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第18話 追跡、そして接触

 

「くそっ、やられたな」


 人を躱して走りながら、毒づく。


 マヌエルさんたちとやりとりしている僅かな間に、スリはすっかり視界から消えてしまっていた。

 さすがというか、何というか。


 だが、あれは俺たちが命をかけて勝ち取ったものだ。

 コソ泥なんぞに持って行かれる訳にはいかない。


 俺は立ち止まり、彼女を呼んだ。


「ひだりちゃん!」


「けぷーー!」


 再び姿を現す、小さな相棒。


 周りの何人かが、こちらを振り返る。

 本当は見られたくないけど、今は緊急事態だ。

 妥協しよう。


「ひだりちゃん。マップにさっきマーキングしたスリの位置を表示してくれ」


「分かったけぷよ☆」


 彼女が跳ねると、視界にマップとスリの位置が表示された。


 スリは横道に入ったらしく、どんどん俺から遠ざかってゆく。

 なんとも足が速い奴だ。


「……まともに追いかけたんじゃ、追いつけないな」


 俺は周囲を見回して一瞬だけためらい、次の瞬間、腹を決めた。


 ーーやるしかないな。

 往来でやるのは恥ずかしいけど……。




「ちょっと下がってくれ!!」


 俺は大声で叫びながら、愛剣「業火ヘルフレイム長剣・バスタード」を抜きはなった。


「おおっーーーー?!」


 近くを歩いていた人びとが後ずさる。


「『風の精霊シルフよ。その力を顕現し、我が身、我が剣とともに踊れーー』」


 詠唱とともに周囲に緑の光の粉が舞い始める。

 俺はそのまま詠唱に合わせ、小さく剣を振るう。


 ーー今回は急ぎだ。

 詠唱を大幅に短縮する。


「『ーー凛として舞え! 精霊フェアリーズ舞踏・ダンス』!!」


 緑の光の粒子が俺を包む。

 が、その光はいつもより少ない


 なんせ簡略版だ。

 フル発動より強化バフの上昇率も持続時間も劣るが、仕方ない。


 さらに続けて二次詠唱を唱える。


「『シルフよ、我が意のまま宙に道をつくれ。ウインド踏段・ステップ』!!」


 足元から浮かび上がる緑光。


 俺は地面を蹴り、宙を蹴り、瞬く間に空に駆け上がる。


「な、なんだ、あれは?!」


 誰かが叫ぶ。


「あいつ、空中を歩いてるぞ?!」


 ーー跳んでるんだよ。


 心の中でしょうもないツッコミを入れながら、俺は家屋の屋根も足場にしてスリの後を追いかけた。




 その小柄な人影は、大通りから数本入った路地裏で立ち止まり、建物の影に隠れると自分が走ってきた道を窺っていた。


「ーーよし。撒いたな」


 彼はそう呟くと、懐から今しがた頂戴したものを取り出し、眺める。


「でっけー魔石。何の魔石だ?」


 そう言って首を傾げたところを、急襲した。


「『大地アース・束縛バインド』」


 その詠唱の発動句を俺が呟いた瞬間、彼の足元が揺れ、異変が起こる。


 ズズズズズズズズズーー


「な、なんだ?! ーーうわぁ!!」


 石畳の地面から這い出る、緑の植物。

 そのつたはたちまち男の両足に絡みつき、腕のあたりまで這い上がった。


 地属性詠唱魔術「大地アース・束縛バインド」。

 効果はまあ、ご覧の通りだ。

 スリを追跡しながら詠唱し、足を止めたところを狙って発動した。


 詠唱魔術は本詠唱後の即発動が基本で、発動句まで間が開くとどんどん威力が落ちてゆく。


 ーーが、まあ、そこはそれ。

 相手がボス級ならともかく、人ひとりの足を止めるくらいなら問題ない。


 スリの男は「くそっ」とか「このっ」とか言いながらもがいているが、束縛は弛む様子もなかった。


「ひだりちゃん、魔石回収!」


「分かったけぷ!」


「「えいっ!!」」


 俺たちは叫びながら、民家の屋根から飛び降りた。




「回収けぷーー☆」


 草の蔦に絡みつかれた男に向かって落下するひだりちゃん。

 すわ激突、というところで彼女が一跳ねすると、虹色の光が男の手をつつみ、握られていた魔石がアイテムとして収納された。


「え?! なんだコイツ?! ーーって、おいこら! 返せコノヤロウ!!」


 男はひだりちゃんに手を伸ばして捕まえようとするが、蔦に絡めとられているので当然届かない。


「バイバイけぷーー☆」


 ひだりちゃんは余裕の顔で姿を消した。


「くそっっっ!! 俺の魔石だぞ!? 返しやがれ!!!!」


 もがき叫ぶスリ野郎。


 俺は宙に足場を作りながら降下し、地面に降り立った。




「ーーいやいや。お前のじゃないだろ」


 意外に若いそのコソ泥の前に立つや、思わずつっこんでしまった。


