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第8話 黒髪の少女

 

 何体の豚頭オークを倒しただろうか。


 五、六体倒したところで記憶があいまいになり、そのあたりで数えるのをやめてしまった。


 ーーふと気がつくと、周りに俺を襲おうとする敵はいなくなっていた。


 自分の存在がどの程度戦況に影響を及ぼしたかは分からない。

 が、ひとつ言えるのは、いつのまにか人間側が優勢になっていた、ということだ。


 もちろん村人にも多くの犠牲者が出ている。


 肩口からバッサリやられた死体やら、切り飛ばされた上半身やらがそこら辺に転がっているが、それでも比較すればオークの死体の方が圧倒的に多い。


 今やオーク一匹に対して、村人が三、四人でかかれるくらいには優勢になっていた。

 ゲーム同様に包囲効果が働いているのか、魔物の動きはかなり鈍い。


 俺自身も何度か腕や肩を斬られたけれど、優秀な相棒ひだりちゃんがほぼラグなしでアイテムを使い回復してくれたおかげで、なんとか戦闘を続行できていた。


 ーー斬られた時は、それこそ死ぬほど痛かったけど。




 さて、掃討戦だ。


 俺は村人たちが戦っているオークに一気に近づき、首を刈ってゆく。


「はっ!!」


 ズバッ!


「くらえっ!」


 ズバッ!


 これまでの苦戦はなんだったのか。


 村人による包囲効果で回避率と防御力が減少したオークたちは、嘘のようにあっさり首を落とされ、倒れてゆく。


「すげえ……」


 その様子を唖然として見つめる村人たち。


「あのオークを、あんなにあっさり……」


 ーーいや、頼むからそんなキラキラした目で見ないで。

 これ、あんたらが囲ってくれてるおかげだから。

 別に俺がすごい訳じゃないから!


 なんというか、とても居心地が悪い。


 当初、村の男たちから不審な目で見られた俺だったが、襲われている村人を助け、オークを倒していたら「ありがとう」とか「アンタ、スゲーな」などと声をかけられるようになっていた。


 それが今や、このありさまだ。

 まあ、こんな見た目で変に警戒されるよりはましだけど。


 村人たちの外見はモロ西洋系だ。

 俺みたいな東洋系は見たところ一人もいない。


 最初は言葉が通じないことを心配していたのだが、それは杞憂に終わる。

 彼らが話している言葉は、なぜかまごうことなき日本語だった。




 自分の中に、油断があった。


 周囲の敵が減ったことで「大勢が決まった」と思ってしまったのだ。


 ーー実際には、見えないところで大変なことになっていたというのに。


 目の前の魔物オークを倒すことに専念していた俺が「それ」を知ったのは、再び耳にした村の鐘の音がきっかけだった。


 カンカンカンカンカンカンカンカン!!


