02 王妃様に朝食を
「紅茶はブロークン地方のものを。ミルクはジャージー種とトルマン種の新鮮なものを用意して。王妃殿下はパーティーの翌日にはあまり量をお召しにならないから厨房にはそのように。あなたは夜餐用のドレスに問題がないか確認してきて」
今日は侍女頭がお休みなので、代わりに私が他の侍女やメイドに指示を出す。
王妃が過不足なくお過ごしになれるよう、心を砕くのが我々侍女の務めだ。
そして王宮で働く侍女は、身元の確かな貴族の娘でなければならない。
貴族の娘は行儀見習いのため十代で王宮に入り、二十歳を迎える前に結婚して辞めていく場合がほとんどだ。
なので二十五歳の私は、これでも古株なのである。
中には子供を出産して戻ってくる者もいるが、そういう者は自宅からの通いになるので、多忙な役回りを望まない。
というわけで自然と、私にそういったお役目が回ってくるのだ。
他の職場との折衝も多いため舐められないよう、仕事の時は眼鏡をかけている。髪は一つにまとめシニョンキャップに押し込み、化粧は見苦しくないよう軽く白粉を叩いた程度。
王家に絶対的な忠誠を誓うグローバー家の家訓に従い、王宮に上がった十年前からこの仕事に没頭してきた。
メイドからスタートしたものがメイド頭の目に留まり、王妃の侍女にまで上り詰めたのだ。
「ねえ、聞いた? 青星騎士団のユリウス様。今朝は女性同伴で宿舎に朝帰りだそうよ」
「えー!? ショック。ちょっといいなと思ってたのに」
「しかも相手は年上ですって」
「ユリウス様って年上趣味なんだ~。なんかかわいい」
「ちょっと。おしゃべりより手を動かして。エリーゼ様をお待たせするわけにはいかないわ」
エリーゼ様とは、私たちが仕える王妃のことである。
おしゃべりに花を咲かせていた同僚たちを注意すると、部屋の中に鼻白んだような空気が流れた。
言ってから、失敗したなと思う。
もっと敵を作らないやり方があるはずなのに、仕事に夢中になるとつい厳しい口調になってしまうのは私の悪い癖だ。
「まったく本当に真面目なんだから」
やれやれと肩をすくめながら、彼女たちは王妃の居室に通じる控えの間から出て行った。
一人になると、先ほど耳にした同僚たちの噂話を思い出す。
今朝の出来事がもう噂になってここまで届くなんて驚きだ。
それにしても、他の侍女たちは私がユリウスの姉だなんてちっとも気づかないらしい。
まあ、全く似ていないのだから仕方ないが。
王妃に届けられた手紙の宛名を確認しながら、私は今朝の出来事に思いを馳せる。
期待通り、私の姿を目撃した令嬢たちはユリウスの恋人だと勘違いしてくれたようだ。
作戦は成功だけれど、一つだけ胸につかえているのはずっと無言だったイアンの態度だ。
長い髪で顔が隠されているせいで、彼の感情は簡単には読み取れない。
寝ぼけてぼんやりしていたとか、そんな理由だといいのだが。
――と、そこまで考えたところでリンリンとベルが鳴った。
エリーゼ様がお呼びだ。
部屋に入ると、金髪の美女がガウンを羽織っただけのしどけない恰好でカウチに横になっていた。
スレンダーな体は三人の子がいることなど嘘のようだし、四十を超えても肌は輝くように美しい。
「エリーゼ様。お呼びですか?」
王妃は私に一瞥をくれると、眠そうに大きなあくびをした。
「……午後の予定はどうなっているかしら」
「今日のご予定は、十二時から昼食。十四時から城下に出て孤児院の慰問。十七時からドレスの仮縫い。十九時から陛下とご一緒に使節団の方々と夜餐のご予定となっております」
頭に入れておいたスケジュールを口にすると、王妃は少しだけ眉をひそめた。
「ドレスの仮縫いは明日にできない? それでは孤児院からすぐに帰ってくるようだわ」
王妃は慈善活動に熱心で、国民にも大変人気がある。
私は王妃の明日の予定を思い浮かべ、その中に青星騎士団の演習の見学が含まれていることを思い出した。
一時間遅らせて演習の途中から見学することができれば、ドレスの仮縫いには事足りる。
このドレスはふた月後の建国記念式典で着用する予定のため、仮縫いはこれ以上ずらせそうにない。
「かしこまりました。それでは調整のために少し出てまいります」
ちょうど王妃の朝食を用意していた侍女たちが帰ってきたので、私は軽くお辞儀をして王妃の居室を辞した。
気がはやるのをこらえつつ、絨毯の廊下を速足で歩く。
心にはかすかな喜びとそして大きな不安があった。
イアンに会えるというのが喜びの理由。そして不安の原因もまた、イアンである。
久々の新連載でドキドキです
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