第1話 消せない想い
久しぶりにグレイが来る。
それもフリージアを訊ねて。
それなのに、当の本人であるフリージアはその姿を一目見ることすら許されない。
今頃はもうフリージアとなったリディとグレイは対面しているはず。
どんな話をしているだろうか。
グレイはリディに微笑みかけているのだろうか。
あの優しく穏やかな笑みがリディに向けられることを考えると、腹の底から何かわからない衝動が突き上げて来る。
瞼を固くつむり、それをやり過ごしていると、外から小鳥の鳴き声が聞こえた。
リーンだ。
フリージアはリーンを中に招き入れようと窓辺に歩み寄り、ふとそこから見えた光景に棒立ちになった。
リディとグレイが、そこにいた。
フリージアの部屋の窓から見える中庭には簡単なテーブルセットが置かれている。
そこでお茶をしていたのだ。
「ごめんなさい、リーン。今は窓を開けられないの。音を立ててはいけないから――」
わかったのかわかっていないのか、リーンはきょときょとと小首を傾げながら、つんつんと窓辺を歩き回っている。
フリージアは早鐘のように鳴る胸をおさえた。
――二人はなぜそんなところでお茶を? 今日はティールームにお迎えしたはずでは
フリージアと会うときも、いつもティールームだった。それなのにどうして今日は外でお茶をしているのだろう。
リディが我儘を言ったのだろうか。
いや。一日目は様子を見たいだろうリディは下手なことをしないはずだ。
だとしたら、グレイが言い出したのだろうか。
理由はわからない。
ただ、会えないと思っていたグレイの姿を不意に目にしてしまって、フリージアの心は乱れに乱れていた。
フリージアは棒立ちになったまま、ただ窓から仲睦まじく会話を交わす二人を見つめていた。
リディの顔はここからではよく見えない。
けれど、控えめに笑いながら、何か楽しげに話していることはわかった。
グレイは笑みを浮かべながら、それを聞いている。
それを見ていたら、たまらなくなってしまった。
込み上げる衝動を呑み込もうとするように、フリージアは口を手で覆った。
カーティスから聞いたリディの話や、カーティスの何を言っても聞き入れてはくれない固い態度にフリージアはこの先どうしたらいいのかわからなくなっていた。
けれどこうして一目会ってしまえば、もう気持ちを抑えることはできなかった。
会いたい。
フリージアがフリージアとして、グレイに会いたい。
そう強く願った時、不意にグレイが空を見上げるように顔を上げた。
同時に、餌をもらうことを諦めたのか、リーンが空へと向かってぱたぱたと羽ばたく。
それを追うようにグレイの視線がこちらを向く。
目が合うかと思われた寸前――
はっとして、思わずカーテンに隠れた。
ドキドキ高鳴る胸をおさえ、固く目を瞑る。
会ってはならない。家のため。リディのため。リディの家族のため。自分のため。
そう言い聞かせるのに、こっちを見てほしい、気が付いてほしいという願いは止められなかった。
身体を覆うカーテンを握り締める手から力が抜けていく――
と、その時、部屋をノックする音が響き、フリージアはびくりとカーテンを握り締め直した。
「フリージア様、お茶をお持ちしました」
侍女のナンだった。
気落ちしているだろうと、気にかけてくれたのだろう。
「ありがとう、入って」
ナンは沈鬱な顔だった。
「アニーが、泣いていました。フリージア様のお気持ちが痛いほどわかるのに、何もして差し上げられないと」
「二人がそうして私の心に寄り添ってくれるだけで救われているわ。だから耐えていられるのだもの」
「でも――」
「お願い、何もしないで。私のために何かをしたのがお義兄様にバレたら、辞めさせられてしまうかもしれない。そうなったら、本当に私は一人になってしまうもの」
ナンははっとしたようになり、項垂れた。
「それよりは、一緒にお茶の相手をしてくれるほうがいいわ。それくらいならお義兄様も許してくれるでしょう?」
その言葉に、ナンは泣きそうな顔で笑い、「すぐに用意しますね」と茶器の準備を始めた。
そっとカーテンから外を覗き込めば、グレイはもうこちらを見てはいなかった。
胸が鈍く痛む。
フリージアは思い知った。
どんなに正論と偽善を掲げたところで、フリージアの想いは消せないのだと。




