リュイス、8歳頃
リュイスはクロルたちと離れたくない。引っ越しは嫌だ。
母も、クロルの母と親友だからこのままが良いそうだ。
母とリュイスの意見は一致しているから、きっと引っ越しはしない。大丈夫。
さて。
クロルたちに新しい妹ノルラが生まれたほぼ同じ時期、リュイスは悲しい現実に直面していた。
リュイスも、湖の底へいく滑り台が難しくなってきたのだ。
本気でつかえてしまうと、降りるのは本当に大変らしい。
早めに諦めた方が良い、と真面目にクロルに助言されている。
確かに、クロルが駄目になった時、本当に全然降りて来なかったし、やっと降りてきたクロルは汗だくで泣きそうだった。
ただ、ルルドが激しく嫌がった。
「クロルは9歳まで大丈夫だっただろ! リュイスちゃんはまだ8歳だからまだ大丈夫じゃないか!」
「ごめんなさい。でも、完全に使えなくなる前に止めないと。あの長い滑り台をちょっとずつ降りるってとても大変だもの」
ルルドが泣いている。
リュイスの弟ディアンはまだ4歳。つまり、リュイスが抜けるとルルド一人になってしまう。
ぬいぐるみはたくさんいるけど。
一方、クロルが今回は冷たい。
「僕は、ずっと1人で、しかも皆に秘密で行ってたんだぞ。ちょっとぐらい一人で良いだろ。ぬいぐるみの皆がいるんだし」
「煩い! もっとリュイスちゃんと遊ぶんだ!」
「じゃあルルドは、滑り台で降りられなくてリュイスちゃんが困っても良いのか」
うわぁあああん、とルルドが大声で泣いたので、クロルたちの母が驚いて様子を見に来た。
赤ちゃんのノルラを連れていないところ見ると、丁度寝ているみたいだ。
なお、ディアン、ドルノ、イーシスは年齢が近い事もあって、大体一緒に遊んでいる。こっちをリュイスの母が見ているのかもしれない。
ルルドが母にすがりついて一生懸命訴えている。
リュイスちゃんはまだ大丈夫だ、と母に向かって主張している。
それをクロルが否定している。危ない、大変なんだぞ、と。
クロルたちの母はルルドを抱きしめてキスをした。
そして困ったように、
「リュイスちゃんだって行きたいのに、無理だってリュイスちゃんが決めたのだもの。ルルドは、リュイスちゃんの考えを聞いてあげなきゃ」
ルルドが、嫌だぁあ、と声を上げて泣きながら母に縋りつく。
クロルたちの母はルルドを大事に抱きしめて、何度も頭にキスをした。
「寂しいわね。可哀そうに」
そして、立ち上がって、ルルドの手を引っ張った。
「おいで。皆に内緒で、お父様の秘密をこっそり見せてもらいましょう」
えっ、何それ。
クロルもリュイスも驚いた。
ルルドが泣いていた顔を上げる。
「僕だけ?」
「そうね。まだ子どもたちには秘密だけど、お母様から、お父様に頼んであげる」
「ずるいよ」
クロルが慌てる。
気持ちはリュイスにも分かる。
「今日はルルドだけよ。クロルの方が早く生まれたから、クロルは一番に色んなことをできるでしょう? でもルルドは、ずーっと我慢しているの」
「だって僕の方が年上だ!」
「えぇ。クロルにはお兄様がいないでしょう? たまには、弟と兄で知る順番を変えましょう」
「そんなの酷いよ」
「これはお母様が決めたの。命令です。ルルドの悲しい気持ちがクロルも分かると思うからよ」
「・・・」
「さぁ、ルルド、行きましょう」
「うん!」
元気になったルルドが、母親の手を掴みながら飛び跳ねる。
そして、意地悪にも、ニヤッとクロルたちに笑って見せた。
何てこと!
クロルが怒って何か言う前に、クロルの母が注意した。
「今日はこういう日にしました。兄が出来た気分を知りなさい」
「・・・」
ルルドとその母が去ってから、機嫌を悪くしているクロルに、リュイスも言った。
「ルルドくん、ズルイね」
クロルはムスっとした表情のまま頷いてから、リュイスを見つめ、それから、すぐに気持ちを切り替えた。クロルはこういう人である。
「まぁいいや。せっかく2人だし、遊ぼうよ! ダンスの練習する? 冒険でも良いよ」
「あっ、私、お菓子を作りたい! 絶対上手く作れるもの」
いつもルルドに割り込まれて形が悪くなったり色々起こる。
リュイス的にはもっとうまく出来たのに、と悔しい思いをしていたのだ。
「お菓子? 何作る」
「パイ。ベリーを一杯使うの」
「良いね。1人1つ焼こうか。で、全部食べよう」
「1人1つ食べるのはダメってお母様に言われているわ」
「ケチだな」
「太ると、お母様みたいになれないの」
「じゃあ僕が1つ半食べてあげる」
「お父様が、クロルくんに『食べ過ぎると太る、かっこ悪い』って言っておけって」
「失礼だな。太ってる僕でも好きだよね?」
「ううん。普通が良い。ダンスかっこよく踊れないもの」
「そっか。じゃあ、半分だけにしよう。それならどう」
「そうしましょう。残った方は、家族にあげましょ」
「じゃあ、僕とリュイスちゃんで1つずつ作ろう」
「えぇ」
頷き合って、移動を始める。
一番早く見つけたリュイスの母に、パイを作る事を告げる。台所を使うには、親の誰かの許可がいる。
「楽しみ!」
リュイスの母、そこで遊んでいた3人の小さい子たちが目を輝かせた。
台所に到着して、再び相談も始める。手は動かす。
「私とクロルくんで半分ずつは食べ過ぎかなぁって思ったけど、クロルくんはどう?」
