わず、紅茶をふきだしそうになった。
いけない、公爵夫人の前だ。
私はハンカチで口元を拭う。
「そうなのよ。ダニエルが、侍女のアンジェと駆け落ちしてしまったの」
公爵夫人は、悲しそうな顔をして頬に手を当てた。
「二人は恋仲だったみたいね。本当に、ごめんなさいね。イライザさん」
ダニエルが駆け落ち?! そんなことある? だって、いつも自分が次の公爵だって言ってたのに。あのプライドの高い男が平民になれるの? って、アンジェの愛のため? アンジェも公爵家を敵に回してまで、ダニエルとの愛を貫いたの? どういうこと???
頭がパニックになる。
「私も、あの子がそこまで恋に溺れるとは思わなかったわ」
いや、たしかにヒーローは執着ヤンデレ系だったけど、いやいや。
そんなことよりも、と考えてさっと顔から血が引く。
私、私はどうなるの?
公爵家との婚約がなくなったら、私は傷物扱いになっちゃう? この世界は男尊女卑で、婚約解消した貴族令嬢には厳しい。
ランクを落として子爵や男爵の家に嫁に行く? 持参金をはずめばいけるかな? それとも、60過ぎの貴族男性の後妻になる? それはちょっと嫌だ。
ああ、やだやだ。どうしよう。
「私は、イライザさんのことをとても気に入ってるのよ」
公爵夫人は、不安で吐きそうになっている私の手を握った。
「だから、これでご縁が切れるのは嫌だわ。ぜひ、私の息子と結婚してほしいの」
へ? 私の息子?
ああ、そうだった。
ダニエルには、生まれつき体の弱い弟がいる。子供の時からずっと領地で静養してるって言ってた。会ったこともないけれど。
「イライザさんのハーブ治療薬のおかげでね。すっかり健康になって、領地から出てこれたのよ。紹介するわね。こっちにいらっしゃい、ヒース!」
公爵夫人がはずんだ声で呼びかけると、衝立の向こうから金髪の少年がやってきた。
! 金髪碧眼の庭師! ではなくて、今日は豪華な礼服を着ている。
「また会えましたね。ヒース・ダンドリオンです。あなたのハーブのおかげで僕は命を救われました。先日、お会いして以来、あなたのことが頭から離れません。一目ぼれです。どうか、僕と結婚してください」
片膝をついた美少年は、宝石のような青い瞳で、私を見上げながら求婚した。
「まあ! すてき。二人はとてもお似合いよ。前から、イライザさんにはダニエルよりも、私の息子のヒースの方が合うって思ってたの。イライザさんより2つ年下だけど、いいわよね」
「僕はまだ未熟だけど、必ずあなたを幸せにします」
私の手を取って口づける金色の子犬のような相手に、もちろんうなずくしかない。
「うふふ。私のお気に入りの子が息子の嫁に来てくれるなんて、本当にうれしいわ」
公爵夫人は幸せそうに私達を見て微笑む。
その輝く笑顔からは、もう一人の息子のダニエルの安否を心配する様子は全く見られない。
ああ、ダニエルの実の母は、彼が幼い時に亡くなったから……。
母親はいなくなり、父親の愛情は、後妻と腹違いの弟にだけ向けられる。公爵家の使用人は全員、新しい公爵夫人の味方。
厳しい後継者教育を受けながら孤独に育ったダニエルには、アンジェだけだった。
だから、駆け落ちしたの?
……いや、違う。
「うふふ、本当に良かったわ。絶対、ヒースはイライザさんを好きになるって思ってたの」
「はい、こんなにきれいで賢い人が僕と結婚してくれるなんて。うれしいな」
にこやかに話している金髪の親子を見て、まさかと思う。
ダニエルは貴族主義だ。平民を見下す権力大好きな腹黒ヒーローが、駆け落ちなんてする?
「イライザさんには悪いけれど、ダニエルも真実の愛の相手と幸せになってほしいって思ってるのよ」
「兄さんがごめんなさい。でも、僕が兄さんの分まであなたを幸せにします!」
「だから、ごめんなさいね、イライザさん。ダニエルのことはもう忘れて、探さないでちょうだいね」
うふふ。と楽しそうに笑う公爵夫人。
私の返答はこれしかない。
「ダニエル様はきっと、アンジェさんと二人で幸せにしてますね。ヒース様、不束者ですがどうかよろしくお願いします」
「こちらこそ!」
うっ。
にっこりと宝石のきらめきのように笑ったヒース様に、私の胸はキュンとなる。めちゃくちゃかっこいい。
「おめでとうございます」
「お似合いです」
公爵邸の使用人たちの祝いの声が響く。
きっと、ダニエルは公爵夫人に……。
使用人たちもきっと……。
いやいや、そんなことは考えない。考えない。
思考を停止する。
私好みの年下の美少年の婚約者もできたしね。
姑は、かなり手ごわそうだけど。
とりあえず、これって、みんなでハッピーエンドだよね。
もしかして、小説の中のヒロインもこんな気持ちだったのかなって、ちらっと思ったけど……。二人は隣国で幸せに暮らしてるってことにしておこう。
うん、これで、きっと、
ハッピーエンド!