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7.友達が増えたのじゃ

「そなた可愛らしいの、我の妻になれ」


 キリアンの頭にオリガの手刀が入った。


「たわけ。セーニア殿下は帝国の皇女じゃ、控えよ」


 セーニアはドヴァトリーニ王国に留学に来ている。




 あの後、意識のないテオドールを連れて、オリガたち一行はさっさと帰国の途についた。


 長居してもいいことないからの。謁見の間は半壊、その場にいた者の記憶は混乱し、王は覇気を失った。ボロボロである。


 これでしばらくは拡大侵略路線を止めてくれればいいのだが、オリガはため息をつく。



 ドヴァトリーニ王家に伝わるヌルは諸刃の剣だ。威力は抜群だが、術者への副作用が強い。それに記憶ごと消すので、その後の交渉が難しい。ワイシャール帝国は、ドヴァトリーニ王国に対して形容し難い恐怖を抱いたであろう。抑止力にはなるが、それも帝国が代替わりするまでもてばいい方である。



 テオドールに使わせたくなかった。わらわはまだまだ未熟じゃ。意識を失ったテオドールを見て、オリガは己の不甲斐なさに歯噛みした。


 テオドールは帰国後しばらくして目覚めた。もちろんオリガは頻繁に見舞いをし、夜間警護を続けた。ハリソンは遠い目をして、黙認している。





「オリガ」


「テオドール、もう動けるのか?」


 オリガはテオドールに抱きついた。痩せたのう、テオドール。よし、滋養のある魔物でも狩ってくるか、オリガは算段を立てる。消化がいいものがよいであろうから、コカトリスの卵にするかの。



 オリガがテオドールの匂いを堪能していると、後ろからキャァッという声が聞こえた。あっと思って顔を上げると、真っ赤な顔をしているセーニアと、目を白黒させているキリアン、そして口をおさえる生徒たち。


「おお、そうであった、皆に伝えねばならぬ。わらわの思いがテオドールに伝わったのじゃ。わらわとテオドールは相思相愛じゃ」


 オリガは胸を張った。


 生徒たちは黙ったままニコニコしながら何度もうなずく。中には涙ぐんでいる者もいる。うむ、心配かけておったようじゃ。長い片思いだったからの。


 生徒たちは、お幸せに、とそっと声をかけると立ち去っていく。テオドールにセーニアにキリアン、うむ、皇族と王族じゃの。居づらいのも無理はない。皇族と王族は遠くから見ているぐらいがよかろう、オリガは納得する。



「セーニア殿下、寮での生活はいかがですか? 伴った侍女の数も少ないと聞いております。ご希望とあらば、離宮に移れるよう手配いたします」


 テオドールが聞く。


 そうじゃの、わらわならともかくとして、生粋の皇女殿下には、ちときついであろうの。オリガはそう思ったが、セーニアはそっと首を振る。


「いいえ、わたくし今がとても楽しいのです。監視の目がゆるみ、初めて深く息ができるような気持ちです。それに、わたくしもオリガ様のように強くなりたいですし」


「オリガを真似るのは無謀です」


 テオドールがたしなめる。うむ、そうじゃな、オリガもうなずく。


「我が守ってやる」


 オリガは再度キリアンの頭に手刀を入れる。


「たわけ。そなたはまず、護衛なしで自身を守れるようになるところからじゃ。己を守れぬ者が他人を守れるわけがなかろう」


 セーニアはクスクスと笑う。


「わたくしも少しずつ訓練をいたします。来年にはオリガ様と狩りに行けるようになりたいです」


 ふむ、狩りとな。この体では時間がかかりそうじゃのう。


「あいわかった。セーニア殿下はまず体づくりが先決じゃ。筋肉をつけねば話にならん。少しずつ訓練、そして肉や卵を食べるのじゃ。では、早速狩ってくるぞ」


 また後でなと、抱きついたままであったテオドールを見上げて言うと、テオドールは優しい目をして笑う。


「ああ。待っている、オリガ」


 テオドールは流れるようにオリガに口づけする。




 オリガは真っ赤になって、全力疾走した。学園を抜け、王都を抜け、城壁を駆け上がると跳躍して飛び降り、そのまま森まで走りぬいた。



「テオドールめ、なんじゃあの笑顔は、あれは反則じゃ。しかも自然に口づけするようになりおって、あやつめ。わらわの心臓がもたぬではないか」

 


 次はわらわからしてやろう、オリガは決めた。しかし、テオドールは背が高いからのう。跳躍して口づければよいのであろうか。いや、それは絵面的にまずいのではないか。モーの背に乗ればよいであろうか。それものう。オリガの思考は千々に乱れる。



