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1.「旅立ちは晴れた日でした」



 ――ああ、何故もこの世は……。

 




 城下町の華やかなムードを憮然と眺める少女が一人。


「滑稽だな、まったく……」


 お祭り騒ぎの街を走る馬車の中で、亜麻色の髪をなびかせた少女が皮肉な口調で呟く。


「コレ、表向きは武勇で名の馳せた王女の国境への遠征ですからね。仕方無いですよ、ロザリー」


 その向かいに座る女性がバカ騒ぎする人達を貶すような目つきで眺める。


「リズ、お前は本当にこういう連中が嫌いなんだな……顔がすごく嫌そうだぞ」


 少女の問いに、向かいに座る女性は極悪な笑顔で答える。


「ええ、見てると片っ端からぶん殴ってやりたくなります」


 そうして少しのあいだ考え込んだ後、何かを閃いた様子で口を開く。


「……そうだ! ロザリーは王女なんですから、馬車から顔を出して笑顔で手を振って下さい!」

「嫌だっ!私だってこの手の連中は嫌いなんだ!」


 少女は即答で拒否する。


「それに、私は今落ち込んでるんだ! 人に笑顔を見せてる余裕など無いわっ!」


 そのままそっぽを向いて頬を膨らませる。


「だからこそですよ。是非、やって下さい」


 少女の嫌がる顔を見て、女性が更に口の端を持ち上げた。


「リズ、人にやれと言うなら自分でやれよ」

「嫌ですよ、アホくさい。それに私は王女じゃないし」

「王女の顔なんて誰も解らんだろ。あと、アホくさいってことを人に強要するな」


 少女が呆れた声で嘆息する。

 その様子を見て面白い事を思いついたのか、女性の顔は狡猾に歪み、少女は捉えられた獲物のようにビクリと肩を跳ね上げる。


「んたり……」


 女性がおもむろに少女の脇に両手を添える。


「せえ~の。たかい、たかあぁーい!!」

「へっ!? うわああぁぁ~!!?」


――バキッ!!


