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伯爵令嬢は身代わりに婚約者を奪われた、はずでした  作者: 佐崎咲
第三章 リークハルト侯爵家の秘密
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第13話 ありのままのあなた

 苦しそうなグレイの独白を聞いたフリージアは、なるほど、というようにうなずいた。


「それを気にしていらしたのですね。わかりました。それなら、私が甲冑を着れば問題がないのでは?」

「……え? え?」


 あまりにあっさりと提案が返り、グレイは面食らったように目を丸くした。


「稚拙すぎましたか? でも何が問題かがわかりましたので、これからはどうしたらよいのか、一緒に考えさせてほしいのです」

「どうしたら、って……」

「私、ずっと女としての魅力がないせいでグレイ様に距離を置かれているのだと思っていたのです。でもそれを直接おうかがいするのはどうなのかと悩み、どうしたらよいのかわからずにいたのです」


 グレイは驚き目を見開くと、猛然とまくしたてた。


「それは違う、真逆だよ! 僕はフリージアが好きすぎるんだ。だけど、ずっと会えなかったし、体も本調子じゃないだろうってずっと我慢していたから、僕の抑えがきかなくなりそうで。だって僕は傍で暮らすほどにフリージアをどんどん好きになっていくし、そんなんじゃあ竜の姿に変わる以前に危ないし、理性ってどうやって保つんだっけって最近ますますわかんなくなってきたし、これじゃやっぱり眠ったらコントロールを失ってしまうかもしれない。だけどやっとそこまで近づけたならフリージアの寝顔を見ながら微睡みたいって思ってしまうし、それなのに寝るときだけ一人で違う部屋に行くとかそんなの離れられるわけないし耐え難いし、……って、あああ、僕は何を! ごめん、もっとうまく言いたいのに、なんだか今日は慌てすぎて思ったままに口に出てしまう」


 フリージアは狡い。

 ごめんなさい、と心で懺悔しながらも、グレイの正直な気持ちが聞けて嬉しいと思ってしまう。

 拒まれてはいなかった。

 そのことに何よりもほっとしてしまった。


「よかった」


 安堵のあまり、心からそう呟いて笑ったフリージアに、グレイがぽかんと目を丸くする。


「それなら工夫をすればよいだけです」

「……で、甲冑?」

「はい」

「いや、それは寝苦しいよ」

「では、安全なお腹にくっつくようにして眠ります。そうすれば牙は当たりませんよね?」


 いい思い付きだと思った。

 しかしグレイの顔がみるみる赤くなっていくのを見て、自分は今とんでもないことを言ってしまったのでは、と悟った。

 先程からフリージアは、夜の間も一緒にいたいと言っているのと同じことなのだ。

 しかし撤回する気はない。

 それが紛れもないフリージアの本心だったから。


「あの、リッカのこともちょうどグレイ様に相談しようと思っていたところなのです。木のカップを作りませんか、と。それならリッカが持っても割れませんので」

「それはいいかもしれない。ぜひ作ってみよう。……だけどやっぱり工夫って言っても、僕とリッカは違う。僕は竜なんだよ?」

「はい。私も違います。こんな私の力は罪ですか?」

「そんなことはない!」

「ありがとうございます」


 ふわりと笑んだフリージアに、グレイははっとしたように口をつぐむ。


「私、家に閉じ込められている間、ずっと考えていたのです。私の力は罪なのかと。けれど力だって活かすことができるはず。その道を考えたいと思うのにわからないことばかりで、お義兄様にも否定され萎れかけていきました。そんな私に、私の力は罪ではないと教えてくれたのはグレイ様です」

「だけど……」

「リッカはとても力が強いので鏡台を持ち上げてくれて、おかげで下に落としてしまった指輪を拾えました。グレイ様は翼があるのでこのお屋敷が火事になった時に何人か乗せて逃げられるかもしれません。それと、私、子供のころから空を飛んでみたいなと思っていたのです。乗せてくださいますか……?」

