03 過去の出来事
そもそも、王家に忠義を尽くしていた私が不真面目そうなイアンに恋をしたのは、城に上がってすぐの頃だ。
私はまだただのメイドでしかない小娘で、毎日メイド頭の指示に従うだけで精いっぱいだった。
イアンもその頃はまだ、一介の騎士でしかなかった。
そんなある時、城で開かれたパーティーで出席者の身に着けていたブローチが盗まれるという事件があった。
大きな宝石のはまったブローチは、私から見ても大変高価なものだろうということは容易に想像がついた。
持ち主が会場のあちこちで自慢していたので、多くの人がその宝石のことを記憶していた。
その時だ、激昂した宝石の持ち主が、なぜか顔を真っ赤にして私を指さしたのである。
「この女が盗ったんだ!」
会場は騒然とした。
未だユリウスが出仕する前のことである。
両親もそのパーティーには参加しておらず、誰も味方になってくれる人はいなかった。
どうして持ち主の男は私に疑いをかけたのか。
私には心当たりがあった。
それは、メイドの一人が男に無理やり連れて行かれそうになっていたところを、私が引き留めたからであった。
パーティーでは普通、客人が休むための客室がいくつも用意されている。
そしてそれらの多くは本来の目的以外に、恋人たちが睦み合う場所として利用されていたのである。更に恋人同士以外にも、横暴な貴族によって下働きの女性が泣かされる事例も少なくはなかった。
その意趣返しだろうと、私は男の真意をすぐに察した。
「そ、そのようなことはしておりません」
「いいや、お前が盗ったに違いない! 違うというなら、この場で服を脱いで持っていないと証明しろ!」
どうしてこんなひどい目に遭うのか、分からなかった。
ざわざわと、騒めく観客。だけど誰一人、違うとは言ってくれない。
まるで世界で一人きりになってしまったかのような孤独感を覚えた。
いっそ本当に服を脱いでやろうかと、やけくそになりかけたその時。
「ロスメル卿。それ以上の暴言はお控えください」
朗々と言い放ったのは、当時まだ前髪が長いだけで髭までは生えていなかったイアンであった。
彼はパーティーの警備を担当しており、騎士の制服で会場の中にいたのである。
「なに? 一介の騎士風情が私にそのような口をきいていいと思っているのか!」
男は真っ赤になって叫んだ。
小柄な男の頭はイアンの胸の位置までしかなく、はたから見るとまるで大人と子供のようにも見えた。
「卿こそ、ここはどこだとお思いですか? 陛下の御前なのですよ?」
イアンの言葉に、男ははっとしたように上座にいる王を見た。
それによって、一気に会場の空気が変わった。
私を疑う視線より、王に裁定を求め人々がそちらを注目したのが肌で感じられた。
会場は静まり返り、咳払いをした国王は低く言い放った。
「そのメイドとロスメル卿。共に別室に連れて行き、持ち物を改めるように。メイドが宝石を持っていた場合は、法に照らして処罰する。しかし持っていなかった場合は……分かってるな?」
王はそう言って、男に――ロスメル卿に凄んだ。
まさかこんなことになるとは思っていなかったのだろう。男は途端に慌てだした。
「陛下! まさか侯爵である私とそこのメイドを同等に扱うとおっしゃるのですか!?」
男は真っ赤にしていた顔を今度は青くし、大量の汗をかき始めた。
私が宝石を持っていないと彼は知っているのだろう。それは彼の態度からも明らかだった。
「なに。持ち物を確かめることなどすぐに済む。それとも、できない理由でもあるのか?」
王の言葉に、ロスメル卿は黙り込んだ。
そして私は持ち物検査によって無事宝石を持っていないと証明され、宝石はロスメル卿の荷物から発見された。
侯爵はどこかに隠すことも考えたらしいが、高価なものなのでそれもできなかったらしい。
侯爵は国王主催のパーティーを騒がせた罪で隠居となり、侯爵位は息子に譲られたと聞く。
その後私は、誰かに陥れられることのないよう舐められたりせぬよう、一心不乱に仕事に打ち込んだ。
それが私を救ってくれた国王に対する忠義だと思ったし、同時にあれしきのことで何も言えなくなってしまった自分が不甲斐なかった。
そして、窮地を救ってくれたイアンに淡い恋心を抱いていると気づいたのは、それから一年以上経ってからだ。
けれど、私からアプローチなんてとてもではないができるはずがなかった。
私は子爵家の娘。そしてイアンは、驚いたことに公爵家の子息だったのである。嗣子でこそないものの、家格差があり過ぎて結婚はおろか恋を望むことすらおこがましい相手であった。
以来私は、ずっと立ち止まっている。
仕事を理由に王宮にしがみついているのももしかしたら、この捨てられない恋のせいかもしれない。
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