「……、…………」


 街中に鈍い音が響き、お祭り騒ぎも一時静寂に包まれる。


「お、おい……あれって、まさか……」

「多分、そうだと思う……」

「な、なぜ……?」


 徐々にどよめく民衆。

 その視線の先に王女がいた。


「ハ……ハハ、ども~……」


 民衆に見つめられて、王女がひきつった笑顔で手を振る。

 それと同時に民衆が沸き立つ。


「馬車を突き破って出てくるなんてすげえパフォーマンスだ」

「あれが王族一の豪傑と謳われたロザリンド様ね。派手なお方だわ」

「意外とちっこくて可愛いな」


 “ちっこい”という単語にロザリーは激しく肩をいからす。


「誰だっ! 今、ちっこいって言ったの! 私は標準サイズだあっ!」


 見事に突き刺さっているため体が抜けず、ジタバタと暴れる。


「おい、リズ! 下で笑ってないで早く抜いてくれ~」

「面白いから嫌です。自力で何とかして下さ――ぷっ……」

「ふざけるなあ! このっ! ふ~ッ、くぬぬ……駄目だぁ……」


 ロザリーはリズを蹴ろうとするが全て躱されてしまう。


「躱すな、リズ!」

「いえ、そもそも届いてません」


 猛り狂う様に暴れていたロザリーの足がピタリと止まる。


「なん……だとぉっ!」


 受け入れ難い現実を前に先程まで赤く高揚していた顔は例えようのない顔つきに変わる。

 それは悔しさと絶望と悲しみと諦めを混ぜ合わせた、見事な間抜け面だった。

 その様子をひとしきり笑い倒したリズは飽きたのか、次は棒でロザリーの足を突いて遊ぶ。


「ほらほら、遊んでないで国民様に手を振って下さい」

「リズ、後で覚えてろ~。倍っ……返しだぁぁああ~!!」

「出来るものならね。楽しみにしてますよ、ロザリー」



 それから一時間後、馬車は町を出ていた。


「誰かさんの所為で大変な目に遭った。

 寒空の下、馬車に突き刺さる羽目になるとはなっ!」


 ロザリーがリズを恨む様な目つきで見つめる。


「はて、誰でしょうか? 王女様にそんな無礼をはたらいた不届き者は」

「そんなの一人しか居ないのだが? リズさん?」

「解りました! あの馬借には私からきつく言っておきます」


 窓から見える馬借を指してリズが微笑む。

「お前だよっ! 人に罪を被せるな、ド悪党っ!!」

「心外ですね。私はロザリンド様が外にお顔を出せるように計らっただけですよ」


 リズが申し立てしながら平伏する。


「揺れる馬車の中で引き抜こうなんてして、ロザリンド様に何かあったら大変ですから私はお助けしたくとも出来ずにいた訳です」


 そして再度、馬借を指す。


「なので、悪いのは状況把握できずに馬車を走らせたあの方です」


 ロザリーが憤りのあまり立ち上がる。


「嘘つけっ! お前、人の足元で楽しんでいただろうがぁっ! どさくさに紛れて太ももをツンツンしたくせに白々しいぞ!!」


 怒号をよそに、ぼそりとリズが呟く。


「そろそろお客さんがみえる頃合いですね」


「どういう――……っ!?」


 馬車が急に止まる。


「噂をすれば、ですね。懲りない連中だ」


 リズが目配せをすると馬車を大勢の山賊が囲んでいた。


「なんだ、こいつらは? 」


 ロザリーは槍を持ち、臨戦態勢をとる。


「この前、モンスター討伐のついでに近隣を荒らしていた連中を懲らしめてその頭をしょっぴいたから逆恨みを買ったみたいなんですよ」


 リズが涼しい顔で問いに答える。


「ん、あー? そういえばあったな、そんなことが」


 納得といった顔でロザリーが手をポンッと叩く。


「誰に喧嘩を売っているのか教えてやるとするか」

「ロザリーが出る程じゃないですよ。ていうか、邪魔です」


 リズがロザリーの肩を押してムリヤリ座らせる。


「邪魔とはなんだ! 邪魔とはっ!!」

「怪我でもされたら困るんですよ……」

「しないもんっ! この程度の連中なんか一捻りなんだからっ!!」


 反発するロザリーを見据えてリズが不敵な笑みを浮かべる。


「うるせえ。こっちは長い間座ってたからストレスが溜まってんだよ!子犬ちゃんは黙って見てなっ!!」


 リズは自身の身長と同等かそれ以上の長刀を手に取り馬車を出る。


「間違っても殺すなよ……念の為」


 こうなってしまえば誰にも止められない事をロザリーは熟知しており、注意を促して見送る。


「もちろん! ただし、死ぬ方がマシだという目に遭ってもらおうじゃないですかっ!」


 リズは指をパキパキと鳴らして、悠々と山賊の前に躍り出る。


「さあ、覚悟はイイデスカ? おバカさん達。

 リズ先生の楽しい社会勉強の始まり、始まりぃ~」


 鞘から刀を取り出し、肩に乗せて山賊達を挑発する。


「くそっ!! バカにしやがって!」


 山賊の一人が斬りかかる。


「その一、世の中は理不尽です。はい、お疲れさん」


 斬りかかりにいった山賊がリズに蹴り上げられて宙を舞う。


「……ぶふぅ」


 リズはその男が地面に刺さると、ちょいちょいと山賊達に手招きをする。


「その二、ネズミは幾ら集まっても獅子には勝てません。復唱どぞ~」


 リズの挑発に乗せられて山賊が次々と襲いかかる。


「むがっ!」

「どぅへっ!」

「ほわあいっ!?」


 凶器を持った男達相手に蹴りと殴打で立ち回り、リズがあくびをひとつ漏らす。


「そのさぁ~ん、喧嘩を売る相手はしっかりと見極めましょう。長生きしたいならね」


 まるで羽虫をあしらうかの如く、一人また一人と屍と化していく。


「びゃぁっ!」

「ふげっ!」

「たわらばっ!」


 あまりにも一方的な戦いに、とうとう山賊達は散り散りに逃げ出す。


「この女、バケモノだ! 勝てねえ~!」

「逃げんなよ、講義の途中だろうがっ! 逃げる奴は体罰させてイタダキマス!」


 リズは逃げ惑う山賊を追い掛け回しては容赦なく制裁を喰らわす。


(これじゃあ、どっちが山賊か判ったもんじゃないな……)


 馬車の中から傍観しているロザリーが溜息をついて茂みに視線をやる。

 すると、茂みの中で銃を構えてリズを狙う山賊が居た。


「へへ、くたばれっ」

「危ない、リズ!」


 ロザリーが叫ぶと二発の銃声が響き、遅れて一回の銃声が聞こえる。


「うっ、くそったれがぁ~!」


 ロザリーがそっと目を開けると倒れていたのは山賊の方だった。


「その四、戦いとは常に二手、三手先を読んで行うものです。コレ、名言ね」


 リズは山賊がいる茂みの反対にある高台の茂みを指で指して、ロザリーの視線を誘導する。


「目標、完全に沈黙! 私のお仕事は完了です!」


 リズの指し示す先で、髪の長い女の子が銃を下ろしてハンカチで汗を拭っていた。

 ロザリーからは人影らしきものが見える程度である。


「相変わらず凄い腕だな、リアは」


 およそ五百メートルは離れている場所から、山賊が撃った弾を撃ち落として更にすぐさま山賊を撃ち抜くという常人離れした腕を披露した女の子にロザリーが賞賛を送る。

 あらかた山賊を片付けて二人が女の子と合流する。


「姉さん、言われた通りに仕事したよ! 褒めて、褒めてぇ~!」

「リア! 何も相手が撃ってから撃たなくてもいいだろ。

 一歩間違えたら倒れてたのは私の方だぞ……」


 リズが呆れ顔でリアを見る。


「その間違えたら……ってどういう事かな? 私を誰だと思っているの、姉さん?」


 リアはプライドを傷付けられた様子でリズの言葉に反応する。


「不満なら試してみる? ただ、殺す気で来ないと、姉さん……死んじゃうよ?」


 リアの顔は笑っているが目つきは真剣そのもの、ロザリーとリズは圧倒されてしまう。


「お前だけは敵に回したくないな」


 リズは刀を鞘に納めて、山賊の撃った弾を拾い上げる。


「見事に側面からヒットさせているなぁ……」


 ロザリーがその弾を見ると側面を軸に綺麗にひしゃげていた。


「どうやったら撃った弾がこんなんになるんだ」


 ロザリーは若干顔をひきつりながら、リアに問う。


「簡単だよ。相手の手の震えと視線の先を見て弾道予測をして撃つ瞬間に全身の筋肉が強張るのを確認したら、相手が撃つよりちょ~っと早く撃つだけだよ」


 リアは簡単そうに説明するが、それがどれだけイカれた芸当か、ロザリーは理解する。


(風向、風速、湿度、向こうと自分の距離による撃つ時間のラグ、弾速の差など……どれか一つ狂うだけでも成立しない事は素人にもわかる。

……こいつら、両方とも人じゃないな)


 二人とってこれで遊び程度ということがロザリーには信じられない事であった。


「さすが、 “逆巻く災厄”(ブロウ・ディザスター)と“千の沈黙”(トリック・サイレンサー)と謳われるストロファンツス姉妹だな。

 お前ら二人だけで国の一つや二つを潰せるんじゃないか?」


 ロザリーは一人冗談を呟く。


「まあ、それもやぶさかではありませんね」

「え、本気で言ってます?」

「ええ。割と本気ですよ?」

「わぉ……笑顔が怖い……」


 不意にロザリーの口が白くて細い指で塞がれる。


「ようやく本命の登場みたいですね」


 そう呟くと、リズがロザリーを後ろに追いやる。


「ほいきた!」


 リアがおもむろに茂みを向けて撃ち放つ。


――ズドンッ! ……ガチャ、カラン……。


 一撃を放つと同時に、リアがすぐさまコッキングをして次に備える。


「姉さん、結構ヤバイ奴みたいだよ。頭をめがけて撃ったのに躱されちゃった……」


 リアは冷や汗を流しながらスコープを覗いたまま、ピクリとも動かない。


「リア、ヤツの特徴は?」


 リズはリアの死角を庇うように移動する。


「茂みが邪魔で解り辛いけど――……」


 リアの目が金色に輝き、不透明な敵の情報を漏れなくリズに伝える。


「白い毛並に長く伸びた牙、荒々しい二本角で四足歩行……こりゃ、獣王種だね。まいったな、と」


 リアは更に二発、撃つ。


「しかもこの俊敏性。間違い無く、Aランク以上だね」


 コッキングをしながらリアが続けて喋る。


「躱されるのを込みで避ける先にも撃ったのに掠っただけとか冗談でしょ!?」


「山賊風情がそんなもん飼っているとはな……久しぶりに本気になれそうだ」


「ヤバッ! コッチに突っ込んできた。

 この速度だと十秒足らずでお出ましって感じ」


 リアが牽制を間髪入れずに撃ち込む。

 鳴り続く轟音と硝煙の焼ける匂いにロザリーの手にも緊張が走る。


(このバトルジャンキーは……)


