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11/14

11.ついに結婚じゃ   <完>

 聖域なき調査の結果、幾人かの司教や司祭が追放された。


 追放された者たちは、背中に果実のなる木を生やし、ウゥルペース・アウレアの恵みを民に与える伝道師となった。



 教皇は神のお告げとして、始祖は女性であったこと、神は女性の教皇をお望みであられること、急には変えず徐々に女性神官を増やすことを発表した。


 それらは意外なほどにあっさりと各国に受け入れられた。


 全ての教会にあるウゥルペース・アウレア像の後ろ足が、ほっそりとした乙女の足に変わったのだ。一目瞭然、霊験あらたかな奇跡として、神官や民の熱狂を生んだ。



◇◇



 ついに、やっと結婚式当日です。長かった。ハリソンは、殿下の歩まれた苦渋の年月を振り返り、ひとり喜びの涙を流した。



「なんじゃ、ハリソン。何を泣いておる? まだ式は始まっておらんぞ。腹でも痛いのか? 昨日はよく食べておったが」


「ち、違いますオリガ様。殿下の長い長い、苦難の日々を思い出していたのです。最愛の人に好きと言えず、触れることもできない。それなのに、オリガ様はあっけらかんと、テオドール好きじゃ攻撃です。あれは見ている私の方が辛かった」


 泣き崩れるハリソンに、慌てるオリガ。


「そうか、それはすまなんだの。まさか、そのようなことになっておるとは、知らなんだ。何もかも父上が悪い。やはり天誅か……」



「オリガ」


 後ろから声をかけられてオリガは飛び上がった。


「冗談じゃ、冗談に決まっておるではないか、テオドール」


 振り向いてテオドールを見たオリガは、ポッと頬を染める。


 ドヴァトリーニ王国の伝統的な衣装に身を包んだテオドールは、いつにもまして美丈夫だ。白いシャツの上にピッタリとした黒いベスト。ベストにはドヴァトリーニ王国のワシの紋章が金と赤で刺繍されている。黒い細身のトラウザーズはテオドールの長い脚をさらに引き立たせている。


 艶めく黄金色の髪に、今日の青空のような澄みきった瞳。完全無欠な王子様だ。


「おお、テオドール。見惚れたぞ。三国一、いや百国一の花婿じゃ。わらわは果報者じゃのう」

 

「オリガ。そういう言葉は男の側が言うことだ。オリガ、美しいオリガ。やっと私のものになるのだな」


「うむ。わらわはとっくの昔にテオドールのものじゃったがのう」


 まぶしそうな眼差しでテオドールがオリガを見つめる。



 オリガの衣装はテオドールと対になっている。白いブラウスに腰をギッチリと締め付ける黒のボディス。ボディスにはテオドールと同じ金と赤の刺繍がほどこされていて、オリガのほっそりした腰を締め上げ、柔らかな胸部のふくらみを強調する。足首まであるふんわりとした白のスカートには白金の刺繍が入り、オリガが動くたびにキラキラと輝く。


 オリガの腰まである豊かな黒髪はゆるく編み上げられ、白いヴェールで覆われている。白いヴェールは当初は縁にだけ刺繍が入っていたが、今はすきまなくビッチリと美しい紋様が描かれている。街の人たちにぜひにと乞われ渡したところ、刺繍で埋め尽くされて戻ってきたのだ。大勢の女性が、数針ずつ刺してくれたらしい。



「行こうかオリガ」


「うむ」


 ふたりは手をつないで、先日騒ぎのあった礼拝堂に入る。

 

 テオドールは渋ったが、ここが最も由緒ある礼拝堂と教皇が粘ったのだ。

 

