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1話

子供のころから、「ヨウ君は責任感が強い子だ」とよく周りの大人から言われてきた。実際、曲がったことは許せないし、与えられた仕事はきっちり片づけるよう心掛けている。そんな俺は二年前、村の安全を守るため猟友会へ入会した。


そうして今、俺が所属する猟友会の青年部4人は森の奥深く、薄暗い洞穴の中で息を殺して身を隠していた。俺はこの状況から何とか脱出すべくこの状況に至るまでの経緯を思い返してみることにした。


****************


「今日、村の北の森で大きな獣を見たという通報があった。外から人が来る前になるべく早めに駆除したい。しかし私たちはここ数日別の駆除の予定で埋まっていてな…。そこでだ、君たち青年部の4人で駆除してきてほしい」


八月中旬。夏季休暇も迫り、村から都会に出ていった同級生たちが帰省するといった話が最近グループチャットで盛んにおこなわれている。


そんな最中、猟友会の青年部に所属する俺、オウガ、ヒビキ、ハルは突如猟友会会長の森崎さんに呼び出され、突然こう打ち明けられたのだった。


「駆除しに行くのは構いませんが、僕たち4人で大丈夫なのでしょうか」


青年部4人という部分に少し不安を覚えた俺は、そう森崎さんに尋ねた。


「君たちなら大丈夫だろう。ただし、危ないと思ったらすぐに撤退するように。駆除とは言ったが無理にとは言わない。あくまで偵察、できれば駆除といった感じだな」


「森崎さんもこう言っているじゃないか、ヨウ。俺たちだけで駆除できれば村の安全もさらに増すってもんだ」


森崎さんが答えた後ヒビキもそう続けた。森崎さんは猟友会の最古参で、獣に対する知識や窮地に立たされた時の判断力がずば抜けており、入りたての頃はよく森崎さんに助けてもらった。そんな森崎さんがこう言うのなら問題ないだろう。


「ならやってみるか…オウガとハルはどうだ?」


と尋ねると二人はうなずき、肯定の意を表した。


「森崎さん。その駆除僕たちにやらせてください」


「ああ、よろしく頼む。そうだ、駆除に行く予定の日だけ決めておいてほしい。悪いがここで決めていってくれないか?」


「早めに駆除するなら明日行くのはどうだ?じゃないとお盆で帰省してくる人が多くなるだろ?」


「確かにそうかもな。もう数日したら帰ってくるって人もいるだろうし俺は賛成だ」


オウガの意見が的を射ており、俺は即座にその意見に同意した。


「僕も賛成かな。夏季休暇は少し予定があるんだ」


「俺も予定があるから早めがいいな」


ハル、ヒビキからも異論は出なかった。


「じゃあ明日4人で駆除頼んだぞ。もう一度言うが絶対に無理はするなよ」


そうして俺たちは初めて4人で駆除へ行くことになった。


翌日の朝、俺たちは北の森へ集まった。


「よし、みんな揃ったな。それじゃあ出発しよう」


その言葉と共に俺たちは獣の駆除へと向かった。しかし、三十分以上探しても獣はおろか痕跡すらも見つからない。通報がデマだったのではないかと少しずつ思い始めていたその時、目の前にフェンスが立ちふさがった。フェンスの下側には人一人がようやく通れるくらいの穴が開いており、その穴からは獣が出入りした形跡が見られた。


「この向こうの獣がこっちまで出てきてしまっているのかもな」


「そうだとすればかなり厄介だな…」


俺とオウガが意見を交わしているとヒビキとハルも俺たちのほうへ近づいてきた。


「フェンスを修繕…だけじゃ間に合わなそうだな。壊れている範囲が大きすぎる…」


「ちょっとこの中に入って探してみない?もし見つけて駆除できれば少しでも脅威は減

 らせると思うし」


ヒビキの言う通り、フェンスはいたるところに穴が開いており一つ直したところで原因の解決には至らない。正直なところ、ハルの出した案はかなり悩ましい。フェンスを張ってまで立ち入り禁止にするということはそれ相応の理由があるのだと思うが、ここで引き返せば村の安全が守れないかもしれない。俺は数十分間悩み、結論をだした。