 ロザリーが覗き込むと、リアは歪んだ口角をマフラーから覗かせて瞳に喜びを浮かべていた。


「――姉さんっ!!」


 そして、叫ぶと同時に下がる。


「はいよ! 吹き飛べぇえっ!」


 リズが茂みに向かって斬りかかる。と、ドンピシャのタイミングで白き巨躯が姿を現す。


――ガキンッッ!! ズサ……。


「ちっ、押し負けた。……リアっ!」


 リズは斬撃を弾かれた後、一撃を躱してモンスターの斜め後ろに転がり込む。


「え~っ、弾がもったいないよ~っと」


 岩陰に隠れていたリアが大きく飛び上がり、モンスターめがけて撃鉄を下ろす。


「二人とも、目ぇつぶって!」


 銃身が火を吹き、モンスターの前で強烈な光を放つ。


「リアちゃん印の特製閃光弾ですよっ! 本当は投げ付けるものなんだけどね!」


 モンスターが呻き声を上げて飛び退く。


「一旦、態勢を立て直すぞ」


 リズの号令に合わせて、リアとロザリーも距離をとる。


「一体、何なんだ!? 状況を説明してくれっ!」


 ロザリーがリズに説明を求める。


「少し前にここらの山賊がモンスターを買ったという情報を得ていたんですよ」


 リズは守るように二人より前に立つ。


「どうせ復讐しにくるだろと思って、予め準備していたのですが……」

「このレベルのモンスターまで用意するとか、どんだけキレてんのって話」


 代わりにリアが続ける。


「お前達は私を囮にしたのかっ!?」


 何となく話の流れでロザリーが察する。


「ごめんね、ロザリン」


「本当は私達だけで片付ける予定でしたが、助力して戴けます?」


「構わないが……本当に私は必要か?」

「何もしないで突っ立っていられる方が危険ですから。ロザリーは極力、サポートに徹して下さい。間違っても前に出ないで下さいよ、迷惑なんで」


 それとなくリズが失礼な物言いをする。


「おおいっ! ……まあいい、解った」


 ロザリーが槍を鞘から抜き取る。


「氷雪の女王。汝の司りし礼節に誓い、命ずる!」


 ロザリーの周りに白い霧が立ち込め、槍に百合の紋章が浮かび上がる。


「私に汝の魔力をかしたまえ……」


 そして、氷が槍に絡みつき刃を形成する。


「顕現せよ、ブリューナクッッ――!!」


 ロザリーの叫びに呼応するかの如く、辺り一面にダイアモンドダストが発生する。


「はなから魔人化とか…気合入れ過ぎですよ、ロザリー」


 リズの声に呆れが混じる。


「私だって鬱憤を晴らしたいんだ! いいだろ、ちゃんとサポートに回るから」


 魔人化により白く変化した髪をなびかせてロザリーはクルリと宙を舞う。


(……っんとにバトルジャンキーだな、うちのオテンバ姫様は――……)


 リズとリアが頭を抱えて溜息を漏らすと、ロザリーの槍に魔力が宿る。

 辺りから聞こえる異常なラップ音にロザリーは艶めかしく目を細める。


「巻き上がれ、絶対零度の竜巻よ……」


 すると空中に幾つもの氷刃が作り上げられ、モンスターの周りを囲む。


「ダイアモンド・テンペストッ!」


 ロザリーが手を振ると刃がうねりを上げて回転を始める。


「フィニッシュだぁっ!」


 手を大きく振り払い握り込むと、刃達が一斉にモンスターに襲いかかる。

 白い暴風が辺りを覆い、舞い散る氷槍の欠片にロザリーは口の端を上げた。

 しかし、その余韻も一筋の尾に掻き消される。


「詰めが甘いっ! 後でお仕置きです」


 リズが空を見上げると、モンスターがロザリーをめがけて飛びかかっていた。


「くっ! アイスバッシュ!」


 ロザリーは咄嗟に氷の盾を造形してソレを防ぐ。


―ドスンッ!


