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石を蹴りながら  作者: 若葉
4/6

その四

同じ中学にYという女の子がいた。

さして美人という訳でもなかったが、素朴な笑顔が可愛らしい地味な娘であった。

中学で二年三年と同じクラスになり、隣の席になった事も何度かあった。

何か話すたびに微笑んでくれる人付き合いの上手い彼女を羨ましく思うと同時に私は密やかな好意を抱いていた。

内気で無気力なくせに色欲だけはやたらと旺盛だった私は、Yに会いたくて、その為だけに毎日学校へ通っていたといっても過言ではなかった。

虚ろな私にとって彼女の存在は、さまよい続けてやっと見つけたか細い一筋の光の糸のように思われた。


青春とはこんな感覚を言うのであろうか?

楽しい思い出も華やかな記憶もない。

けれども確かに、思い出す青春という言葉には、Yという女の子の後ろ姿が、背中が、それを追い掛けようと息を切らして走る私とが古い写真の陰影のように今なお連想されるのだ。


Yと話したい。一緒にいたい。

けれども話す事など何もない。

気詰まりな重たい時間が容易に想像せられて、面倒臭く、私はただ心の憧れ、拠り所、そんな気持ちでもって遠くYを眺めていたのだった。

同じ高校に行きたくて、その為だけに真剣に勉強をした。

やはりYに会いたいが為だけに無気力な疲れた自分を奮い起たせて、寝不足の目を擦りながら毎日学校へ通った。

やっと同じ高校に受かったが私は喜びと共に深い憂鬱に似た疲労を覚えたものだった。

Yの優しさが怖かった。

一緒の学校だね、そう言って微笑んでくれたYの優しさがちっぽけな私には切なく、辛く嬉しく怖かった。



高校に入学し、時折登下校時や廊下ですれ違うときに、同郷のよしみからか、Yは無邪気に私へ手を振ってくれた。

私も弱い表情筋を目一杯働かせて必死の微笑を拵えながら、パタパタと忙しなく手を振り返していた。

切なく、苦しい。

けれども私はその一瞬、それだけで一切の苦労が報われたかのような心地になってしまうのであった。

三年は長いようで短い時間であった。

やがて高校を卒業し、Yともお別れしなければならなくなった。

やはり無邪気に手を振るYに、私も立ちすくんだまま手を振るしかなかった。


私は張り合いの全てを失ってしまった。


糸の切れた凧のように、三月のまだ薄ら寒い空の下、私は虚ろな心を抱え込んだまま、路傍の石を蹴りながら歩いていた。

途方に暮れて、宛もなくめそめそ泣きながらさまよい続けるしかなかった。


それから色々あった。

どこに行っても人と上手く接せられないなかで、その時々に密やかな好意を抱いていた女性に会うために、私はよろよろと布団からはい出して重たい体を引き摺りながら家を出るのであった。

私には切ない思い出であっても、Yにも、他の女の子にも、結構な迷惑をかけたかも知れない。

ただ私にとっては遠く懐かしい暖かな思い出である。


けれども今はまた一人きり酔っぱらい、暗い道で石を蹴りながら、どこまでも家へと延々続く緩やかな上り坂を途方に暮れながら歩いている。


果てなき道を歩き続けている。


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