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伯爵令嬢は身代わりに婚約者を奪われた、はずでした  作者: 佐崎咲
第一章 アシェント伯爵家の令嬢
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第3話 力の代償

「何故? 何故私を外に出してくれないのですか?」

「庭に出るのは構わないよ。ただし門から一歩も出てはいけないよ。どんな危険があるかもわからない、守り切れないかもしれないからね」

「どうして急にそんなことを?」

「フリージアに特別な力があるとわかれば、命を狙われるかもしれないだろう」

「そんな……! 私はただ、少し動物と仲良くなれるだけです。そんな、聖なる乙女だなんて」

「そうだな。三百年前に魔物との争いを終わらせた聖なる乙女と比べれば、その力は劣ることだろう。だが、人とは違う力は利用されやすい。この邸が一番安全なんだよ、フリージア」


 聖なる乙女の話なんて、ただの伝説だと思っていた。

 けれどカーティスはここ数日であらゆる文献を調べ、フリージアの力がそれと似たものであると確信を持ったらしい。


 三百年前、突然現れた聖なる乙女は、人間に争いを仕掛けていた魔物の長、竜王に一人近づいた。

 そこまで彼女が辿り着けたのは、人以外の生き物を操る力があったから。

 そうして竜王をも操ることに成功した聖なる乙女は、人間に手を出さぬよう命令を下させた。

 そのうちこの大陸に住む魔物は長への忠心をなくして他の大陸へと散らばり、残った魔物たちもやがて血が途絶え滅びたと言われている。


 フリージアにはそんな大層な力はない。言うことを聞いてくれるものばかりではない。

 そう主張したが、未熟ではあるものの確かにその力に通じるものがあるとカーティスは譲らなかった。


 カーティスはフリージアを心配してくれているのだ。

 そうは思えど、婚約者であるグレイにも会わせてくれないのはおかしい。

 そう訴えたフリージアを、カーティスは冷たい目で見下ろした。


「誰が敵で誰が味方かなんて、縁戚関係で決まるものではない。グレイだって、その父親である侯爵だって同じだ。だから彼らが信用できるとわかるまで、会ってはならない」

「信用できることがわかれば、会わせてもらえるのですね?」


 縋るように確かめたフリージアに、カーティスは冷たく目を細めた。


「ずいぶんとグレイを慕っているようだな。まだそれほど会ってもいないと思ったが」

「あ、いえ、その……」


 思わず顔が赤らんだ。

 カーティスの顔が険しく歪むのを、ぱっと顔を俯かせたフリージアは見ていなかった。

 ただ、冷たい声だけが頭上に降って来てその身を凍らせた。


「あんな小僧に、おまえは……! 余計に会わせるわけにはいかんな」

「何故ですか!?」

「心を惑わされている相手のことは判断が鈍るからだ。付け込まれやすくなる」

「そんな、グレイ様はそんなことしません!」

「そうして庇っているのが証拠だ。話はこれで終わりだ。大人しく大好きな本でも読んでいろ」


 最初はフリージアのためだと言ってくれていたのに。

 頑なだけれど、まだそこに優しさも思いやりも見えていたのに。

 この時から優しかった義兄が豹変した。


 おまえなんて呼ばれたことはなかった。

 大好きな読書を、揶揄するような言い方をされたことも、フリージアには大きなショックだった。


 何故カーティスがこんなに変わってしまったのか、フリージアにはわからなかった。

 家族であるカーティスの意見を蔑ろにしてグレイを大事にしていると思われるようなことを言ってしまったからだろうか。


 父に助けを求めたが「仕方がない。フリージアのためだ」と返されるだけだった。それどころか、どう接していいかわからないように距離を取られた。

 父はもうフリージアと目を合わせなかった。


 フリージアに変わった力があることを受け止められないのかもしれない。

 そう思い、しばらく待ってから勇気を出して声をかけたりもした。

 けれど向けられるのは戸惑うような瞳と同じ言葉だけ。

 やがて父は仕事で単身領地へと向かうことになり、会えるのは年に数回だけとなった。


 使用人たちは父不在の間は当主代理であるカーティスの言うことに逆らえない。

 仲良くしていたノーニーやクロイ、ケルンたちも姿を見なくなった。

 フリージアが邸に閉じ込められた最初の日、彼らが集まっていたせいだろう。


 猫のノーニーと野兎のケルンは二階にある部屋の下で、壁を登ろうとしていたところを執事に見つかって外に出された。

 鷹のクロイは大きな翼で滑空してきてフリージアの部屋に入ろうとしているところを庭師に見られ、フリージアが襲われているとちょっとした騒ぎになってしまった。

 危険だから来ないでと願ったものの、それから何度か訊ねてきてくれた。

 それなのに、気が付けば姿を見なくなった。

 どうやらカーティスの命令で追い回され、怖い目を見たようだった。

 それ以来この邸に生き物は入れないよう、厳重に網を張られるようになった。


 だからフリージアを訪れてくれるのは、小鳥のリーンだけ。

 目立たずに部屋の中に招き入れることもできるし、小鳥が窓に止まっているのは当たり前の光景だから見咎められることがなかったのだ。


 心の支えは、グレイとの婚約がまだ継続されていることだった。

 グレイの来訪もフリージアの体調が悪いと断られ、邸に送られる手紙もカーティスによって破り捨てられていると気が付いた。

 だから縋るような想いで小鳥のリーンに手紙を届けてほしいと頼んだ。

 侯爵家の邸の特徴と、グレイの容姿を必死に伝えると、リーンは半日ほどで戻った。

 脚には新たな手紙をつけて。

 全身から力が抜けるように安堵し、心の底から喜びが沸きあがったことを今でも覚えている。

 グレイを避けているわけではないのだと伝えることができる。

 それだけで、フリージアは救われた思いだった。

 手紙を届けてくれたリーンに心から感謝した。


 窓の外を眺め、グレイを思う。

 初めてフリージアがグレイに会ったのは、十三歳の時のことだった。

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