「よし、行ってみよう」


俺はフェンスに巻き付いていた鎖を地面に投げ捨て、フェンスの開き戸を開けた。長い間開けられていなかったからか扉は錆びついており、不協和音を奏でながら扉は開いた。


開いた扉の向こうには整備されていない原生林が広がり、獣の痕跡も当たるところに見受けられる。俺は一切のためらいを捨て、フェンスの向こうへと足を踏み出した。


俺たちの身にこの後起こる惨劇も知らずに。


************************


フェンスの先を歩くこと1時間。段々と日が登り、霧が出始めた。霧はかなり濃く、俺たちの視界を否応なく奪い、来た道がどこかも分からなくなりかけていた。


「だいぶ奥のほうまで来たな。霧も出始めてきた」


「本当に獣なんているのかな?」


「しっかり探しておかないと危ないだろ?だからもう少しだけ探してみようぜ」


歩き続け、沈黙が続いていた空気をオウガとハルが破った。みんな獣なんていないじゃないかと思い始めているのだろう。俺も半ばそう思い始めてきたが、俺たちが駆除できなかったことで何か被害が出るようなことはあってはならない。そう思って俺は捜索の続行を決断した。


先へ進むとかなり幅の広い川に差し掛かった。幅だけでなく水の流れも激しい上に、深さからか底は見えず獣は渡れそうだが自分たちの足では渡れそうもなかった。


「どうするヨウ?こんな川を泳いで渡る必要もないんじゃないか?」


「ここで変に泳いで渡っても意味ないしな。ここは引き返す…ん?あそこに獣道が

 見える」


獣道は獣の通り道で、獣道があればその近くには獣がいるとされる。獣道を見つけた俺は間違いなくこの近くに獣がいると確信し、そこへ一歩を踏み出した。


獣道を通り抜けるとその正面に石で作られた橋が架かっているのを見つけ、俺たちは難なく向こう岸へ渡ることが出来た。しかし何故こんな山奥に石橋がかかっているのかは謎だ。昔はこの辺りにも人が住んでいたのだろうか。


不思議に思いつつも自分たちに降ってわいた幸運だと割り切って、近くにいるはずの獣の捜索を続行した。


「おい、なんか聞こえないか?」


橋を渡って少し歩いた後、ヒビキが何かの気配に気づいて声を上げた。ヒビキが指をさすほうをよく見ると木陰に影が見えた。かなり大きい獣のようで、ここに来るまでの間獣が一匹も見当たらなかったのはこいつが大半を食べてしまっていたからなのかもしれない。


「かなりでかいな。こっそり近づいて仕留めるぞ」


俺は猟銃をしっかりと手に持ちゆっくりと音のするほうへ近づいた。鬱蒼とした木々の間から少しずつ標的の姿が現れていく。そして獲物の姿を目に入れた時俺たちは驚愕した。其れは獣ではなく化け物と呼ぶにふさわしい姿をしていた。狼のような体躯をしているがそれにしてはかなり大きく、筋肉が発達しているようだ。そして一番の衝撃は顔立ちや手足、毛皮の色が熊によく似ていたところだった。その熊に似た鋭い爪と毛皮は赤黒く染まり、どれほど凶暴なのかを形容していた。そして傍らには食い荒らされた獣の骸、そして人の白骨死体が転がっていた。


そんな惨状を目にした俺たちはあまりの惨さに固まってしまった。


──あれは俺たちだけで相手していいものじゃない…


俺は即座にそう悟った。幸いにもまだ相手は寝ている。俺は撤退を決断し、後ろを見て撤退の合図をしようとしたその時だった。其れはゆっくりと体を起こし、辺りを見渡した。顔からは涎が滝のように流れ、鼻をひくつかせて獲物の匂いの出処を探しているようだ。そして遂に、其れは獲物の居場所を探し当てたらしい。こちらの方を向き、そして顔を歪ませた。その顔はまるで嗤っている様に見えた。


背筋に悪寒が走り、本能が逃げろと叫ぶ。俺はその本能の叫び声に従うがまま、一目散に獣に背を向け走り出した。狩る側が狩られる側に変わった瞬間だった。俺が走り出すと3人も弾かれたように走り出した。


「ヨウ!どこに逃げるんだよ!」


「分からないけど走るしかねえだろ!」


「何だよあれ!獣じゃなくて化け物だ!」


「そんなこと言いながら走っている場合か、ハル!足を動かせ!止まったら死ぬぞ!」


死に物狂いで走るうちに岩陰に洞穴があることに気づき、俺たちはそこに駆け込んだ。暴れ狂う心臓の鼓動を必死に抑え、次に口を開いたのは三十分後だった。


「ひとまず…撒いたか…」


オウガが口を開いたのを皮切りに、俺たちは緊張の糸をほどき地面に身を投げ出した。


「あれ…いったい何者なんだ?」


「体は狼、爪や毛皮、体つきは熊…そんな生物は空想上の生物しか知らない。確かキメラだったか…」


「さっき俺たちを見て涎垂らしてたよね…まさか俺たち獲物にされたんじゃ…」


俺とヒビキはさっき見た以上について話し合い、ハルは一人悲観的な妄想をしている。


「とにかく、何をするにもここから一回撤退するべきだな」


「それじゃまず、位置を確認しよう」


そう言って俺はスマホをカバンの中から取り出した。が、もちろん山の奥深くのため電波など通っていない。ダメもとではあったが、やはり事実を突きつけられると心を絶望感が占めていく。続いてコンパスを確認するが、目の当たりにした現象に俺は固まった。


