リュイス、5歳頃
リュイスは知らなかった。
今までも、リュイスがちゃんと寝れているか、父や母が夜中でも見に来てくれていた事を。
父と母は昨晩、リュイスがいない事に気がついて、必死で家中を探していたのだ。
この家は6階建て。
6階はクロルたち家族が使う。
3階はリュイスたち家族が使う。
4階と5階は誰が使っても良い。
1階と2階はお店のために使う。
父は、リュイスが部屋にもトイレにもいない事を、母に急いで伝えた。
母は、弟のディアンとリュイスの部屋に移動し、部屋にリュイスがいないか探した。
父は、4階の新しい部屋を見に行ったがいない。
5階のクロルの部屋を見にいった。クロルまでいない。
ぬいぐるみもいない、と気付いた父は、1階のぬいぐるみの部屋も行った。動くぬいぐるみの部屋が空っぽだった。
なお、クロルの父と母は知らずに眠っていた。
6階に勝手に入るのは駄目だと父が考えて、行かなかったから。つまり、父は一人でずっとリュイスたちを探していた。
さて。
そんな事になっていたとは知らないリュイスが、朝に目を覚ますと、右隣に父が寝ていてリュイスを抱きしめていた。ちなみに、左隣りには弟のディアン、その向こうに母。
母は起きていて、リュイスに、
「おはよう」
と小さな声で囁いた。
「おはよう、おかあさま・・・」
「リュイス。昨日の事、覚えている?」
「昨日・・・」
「昨日、夜、どこかへ遊びに行っていたの? 誰かと一緒だった?」
そっと優しく尋ねられる。
コクリ、とリュイスは頷いた。
「お父様とお母様、リュイスがいなくて本当にびっくりした。どこかに行くなら、先に教えて欲しいの。昨日は、突然、どこかに行っちゃったの?」
「うん」
「そう。誰と一緒だった?」
「クロルくん」
「まぁ。ぬいぐるみたちも一緒?」
「うん。皆一緒」
「そう」
母は少し安心したように笑った。
「どこにいたの?」
「えっと」
リュイスは思いだそうとしたが、同時に、クロルに秘密だと言われたことを思い出した。
「あ。お父様も起きたわ。おはよう、あなた」
「・・・リュイス」
「いるわよ」
「リュイス」
父がリュイスを抱きしめる。ちょっと泣きそうな声だ。
「お父様、苦しい」
「あぁ。心配だったから。おはよう」
「おはよう。お父様」
「・・・昨日、誰とどこにいたんだ? 何してた」
「ノア。優しく聞いてあげて」
母が父の名を呼んで注意をした。
一方のリュイスは困った。秘密なので、大人には話してはいけない。
「リュイス。教えてくれ。昨日、お父様は泣きながら家中探したぞ。リュイスがいなくなったから」
「・・・ごめんなさい」
「どこにいっていたんだ? 何をしていた?」
「ノア」
とまた母が注意をする。
「お母様」
リュイスは困って母に助けを求めた。
「リュイス、夜、何をしていたのか、教えて?」
母が優しく聞いてきた。
とはいえ、やっぱり答えなくてはいけないことに変わりはない。
「あの。秘密なの」
「誰が。クロルくんか」
父の目が険しくなる。
「お母様ぁ」
「リュイス、本当にちゃんとお話しなさい」
母が丁寧な口調ながらリュイスに命じた。
リュイスは口を尖らせた。父も母も味方になってくれない。
「ぬいぐるみも皆いたのよ」
「あぁ」
「あのね、秘密って言われたの」
「クロルくんに」
「うん」
「昨日お父様は泣いた。家の外まで、探し回った」
「ごめんなさい」
「謝るのは偉い。次は、何があったかを話す番だ」
「だって秘密って・・・」
リュイスは抵抗したが、父の険しい目は変わらない。
「お父様とクロルくんと、好きなのはどっちだ」
「お父様」
父の目が柔らかくなる。
「じゃあ話しなさい」
「・・・リュイス」
母まで促してくる。
リュイスは秘密を白状した。