「ぐあっ!?」


 それでもモンスターの攻撃は凄まじく、ロザリーは吹き飛ばされて地面に叩き付けられる。


「ちっ、なんて重い攻撃だ……防ぎきれなかった」


 ロザリーは空中に氷の膜を作りだして衝撃を殺し、何とか掠り傷程度で済む。


「何がサポートに回るです。思いっきり、でしゃばってるじゃないですか。

 いつか痛い目に遭えば良いのに」


 リズが嘆息に皮肉を乗せる。

 しかし、モンスターも攻撃を弾かれて大きく跳ね上がっていた。


「リアッ!」


 リズの掛け声と共にリアも詠唱を始める。


「剛腕の王よ。汝の司りし創造に誓い、命ずる……」


 リアの銃が金色の光を纏い、グリップに五芒星が浮かぶ。


「曝せ、ミョルニルッッ!!」


 リアは雷鳴を轟かせながら、地面を抉り飛び跳ねる。

 閃光が地からモンスター目がけて跳ねると金色の瞳と紅い瞳が交差する。


「実はコッチが本職なんだよねえ!」


 リアの握る銃がモンスターの体躯を超える大鎚に変わる。


「ツイン・スタンプッ!」


 リアがモンスターの顎をかちあげ、すぐさま頭を叩き伏せる。

 その威力は凄まじく、モンスターの牙と角が折れる。


「まだまだ終わらないよ!」


 モンスターの頭を踏み台にしてリアが更に空高く飛翔する。


「タップアンドパサーッッ!」


 鎚が輝いて銃に変わり、無数の銃弾を高速で浴びせた後に銃を薙刀に変えて空中を蹴り飛ばして斬りつける。

 モンスターとリアが同時に落ち、もうもうと上がる土煙の中からリアが躍り出る。


「これで、終わりっ!」


 リアの台詞と共に手に握る薙刀が消える。

 そして、落ちていた薬莢は銃に姿を変え、まるで地面から生えたかの様に立ち並ぶ。


「スタッカート……フォルテッシモ、イー――……」


 リアがその銃を引き抜いては撃ち放つ。

 そのテンポの良く刻まれた銃声は曲を奏でて辺りに響き渡る。


「……グランディオーソッ!」


 最後の銃を撃ち終えると、リアの投げ捨てた銃がスッと宙を舞い、その一つをリアが掴む。

 すると、掴んだ銃がバズーカへと形成される。


「デュベル・エンディミオン!!」


 銃口がモンスターを捉えて一斉に火を吹き、最後にリアがバズーカで締める。

 リアが爆風に背を向ける。


「ちと、派手にかましすぎかな……タハハ」


 ロザリーも槍を下ろす。


「やり過ぎだぞ、地形を変える気か?」


 だが、雄叫びを上げてモンスターが立ち上がる。


「ガアァァっ!!」


 並みのモンスターなら確実に倒れるハズの攻撃を浴びてもなお、平然と立ち上がるモンスターに二人が驚く。


「呆れた耐久値だな……生きてるとはな」

「嘘でしょ!? アレ、喰らって生きてるとか硬すぎるよ……」


 リアが背を向けたまま、お手上げといった仕草をする。

 その様子を見て、リズは刀を振り上げモンスターを睨む。


「二人とも情けない。

お姉さんが手本を見せてあげよう」


 リズの一睨みにモンスターが怯える。

 長刀に魚と逆さ龍のツガイを模した紋章が浮かび上がる。


「万物を統べし主……汝が司りし博愛に誓い、命ずる」


 このままではやられる――……そう感じたのだろう。

 モンスターは生存本能の赴くままにリズに突進する。

 しかし、モンスターが踊りかかるより先にリズは魔人化する。


「咲き乱れろ――ティターニアァアッ!」


 リズが長刀を一振りすると、大きな旋風が発生し、花びらが舞う。

 ロザリー達が風に目を奪われた一瞬の間に長刀は、刀身に柄がある異様な姿をした蒼と桃色の異彩を放つ一振りの大剣に形を変えていた。


「気高き王よ……牙を折られ、角をもがれてもなお、臆する事ないその姿に敬服します」


 漆黒に踊る髪が気高き白と交わり、刹那の間に切り結ぶ。

 何事も無く、通り過ぎるよう鮮やかに……そして、流れる雲の如く穏やかな動作に時が止まる。


「その雄姿を讃えて、私も本気を見せましょう――……」


 リズが剣を振り払い、再び旋風を起こすと大剣は元の長刀に戻る。

 獣王がその眼にもう一度、リズを捉えて唸りを上げる。


「散れ、紅桜――」


 その一声と共に得物は鞘へと帰り、チンッ――。と、一鳴りする。


「グオオオォォッッ!!」


 先ほどの猛るような雄叫びとは変わった、悲鳴にも似た叫びを上げて王は膝を屈する。

 そして、倒れた骸から一輪の紅い桜が咲き誇る。


「……ふう」


 リズは息を抜きながら、かつて地上を思うままに跋扈していた骸に手を合わせる。


「申し訳ありません。不器用なものですから、このくらいの手向けしか送れなくて……」


 そう呟き、足元に咲く一輪の野バラを手折り、眠る王に添える。

 ロザリーとリアも得物を下ろして黙祷を捧げる。


「正直、慣れないですね。こういう無作為に命を奪うという行為は……」


 物憂げに眼を伏せ、リズは風に流されるがまま漂っていた黒檀の髪をそっと抑える。

 ロザリーはそんな彼女に近づき、ゆっくりと目を合わせた。


「リズはそれでいいんだ。そんなリズを私は好きだぞ」


 ロザリーの照れるような笑顔にリズも口角を少し……ほんの少しだけ緩める。

 すると、リアがロザリーの影からひょっこりと現れる。


「そうだよ。姉さんに似合うのは、やっぱり笑顔とぬいぐる――……っ!?」


 リズは先ほどまでの冷静な顔を崩し、耳まで赤くしてリアの口を押え付ける。


「リアっ、それは誰にも言うなと……」

「もごっ……もごもごっ!」


 リアは何かを言いたげに口を動かすが手で押さえられている為、口の中に言葉がこもり、ロザリーまで届かずに消える。


「よく聞き取れなかったんだが、ぬいぐるみがなんだって?」


 ロザリーがリズに問いかける。


「わすれろっっ!!」


 リズが目に涙を溜めて腕を振りかぶる。


――ドゴスッッ!

 

リズの見事な正拳がロザリーのおでこに突き刺さる。


「いたぃ! なんでぇ……!?」


 ロザリーはあまりの理不尽に、そう口から音を零して意識を落とす。


――ばたん、きゅ~。

 

恥ずかしさのあまり、力加減もせずに振り抜かれた拳を解くと、リズは慌ててロザリーを抱き起す。


「ああ! すみません、ロザリー! うっかり全力で殴り飛ばしてしまいました……」


 大粒の涙がロザリーの頬に落ちて、ロザリーが朦朧と意識を取り戻す。


「いいんだ……いいんだよ、リズ。どうってことはない」


 ぼろぼろに泣き崩れる彼女を安心させようと、ロザリーは感覚の無い手でリズの肩を叩く。


「ただ、私は少しだけ疲れたよ。

だから――……」


 そう言い残して、ロザリーの手がリズの肩からするりと落ちる。


「ロ……ロザリー? ロザリー、ロザリーぃぃっっ!!」


 穏やかに、まるで眠るかのように目を閉じる亜麻色の少女とは対照的に濡れ羽色の女性が激しく泣き叫ぶ。

 その慟哭が天を衝き、森を駆け抜け、大地を揺らす。

 小さな過ちが大きな渦となる。

 その渦中でただ一人、金の髪をなびかせる女の子だけは他人事のようにそれまでのやり取りを呆然と眺めていた。

 そして、その小さく可憐な口元を儚げに綻ばせる。


「あ……」


 一人で世界に放り出されたように所在なさげな女の子は、悲哀の混じった吐息を漏らす。



 ――風に乗せるように。

 あるいは、風を湿らせるように。



 押え付けていた本音が抜け出して、ぽつりと零れた。

 それは、二人に聞こえないほどの小さな……ごく小さな本心だった。


「あほくさっ……」


 そこからは堰を切ったように言葉が流れ出る。


「なに、このナレーション? ダレ視点なの? ちょいちょい中二臭いんだけど。

 いちいち癇に障るっていうか、うざったいんだけど?」


 溜めていた不満が限界値を通り過ぎ、トレードマークである笑顔もなりを潜める。


「しかも、ロザリンが死んだみたいになってるし。このままいったら元凶は私じゃん。

 喜劇じゃないんだから下らない事を言わないでくれるかな?」


 小石を蹴飛ばしてふて腐れた様子で彼女はそっぽを向ける。


「ねえ……アナタをヤったら耳障りなナレーションも止むのかな、馬借さん?」


 女の子はこちらに銃口を向けて胸元に押し付ける。


「僕の事はルーディと呼んで下さい、リアさん」


 僕は向けられた銃口を逸らす。


「うっさい、バカ」


 逸らされた銃口を支点にしてこちらに向けて黒い影が迫ってくる。


――ばこっ。


 銃の柄が見事に僕の頭に突き刺さり、僕はその場でもんどりをうつ。


「そんなんじゃ、お嫁に行けないですよ?」


 腹いせに少し棘のある言い方をする。


「むぅっ……」


 なんともいえない呻き声にも似た音と共に金属の擦れる音が響く。


――がちゃっ……


 再びこちらに銃口が向けられる。

 今度はご丁寧に撃鉄まで倒されている。


「死にたいの? 奇特な人デスネ……」


 彼女の顔に笑顔が戻るが、その表情は冷徹そのもので微塵の温もりも感じない。


「はい、すみませんでしたぁ」


 僕は死を前にして不覚にも尻込みしてしまった。


「あなたが可愛らしいので、つい口が滑ってしまいました」


 しかし、ただで転ぶ訳にもいかない。

 僕はお返しに軽口を叩く。


――ばんっ、……ちゅんっ!!


