10 顔合わせ
「驚きました。まさか相手がトーマス様だなんて」
「がっかりしましたか?」
驚く私に、苦笑しながらトーマスは言った。
短く刈られた茶色い短髪と、さわやかな顔立ち。物腰柔らかな仕草。
きっと事前に知らされていなければ、騎士だとは思わなかったかもしれない。
もっとも、我が弟に比べればトーマスの方がよほど騎士らしい外見をしているのだが。
「まさかそんな。ただ、意外だっただけで……」
こうして向かい合うと、彼が私に縁談を申し込んでいるなんてなおさら信じられない。
侯爵の嫡子で、更にはエリートである青星騎士団員なのだ。きっと彼との結婚を望む女性はいくらでもいるだろうに。
やはり何かの間違いではないかと思いつつ、トーマスを見る。
王妃の話が本当であれば、彼は私との縁談を押し付けられた被害者だ。
なにせ彼はまだ二十歳。十九になる弟のユリウスと一歳しか違わない。
イアンは年増好きと言っていたが、いくらなんでも相手が私では可哀相だ。
むしろこちらから断った方が彼のためになるのではと思いを巡らせていると、次に彼が放った一言で頭が真っ白になった。
「実は、この縁談は私から父に提案したんです。お恥ずかしい話ですが、一目ぼれでして」
「は……?」
たった今、信じられない話が耳から入ってきた気がする。
言い間違いかとトーマスを見るが、彼ははにかんだ笑みを見せるだけだ。
「え、ええと、どなたがどなたに、ですか……?」
ここで勘違いしては、恥をかくだけだ。
なので戸惑いつつも確認すると。
「勿論、私があなたに、です」
トーマスは自信満々に言い切った。
はっきりと。
そのせいで、私は更なる混乱の渦に突き落とされてしまった。
私とトーマスが初めて会ったのは、先日騎士団を訪れた時である。
見られるように多少着飾った今ならまだしも、まさか仕事中の私の姿を見て一目ぼれをする人がいるなんて。
とても信じられずじっとトーマスを見てしまう。
彼が十年前に私に因縁をつけてきた侯爵の先代の孫というのも驚きだが、それよりも今の発言の方が、よっぽど驚きだ。
「ええと……その、気を遣っていただかなくても、訳あっての縁談だということは承知しています」
暗に、王妃から聞かされた侯爵の意向については承知していると伝えようとしたのだが、トーマスは不服そうな顔をした。
「確かに、侯爵家に利するところがあるのは本当ですが、私は本気です」
「ですが、トーマス様とお会いしたのは先日が初めてですよね?」
私がそう言うと、トーマスは苦笑して首を左右に振った。
「いいえ。我が青星騎士団は近衛の任務もありますので、王妃の警護の際に何度かお会いしていますよ」
そうだったのか。
全く気付いていなかった。
「そ、そうでしたか。申し訳ありません……」
護衛の騎士は当番制だが、私は彼と会った記憶が全くなかった。
出会っていたのに知らないというのは大変失礼な話だ。
「いいえ、謝らないでください。私はまだ従騎士なので、主人の忘れ物を届けに行ったときに拝見しただけで。覚えていらっしゃらなくて当然です」
従騎士というのは雑用などをしながら仕事をおぼえるいわば見習いの騎士であり、二十歳前後で叙任を受けて正式な騎士となる。
うちのユリアスも、ついこの間叙任を受けるまでは、短期間とはいえ従騎士をしていた。
「そうだったのですか」
「ええ、お恥ずかしい話ですが」
そう言って、トーマスは頭をかいた。
「いいえ。大変ご立派だと思います。侯爵様も鼻が高いでしょう」
従騎士とはいえ青星騎士団所属ということは、将来を期待されているということだろう。
ユリアスが異常なだけで二十歳の彼が未だ従騎士というのは普通のことであり、むしろ侯爵家の長男でありながらたゆまぬ努力でその地位まで至った彼を私は立派だと思った。
貴族の息子の中には騎士の地位を金であがなおうとする者もいるが、他の騎士団ならまだしも青星騎士団の団長であるケネスは、そういったずるを良しとしないのである。
ならばトーマスは真っ当に努力して今の地位にいるということで、それは高位貴族にあって大変立派なことと言えた。
「ありがとうございます。やはりあなたは、私の思った通りの方だ。どうか私と、結婚してはいただけませんか?」
改めて結婚を申し込まれ、私は肩を強張らせた。
今の話でトーマスに好感を持ったが、それはあくまで彼に対する敬意にすぎず、恋愛感情ではなかったからだ。
勿論、貴族の結婚は恋愛感情ではなく家柄と政治によって決まるものだ。
そのことは重々承知している。
そして、私はこの時初めて気が付いた。
それは、適齢期を過ぎたことで私はどこかでほっとしていたのだということだ。
結婚さえしなければ、イアンへの恋心を諦めずとも済む。
結局忙しさにかまけて結婚を先延ばしにしていたのは、諦めきれないイアンへの想いを守るためだったのだ。
私は恥ずかしくなってしまった。
目の前で堂々と一目ぼれだと口にしたトーマスに比べて、私はなんて未熟で浅はかなのだろうと。
けれどもう、そんな想いにも区切りをつける時かもしれない。
イアンは身なりを改めたことで、縁談が殺到するだろう。
近く、どこかいい家の令嬢と結婚することになるかもしれない。
そうなる前に、身を固めてイアンのことは過去にするのだ。
トーマスと結婚すれば、家のためにも王妃のためにもなる。
幸い彼は年下ながらに尊敬できる相手で、年上の私でもいいと言ってくれている。
うつむく私に、剣だこのあるたくましい手が差し出された。
私はトーマスを見上げ、そして――。
「その結婚、待った!」
城の中庭に、似つかわしくない大声が響き渡る。
驚いてそちらを見ると、そこには見覚えのある人物が立っていた。
そこに立っていたのは、見覚えのある長身の影だった。
つややかな銀髪と、青い目。まだ見慣れない白皙の容姿。
そこに立っていたのは、息を乱したイアンだった。
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