 若い……というか、年下なんじゃないだろうか。

 幼さの残るその容姿はあまりに普通で、一見とても犯罪者には見えない。


 ーーいやまあ、スリなんだけど。


 空から降って来た俺に、スリボーイは一瞬ぎょっとした顔をすると、気張ったように険しい表情で睨みつけてきた。


「オメー、誰だよ?」


「お前さんが今しがた女の子からスった魔石の持ち主だよ」


 俺がそう言うと、少年は顔を引きつらせながら笑った。


「俺がスった、だと? どこにそんな証拠があるんだ」


「現に石を持ってただろうが」


「は? ありゃあ俺が死んだじいさんからもらった魔石だよ。さっさと返せ」


 ふてぶてしくそんなことを言って噛みついてくる。


 ーーうーん。

 こいつ、どうしてくれよう。




 とりあえず魔石は取り戻したので、そういう意味ではもうこいつに用はない。


 本来なら警察的な何かーー市内警備の兵士にでも突き出しておしまいなんだが……。

 ーー確かに、こいつが盗んだことを証明する客観的な証拠がないのだ。


 俺がスリに気づいたのはゲームのシステムで「スティール」スキルの発動に気づいたからだし、スられた魔石にも特に痕跡は残っていない。


 スられた俺たち自身がその瞬間を見ていないのだから、目撃者も絶望的だ。

 現代日本なら指紋の照合なんて手が使えるが、この世界にはそんな手法はないだろう。


 兵士に突き出したところで証拠不十分で釈放されるのがオチだ。


 ーーかと言って、このまま解放というのもな。


「くそっ! 放せよ、この陰気野郎ッ!! 真っ黒なコートで妙な魔法使いやがって。オレになんかあったら『ファミリー』がただじゃおかねーからな!!」


 ーーこのまま解放は、ねーな。

 うん。マジないわーー。


 ところでこいつ、今、妙なことを口走ったな。




「ファミリー? なんだそれは??」


 俺の問いに、はっ、とした顔で口をつぐむ少年。


 ファミリー。家族ファミリーねえ……。

 マフィアみたいなものだろうか。


 もしこいつが犯罪組織の一員だとして、どういうリスクがあるだろう?

 こいつにキツいオシオキをしたとして、その組織が動くだろうか。


 ーーないな。

 こいつはケチなスリボーイだ。

 精々、使い捨て。鉄砲玉のポジションだろう。


 『ファミリー』とやらがどんな組織かは知らないが、幹部が◯されたとかならともかく、下っ端が失敗した挙げ句オシオキされた程度なら、まともな組織は動かないはずだ。


 つまりこいつの先ほどのセリフは、こけ脅しに過ぎない。


 無視してもいい情報だ。

 だがーーーー。




「…………ふむ」


 その時、ちょっと思いついたことがあった。


 考え方を変えてみる。

 こいつは『ファミリー』にとっては三下に過ぎないが、俺にとってはどうだろうか。


 俺は今、情報を求めている。

 とりあえず学園や冒険者ギルドで情報収集しようとは思っているが、ちょっと心もとないものを感じていた。


 そんな中、よくわからん『ファミリー』なる組織の下っ端と接触することができたのだ。

 その組織が非合法な組織なら、アンダーグラウンドな情報も掴みやすいかもしれない。


「……むしろチャンスと考えるべきか」


 このスリボーイは色々と足りていないが、こちらが情報収集するためのコマとしては、なかなか良い人材と言える。


 ーー例えば、はぐれてしまった仲間セリカの情報とか、な。




 そうとなれば、こいつを懐柔しなければならない。

 つまり協力者として使えるようにするのだ。


 古今東西、協力者を作る方法は共通している。


 飴を舐めさせ、弱みを握り、脅す。


 が、いきなり全部というのは無理がある。

 とりあえず今日は、脅しつつ、次回への繋がりをキープしようか。


「ひだりちゃん。コイツをフレンドに登録」


「登録するけぷ!」


 ーーポーン。


 《盗賊シーフ『ウッツ』をフレンドに追加しました。》


 視界にメッセージが表示され、頭の中に機械音が響いた。


 ほうほう。なるほど。

 こいつはウッツというのか。


 フレンド登録すれば、システムに本名が表示される。あとマップ上で相手の位置の確認もできるようになるんだよな。


「な、何してんだよ?」


 気味悪そうに俺を見るウッツ君。

 そんな彼に、俺はにやりと嗤ってみせた。


「なあ、君は誰のものに手を出したのか、分かってないと思うんだよ。ウッツくん」


「なっ?! なんでオレの名前知ってるんだよ!!」


 スリボーイの顔が恐怖で引き攣った。



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