 なんの前触れも無く銃口から火が上がる。


「うあっと! あぶなっ!」


 僕は咄嗟に盾を構えて銃弾を弾く。


「いきなり発砲しないで下さい! 危うく当たるとこでしたよ」


 リアさんが少しだけ眉を上げ、目に驚きの色を滲ませる。


「なに今の動き、気持ちわるっ! 変態染みてるぅ……気色悪いよ、この人~」


 それはとても小さな呟きでなんとか聞き取れるくらいの音量だった。

 なので、聞こえなかったフリをする。


「本気で殺す気だったら今頃は僕もつつがなく空へ旅立っていたでしょうね」


 防いだ盾の傷痕からギリギリで体から逸れているのを見て僕は感嘆する。


「ホントに凄い腕前ですね。あれだけの芸当が出来る人間を僕はアナタ以外に一人しか知らないです。それもソイツは本職だし。

 サブでこれなら、前衛も後衛もかなり楽に狩猟をこなせますね」


 高い耐久値で体を張る事しか出来ない脳筋バカの僕にはとても真似出来ない芸当だ。


「アナタこそ最初から外してるとはいえ、アレを防ぐなんてなかなかのハンターだね」


 返ってきた賛辞に思わず顔を赤らめる。


「いえ、僕は反射神経と丈夫さだけが取り柄なもんで……いわゆる壁職ってヤツです」


 銃声を聞きつけ、リズさんとロザリンド様もこちらに駆け寄ってくる。


「どうしたんだ、リア!」

「まだ、山賊の残党でも残ってたのか?」


 駆け寄るなり二人は臨戦態に入り、周囲を警戒し始める。


「違うよ、二人とも。ただ、この人とじゃれてただけだよー」


 リアさんの言葉に二人は警戒を解き、僕を眺める。


「あ、この人は――……」

「ええ、馬借さんですね」


 二人は訝しげに僕の足先から頭の先までをゆっくりと眺める。


「あのー、僕に何かついてます?」


 あまりにもじろじろと見つめられるので僕はつい問いかけてしまった。


「いや、頭の先から足の先まで馬借だな……と」


 それって改めて言わなくても良いと思うんですが……ええ、馬借です。


「なのに、盾だけが立派というか年季が入ってるというか……アンバランスですね」


 ああ、なるほど。

この盾に興味があるという事か。


「この盾、ちょっとした自慢なんですよ。

 かの有名なレスター候に拵えて貰った一品でして……何度助けられたか解らないくらいの相棒なんです。

先ほども助けられましたしね。

 あっ、ほら。見て下さい、ここにちゃんと彼の銘が打ってあるでしょ?

 やはりレスター候の業物は良いですよね、見る人が見れば解るものなんですねえ。

 この追求された機能美、それでいて損なわれない繊細なフォルム。優雅と剛健の融合といった感じですよねえ」


「別に盾の事は……いや、何でも無い」


「うっわ、ないわ~」


「で、この盾の材質なんですが……実は『空の暴王』と名高いあのリグル・ディアボロの甲殻と角と翼膜をルナニウムで加工したものなんです。

 その何物をも寄せ付けないと言われた硬度は折り紙付きで、幾つもの死線を潜り抜けても未だに欠ける事も無い丈夫さを誇ってるんです。

 その丈夫さとは裏腹に取り回しやすいよう様々な工夫が施されてて――……例えばこの裏生地! ここには翼膜が使われててですね、攻撃を防いだ時に持ち手に衝撃が伝わり難いようになってるんです」


「……」

「……」


「この配慮のお陰で持久戦でもかなり疲労が軽減され、戦いが大分楽になりました。

 他にも装甲の繋ぎ目を軽くて高硬度を誇るルナニウムにすることで重量も大幅に軽減されて狩猟の時だけじゃなくて、探索中や長距離の移動の負担も緩和されてもう大助かり!!

 まあ、作成難易度は大幅に上がってしまいましたが……。

 僕の……いや、全壁職の事まで考え抜かれたレスター候の仕事に打ち震えましたね。

 この盾を手にした時に伝わる圧倒的性能を熟練のハンターなら感じるハズですっ!」


 僕は地面に盾を挿し、三人に良く見えるようにして盾の説明をする。

 銘を見せて、紛い物で無い事も証明してみせる。

 何故か途中から、リアさんとロザリンド様が後ずさっていたが気にしないようにする。

 リズさんは興味を示したようで盾をじっくりと見つめ、「なるほど…」や「おおっ!」など頷いては嬉しそうに目を輝かせていた。


「リズさん。手に取ってみます?」

「いいんですか? 触れても……」


 彼女はおずおずと手を伸ばして高揚しきった顔で僕を見つめる。


「初めてなんで優しくお願いします……」


 興奮が僕を煽り、何だか良く解らないテンションのまま、意味不明な言い回しをしてしまう。


「イヤだったら遠慮なく言って下さい」

「大丈夫です。リズさんになら何をされても平気です」


 もちろん、彼女なら間違っても変な扱い方しないだろう……という意味だ。


「では、お願いします」


 彼女がスッと手を差し伸べ、僕に総てを委ねる。


「安心して、力を抜いて下さい」


 普通、壁職の盾というものは防御力に比を置いているものだ。並みの女性には持つ事すら出来ないくらい重量もある。

 だけど、この盾はそんな常識の外に位置するくらい軽く、リズさんは先ほど自分と同等の長さの剣を易々と振るっていた。

 僕の見立てが正しければ、そんなに力を入れなくてもこの人なら持てるはず――……。


「ごくっ――」


 僕は硬い唾を飲み、彼女にそっと託す。


「んっ……」


 彼女は触れた瞬間に、びくっと肩を跳ね上げたが直ぐに力が抜けていくのを感じた。


「凄い……。ゴツゴツしていて無骨な感じなのに触れるとまるで飴細工のように繊細で……仄かに伝わる熱に体を委ねると鳥みたいにドコまでも飛べそう」


 口調と仕草がいやに煽情的なのは置いといて、どうやら結構お気に召したらしい。

 僕も自分の事を褒められたみたいで思わず口端を緩める。


「白昼堂々、欲情すんなよ。この色欲魔!」


 聞き間違いだろうか、凄く小さな……だけどはっきりと聞き取れたその声に反応して僕は声の主の元へ視線を投げる。


「どしたの?」


 愛らしく笑う彼女を驚愕の眼差しで見つめると彼女は穏やかに僕を見つめ返す。


(気のせいかな?)


