第2話 三百年前の再来
フリージアは幼い頃から人間以外の生き物に妙になつかれることがあった。
どんな生き物でも、というわけではない。
人間関係と同じように、あわないものもいる。
だからそれが特別なことだとは気づかずにいた。
身近にいる犬や猫は元から人に懐くことが多いから、特に目立ちはしなかったというのもある。
それがわかったのは、些細なきっかけだった。
義兄であるカーティスの部屋から何枚かの書類が風で飛んでしまい、手伝って探していたときのこと。
仲が良かった猫のノーニーがそのうちの一枚をくわえて持って来てくれたので、それをカーティスに渡した。
「ありがとう。だが、何故濡れている? ここも少々破れているが」
晴れているのに、どこかに水たまりでもあったか? と訊いたカーティスに、フリージアは何気なく答えた。
「猫のノーニーが探すのを手伝ってくれたのです。くわえて運んできてくれたから、噛み跡が濡れて破けて……あ、ほら、また一枚持って来てくれました! あなたは本当に賢い子ね」
しゃがんで紙を受け取ると、ノーニーは何かに気付いたようにカーティスに顔を向けた。
そしてびくりとしたように一目散に駆け去ってしまった。
どうしたのだろう、とフリージアが立ち上がると、そこにはカーティスの奇異なものを見る目があった。
視線の先はもちろんフリージアだ。
優しい義兄からそんな目を向けられたことのないフリージアは戸惑った。
「お義兄様?」
「フリージアはあの猫と仲がいいんだね」
慌てたように目を和ませたカーティスに、フリージアはほっとして頷いた。
「ええ。クロイやケルンは気まぐれなことが多いですけれど、ノーニーはよくこうして私を助けてくれるんです」
「よく……? まるで言うことを聞いてくれるみたいな話し方だね」
「そうですね。犬の方が聞いてくれる子は多いですけど」
またカーティスの目が怪訝に細められた。
「フリージア。本気で言っている?」
「え? どういうことですか……?」
何故カーティスが険しい顔をするのかがわからずに、フリージアが言葉を詰まらせたそのとき、バサバサと大型の鳥の羽音が頭上を行き過ぎた。
「あ。クロイです」
フリージアがクロイと呼んだ鷹はゆっくりと滑空し近くの木に止まると、枝を揺らすようにバサバサと翼をばたつかせた。
すると枝に引っかかっていたらしい紙がひらりと舞い落ちてきて、それを拾い上げたカーティスは信じられないようにフリージアを振り返った。
「これは、偶然? それとも私は夢を見ているのかな?」
「いえ、偶然ではありません。クロイもノーニーも、私のお願いを聞いて手伝ってくれたのです。お礼を言わなければ」
慌ててフリージアが「ありがとう!」とクロイに手を振ると、それを待っていたかのように鷹は空高く舞い上がっていった。
その光景をカーティスは愕然とした顔で見ていた。
けれど首を振り、思い直したようにその顔に笑みを戻した。
「そうだな。こういうこともあるかもしれないな」
その言葉にフリージアはほっとして、「そうです!」と力強く頷いた。
「ノーニーは庭師のケビンが大事にしている木で爪を研ぐのをやめてとお願いしたら聞いてくれましたし、ケルンも裏庭を荒らさなくなりました。みんないい子なんです」
笑みを張り付けたままそれを聞いたカーティスは、その日以来フリージアに本当の笑みを向けることはなくなった。
何日か優しく話を聞いたり、ノーニーやクロイを呼ばせてまるで実験のようなことをさせた後、フリージアにこう言った。
「フリージア。おまえは三百年前に現れた、聖なる乙女の再来だ」
その時カーティスがどんな顔をしていたのか、フリージアはよく覚えていない。
ただ、その時を境にカーティスとまともに話をすることはなくなってしまった。