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9.教皇庁へ出発じゃ

 オリガたち一行は早駆けで進んでいる。


 ほとんどの荷物はモーに預け、必要なときに呼ぶことにしている。三人は最小限の荷だけを持って、王家が誇る駿馬で教皇庁へとひた駆ける。



 オリガとしてはのんびりと道草を食いながら、テオドールとの旅を楽しむつもりだった。学園の生徒たちが、ぜひ我が屋敷にお立ち寄りください、と言ってくれていたしな。ところがハリソンにこっそり言われたのだ。


「大変申し上げにくいのですが……」


 ハリソンは視線をウロウロさせて言いにくそうにしている。


「なんじゃ、気にせず言ってみよ」


「そのー、殿下はあのー、えー……。一刻も早く教皇庁に辿り着き、オリガ様と結婚したいとお思いです。言葉にはされませんが、私には分かります」

 

 ハリソンはもじもじと落ち着かない。


「なるほど。あいわかった。最速最短で行こうではないか」


 オリガは快く承諾する。


 ハリソンは拍子抜けしたように、力を抜いた。


「なんじゃ、心配しておったのか?」


「あ、いえ、立ち寄る先を色々お調べでしたので、もう少しがっかりされるかと危惧しておりました」


 オリガは朗らかに笑った。

 

「なんの、帰路で寄ればいいだけではないか。大丈夫じゃ、とにかくあれじゃろ。テオドールは一刻も早くわらわと、うむ、そういう関係になりたいのじゃろ?」


 ハリソンは頭を抱えてうずくまった。


「オリガ様、勘弁してください。公爵家のご令嬢が口にされてよいことではございません」


「なんじゃ堅いことを申すでない。パパメラなんぞ、手取り足取り、微に入り細に入り教えてくれたぞ」


 ハリソンはうずくまったまま手で耳をふさいだ。


「ひー、聞きたくない」


「まかせるがよい、わらわの本気の早駆けを見せてやろう」


 オリガの威勢のよい言葉に、ハリソンは慌てて止めに入る。


「ほどほどでお願いいたします! 殿下はともかくとして、私がついて行けません」


「そうじゃの。着いてからの体力も残しておかねばの。初夜で花嫁が寝てしもうたら、花婿は浮かばれぬの」


「言い方ー!」


 ハリソンは慎みはいったいどこに、とつぶやきながら去って行った。




 オリガにとってほどほどの速度で駆けた三人は、十分な体力を残して教皇庁に到着した。王家を通じて既に予約はできており、結婚式は三日後である。


 三人は宿に荷物を置いて、早速街に繰り出すことにした。



 教皇庁総本山は小高い丘の上にある。教皇が住む宮殿、大聖堂と広場、そして修道院である。頂上は祈りの場、まさに聖域なのだ。


 円錐状に街が形成され、三人の宿は一番下にあたる場所に位置する。三人は太陽を頭上に掲げ、燦然と輝く頂上に向かってのんびりと登り始める。



「こうして見ると、この街は生活の全てが宗教を中心に回っているのじゃな」


 オリガはあたりをキョロキョロと見回す。


 宗教関係者や聖地巡礼者の泊まる宿、聖典関連の書物がずらりと並ぶ本屋、さまざまな祭服を吊り下げた服屋。オリガには何もかもが目新しかった。



 オリガはテオドールの手をギュッと握りなおすと、テオドールと目を合わせてニコニコと笑う。


「楽しそうだな」


 テオドールもつられて微笑んだ。道ゆく女性たちが、思わず足を止めてテオドールの笑顔に呆けている。


「テオドールとこうして手をつないで歩くのは久しぶりじゃ。楽しいに決まっているではないか」


 オリガの心からの笑顔に、今度は店先の男たちが手を止める。



 おふたりとも、笑顔はお控えください、そう言いたかったが、ハリソンはグッとこらえた。長年隠していた思いをようやく表に出せる殿下と、長い片思いが実は両思いだったと知ったオリガ様である。


 浮かれるなと言っても無理だよな。ハリソンはため息をつくと、いらぬヤカラが近寄らないよう、目つきをことさら厳しくして、あたりを見回す。



 ハリソンの目つきのおかげか、それともテオドールとオリガの圧倒的な美貌に気圧されたか、特に誰からも邪魔されることなく、三人は頂上に着いた。



 

「これは、神の存在を間近に感じざるを得ない絶景じゃの」


 三人はしみじみと頂上からの景色を眺める。夕陽に照らされ輝く街並み、かすかに響く鐘の音、教会からこぼれる透き通った聖歌隊の歌声。



 オリガは神に祈りたい気持ちになった。


 オリガたち一行は教会の扉をそっと開けた。教会の中は薄暗い。ロウソクの光をたよりに奥に進むと、円形の教会の真ん中に、丸くなって眠っている黄金の狐像が置かれている。


 国教であるウゥルペース・アウレア教は、いにしえの言葉で『黄金の狐』を意味する。人神であらせられた始祖が、黄金の狐がもたらす富を民に分け与えたことが始まりとされている。