「フリージア……」


 グレイはなんと答えたらいいのかわからないようで、目に迷いと不安が見えた。

 フリージアは思いが伝わるようにと、その目をじっと見つめた。


「どんな力も道具も使い方次第なはずです。グレイ様も、リッカも私もみんなも、それぞれに違いがあって、それぞれに持つものがあるのですから、助け合ったら私たちはとても楽しく過ごすことができると思うのです。ですから、意図せず傷つけてしまわぬよう道具を作りましょう。工夫して、みんなが過ごしやすくなるように。誰もが本来の姿のままいられるように」


 伝わっただろうか。

 フリージアは真っすぐにグレイを見つめ、その瞳に映るものを探ろうとした。

 グレイはフリージアと見つめ合ったまま、眉を寄せ、苦しそうに口を閉ざしている。

 やはり、これがあれば大丈夫と思えるものがなければ安心できないのかもしれない。


「グレイ様は、今日は竜の姿に変わってしまいそうだ、というようなことがなんとなくわかるのですか?」

「え? あ……、うん、そうだね。母の事を思い出したり、自分の存在を疎ましく感じてしまったり……そういう時になんとなく、あ、今夜は来るかも、ってわかるよ」

「では、その時の対策を考えればよいのですね」


 本当は、そんな気持ちにならないようフリージアがグレイを支えると言いたかった。

 けれどまだ結婚して一か月も経っていないのに、軽々しく言っていいことではない。それはこれから少しずつ築いていき、そう信じてもらえるようにするものだから。

 顎に手を当て、ううん、と考え始めたフリージアに、グレイは恐る恐るというようにぽつりと口を開いた。


「こんな僕でも……いいの?」

「はい。私は竜の姿のグレイ様も、今のグレイ様も、どちらも好きです。どちらも、グレイ様ですから」


 迷いなく答えると、グレイは詰まったように言葉を止めた。


「竜の姿のグレイ様もかっこよかったです。それと、お腹はとてもやわらかくて気持ちよかったです」


 言いながら、思わず頬が赤くなってしまうフリージアに、グレイが少しだけ頬を緩めたのがわかる。


「ありがとう――。また僕は大事なことを黙っていたくせに、嬉しいと思ってしまった。こんな僕でごめん」

「いいえ。心に傷を負っていたのに、それでも話してくださったことが嬉しいです」


 フリージアは先程のようにグレイの傍へと歩み寄った。

 グレイもまた、思わずといったように一歩下がる。

 壁にグレイの背中があたり、それ以上下がれなくなると、フリージアは先程竜の姿にそうしたようにグレイにそっと抱きついた。


「竜の姿でも、人の姿でも、グレイ様にくっつくとあたたかいです」


 こんなにグレイを傍に感じるのは初めてだった。

 フリージアがぎゅっと抱きついているせいか、力をなくしたグレイの声が小さく反論を試みる。


「でも、やっぱり僕は怖い。フリージアを傷つけてしまうのが。爪だってあるし」

「ではグレイ様の爪と牙を保護するものを作ってもらうのはどうでしょうか。なるべくグレイ様が苦しくないようなものを」

「そんなこと……できるのかな」

「できなかったらまた考えます」


 フリージアには珍しく強くきっぱりと言って、それから「だって」とむくれたように続けた。


「このまま別の部屋で眠る日々が続くのは寂しいです」


 グレイが手の甲で口元を隠すようにして、よろけるように一歩後ずさる。だがそこはもう壁だ。逃げられない。それにフリージアも離すつもりはない。


「いや……もう、ちょっと待って、少し、離れてくれないか。このままじゃ――」

「私は、グレイ様の温度を知れて嬉しいです」


 グレイは天を仰ぐようにして、目元を手で覆った。


「ねえ、フリージア。僕はその言葉を真に受けてしまっていいのかな」

「はい。私は今、グレイ様を誘惑しております」