 オリガは両手でパンッと頬を叩いた。魔物が出る森でボケラーっとしている場合ではない。


「いくら腕が上ろうとも、慢心してはならぬ。自惚れは目を曇らせ、腕を鈍らせる。地道にコツコツじゃ」


 祖父の教えを忠実に守るオリガであった。


「それに、今日はこの剣に慣れねばならぬ」


 オリガの手にはいたって伝統的なひと振りの剣がある。真面目な鍛冶屋が、正道を愚直に貫いて一心に打ったようなまっすぐな良さのある剣である。


 そう、セーニアがワイシャール帝国の宝物庫から持ってきた勇者の剣だ。ちなみにこれだけではない。セーニアはせめてもの償いにと、ありったけの勇者の剣をオリガにくれたのである。


「お金もたんまりくれたらしいしのう、詳しい額は聞いておらぬが」


 セーニアの留学費用という建前で慰謝料をもらったらしい。


「陛下は土地は断ったようじゃの。飛び地の領土は統治が面倒であるからの。かの国は寒いし」


 冬に外でくしゃみしたら、鼻水が凍るらしいからの。意味が分からないのう。土地の代わりに、金と剣で手を打ったらしい。剣は全てわらわがもらったが、よいのであろうか。まあ、よいか。あって困るものでもあるまい。誰か使いたいと言ってきたら、テオドールに聞いて貸せばよかろう。



「さて、いつもは片刃の刀を使うのじゃが、この剣は諸刃じゃのう。頑丈そうじゃから、力任せに叩きつける感じであろう。確か騎士団の者がそのように言っておったな」



 オリガは剣を上に持ち上げ、胴体をグルグル回す。


「ううむ、随分と重いのう。重心が崩れそうじゃ。まあ、慣れるしかないか」


 オリガは剣を背中に吊るすと、足音を殺して森の奥に入っていく。


「お、あれは鹿じゃな。この前、鹿肉を食べそこねたしのう。料理長に頼んで、なんぞ鹿料理でもつくってもらうか。よし」


 オリガはおもむろに棒手裏剣を投擲する。


「あ、しまった。いつもの癖でつい。今日は剣の練習であったのに。まあよい。モー」


「モー」


「よし、よく来たの。この鹿、料理長に届けてくれ。そういえば先程そこいらでアンズタケを見たぞ。おお、これじゃこれじゃ。鹿肉はアンズタケと炒めるとうまいのじゃ。これも料理長に渡しておいてくれ」


「モー」




 オリガはさらに森の奥深くに進む。


「おや、あれは熊じゃな。よし、剣の試し切りにもってこいではないか。熊肉は体にもよいし。よし」


 オリガは両手で剣を握るとジグザグと駆ける。熊の後ろ側に回り込むと、木を蹴って跳び上がり、剣を振り下ろした。熊はチリとなって消えた。


「あああーーー肉がーーーー」


 オリガは崩れ落ちた。なぜじゃ、なぜ消えるのじゃ。テオドールに食べさせたかったのに。


「しかし、先ほどの消え方はヌルに似ておるのう。勇者の剣だけに、不思議な力があるのじゃろうか。普通の動物ではなく、魔物ならば肉が残るやもしれぬ。試してみよう」




 オリガはどんどん進んだ。バッタバッタ切って、切った先から消えていく。


「ダメじゃ。これでは肉が手に入らぬ。幸いコカトリスの卵はとれたが……」


 ふむ、テオドールとセーニアに何を食べさせてやろうかの。卵焼きでもよいが、ケーキもよいし。うむ、モーが届けてくれておるから、後で料理長に相談じゃ。




 おや、なにやら禍々しい気配がするが。……この気配、わらわひとりでは無理かもしれぬ。引くか。


 

 オリガはそろりと後ずさった。


「キャッ いたっ」


「人の声! 襲われているのか。やむをえん、助太刀いたす」


 オリガは走った。遠くの方で女が、イノシシのような魔物にのしかかられているのが見える。む、魔猪か。



「やめろ!」


 オリガは叫んで魔猪の注意を引きつけると、かんざしを一気に投げる。


 魔猪の肩あたりに当たったようだ。魔猪は怒りでフーフー荒い息をあげながら、脚で地面をガリガリしている。


 オリガは剣を構えた。オリガと魔猪は向かい合った。次の瞬間同時に走り出す。オリガが剣を振りかざしたそのとき、


「待って」


 女が叫んだとたん、まばゆい光がオリガと魔猪に放たれた。反動で飛ばされ、木にぶちあたるオリガと魔猪。



「パパメラ。パ、パメラ。パメラではないか。そなた、なんのつもりだ」


 パメラが魔猪の前に立ち、オリガからかばおうとしている。


「この子は私の大事な人なの!」


 オリガは驚きのあまり剣を取り落としそうになった。


「パ、パメラ、そなたさては魔猪に魅入られておるな。そこをのけ、わらわが成敗いたす」

 