 子供たちの澄んだ歌声。なにもかも、地上の泥を全て洗い流すような清らかな音の連なり。オリガは自然と跪き、黄金の狐に祈りを捧げる。



 歌声が終わり、子供たちが教会の奥に入っていく。


 司教が小さな少年に声をかけ、別の通路へと連れていく。ふと少年の顔が目に入り、オリガは出口に向けかけた足を止める。


 あの表情は……。オリガはテオドールに耳打ちすると、そっと少年を追いかける。



 通路の奥の部屋から司教のくぐもった声が聞こえる。オリガはそっと近寄り、扉の隙間から中をのぞく。司教が少年の服を脱がし、首すじに舌を這わせているのが目に入った。感情を殺した氷のような少年の目がオリガと交わる。


 オリガは静かに近づくと、司教の足の間を思いっきり蹴り上げた。泡をふき、白目をむいて司教が床に倒れる。



「来るんだ」


 オリガはそう言って、少年の手を取った。冷たく震えるその手の小ささに、オリガは怒りで目がチカチカする。


「神よ、あのような邪悪な存在をお許しか?」


 オリガは小さく問うた。答えは返ってこない。




 怒りで震えているオリガと、恐怖で縮こまっている少年。テオドールはふたりの手を力強く握ると、早歩きで教会の外に連れ出す。



「家はどこか教えてくれるかな?」


 テオドールは少年の手を離すと、地面に片ひざをつき少年と目を合わせる。


 少年は口を動かすが、言葉が出てこず、震える指で街の下の方を差す。


「そうか。私たちの宿もちょうどあちらだ、送っていこう。君のご両親とも話さないといけないからね」


 少年はパッとテオドールを見上げた。怯えた猫のようなその瞳を見て、テオドールは穏やかな口調で告げる。


「ご両親には言わないでほしいのかい? では一旦私たちの宿で話をしよう。大丈夫、悪いようにはしない。私たちが君を守るからね」


 オリガは少年の手をギュッと握ると、安心させるように少しだけ微笑む。


「大丈夫、私たちは強いから」


 ハリソンは乱れた少年の服を手早く整えると、遠慮がちに少年の頭に手を置いた。


 先ほどまでの厳かな祈りの気持ちは、もうすっかり消えてしまっていた。


 

◇◇


 カリカリカリカリ オリガは宿の机にむかって長い手紙を書いている。


「フー」


 フーがオリガの足元に現れた。


「うむ、よくきたの。この手紙、パパメラに渡してくれるか? パパメラの返事をもらったら、またわらわのところに来るのじゃぞ」


「フー」


「よし。次、メー」


「メー」


 メーがオリガの膝の上に座った。


「うむ、いい子じゃ。メーにちと頼みがあるのじゃ。この街のな、司教を調べて欲しいのじゃ。小さい子どもに手を出しておる者がおれば、意識を奪ってくれ。できそうか?」


「メー」


「よし」



 そこにテオドールとハリソンが部屋に入ってきた。


「どうじゃった? 何か分かったか?」


 ハリソンがオリガに紙の束を渡す。


「ひととおりの司教、司祭、神父など教会関係者を洗いました。怪しいのが数人いますが、なかなか証言が取れません。皆、口をつぐみますので」


「そうであろうの。この街で宗教関係者を敵に回したら生きていけぬであろう。メーの働きに期待しよう」




 昨日の少年もそうじゃった。父親が宿屋で働き、母親が食事処で働いている。両方とも宗教関係者が得意先だ。そしてふたりとも敬虔な信者だ。


 少年が言うには、父親には信じてもらえず、母親は青ざめて黙っていたそうだ。母親は、辛かったらやめてもいいのよと言ったらしいが。この街の子供は皆、教会でなんらかの活動を行っておるから、やめると将来が閉ざされるらしい。



 それで、あんな年端もいかぬ幼な子が、あのような豚の食い物にされるかと思うと、はらわたが煮えくりかえるわ。


「オリガ」


 オリガはテオドールに抱きしめられ、体の力を抜いた。


「父上に頼んで、明日教皇との面会を取りつけてもらったよ。父上の話では、教皇は清廉な人物だそうだ。一筋縄ではいかない組織だから、油断はできないが」


「テオドール、ありがとう。これはもてる力を全て使わねば勝てぬ。宗教とは恐ろしいものじゃと、おじいさまが仰っていた。ワイシャール帝国とは別種の闇をもっておる。心してかかろうぞ」


 オリガはテオドールの胸の鼓動を聞き、心を落ち着かせる。明日は正念場じゃ。ここで幼き子どもたちを助けられねば、わらわの存在意義などないわ。


 オリガは神に祈った。正しいことをさせてくれと。





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