 花のせいでもなんでもいい。

 花はフリージアの背を押してくれただけ。

 全て本心で、フリージアが伝えたかったことだ。


 グレイの体温が心地いい。ずっとこうしていたい。

 もっと近くに触れたい。

 もっとグレイを知りたい。

 フリージアがこんなにもグレイを好きなのだと知って欲しい。


「嘘みたいだ。こんなに幸せなことってあるのかな」


 深いため息が耳元を通り過ぎていく。

 背に回された腕は小さく震えていて。

 雪が解けてしまうのを恐れるようにそっと触れるその手のぬくもりに、フリージアは目を閉じた。


「嘘じゃありませんし、今日はもうグレイ様を離しません」


 今離れたら、またグレイが一人で悩んでしまいそうな気がしたから。

 どれだけフリージアがグレイを好きで大切だと思っているのか、今日はとことんまで伝えるつもりだった。

 でも、だって、と否定の言葉が返ってこなくなるまで。

 体だけでなく、互いの心を守る方法が見つかるまで。

 グレイがフリージアをそばにおいてもいいと思えるようになるまで。

 そんな思いが強すぎて、あまりに大胆過ぎてしまったかもしれない。

 不安になったフリージアの肩に、グレイが顔を埋めた。


「ねえ、フリージア。僕、こんなに幸せでいいのかな。最近毎日幸せだって思うけど、今日以上の幸せがあるなんてもう思えない」

「結婚式の日に、私もそう思いました。けれど、私はあの日よりも今はもっと幸せです。毎日、幸せが増えていきます」


 肩にじわりと温かいものが広がっていく。

 フリージアはグレイの頭を抱き込むようにそっと手を触れる。

 グレイがふふっと笑った吐息は涙に濡れていた。


「それなら、嬉しい――。フリージアが、僕といて幸せを感じてくれるなら」

「はい。こうしてグレイ様にくっついていられる今が、一番幸せです」


 そう告げれば、グレイは「だめだ……」と呟いて顔を覆うと、力を失ったように壁にもたれ、ずるずるとしゃがみこんでしまった。


「フリージア……。僕はどこまでもわがままになってしまいそうだよ」


 同じようにしてしゃがみ、フリージアは指の間から覗くグレイの瞳を覗き込んだ。


「グレイ様はいつも人のことばかりですから。わがままでもなんでも言うべきです」

「……今、そんなことを言われると困る」

「どうぞ。私には何でも言ってください。そのほうが私は嬉しいです」

「ずっと、傷つけてしまうのが怖かったんだ」

「私だってグレイ様を傷つけてしまうことがあるかもしれません。でも、一緒に乗り越えていきたいです。せっかく夫婦になれたのですから。やっとそばにいられるようになったのですから」


 そう答えればグレイの手がするりと落ちて、ゆっくりと、はにかむように笑みが広がった。


「うん……。正直を言えば、僕もフリージアがいるこの屋敷で、一人で眠るのはとても……寂しかった」

「はい。だからこれからは毎日一緒に寝てくださいね。竜でも、人の姿でも、どちらでも。お互いを傷つけないですむ形を一緒に探してください」

「……本当に? 本当に僕でいいの?」


 グレイの手が再びそっとフリージアの背に伸ばされ、けれど迷うようにさまよい、息をつめるように問いかけた。


「私はグレイ様がいいのです。だめですか?」

「だめじゃ、ないです……。嬉しくて、涙が止まりそうにないです――」


 くしゃりと笑って、フリージアの背中にグレイの優しい腕がそっと触れた。

 引き寄せられ、グレイの体にすっぽりと包まれると、体の底からじわりと幸福感が沸き上がる。

 それは、フリージアがこれまでに知らない温度だった。

 初めて知る気持ちだった。


 そうしてその日、二人は本当の夫婦となった。

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