その六
透けるように薄い紙を、一枚づつめくるように、自覚の無いまま意識が薄れていった。
蜘蛛の巣に絡め取られた夢を見た。
何も言えない。何も出来ない。
ただ痛む肉体を、何とかここから逃れようともがかせている。
痛みで目が覚めた。
気が付けば朝である。
どうやって帰ったのか、布団のなかで虫のように小さく丸くなっていた。
背中が、両の腕が首が顔面が、一ミリでも動かすと全身が痛い。
頭がズキズキ痛い。掌に乾いた血がびっしりとこびりついている。
ああ、あの金属バットを持った若い死神野郎は、やはり夢ではなかったのだと実感する。
所々に転んだのだろうか、ドロドロに汚れたスラックスのポケットに小さな石ころが入っていた。
掌に乗せて、ぼんやりと眺めてみる。
白っぽくもあり黒っぽくもあり、ちょっと青みがかってもいる。
なんら特徴もない駐車場に転がっているようなその石は、心なしか私に向かってはニコニコ笑っているように思われたのであった。
私は石を軽く撫でてみて、ちょこんと枕元に置いてみた。
ボロボロの私と石と。
これでよし、かな。
朦朧と、壊れた思考回路で石に笑いかけてみた。
それから二日酔いと打撲と疲労に激しくよろめきふらつく体を一気に起き上がらせる。
洗面所で、青黒く腫れ上がった額と瞼を見て、ぎょっとしつつ、思い出したように沸き上がる鈍い痛みに何故か頬が緩んで微笑が浮かんだ。
口内は血だらけだった。
何度かペッと赤い唾を吐いて、触れるだけで腫れ上がっているとわかる頬を擦ってみる。
まだまだ行ける筈だ。
きっといつかいい事もあるさ。
徐々に霞んでゆく視界に、体の芯から痛む全身をなだめすかしつつ、よろめきながら身仕度を整えて、私は今日もよろよろと、いつもの駅へと歩き出すしかなかった。
冷たい風が吹き付けるたび、体内の臓器のどこかしらが機能不全でも起こしているのだろうか、重心が安定感を喪失していてヤバイ事でも起こしているのだろうか、グラグラとする頭痛に体がふらついた。
異常に寒い。震えが止まらない。
視界に映る景色がどこか虹色に歪んでいる。
いやぁまだまだ。
そう言い聞かせながら、私はむしろ、今は確かに生きているのだという妙な実感を全身に覚えて、必死に微笑していた。