 僕は疑念を抱いたまま、亜麻色の少女に視線を逸らす。

 彼女は不意に視線を送られたからか、戸惑うように首を傾げる。

 やはり気のせいだろうと視線を元に戻し、不意に金色の女の子へ視線を向ける。

 すると、僕の視線に気付いた彼女は声には出さず口の動きでも解るくらい短くはっきりと告げた。


「――し・ね・ば?」


 たったひらがな三文字に込められた悪意の一言に僕の視界は暗転する。


(ええ? なにか癪に障る事でもしたぁ?)


 戸惑いながら、がっくりと肩を落とすとまたあの声が流れてくる。 


「姉さんに手え出したらケツ爆竹するかんね、覚えといてね」


 いい笑顔に恐怖を憶え、僕はまた亜麻色の少女に視線を送る。

 しかし、また首を傾けられてしまう。

 どうやら彼女には聞こえてないらしい。

 僕より近くにいるのに、僕は聞こえて彼女には聞こえないなんてどんな超常現象だよ。

 マジで怖くなって目の前の女性に意識を集中させる。


「ありがとうございました。こちらはお返ししますね」


 リズさんは僕に何か言いたげに目線を交わし、ソレに察した僕は盾を受け取ると同時にさりげなくリズさんの口元に耳を近づける算段をする。


「いえ、良かったらまた今度……時間のある時にゆっくり語り合いましょう」


 僕が社交辞令を返すと、ごく自然にリズさんが手元を滑らせ、盾を離す。


「おっと、危ない!」


 僕は盾を受け止めつつ、耳を彼女の口元に近づける。


「何が起きたか説明します。アレはリアの特殊スキル『サイレント・ヴォイス』です。

 対象にのみ話しかけるもので、効果範囲内でしたら障害物関係無く連絡出来るというスキルなんです。もちろん、リアだけのスキルなので会話は一方通行になりますが……。

 気を付けてくださいね。あのスキル、やっかいなのは――……いえ余計な心配ですね」


 驚きを禁じ得ず、僕は目を大きく見開いて彼女を無言で見つめる。


「驚くのも無理はありません。大抵、初見でしたらそういう反応を示します」


 いや、妹さんのスキルにも驚いたんですがアナタのその、ほんの数秒の間にそれだけの言葉をはっきり聞き取れて尚且つ一度も噛まず喋る術に僕は驚きました。

 とは言えず、とりあえず首を縦に振り納得のいったフリをする。


「ありがとうございます」


 そして、彼女から離れる。

 その間、BGMのようにひたすら降り注いでた、「ああ、姉さんと至近距離にぃ~。死ね!」とか「あの盾、どうにかして割れないかな? 死ね!」とか「親しげ会話するな、色欲魔! 死ね!」とか「死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇっ!!」などの心を抉る攻撃になんとか耐え抜いてみせた。


(壁職なめんなよっ! 耐久値だけは高いんだぜ!)


 心の中で虚しく勝ち誇る。


「そろそろ何者なのか教えて貰いたいのだが……」


 ロザリンド様が話にひと段落付いた頃合いを見計らって僕に疑問を投げかける。


「ご覧の通り、馬借です。趣味でハンターをやってます」


 僕は簡潔に答える。


「逆じゃないか? どう考えても……」


 呆れた口調で彼女が溜息を漏らす。


「壁職なんてソロじゃあ狩りに行けませんから! 助っ人で呼ばれた時くらいしか収入がないし、ましてやこんなクソ重い荷物を担いで何日も歩いてやれ何万だの割に合ってませんから。

 知ってますか? パーティで行くと報酬金や素材は山分けするんですけど壁職って直接狩りに貢献してないじゃないですか?  だから、即席パーティで組むと分配で揉めた時に大抵は壁職が削られちゃうんです。こっちとしても命張ってんだぞとは思うんですが、攻撃職や援護職がいなかったら、まあ一瞬で沈するから泣く泣く譲る訳ですよ。

 そうすると、一月に多くて二回くらいのハンター業よりも自然と馬借の方が収入多くなるんです。なので、ハンターは完全に趣味ですね」


 最初は簡潔に答えるつもりだったが語る内に熱が籠ってしまい、つい長話になってしまった。


「そうか、苦労してるんだな……色々と」


 ロザリンド様が僕の肩を優しく叩き、慈愛に満ちた眼差しで荒んだ僕の心を癒してくれる。

 ロザりん、マジ天使っ!

 リアさんも例のスキルで「色々言い過ぎたよ、ごめんね」と申し訳なさそうに呟く。

 リアたん、マジ天使っ!


「壁職の重要さが解らないバカ共は沈してやればいいんですよ、ね?」


 リズさんが親指を首の高さに持ち上げ、横に振り抜いて満面の笑みで僕を見る。

 リズたん、マジ悪魔――……。

 急に背中がブルっとしたので意図せず目線を逸らしてしまう。


「自己紹介が遅れましたが、僕はルーディと言います。道中、よろしくお願いしますね。

 ちなみにコイツだけはソロで作りました」


 自慢の相棒を手に僕は高らかと名乗りを上げる。


「それこそパーティで狩ればいいのに……」


 リアさんがポソリと零す。


「町にいるハンターなんてドMでもない限りあんな高難易度のクエは募集かけても集まらないんです。それにレスターさんにソロで狩れたら作ってやると言われましたから」


 これまでの苦節を思い出し僕は胸が熱くなる。


「要は、ぼっちじゃん。人を言い訳に使うなよ」

「ばっ……それを言うなよ!」


 慌ててロザリンド様が口を挿むがリアさんの一言で美しい思い出が悲しい思い出に変わる。

 ガラガラと崩れる日々に胸が軋んで、チクリと痛む。


(あれ?おかしいな、目頭に汗が……ちくしょう、目に沁みるぜぇ)


 僕がしばし悄然としていると、気を遣うようにロザリンド様が口を開く。


「ルーディ……さん」

「ルーディで構いませんよ、姫様」


 僕は彼女が気を遣わなくて良いように敢えて「姫様」と口にして笑顔を作る。

 ソレを見て安心したのか、彼女の表情から緊張が解ける。


「ルーディ、何か連絡手段はない?」

「どうしてです?」


 僕が首を捻って視線を空に送ると彼女は地形の変わりかけた路地とモンスター……それから山賊達へと僕の視線を誘導する。


「この状態で放置する訳にもいかないだろ」

「ああ。それなら――……」


 わざと触れないようにしていたのだが、やっぱり無理があったみたいだ。


(厄介事はゴメンなんだけどなぁ……)


 そう思いつつも、僕は勢い良く息を吸い込んで口に指をあてがう。


――ぷすーっ!


