第2話 異世界にて
風が頰をなでる。
草の匂い。
土の匂い。
どこに寝ているのか、背中が痛い。
ーー少しずつ感覚が戻って来る。
まぶたの向こうが眩しくて、手をかざしながら目を開けた。
まず目に入って来たのは、草の緑だった。
どうやら地面にそのまま横たわっているらしい。
そのままでいる訳にもいかないので、片肘をついて身を起こす。
ーーそこは草原だった。
見渡す限り野原が広がっていて、遠くに森や山が見える。
現実離れした風景。
日本にこんな場所があるとは思えない。ーーいや、北海道あたりなら分からないが、そういう問題じゃない。
「ここ……どこだ?」
意識が、記憶が、戻ってくる。
確か昨夜はVRMMO『ノーツ・オンライン』のクランバトルで、ランキング8位の詠唱姫のクランと戦っていたはずだ。
ーーうん。そこまでは記憶がある。
相手クランのメンバーのほとんどを退場させたけど最後に残った詠唱姫一人に負けそうになって、サブマスター兼部活の先輩、エイミーの勧めで幻の技『次元斬』を使ったのだ。
その直後、次元斬によって出来た空間の裂け目が急膨張。
俺とクランメンバーの暗殺者のセリカ、それに詠唱姫エリシアの三人は、暗い次元の穴に吸い込まれた。
ーーということは、だ。
「ここはどこだ?」
俺は先ほどと同じ問いを繰り返す。
「セリカとエリシアは?」
目の前に広がるのは、だだっ広い草原のみ。
彼女たちの姿は、どこにも見当たらなかった。
自分の声がはっきりと耳に届く。
肌が風を感じる。
鼻からは草の匂いを感じる。
ーーつまり、これはVRではない。
今のVR技術では、ここまで繊細に感覚を再現させることはできないはずだ。
もちろん研究室レベルではもっと進んでいるのかもしれないが、少なくとも市販されてる範囲でここまで現実に近づけられているものは、聞いたことがない。
「ーーじゃあこれは何なんだ、って話だよな」
俺は自分の服装をまじまじと見る。
それは俺こと仁藤裕一が『ノーツ・オンライン』の中で使っているキャラクター『ユーイ』の装備に酷似していた。
革の鎧。
漆黒のマント。
エイミーから預かったペンダント『世界の想い』。
そして腰から下げられた愛剣『業火の長剣』。
肌に感じる質感と重み。
それらはVRでは感じたことのない現実感だった。
「よっ……と」
シャイン、という音とともに剣を抜き放つ。
愛剣『業火の長剣』はその名の通り、柄に炎の意匠が施された黒みを帯びた長剣だ。
その握った感覚、重量感は、やはりどう考えても現実としか思えない。
「ーーーーえっ?!」
まじまじと剣を見ていた俺は、その剣身に映った自分の姿に驚き、思わず声を上げた。
そこに映っていたのは、自分のキャラクター『ユーイ』の格好をした俺自身だった。
「ちょっーーマジか?!」
俺は左手に剣を握ったまま意識を集中し、右手の人差し指と中指を揃えて空中を払うように動かす。
すると空中に、思った通り、淡く白く光る文字列が現れた。
名前:仁藤裕一(17歳)
職業:無職
Lv:16
HP:380/380
MP:1/1
SP:180/180
STR:15(+10)
VIT:8(+10)
AGI:16(+10)
INT:52(+10)
DEX:48(+10)
加護:
・七精霊の祝福
・自動詠唱補正(装備・補正率20%)
「はあ?!」
思わず叫ぶ。
ちょっと待て。なんだこの状態?!
Lv:120 の『ユーイ』はどこにいった?
これじゃあ……
これじゃあ、まるで…………
「……『俺』自身のステータスじゃないか」
ーーそんなバカな。
首を振り、あらためてそれらの文字を見る。
項目を見る限り『ノーツ・オンライン』と全く同じであることが分かる。
が、一言で言えば「弱い」。
レベル16。『ノーツ』の基準で言えば、プレイ時間数日程度の駆け出し冒険者だ。
HPは、レベル相応。初期フィールドであれば余裕。低レベルダンジョンの浅い階層が狩場になるだろう。
MPは……「1」ってなんだよ? 「1」って?! このレベルでこの数値なら、いくらレベルを上げてもまともな無詠唱魔法は使えないことになる。
技の発動に必要なSPの値は、レベル相応。
その他の能力値は、一部偏っている。
ペンダント『世界の想い』の補正値(+10)を除いて考えると、STRは平均、VITは低め、AGIは平均、INTとDEXが異様に高い。
ステ振りだけ見れば、完全に詠唱騎士型だ。
が、補助の無詠唱魔法が全く使えなさそうなのは、痛い。事前に詠唱魔術を起動しておくか、アイテムで補完するほかないだろう。
「ーーーーじゃ、なくて!」
俺はセルフツッコミする。
「問題は、ここがどこで、どういう状況なのか、だ」
とりあえずステータスの詳細は後回しだ。
ーーーー混乱する頭を落ち着かせ、なんとか情報を整理しようとした時だった。
ガサガサッ
背後の草むらが音を立てた。