 介添人はハリソンのみ。苦楽を共にした三人にふさわしい小さな結婚式だ。




 教皇がオリガとテオドールに七束ずつ、麦の穂を渡す。


 黄金の狐の前でふたりは向かい合う。


 相手から遠い方の手に麦の穂を持ち、近い方の腕を相手に絡ませる。見つめ合いながらその場でクルリと回ると、手を離す。それぞれ別の方向に黄金の狐を回っていく。


 反対側でまた出会ったら、腕を組み合わせてクルリと回る。そして離れて再び元の場所で巡り合う。そこで麦の穂をひと束ずつ黄金の狐に捧げる。


 これを七回繰り返す。



 教皇の歌に合わせて、クルリクルリとふたりは回り、離れてはまた出会う。

 回りながら幸せな結婚を祈る。


 一回目、夫婦が食べ物に困らぬように

 二回目、心も体も健康であれますように

 三回目、喜びも苦しみも分かち合えますように

 四回目、お互いの家族を大切にできますように

 五回目、子宝に恵まれますように

 六回目、平和であれますように

 七回目、愛し合う夫婦であれますように


 七回目が終わって、オリガの金の瞳と、テオドールの空色の瞳が互いの姿だけを映した。


「オリガ、生涯変わらぬ愛を捧げることを誓う」

「テオドール、好きじゃ。これからもずっと好きじゃ」



 ハリソンがお皿をふたりの前に掲げた。お皿には、小さな粒が六粒並べてある。


「強き子を」


 教皇の言葉に合わせて、ふたりはトウモロコシをひと粒互いの口に入れる。


「賢き子を」 豆をひと粒。


「優しき子を」 ザクロをひと粒。



 オリガは背伸びをし、テオドールに口づけた。


「わらわからもしたかったのじゃ」



 笑い合うふたりを、教皇は優しく見つめる。


「ウゥルペース・アウレアの御名により、テオドール・ドヴァトリーニとオリガ・ロッセリーニの結婚をここに認める。おめでとう」



 教皇はふたりを出口へといざなう。


「さあ、朝から民が待ちわびています。ぜひ祝わせてやってください」


 ハリソンが扉を開けて、オリガとテオドールが外に出る。礼拝堂の前に集まっていた民が歓声をあげる。次の瞬間、ふたりは赤と白の花びらに包まれた。



「テオドール殿下、聖女オリガ様、ご結婚おめでとうございます」


 

 皆から口々に祝われ、オリガとテオドールはにこやかに手を振って応える。


「わらわはいつから聖女になったのじゃ?」


 オリガがテオドールにささやく。


「黄金の狐の足を賜わってからではないか」


 テオドールがイヤそうに言う。


「まあ、ピカピカと光っておるからの。ありがたそうに見えるのじゃろう」


 もっと分厚い靴下を履けばよかったかもしれない、オリガはぼやいた。



「光を抑える魔法陣をほどこした装身具を作らせよう。足首に巻けばいい。それに、結婚の証の指輪も作らなければ。間に合わなくてすまなかった」


「なんの、わらわもこれからじゃぞ。テオドールは指輪がよいのか? わらわは指輪だと、うっかり殴って壊してしまいそうじゃ」


「私は指輪がいい。オリガは首飾りにするか?」


「そうじゃの、ではわらわも指輪にする。鎖を通して首にかければよいのではないか」


 新婚夫婦とハリソンは、道沿いの人々に祝福されながら、のんびりと宿に戻った。


「ハリソン、ご苦労だった。これから三日間の休暇をとらす。我らは部屋にこもるので、好きに過ごせばよい」


 ハリソンは感極まってまた泣きながら跪いた。


「殿下、オリガ様、おめでとうございます。幾久しくとお祝い申し上げます」


「ありがとう、ハリソン」



◇◇


 夜明け前、オリガは目を覚ました。


 いつの間にか寝てしまったのだな。喉が乾いて体の節々が痛い。オリガは絡みついたテオドールの腕をそっとはずすと、ベッド脇に置いてある水をゴクゴク飲んだ。


 テオドールの様子を伺うと、悩ましい目つきでオリガを見ている。オリガは胸がドキドキした。こういうときは何を言えばよいのじゃったか……。



「け、結構なお手前で」


 ぶっとテオドールがふき出す。


「オリガ、さすがにそれはない」


「そうか。ではご馳走様でしたならよいか?」


 テオドールはクックッとこらえきれない笑いで体を震わせると、オリガの髪を優しく手ぐしで梳く。テオドールはオリガの手からグラスを受け取ると、ひと息で飲み干した。


「では、私はいただきますと言おう。オリガ……」


 まだ足りぬ、かすれた声でテオドールがささやく。オリガは赤くなった顔をテオドールの髪に埋めた。


 ふたりの夜はまだ始まったばかりだ。



<完>


 



これにて完結です。お読みいただき、ありがとうございます。ポイントいいねブクマ入れていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] とっても面白かった‼️ 良いお話でした。 幸せな気持ちになれました(^^)
[一言] 結婚式の場面が独特で面白いですね。 オリジナルなんでしょうか?
[一言] 王子はラブパワー全開だし、オリガは体力あるからそりゃもう蜜の月ですね! 途中で力尽きなくてよかったねテオドールそしてオリガ! パワフル&ラブなオリガちゃんがむちゃくちゃかわいくてよかったです…
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