 威勢の割にまったく音のしない口笛にリアさんとロザリンド様の腰が折れる。


「指笛、できてないし」


 当然と言えば当然な言葉がリアさんの口から洩れる。

 僕は指を離して説明を試みる。


「いや、アレは犬笛と言って常人には聞き取れない領域の音を出しているんだろう」


 さすがはリズさん、話が早くて助かる。

 僕が説明するまでも無く二人が納得したその時――……。


――がさがさっ、しゅびっ!


 茂みから物音を立てて青い塊が飛び出し、僕を急襲する。


「危ないっっ!!」


 一番近くに居たリズさんが柄に手を当てたが僕はソレを制止する。


「呼んだ、ルー?」


 視線を戻すと呼ばれた犬のようにおさげをぴこぴことさせる少女と目が合う。


「ああ、姫様にちょっかいを出した山賊達の身柄を拘束したからしょっぴいて欲しいと王様に伝えてくれ。

それと、こんな高ランクのモンスターをどこで仕入れたかも調べておいてくれ」


 少女に耳打ちをすると、彼女は「任せてよ……」と不敵な笑みを一つして(きびす)を返す。


「りょーかい、んじゃ」


 先ほど見た獣王と同等かそれ以上の速度で青い閃光が尾を引いて去っていく。


――たたたた、ばっ、がさささ……。


 不意に筋が折れると、更に加速して音だけを残していった。


「……今の誰?」


 呆気にとられた三人の中で口を開いたのはリアさんだった。

 困惑と驚愕の入り混じった声に僕は意地の悪い口調で答える。


「仕事の相棒です。もちろん、馬借のね。

 お偉いさんを乗せる事もあるんで護衛や連絡をしてもらっているんです。彼女には町の騎士団まで要請を頼みに行ってもらいました」


 都合の悪い所は不透明にしてはぐらかし、それなりに納得出来る理由を用意する。

 実際、現在進行形でお偉い人を護送してる訳だし――……。


「今の身のこなし、手練れと見ました」


 どうやら違う方向に興味を持ってくれた人が都合良く居てくれたみたいだ。

 渡りに舟で話を違う方向に変える。


「ええ、彼女も元SSS(スリーエス)ランクのハンターですからね」


 僕がそう言うとリズさんの目が子供のように無邪気になる。


「彼女も……ってことは――」


 言い終えずに彼女が抜身の切っ先を僕に向ける。


(しまった、地雷を掘り起こしたなぁー)


 続きを聞くまでもない――……。

 彼女の顔に「手合せしよっ!」と書いてあるんだから……。

 両手を挙げながら首を横に振りつつ、僕は彼女の問いかけに続ける。


「僕も一応、SSSランクです。

まあ、王都限定ですが」


 首を振る度にオウム返しで首を振り返す彼女に観念して剣を抜こうとする。


「王都限定ってどういう意味だ?」


 すると思わぬ方向から思わぬ言葉が漂う。

 その不意な言葉にリズさんは得物を鞘に納めて嘆息を漏らす。


「はぁ……」


 興が冷めたといった顔で落胆し、チラッと僕を見て「また今度、お願いします」とアイコンタクトする。


(助かったぁ――……危うく惨殺されるとこだった)


 と思いつつも、見栄を張って笑顔で手を振り答える。

 ソレを見た彼女は憂いの無い笑みでロザリンド様の方に向き直る。


(対応を間違えたかも――……)


 後悔する僕とは対照的にリズさんは喜び混じった声でロザリンド様に話かける。 


「ロザリーは知らないかもしれないですけど、それぞれの地方にステイツの支部があってそこで認定されて初めてランク付けされるんです。

 ロザリーはまたCランクからですね」


「Cからって、ブリューナクはSランクの武装だぞっ! 使えないじゃないか!?」


 ロザリンド様のうわずる声にリズさんの声のピッチがまた上がる。


「要は死刑にすると禍根が残るから勝手に死ねば万々歳ってところでしょうねっ!」


 うわっ……、なんて良い笑顔でしょう。

 そこに転がってる山賊だってそんな極悪な笑顔しませんよ――……。


「はーめーらーれーたあ~っ!!」


 ロザリンド様が凄惨な顔で泣き崩れる。

 その様子にリズさんが「苛めすぎたかな?」という顔で頭を撫でる。


「Cランクくらいじゃ死ぬ事は無いですよ。……ただBにもなると危険度が高くなりますけどね」


 最後の一言は余計だが、何だかんだリズさんはやっぱりお姫様の事が大好きなようだ。


(偉ぶってみてもまだまだ子供だもんなぁ)


 僕も微笑ましくソレを見つめる。


「ロリコンか? ロリコンなのかぁー?」


 またなじる声が聞こえてくるが聴こえないフリをする。


「ちっ……」


(口で言うなよ、口で……確かに二人に舌打ちが聴こえたらマズイけどさ)


 ロザリンド様がぐずぐずと鼻声で顔を上げる。


「リズ達は?」

「もちろん、Cです」


 期待外れの返答にロザリンド様の顔が青くなる。


「生活はどうするんだ?

武具どころか食費すら怪しいぞ。

 支給されるよな? 遠征だもんな」


 必死に訴えかけてるけど、もうオチがみえてる気がする。

 彼女の言葉にリズさんが懐から紙切れを出してその中の一文を指差す。


「この紙に――援助は与えられない。と書かれています」


 ロザリンド様が目を点にして問いかける。


「なんだ、その紙?」


 すると彼女は、にこりと笑う。


「城を出る時、ロザリーがぼけーっとしていたんで代わりに受け取った書状です」


「……」


 ロザリンド様の動きがピシリと止まり、目だけが文章を追う。

 読み終え、一息入れて彼女は声を荒げる。


「なんで早く教えてくれなかったんだ!?」


 リズさんが平然と答える。


「ここぞって時に出したら、ロザリーがどんな反応するかなあ。と思って」


 性格悪いな、可哀そうなロザリンド様――……。


(やっぱり援助なんてある訳なかったな)


 いたたまれずに僕は目線を背けてしまう。


「ふわわぁ……」


 見慣れた風景なのか、リアさんは興味が無い様子で岩に腰かけてあくびをしてる。


「要らないよ!? そんなサプライズ!」

「えっ……、もっと喜ぶと思ったのに」

「喜んでんのはお前だけだっ!!」


 確かに涙目で怒るロザリンド様を見ると、苛めたくなるリズさんの気持ちは解る気もする。

 僕は見かねて間に入る。


「まあまあ、コレを機に生活の術を学びましょうよ」

「イヤだ!」


 ぶんばぶんばと横に首を振るロザリンド様にリズさんがイヤミを送る。


「因みに家と初期生活費として一人5000Gは支給されるみたいです。良かったですねえ」

「そんなの一式揃えたら終わりだ!」


 悲壮感漂うロザリンド様の声にリズさんがそれはとてもとても意地悪い笑みをする。


(この人はホントに性格捻じ曲がってるなぁ……)