***
今日は、お昼近くに、やっと1階に降りた。
お客様が来ない日は、どちらの家族も1階の居間を中心に過ごす。とても仲良しだから。
こんなに遅いのが珍しいので、クロルの父と母がどうしたのか尋ねてくる。
リュイスの父と母が、リュイスが夜にいなかったと、事情を話す。
自然、注目がリュイスとクロルに集まった。
「クロル。説明しなさい。女の子を夜中に連れ出すなんて感心しないよ」
クロルの父が、クロルに少し厳しい口調で告げる。
クロルはすでに泣きだしそうだった。
「だって」
と言い始めたら、あっという間にクシャリと泣いてしまった。
どうしよう。リュイスが悪い。リュイスはオロオロとした。
クロルは涙を腕で拭きながら、一生懸命事情を訴えた。
楽しい事への誘いだし、ぬいぐるみたちに5歳まで秘密に言われたから守っていたのだ。
なぜ5歳かと言うと、あまりに小さい子だと、夜中に抜け出すのも長い滑り台も危ないだろうから。
もともと、ぬいぐるみたちに入っている白い人影たちは、夜に寝る必要も無いので、あの場所を見つけてから、夜にこっそりパーティをして遊んでいたらしい。
クロルはたまたまぬいぐるみを追いかけてその場にたどり着き、そこでぬいぐるみとした約束を守っていたのだ。
母同士が目くばせし合って、クロルの母が、泣きじゃくるクロルの肩を引き寄せて撫でる。
ひとしきり、クロルの説明が終わったら、クロルの父がリュイス家族に詫びてきた。
「本当に、心配かけてごめん。クロルに悪気が無かったとはいえ、本当にごめんなさい」
父が難しい顔をしている。
母が言った。
「あのね、クロルくんが、リュイスに秘密を教えてくれたことは、とても嬉しい事だと私は思うの」
リュイスも驚いたが、クロルも驚いて目を丸くして顔を上げた。
「でも、まだ小さい子どもでしょう。誘拐されたんじゃないかとか、事故にあったんじゃないかとか、色んなことを心配するの。だから次からは、私たちにどこに行くか教えてから、許可を取ってから、行って欲しいの」
「・・・また行っていいの?」
クロルが鼻をすすりながら聞いた。
「ぬいぐるみたち、怒ってるかしら?」
リュイスの母がぬいぐるみに視線を向けた。
どうやら多くのぬいぐるみが気にしていて、部屋の入り口に集まっている。
「ねぇ、いつも私たちを助けてくれて本当にありがとう。あなたたちを大好きだけど、今回は駄目よ。クロルくんは約束を守ってくれただけで、その約束がおかしかったわ。楽しければいいというのは駄目。私たちが心配するもの」
母の言葉に、ぬいぐるみたちがしょんぼりとしている。
「毎週金曜日にパーティをしていて、クロルくんも行っていたのね」
「全く気づいてなかったな・・・」
「本当に・・・」
リュイスの母のぬいぐるみたちへの言葉の傍で、クロルの父と母が気まずそうに話している。
***
あっという間に秘密をばらしてしまった。
クロルは泣いてしまって、リュイスたちに詫びた後、自分の部屋に行ってしまった。ぬいぐるみが、気まずそうにクロルについていった。
きっと、クロルの部屋は動くぬいぐるみで溢れている。
リュイスは非常に気まずかった。
どうしよう。
父同士が真面目な話を始めている。
ぬいぐるみの秘密のパーティの場所に行ってみようと相談している。
でも父たちにあの滑り台は無理だと思う。
「リュイス」
気まずくて立ち尽くしているところに、ディアンを抱いたままの母が話しかけてきた。
「とっておきのお菓子を食べて良いわ。棚にある黄色い缶よ。それで、リュイスはクロルくんにごめんなさいって謝りに行きましょう」
「・・・」
「今回は、クロルくんもとても可哀想だとお母様は思うの。秘密を教えてくれたのに、お母様たちに叱られてしまったでしょ。お父様とお母様たちは話してくれた事がとても嬉しいわ。だって本当に心配したの。でもクロルくんは泣いてしまったでしょう」
