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第19話 飴とムチと?

 

 いきなり自分の名前を、縁もゆかりもない初対面の相手から出されたら、誰だって驚くだろう。

 その相手が、自分が目をつけたスリの獲物だったりすれば、なおさらだ。


 だから俺はスリの少年ウッツの質問に、顔を近づけ、耳元でこう答えた。


「俺から逃げられると思うな」


 ドスを効かせた声に、固まる少年。

 顔を離す。


「ウッツ。お前にチャンスをくれてやる」


「は、はあ? 何言ってんだおま……」


「俺は人を探していてね」


 反抗的に言い返そうとするウッツを、声を大きくして遮る。


「容姿は不明。年齢も、男か女かも分からない。だが……不思議な術を織り込んだ短剣技や、弓を使う暗殺者アサシンだ。戦っているところを見れば一目で分かるだろう」


「っ……。なんで俺がお前なんかにーー」




 ーーシャイン


 俺は剣を抜き、くるりと逆手に持ち替える。

 そしてーーーー、


 グサッ


「ひぃっ?!」


 無造作に彼の顔の横ギリギリの壁に突き立てた。

 真っ青になるスリの少年。


「お前にチャンスをやる、と言ったんだ。期限は一ヶ月。それまでに彼女を探し出せ。一ヶ月後、結果を訊きに行く。良い報告を聞ければ、今回のことは水に流し、働きに見合う報酬を約束しよう。……そうだな、1000セルーでどうだ?」


 どうだ。

 飴だぞ、飴!


 俺の硬軟織り交ぜたびょーりほーな交渉術に、盗賊の少年はーーーー、


「……こ、断る!」


「は???」


 ホワイ?!

 いや、ここは受けるべきでしょう。

 節約すれば、半月は暮らせる金だぞ?


「オレのことはオレが決める。誰の指図も受けねーよ!」


 ……うーん。

 なかなか肝がすわっていらっしゃる。


 だが、反省の色が見えないのはいただけないな。




 俺はしばらく悩んで、彼女を呼んだ。


「ひだりちゃん。こいつに見えないように、アイテム一覧を表示してくれ」


 再び姿を現わすひだりちゃん。


「分かったけぷよーー!」


 彼女が飛び跳ねると、スリの少年の頭上に所持アイテムのリストが浮かび上がる。


 俺はそのリストを指で送りながら、使えそうなものがないか見ていった。


「ーーよし。これにしよう」


 俺は手を伸ばし、とあるアイテムを選択する。


 ポーン


 すぐに使用対象選択の矢印が現れ、ウッツ少年を指し示した。


「ウッツよ。俺に従わなければ、こうなるぞ」


「はあ? 何言ってんだ???」


 ふてぶてしく訊き返してくるスリの少年。

 うん。やはりこれはオシオキが必要だ。




「けってーーい!!」


 ポンッと決定ボタンを叩く。


「あ?! 何やって……うわーー!!!?」


 ザバーーッ!!


 少年の頭に降り注ぐ、茶色い液体。


「くそっ! 何しやがんだおま……くっ、臭ぁあ????」


 茶色い汁まみれになったウッツが鼻を押さえ……られず、悶絶する。


 俺は愚か者の末路に、高笑いをーーーー


「はぁーっはっはっはっは……く、臭ぁっ!!!!」


 あまりの臭気に、思わずバックステップを踏む。

 ーーちょ、これ臭過ぎじゃね?


「お、おまっ?! 何かけやがった??!!」


 涙目で叫ぶスリの少年。


 俺はあまりの臭いに顔を背けながら、液体について説明する。


「『茶色く、臭い液体』だ。風呂に入っても一週間は臭いが取れないらしいぞ」


「くそっ! こっ、コ◯ス!! お前、◯してやる!!」


 涙と鼻水を撒き散らしながら喚くウッツ君。


「どうだ? そのままだと一週間は臭いが取れないぞ。俺の話に乗るなら、中和剤をかけてやる」


「ち、中和剤?!」


 そう。

 今使った臭い液体には中和剤がある。


 このアイテム『茶色く、臭い液体』は『ノーツ・オンライン』の期間限定クエストで入手したイベントアイテムだ。


 本来は香水の材料液なのだが、作成者の兄ちゃんがちゃらんぽらんでえらいことになり、中和剤の材料を集めて持って行く、というクエストだったはずだ。


 ちなみに敵に使うと、混乱の状態異常とMPを下げる効果があった。




「ほら、どうするんだ? 臭いんだから早く決めろ。ーーちなみに俺の話に乗らなきゃ中和剤もやらないし、一ヶ月に一度、この汁をかけに行くからな!」


 鼻をつまみ、茶色い汁まみれのウッツから顔を背けて叫ぶ俺。

 あまりの臭いで、目にまでしみてくる。


 くそっ、これじゃあこっちも罰ゲームじゃないか。


 いい加減、我慢の限界にきたところで、臭いの発生源から悲鳴のような叫び声が聞こえた。


「わ、わかった。分かったから! こいつをなんとかしてくれえっ!!??」


 その言葉に、凶悪な臭いと戦っていた全俺が泣いた。




 中和剤をかけると、地獄の肥溜めのような臭いはウソのように消え、あとにはほのかなフローラルの香りが漂った。


「「スハーーーーっ! スハーーーーっ!」」


 大きく息を吸う二人。


「生きてるってすばらしい……」


 臭気から解放され、自分でもよく分からないことを口走ってしまう。


 おそろしい……。

 これが状態異常か。


 しばらくゼイセイやった後、俺は同じようにゼイゼイやりながらゲッソリしているウッツに向き直った。


「く、くれぐれも、俺を敵にまわさないことだな」


「くそっ……くされ外道め」


 ウッツ君は涙目で負け惜しみをこぼす。


「ま、まあ、何はともあれ約束は約束だ。お前には人探しを手伝ってもらうぞ。さっき言ったように、一ヶ月以内に彼女を探し出せ」


「……さっきから『彼女』って言ってるけど、そいつは女なのか?」


 拘束されたスリの少年が、仏頂面ながらもやっと話に乗ってきた。


「俺が知る彼女は、小柄な黒髪ポニーテールの女の子だ。だがそれは変身した姿で、本当は年齢も体格も男なのか女なのかも分からん」


「それ、人間か?」


「人間なのは間違いない。かなり不思議な術を使うけどな」


 ウッツは、はあ、とため息を吐いた。


「その情報だけじゃ、探し当てるのは難しいぞ。不思議な術を使う人間ってだけなら曲芸師や奇術師だって当てはまるじゃねーか」


 ふむ。確かに。

 他に何か、参考になりそうな情報は……。


「そうだな……。俺が知っている彼女の話をすると、彼女は無口でおとなしくて、自己主張が少ない。だけど一度引き受けた仕事は必ず完遂する。静かに周りの様子を見て、組織に必要なことを誰も知らないうちにやってしまう。そんな子だな」


「要するに、目立たないんだな」


 ウッツが身もふたもないまとめ方をする。


「ま、まあ、確かに目立たないが……。でも、クランバトルでは欠かせない柱になっていたし、彼女の詠唱技スペルアーツは神がかってるんだぞ!」


「は? なんだって???」


 ……いかん。

 つい熱くなった。



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