 激しく鐘が打ち鳴らされる。

 そして、叫び声。


「北だ!! 北側が押されてる!! デカいのがいるんだ!!!!」


 見張り台の上で叫ぶ村人が指差す方を見ると、そちら側では村の中から火の手が上がっていた。

 激しい戦闘が起こっているのか、遠くから悲鳴と怒号が響いてくる。


 ーーつまりこの攻撃は、二方向からの同時侵攻だった。


 俺が戦っていたのは、西の森から来た別働隊。

 オークの本隊は、北の森からやって来ていたのだ。


 村の家々が視界を遮っていて、全然気づかなかった。

 掃討戦、などと気を抜いている場合じゃなかった。


 そして北側で再び閃光が走り、数条の落雷が落ちる。

 例の魔術師は、どうやら北側の戦線を支えているらしい。


「くそっ!!」


 俺は村の中心に向かって走り始めた。




 村の中心まで来て、北に伸びる通りの先の惨状を見た俺は、思わず息を飲んだ。


 家々が燃えていた。


 その中を、オークの群れがゆっくりと侵攻して来る。


 先頭を歩くそいつは、他の個体よりふたまわりほど大きい巨体だった。


 隆々と発達した筋肉。

 黒々とした分厚い鎧と兜。

 そしてその巨体と同じくらいの長さの禍々しい戦斧。


「……オークキング」


 俺は茫然と呟いた。


 VRMMO「ノーツ・オンライン」において、オークキングはオークの集落などに現れる時間湧きのエリアボスだ。

 特定のエリアにおいて一時間に一度判定があり、前に湧いたオークキングが倒されていた場合のみ、一匹だけ出現するボスだった。


 プレイヤーキャラのソロでの対応レベルは80前後。オーク狩りをできるようになるレベル40前後ならば、フル編成のパーティーを組んでギリギリ対応できるかどうか。


 アイテムで強化バフしまくった今の俺でも、到底敵う相手じゃない。


 だがーーーー


「「うぉおおおおっ!!」」


 ドンッ! ーードンッ!!


 村人たちは圧倒的な戦力差にも関わらず、健気にも手持ちの武器や魔法で攻撃を仕掛ける。


 ーーが、焼け石に水。


 ザンッ!!!


「「ゴボォッ!!!!」」


 勇敢にも斬りかかった三人の男たちが、オークキングの斧のひと薙ぎによって体を真っ二つにされ、吹き飛ばされた。


 数秒前まで人間だったその肉塊は赤いものを撒き散らし、哀れな残骸となって道端に転がる。


「ひっ!!!?」


「きゃーーーーっ!!!!」


 道の真ん中で詠唱していた少女らしき魔術師と、火球を放っていた村娘の二人が、悲鳴をあげて後ずさった。


「お前たちは逃げろ!!」


 彼女たちを守るように剣を片手に前に出る、勇敢な少年。


 だが二人の少女は、オークキングの圧倒的な殺気の前に足がすくんでしまったのか、ガクガク震えるばかりで動こうとしない。


 近づくオークキング。

 固まる三人の少年と少女。


 ーー絶望が、辺りを支配していた。




「……え?」


 その時になって、気がついた。


 立ちすくんでしまった魔術師の少女。

 その姿には、どこか見覚えがあった。


 漆黒のローブ。

 魔術学園の制服。

 右手に握りしめた、欠けた月をあしらった杖。


 違うのは、目の前にいる彼女は銀髪のハーフエルフではなく、黒髪の人間の少女である、ということ。


 ーーもし、彼女なら。

 ーー彼女なら、オークキングを撃滅できるんじゃないか?


 俺は右手の剣と左手のこぶしを握りしめた。


「ひだりちゃん!」


「はいっ! けぷ」


 ひだりちゃんが右肩で飛び跳ねる。


「パーティー結成『詠唱魔術団スペルリンカーズ』!」


「わかったけぷ!!」


 《パーティー『詠唱魔術団スペルリンカーズ』を結成しました》


 ーーどこからか機械音声が流れた。


「『アイテムの全自動使用ひだりちゃんモード』の対象をパーティー全体に設定!」


「ーー設定したけぷ!」


「前方の三人にパーティー参加要請!」


 言うや地面を蹴り、全力で走り出す。


「分かったけぷ!!」


 肩口のひだりちゃんが叫んだ。


 ーー最悪の恐怖はもう、目前に迫っている。




 走る。

 走る。


 三人の背中が、オークキングの巨体が、あっという間に近づいてくる。


「ひっ……」


 目の前の誰かが短く悲鳴をあげた。


 オークキングは、ドシン、ドシン、と地響きを立てながら三人の少年少女の前まで歩いてきてーーーーその巨大な戦斧をゆっくりと振り上げようとしていた。


 棒立ちになる三人。


 俺は全力で彼らの背後に走り込み、そこから『ウインド踏段・ステップ』で宙を駆け上がる。


 そして、跳躍。


 オークキングさえも眼下に捉え、左肩に剣を構えて身を捻った。

 すぐに二次詠唱『急転剣舞スピニング・ソードダンス』が発動し、体が半回転する。


 そのまま俺は、地上で茫然と立ち尽くす彼女・・に向かって怒鳴った。


「杖を掲げろ! 詠唱姫エリシア・オルコットォオオ!!!!」


 愛剣『業火ヘルフレイム長剣・バスタード』が弧を描き、戦斧を振り下ろさんとするオークキングの右腕を切り裂いた。



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