「うん・・・」
「秘密をすぐに言ってしまった事、ごめんなさいって、謝るべきかもしれない。一人で行く? お母様もついて行きましょうか」
「お菓子持って、一人で行く・・・」
「リュイス。困ったら戻ってきて。お母様も一番良い方法が分からないの。どうしたら良いか相談しましょう」
リュイスは、母が許可してくれた良いお菓子の缶を持って、5階のクロルの部屋に行った。
コンコン、とノックして名前を呼ぶと、少しだけ待ってからドアを開けてくれた。
クロルは、トラのぬいぐるみを抱きしめたままだ。トーラという名前。トーラもなんだか元気がない。
「ごめんね。秘密を、お父様とお母様に言っちゃったの」
「うん・・・」
「入って良い? お母様が、お菓子を食べて良いって、くれたの」
「え。うん」
黄色い缶を見せると、クロルは目を瞬かせて、勢いよく頷いた。
リュイスは少し安心した。
部屋に入ると、たくさんのぬいぐるみが一緒だった。
皆がリュイスを見ている。
リュイスは気まずくなった。
「秘密、言っちゃって、ごめんね・・・」
呟くと、ぬいぐるみがフルフルと首を横に降ったり、手をバタバタ動かしたりした。
「怒ってる?」
「お菓子くれたら、許してあげる」
とクロルが言った。
「うん。食べましょ?」
「うん」
気まずい思いをしつつも、リュイスは黄色い缶のお菓子の蓋を開ける。
途端、クロルがさっと手を出してくる。
缶を振ると、中から砂糖をたくさんまぶしたグミが出てくる。
「もっともっと」
「うん」
クロルの手に山盛りになった。
クロルが嬉しそうにニッコリ笑う。たくさん泣いて顔が濡れてぐしゃぐしゃなのに、すっかり元気だ。
「こんなに食べていいの?」
「お母様が食べて良いって言ったの」
「やった。・・・ねぇ、僕の事、皆、怒ってた?」
「お母様は、クロルくんが可哀想、リュイスに謝ってきた方が良いって言ったの」
「・・・そっか。でも、もう良いよ。お菓子に免じて許してあげる」
「良かった。本当は、秘密にしようと頑張ったの。でもお父様が」
「リュイスちゃんがいなかったのに気づいて探したんだよね。怒られて当然だった」
クロルがまた落ち込んでいる。
「ごめんなさい」
リュイスもなんだか落ち込んでしまう。
「もう良いや。そういえば、大人に秘密っていうのは、面白いからってだけだったし。バレちゃったらもう仕方ないよね」
クロルが急に考え方を変えて顔を上げた。
多分、グミをたくさんもらえてラッキーだった、とか思っている。
クロルは、手のひらに山盛りのグミを見て笑み、全て口の中に放り込んだ。
「りゅいふちゃんひゃ、ひゃひぇにゃいの?」
「何言ってるの?」
クロルが黄色い缶を指し、それからリュイスを指した。
分かった。リュイスは食べないのか、と聞いている感じ。
「食べる」
リュイスが缶を振るのを、クロルが缶を取り上げた。
リュイスに振ってくれるつもりだ。リュイスも両手の手のひらを出す。
勝手に山盛りにしてくれた。零れそう。
クロルが嬉しそうだ。
もぐもぐと口を動かしながら、目を細めて笑っている。
「いただきます」
リュイスも山を口に運んだ。
ギュギュッと甘いグミが口の中に入ってくる。
しばらく幸せを味わった。
クロルが言った。
「また行くのは、良いんだよね?」
「うん。また行きたい!」
「次から、お父様たちに言ってから行こう。良いよね、皆?」
クロルがぬいぐるみたちを見回すと、皆うなずいたり、手をバタバタ動かしたりした。
良いみたいだ。リュイスは安心した。
クロルがチュッとリュイスにキスをした。
「仲直り」
まるで父と母みたい。仲良しだ。
リュイスは嬉しくなった。