 パメラは目に涙を浮かべながら首をふる。


「この子は隠しキャラなの。本当は全キャラ攻略しないと出てこないの。でも私誰も攻略できてなくて。放っておくといずれ魔王になって、世界を滅ぼすから探しに来たの。今ならまだ間に合うかもと思って」


 パメラが涙をポロポロこぼす。



 うむ、これは重症じゃぞ。訳の分からぬことを言っておる。錯乱しておるのであろう。どうしたものか。オリガは困った。


「分かった。いや、ちっとも分からぬが。とにかく魔猪を見せろ、すぐには殺さぬ」


 オリガはパメラの隣に立つと、剣を魔猪に向ける。


「む、こやつ小さくなっておらぬか? 先ほどはもう少し大きかったと思うが……。今はウリ坊ではないか」


 成獣から幼獣になった魔猪を見てオリガは目を丸くした。


「多分、私の力のせいだと思う。さっきこの子を助けなきゃって思ったら、光が出たの。私、やっと覚醒したんだ」



 パメラがひどい顔で泣いている。オリガはそっとハンカチを渡してやった。


「確かに、先ほどなにやら光ったな。あれはパ、パメラの力か?」


 パメラは首をブンブン縦にふった。


「ということは、パ、パメラ、そなたひょっとして、光魔法が使えるのか? そして魔猪を浄化かなにかしたと?」


 コクコクうなずいてるパメラを見て、オリガはうーんと考える。


「なるほど、そういうことであれば、この魔猪は殺さなくてすむかもしれん」



 オリガは剣の先でプルプル震えているウリ坊をとっくりと観察した。


「ほう、もう禍々しい気配は消えておるな。これならモーやメーとかわらん。……ほれ」



 オリガはおもむろにウリ坊を持ち上げると、パメラに見せる。


「ああっ……」


「おお、そういえば……ほれ。ポケットにパンが入っていたぞ」


「ああああああああああ」


 木に頭を打ちつけるパメラを見て、オリガは心配になった。やはりこやつ頭が……。



「その人は私が結婚する予定だったのにーーーーー」


「パ、パメラ」


「もうパパメラでいいわよ、イライラするー」


 パメラが頭をかきむしる。



「そうか。パパメラ、悪かった。わらわがつい後回しにしたせいで、そなた切羽詰まっておるのじゃな。魔猪とは結婚できぬぞ。すまんかったの、これから大至急よき殿方を探す。なに、心配するな。パパメラは男爵令嬢だが、光魔法が使えるとなると話が別じゃ」


「え?」


「光魔法の使い手は貴重じゃ、高位貴族から取り合いになるであろう。王族も不可能ではない。あ、ただしテオドールは渡さぬ」


 オリガがすごんだ。



「え、いや、第一王子は別に……。私、第二王子がいい!」


 パメラの顔が輝く。


「え、第二王子ってまさかランドールか? あやつはバカたれの女好きだぞ。まあ、女遊びがやめられぬゆえ、まだ婚約者はおらぬが……」


「ホント? オリガ様、お願い! ランドール殿下を紹介してください!」


 パメラは顔の前で手を合わせて、上目づかいにオリガを見つめる。



「……パパメラが傷つくことになりそうだが……。もしやパパメラは女好きな男が好きなのか? ウィリアム子爵令息も似たような感じであったが……」


 オリガは渋い顔をするが、パメラは気にしない。



「大丈夫、私の愛の力でランドール殿下は心を入れ替えるから」


「パパメラは前向きだのう。無謀ともいうが。では近いうちにお茶会に招待しよう。待っておれ」


「ありがとうございます! では、私急いで帰ってお肌のお手入れしなくちゃ〜」


 パメラはスキップしながら帰っていく。



「お、おい、パパメラ、ウリ坊はどうするのじゃ」


 遠のくパメラに、オリガは慌てて声をかける。



「オリガ様に差し上げまーす」


 遠くの方からかすかにパメラの声が聞こえた。



「あやつめ。無責任にもほどがあるぞ」


 オリガは顔をしかめて、下を向いた。ウリ坊が困ったようにオリガを見上げている。オリガは苦笑しながら言った。


「そなたの名はフーじゃ。先ほどフーフー言っておったの」


「フー」


「よし」


 オリガは朗らかに笑うと、剣を背中に吊るし、フーと一緒にゆっくり歩いてかえった。






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