「僕たちで作るんだから。食べて良いと思うよ」
「そうだけど、残りの1つを、えーっと。8人で分けるの?」
リュイスの父、母、ディアン、イーシス、そしてクロルの父、母、ルルド、ドルノ。
ノルラは生まれたばかりの赤ちゃんだからパイは食べない。
「8人だろ? 大丈夫だよ」
「大丈夫か」
「それに僕たちだけで半分ずつなんてチャンス、滅多とないよ」
「そうね」
「今日を逃しちゃ駄目だ」
「そうね」
お互い頷き合う。
せっせせっせと作業する。
「話、変わるけど」
とクロルが言った。
「うん。何?」
リュイスも作業しながらだ。
「リュイスちゃん、僕と、大人になったら結婚しよう」
クロルが顔を上げた様子なので、リュイスも顔を上げる。
「良いよ。大人っていつ?」
リュイスの返事と笑顔に、クロルもニッコリ笑った。
「早い方が良いよね」
「いつから結婚して良いのかな?」
「僕たちの親は、お父様が14歳で、お母様は15歳の時に結婚したって」
「私の方は、年齢は知らないけど、駆け落ち結婚なのだって」
「駆け落ちか。情熱的だな」
「年齢、また聞いておくね」
「うん」
ニコニコするクロル。リュイスも嬉しくなる。
いつもルルドがいるので、2人だけで話ができるのは珍しい。話を詰めよう。
「婚約って言うのもあるんだ」
とクロルは言った。
「何それ? 結婚と違うの?」
とリュイスは聞いた。
「うん。大人になったら結婚する約束が、婚約。前にいた国ではたくさん婚約ってあったよ」
「へぇー。じゃあ、私とクロルくんも婚約なの?」
「親の許可がいるんだ」
「どっちの?」
「・・・多分、どっちの親も。貴族は、親の意見で結婚が決まるから」
「へぇー」
知らない世界だ。
「じゃあ、いつ言う?」
とリュイスは聞いた。婚約とか許可とか、クロルの方がこの件について詳しい様子だ。
「このパイを、皆で食べる時はどう?」
「うん」
***
パイは無事に焼きあがった。
クロルが作った方が美味しそうだったので、リュイスとクロルで半分こした。
美味しかった。満腹。
満足してから、残ったリュイスが作った方を、8等分する。
大きさは少しバラツキが出たが、食べる人が好きな大きさを選べばいいから問題ない。
料理を運んでくれる家の中の車にパイを乗せて居間に向かう。
ピー、と笛を鳴らすと、皆に集合の合図になる。
おやつに良い時間だったためか、皆がすぐに集まった。
皆にパイを配る。
よくできている、と皆が褒めてくれてリュイスも嬉しくなる。リュイスが作った方だからだ。
お茶も皆のためにいれる。こういうのも一種のお披露目の機会である。
皆が食べ始める。好評だ。
リュイスはクロルと目くばせし合った。今、婚約について言う時じゃないだろうか。
クロルが口を開いた。
「あの、許可を貰いたいことがあって、お父様、お母様、それからノアおじさんとアリアおばさんに」
なんだ、と皆がクロルに注目した。
「僕はリュイスちゃんと結婚したいので、婚約させてください」
皆が、驚いた。
そして、他が何かを言う間に、リュイスの父が立ち上がった。
「は!? 駄目だ!」
怒っている。すごく。
リュイスは驚いた。
クロルが息を飲んだ。
皆がリュイスの父に注目した。
「駄目だ!」
唸るように、父がもう一度クロルに告げた。
「リュイス、こっちに来なさい」
「えー。あなた、落ち着いて」
リュイスの母が困ったように気の抜けたような声を出したが、父はさらに眉間にシワを刻んだ。
「まだ8歳だろうリュイスは! どうして、もう結婚とか言うんだ!」
「婚約なら8歳でもあるわよぅ」
母はどうやら父を宥めてくれるようだ。
「あなたは!」
父がグルンッと母を見やった。どうも訴える姿勢だ。
「婚約者が普通だったかもしれないが! リュイスは俺たちの子だぞ! 婚約とかいらないだろう!」
「落ち着いて。ほら、こんなに仲良しじゃないの。8歳よ。それにまだ婚約よ」
「嫌だ! まだ嫌だ!」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと、ごめんなさいね。席を外すわ」
母が額をこするような動きをして立ち上がる。
「あなた、ちょっとこっちに来て」
「嫌だ!」
「落ちついてよぅ」
「落ち着けるわけないだろう!」
「良いから来て。リュイス、クロルくん、ちょっと休憩ね、ちょっと、ごめんなさい、席を外すわね」
「えー、待って」
発言したのは、クロルの父だ。
「確かに早い。ノアの気持ちが分かって僕も辛いよ」
そんな言葉に、リュイスの父の顔が明るくなった。
「いや、クロルの親としては、よくやった、と褒めたいよ。だけど、僕にも娘がいて、こう、8歳は辛いよ。しかも初めの子どもが娘」
困っているようだ。
「でも、あなた。私たちは、クロルの味方に」
「そうだよねぇ。うん。僕たちは賛成だ。クロルの勇気を讃えたい」
「ブルドン様っ!」
父が怒った。
「分かってるけど」
クロルの父が困っている。ちなみに名前はブルドン=アドミリード。
リュイスの母が、立ったままの父を引っ張った。
「あなた」
「嫌だ」
「分かったから、こっちにきて私たちだけで話しましょ」
こうして、リュイスの父と母は別室に行ってしまった。
なんだか気まずい。
「僕も嫌だよ!」
ルルドが、叫んで立ち上がった。