「ヨウ、どうした?何かあったのか?」


「コンパスが使えない…」


「はあ?」


すぐさま3人が俺の近くに集まり、手元を覗き込んだ。そんな俺の手の上には、北どころか決まった方向を刺さずただぐるぐると回るだけのコンパスが乗っていた。その光景を見て3人は驚愕した。無理もない。コンパスが使えないなどという状況は今まで生きてきて誰も遭遇したことがないだろう。


「訳が分からない…コンパスが壊れるなんてありえないだろ…」


「外も霧が引いていないしこの先どうすればいいのか…」


コンパスが壊れたという事実を目の当たりにしてオウガ、ヒビキも頭を悩ませてしまった。この先どうすればいいのかわからなくなった俺たちからは再び言葉が失われた。仮にあれが狼であった場合、嗅覚が優れているのは言うまでもない。その場合、ここにずっといるというのも危険になってくるだろう。俺は驚きすぎで疲れた脳を必死に動かし、この状況における最適解を導こうとした。そして俺は決断した。


「ここに来るまでに渡った川。それを探しに行こう。探して川の流れに沿って進めば帰れるはずだ。」


霧によって視界を奪われ、コンパスの不調で方向もわからなくなった。そんな中でできることは、記憶から帰り道を探すことくらいしか思いつかなかった。


「でも、外に出たらさっきの奴と遭遇する確率が高くなるじゃないか」


「ここにいても居場所がばれたら終わりだし、逃げ場がない。それならまだ走って巻ける可能性のある外のほうがましだと思わないか?」


俺はハルの異論を押し戻し、俺たちは洞穴の外へ出た。外はさっきまでと打って変わって静まり返っており、たまに風で揺れた木々がざわざわと音を立てるくらいだった。化け物の姿や気配は全く確認できなかった。


**************


「静かに、慎重に歩いて川を探そう。まだ俺たちを諦めたかどうかは分からないからな」


そう言って俺は先頭に立ち、少しでも異変を感じ取れるよう警戒を強め霧の中で目と耳を凝らした。静まり切った森の中では、自分たちの足音と小枝を踏み折ったパキッという音が響き、反響して帰ってくる音のみが耳に届いた。その音が、今も化け物が追ってきているかもしれないという最悪の予想と恐れをより一層引き立てた。


しばらく歩き、日は上ったはずなのだが一向に霧が晴れる様子はない。視界の回復を今か今かと待ちわびながら、その後も変わらず気を張り詰めながら川の捜索に徹した。そうして歩くうち、俺たちは木が生えていない開けた場所に出た。ここまで足を止めず、警戒も緩めなかった俺たちは思った以上に疲れを感じたため、一度そこで休憩をとることにした。


俺たちは腰を下ろして座り、つかの間の休息に徹した。この一瞬だけ、俺たちは警戒を解いた。だがその瞬間、突如として俺たちの前に化け物が姿を現した。全く警戒していなかった俺たちは、大慌てで立ち上がり背を向けて逃げ出した。しかし化け物は素早く、そして非情だった。一目散で逃げる俺たちを逃がすまいと走り出し、そして俺たちめがけて飛び掛かった。


呻き声とドサッという音が聞こえ、俺は後ろを振り向いた。後ろには2つの人影しか見えず、もう1人の影を必死に探した。


そして見つけたとき、その影は地面にうつ伏せで押し倒され、その上には狼の形をした影が見えた。


そして狼の影は人影の首に嚙みついた。その刹那、辺りには赤々とした飛沫が飛び散りバキバキと骨をかみ砕く音が静まり返った森に響いた。突如、突風が吹いて霧を吹き飛ばし、貪り食われている仲間の顔をあらわにした。食われていたのはヒビキだった。


化け物は一心不乱にヒビキを貪り食っている。俺は猟銃に手を伸ばした。今なら動かない的に玉を当てるだけ。たったそれだけでこの恐怖が終わる。そう思って引き金に指をかけるが、俺は指を動かすことが出来なかった。目の前の光景が恐ろしいことに加え、もし外してヒビキに銃が当たってしまったらと考えるとどうしても銃を打てなかった。


俺たちは食われるヒビキに背を向け、その場から走り去った。



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