 僕が小声でリズさんに「良い性格してますよ、ほんと……」と呟くと、「ふふ、ウチのお姫様ってホント可愛いですよねぇ」なんて答えにならない答えが返ってくる。


 駄目だ、場数が違う。

 嫌味に対してまるで動じない貴女に僕は敬服しました――……。


「着いたらキノコ狩りですね」

「わ~、キノコ狩りなんて今更イヤだー!」

「じゃあ、死ぬしかないですね」

「死にたくない」

「我慢して下さい。私だって嫌ですから」

「うう、解った。我慢する」

「それでこそ、ロザリーです!」


 姉妹のような親子のような何とも言えない二人の関係に僕が顔を緩めていると、リアさんがかまって欲しそうに僕の裾をグイグイと引っ張る。


「ねーねー。さっきの女とは、どういう関係なの?」


 彼女は少しいじけたような目遣いで僕に話しかけてくる。


「ああ、彼女は妹です。正確には僕の養子先の妹です」


「ふーん、なるほど。

ちなみに、ココから目的地ってどれくらいかかるの?」


 彼女は伸びを一つして、覗き込むように僕に問いかける。


「ん~。早くて一か月くらいですね」


 まあ、このペースで行ったら半年ぐらい掛かりそうだが――……。

 あくまで当初の予定通りに行けばという日程な訳だが、リアさんにはそれでも遅いと感じたらしい。


「そんなに遠いのっ!?」

「ええ。しかも、こんなトコで道草食ったんで今日は野宿コースですね」

「次の町まで行けないのぉーっ!?」

「そうですね、騎士団にアイツら引き渡さないといけないんで無理ですね」

「お風呂、入りたぁーい」

「そこを下った先に川辺ならありますよ」


 手に持った棒で獣道を指す。

 彼女はしばらく考え込むと「しょうが無いかぁ……」と首を縦に振り、怪訝な面持ちでこちらを見つめる。

 僕は何故そんな顔を向けられるのか解らず、意味も無く笑顔で返しておく。

 すると、次の瞬間に思いもよらない言葉が彼女の口から発せられる。


「……覗かないでね」


 まさか彼女にそんな風な目で見られてるとは――……。


(たははっ、そんなに深刻な顔つきで疑うほど変態に見えてるんだろうか……僕は)


 なんて、がっくり肩を落として力無く答える。


「しませんて……」

「ホントに?」

「はい。そんな命知らずじゃないんで」

「絶対、覗かないでよ!」

「それって、覗けってコトですか?」


 僕は顔を上げて冗談を口にする。


「そう思う?」


 見上げると、筒状の鉄の塊が僕の額を捉えて、カチッと音を立てる。


「いえ、冗談です……」


 出来てるかも判らない笑顔をべったりと貼り付けてみる。

 確かにリズさんに優るとも劣らない、出るトコが出て締まるトコの締まった体つきは魅力的だが僕だって命くらいは惜しい。

 遥か彼方の銃弾を撃ち落として、茂みの先の先に居る獲物を捕らえる人――……なのか?

――どうかは置いといて。

 そんな人を相手に覗きなんて丸腰でヤクザ屋さんのお家に乗り込むより愚かだろう。

 僕は覗く意思が無い事を全身で伝えると彼女は無言で獣道の中に消えていく。


(でも、ちょっと覗くくらいなら……)


 と、歩みを一歩前に進めると――……。


――ちゅんっ。


 僕の頬を銃弾が掠め、後ろを飛んでいた鳥のつがいが木に縫い止められる。


(マジデスカっ!?)


 驚嘆に捕れていると彼女の声が伝わってくる。


「ソレ、今晩のご飯ね。アナタも皿に並べられたくなかったら大人しくご飯でも作っといてね」


 僕は血の気が引く音と共に聞こえたその声に意味が無いのは解ってるが、「はい」と小さく返事を返しておく。


「答え方を間違えるとすぐ銃口向けるし気に入らないと発砲するし、情緒不安定じゃないのか?」


 僕がぶつぶつと毒を吐きながら薪を集めているとリズさん達がこちらにやってくる。


「ルーディ。次の町までどれくらい?」


(またかぁ……)


 いい加減答えるのも億劫なので結論だけを述べる。


「四時間はかかるんで、今日は野宿ですよ」

「嘘だろ……」

「野宿といっても、ロザリンド様達は馬車を使っていいですよ」

「なんとか、着かないのか?」


 そんな縋るような目で見つめられても無理なモノは無理なんですよ。

 僕だって出来るなら女性三人を野宿させるなんて事はしたくない。

 だけど、自分たちが蒔いた種なので我慢してもらうしかない訳で――……。


「誰かさん達が厄介事を持ち込まなければ今日中に着く予定だったんですが……生憎、今からは無理ですね」


「誰かさんって誰だ?」

「さあ?」


 本気で解ってないのか恍けているのかは判らないが、ロザリンド様が僕の遠回しの皮肉に首を傾げたので僕もそのままあやふやにさせてもらう。


「日が落ちるまでに騎士団が来るかも怪しいなら仕方無いですよ」


 と、リズさんが彼女をなだめる。


「さすがリズさん。話が早くて助かります」


 あれ?この言葉ってさっきも言ったような……デジャブっすかね?まあ、それくらい頼りになる人という事で。


「いえ、私達の所為ですから。

文句はありませんよ」


 勝手気ままなこのパーティで唯一この人は物分りが良くて助かる。

 おまけに美人だし、ナイスバディだし、気が利くし、控えめな性格だし。

 女神ってホントに居るもんだ。

ただ、たまぁーに悪魔になるのが玉に瑕だけど――……。


「僕は夕飯の支度をするんでリアさんと一緒に水浴びでもしてて下さい」


「解った」


 僕はニヤけたアホ面を見られないように薪を懸命に拾ってるフリをする。


「リアはドコに居るんです?」

「ソコを下った先の川辺に居ると思います」

「では、また後で」

「はい、いってらっしゃい」


 僕は薪にする棒を振って二人を見送り、誰も居なくなった路地で作業に没頭する。

 空はすっかり赤くなり始めており、馬車から備え付けの食糧を下ろして一息つける。


「あー、今が夏で良かった。

 そうだ! 馬車の屋根も直さないと……」



- 1章 完 ‐

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