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石を蹴りながら  作者: 若葉
1/6

その一

寂しさに、夜道を一人、石を蹴りながら歩いていた。

そして気が付けば、私は心身ともにひどく疲労していたのだ。


夜道はひどく暗く、味方は誰一人居ない。

ずっと長い間淡々と繰り返されてきた行為。

今夜もまた淡々と繰り返している。

スポットライトのような街灯の光が頭上からただひたすら冷たく眩しく滲んでいた。


時すでに遅く、私は心の迷子と化していた。


冬の夜の訪れは本当に速い。

午後になり、ああ黄昏てきたなぁ、と思う間もなく日が落ちてしまう。

日が落ちて、青から紺から濃紺の、移ろう大気の色はまるで生ある生き物が深き眠りにつくかの如くに変遷してゆく。


今は最早、遠くごうごうと唸る大気の音の他は何も聞こえては来ない。


暗くなってからもうどれだけ時を経てきただろう。夜は既にすっかり深く更けていた。

どこまでも冷たく静かな深夜の柔く張り詰めた空気が佇み、とぼとぼ歩く私の頬を強く引き締める。

もうすぐ日付が変わり、明日という日が音もなく訪れようとしているのに、私は何をしているのだろうか。


暦の上では最早春だというのに、まだまだ真冬の寒さが続いている。

今夜はまた一段と冷えていて、かなり酒の入った筈のこの体も今は心細く手足の先から冷たく痺れ、些細なため息さえも真っ白く立ち上り薄れてゆく。



誰もいない無機質な街灯の続く帰り道、一人路傍の石を蹴っていた。

軽く蹴った石はコロコロと闇に吸い込まれるように転がってゆく。

私は石を追いかける。

そしてまた軽く蹴ってみる。


石は思ったように真っ直ぐ転がりはしなかった。

右に行き左にそれて、追いかけている私をからかうかのように転がり、息を潜めている。

苦労して、やっと見つけた石ころを、またコツンと蹴ってみる。また闇に見失ってしまう。


まるで私の人生そのもののようである。


酒臭い息を白く吐き、ふらふらと石を蹴りながら、家に帰りたくないなと考えていた。

家に帰り、風呂に入り飯を食い眠りにつく。また慌ただしく朝が来て、追い立てられるように目を覚まして朝飯を食い、疲れたままの体を引きずるように仕事に出る。


歯車、ルーチンワーク、無言の線路、路地裏、迷子、暗い水面に映る冷たい月影、錆び付いた軽自動車、ひび割れたスナックの看板、拍子外れの歌謡曲、明滅を繰り返す街灯の列。皆同じさ…、どうって事ないよ。何処かで聞いた誰かの慰め、長く伸びて蛇行する影一つ。


ドロドロと気だるい心に残るのは、通り過ぎてきた気だるい景色や過去の切ない言葉ばかりである。


ずっと、体が勝手に動き、心はいつもおいてけぼりを食らいながら後ろを付いて行くばかりである。


今に始まった事ではないが、正直疲れていた。何もかもに。気だるかった。

何もかもが。

面倒臭い。


自身を励ますように、また石を蹴る。暗がりに吸い込まれて行く小さな石ころの後ろを付いて行く。

何をしているのだろうか。私自身にも、何も分からなくなってしまった。


気が付けば視界は涙でぼやけて、きらきらと万華鏡のように街灯の光を乱反射させていた。

何故泣いているのだろう。悲しみなのか挫折なのか、疲れているのか、それすら今の私にはわからなかった。

こんなに寒いからに違いないさ。涙の一つも出るだろう。ほら鼻水も出てきた。

一人頷いて、眩く煌めく夜道を、石を追いかけ歩いていた。



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