究極のメニューは美味いのか?
ひさしぶりの「美味しんぼ」ネタなのだが、あの漫画に登場する究極のメニューとか至高のメニューというのは、美味そうだからちょっと食べてみるかと気軽に食べられるような料理ではないものが大半ではなかろうかと思う。
恐ろしく高価な食材や、あるいは入手困難な食材を高度な技法で調理するものがほとんどなので、誰でもお金さえ出せば食べられるものではないし、一流の料理人にあんな面倒な料理の注文を受けてもらおうと思えば東西新聞社の社主や海原雄山級のコネがなきゃ無理だと思う。
なので漫画を読んでも実際に味わうことなく、頭の中で想像するに留めるか、魯山人風すき焼きのように自作可能なものを作って食べてみるしかない(しかし作中で魯山人風すき焼きは「究極のメニュー」には数えられていない)。でも、なんか悔しいよね。実際に食べもしないで想像するだけの料理の話って。
ところで皆さんはあの漫画に登場した最初の「究極のメニュー」は何かご存知だろうか?
「美味しんぼ」は新人女子社員の栗田ゆう子が東西新聞社に入社し、グータラ社員の山岡士郎とコンビで「究極のメニュー作り」という社命を受けるところから物語がスタートした。
しかしこの山岡という男はさすがにグータラというだけあって、いつまでたっても「究極のメニュー」を作ろうとしない。
ただただ料理人や食通気取りに難癖を付けては「一週間後に来い!俺が本物の××を食わせてやる」と喧嘩を売るだけである。こんな調子で数年間、一度も「究極のメニュー」を登場させないまま物語は進んで行く。
たしか東西新聞社創業百周年の記念企画だったはずなのに、その状況を放置しているのだから大原社主もかなり気の長い人である。
そんな中、コミックの巻数でいうと9巻を数えるころ、ようやく満を持して山岡が「これぞ究極のメニューのひとつ」と宣言した料理がある。
私の記憶が確かならばこのまさに究極のメニュー第一号は中華の最高級料理である「佛跳牆」である。
佛跳牆という名は「その匂いを嗅げば修行中の僧侶でも塀を飛び越えてやって来る」という意味だそうだ。
いったいどんな料理かというと、簡単に言えば超高級なスープである。
そしてこれ重要なポイントなのだが、この料理はこれ以降の究極vs至高のメニューとは違い、お金さえ払えば私たち一般人でも食べることが出来るのだ!
ただし中華料理店に行って注文すればすぐに出てくるわけではない。普通は一流といわれるような店で予約する必要があるだろう。
予約時にはおそらく予算を尋ねられる。
それは使用する材料によって値段が大きく変わるからで、上限は青天井に近く、一億円を超えるレシピも存在するとかしないとかいうほどだ。
下はあまり安いとそれは佛跳牆とは言えないので、「これぞ究極のメニュー!」といえるものなら目安としては一椀のスープに、そこそこのレストランの高級和牛のステーキくらいのコストがかかると思えばよいだろう。香港に本店のあるあの有名店なら一人前で諭吉×4は軽く飛ぶらしい。そこまでの店じゃなくても諭吉が飛ぶことは覚悟しよう。
もちろん私のような庶民には恐ろしくてとても注文できない代物であるはずなのだが、昔商売が少し上手くいったときに清水の舞台から飛び降りる勢いで食べたことがある。若気の至りである。
材料はたとえば烏骨鶏、干しアワビ、金華ハム、乾燥ナマコ、フカヒレ、高麗人参、クコの実、なにか高級なキノコ類、などなど。とにかく高い材料ばかり十数種。乾物が多いのが特徴。
これらを磁器の器に入れて十時間とかそれ以上蒸し上げるわけで「美味しんぼ」では「作り方は簡単」と書かれていたが、乾物のもどし時間がそれぞれ違うのでそんな簡単なわけがない。鍋で煮るのではなく器ごと蒸すのはおそらく全方向から均等に熱を加えるためで、対流させないで透き通ったスープを取るためだ。
もちろんメインの佛跳牆だけを食べるということは無いので前菜もいただく。私の時は主に海鮮料理だったが、やはりこれだけの高級料理の前菜は豪華絢爛でとんでもなく美味い。手長エビをソテーしてXOソースをかけたものなどはこの世のすべての美味を凝縮したんじゃないかというほど美味かった。これほどの料理がただ一椀のスープの引き立て役だと思うと期待も膨らむ。
そしてついにテーブルに運ばれてきた器はやや大き目なお椀くらいのサイズで、蓋が付いている。この蓋を取れば「修行中の僧侶でも塀を飛び越えてやって来る」といわれるほどの良い香りが漂うことになっているのだが、実際に蓋を取ってもそれほど強い香りのするスープでは無かった。後で何かで読んだところではこのスープの香りは完成寸前に紹興酒をひとふりして、蓮の葉で蓋をして蒸らすことで生まれるらしい。
色は話で聞いていた通り濃い琥珀色でまったく濁りのない透き通ったスープである。(洋の東西を問わず、コンソメスープでも上湯でも吸い物でも、雑味の無い素材の旨味だけを抽出した上等なスープとは決して濁っていないものなのだ)ただし漫画に登場した佛跳牆のように器の中身はスープだけではなく、具材もそのまま入っている。これらは言うなれば出し殻ではあるのだが、干しアワビやナマコや烏骨鶏の身はそれでも美味いに決まっているし、フカヒレはおそらく最後に加えていて食感を味わうためのものであるから、もちろん食べる。
さてそろそろまとめに入ろう。
タイトルの「究極のメニューは美味いのか?」についてだ。
究極のメニュー第一号である佛跳牆に関して言うなら美味いことは美味い。
あれほどの高級食材の旨味を抽出したスープが不味いわけがない。
しかしである。
では同じ値段を払ってもう一度食べたいかと問われるなら、その値段払うなら次は宮崎牛のステーキを食べようと思う。馬鹿舌の私にとって佛跳牆には高級和牛のように値段に見合う問答無用なほどの美味さは無いからだ。
私はこれまでの人生で佛跳牆を二度それぞれ別の店で食べているが、どちらも同じくらいの味だった。なので三度目はもう無いと思う。
「世の中には二種類の人間が居る。佛跳牆を食べたことがある人間と食べたことの無い人間である」というくらいなので、食べたことのない人で経験には金に糸目を付けぬタイプの人は一度くらいは食べてみても良いと思うが、そうでなければ別に高い金使って無理してまで食べるほどの物ではないとだけは言っておこうと思う。
この回を書き上げてから知ったのですが、「美味しんぼ」に登場する一度は食べてみたい料理という人気投票があったらしく、やはり「佛跳牆」が一位だったそうです。




