第17話 学園都市カンタルナ
リオナから突然聞かされた、彼女とグランの魔法学園入学の話。
よくよく聞くと、実はかなり以前から予定していたことだったらしい。
彼女たちは冒険者になって修行し、グランは学園都市の魔法騎士に、リオナは村を守れる力を身につけたい、という希望があるそうだ。
本当は半年ほど先を考えていたそうだが、俺や柏木小夜と同じタイミングだと何かと都合が良かろうということで、前倒しすることにしたとか。
…………。
何の都合だろうか?
カンタルナへの二泊三日の旅は、とても順調だった。
サンガ村から東に向かい、小規模の街で一泊。
そこから北上し、大きめの村で一泊。
もはやザコ敵となったフィールドモンスターを交代で屠りながら馬車は進み、カルタナ湖を視界に収めたのは、三日目の昼前のことだった。
「これは……!」
丘の上で馬車を停め、馬車を降りた俺たちは、目の前の風景に息を飲んだ。
なだらかな坂を下った先にひろがる広大な湖、カルタナ湖。
その南岸から湖の中心に向かって突き出た半島には、港を備えた立派な城塞都市が鎮座している。
学園都市カンタルナだ。
湖上には輪の太いドーナツ状の巨大な島が浮かび、一部が都市化され、その他は森が覆っている。ドーナツは川や水路によっていくつかの区画に分かれているようだ。
ゲームと同じであれば、あれが学園の寮や演習場がある外縁島だろう。
そして外縁島の中心。
ぽっかりと穴が開いた湖面の上空に、それはあった。
城塞のような造りの校舎。
天を突かんばかりにそびえ立つ一本の塔。
小さな森と水路さえ具備した巨大な島が宙に浮かび、川からは水が滝のように湖面に流れ落ち、水しぶきが幻想的な虹を作り出している。
この都市の名の由来となっている、カンタルナ魔法魔術学園。
その中枢である中央島だ。
「すごい……。こんな風景を見ることになるなんて」
隣に立つエリシアの口から感嘆の言葉が漏れた。
「『ノーツ』で初めてカンタルナに来た時にも感動したが……。この現実感と比べたら所詮作り物だったな。言葉もない」
「……そうね」
俺の言葉に、珍しく素直に頷くエリシア。
「グランは毎年町に来てるってことだけど、リオナもカンタルナには時々来るのか?」
俺の問いに、リオナは首を振った。
「私はこれが二回目かな。前に来たのは小さい頃であまり覚えてないけど、こうして見るとすごく幻想的な風景よね。……これからあそこにユーイと一緒に通えると思うと、ドキドキする」
そう言って恥ずかしげに俯く茶髪の少女。
ふたつ結びにした髪が前に垂れ、その表情を隠した。
「そ、そうか……」
「……うん」
それ以上かける言葉が思いつかず、俺は逃げるように再び中央島に目をやった。
彼女が俺に好意を持ってくれてるらしいことは、にぶちんの俺にも流石に伝わってくる。
とはいえ、こっちは女子と話すだけでいっぱいいっぱいなのだ。
ファンタジー映画のような不可思議で壮大な風景を前に、俺は「こういう場合どうすれば?!」と全く関係ないことで頭を抱えるのだった。
「ーーうわ、すごい混雑ですね!」
町の入口である市門の前には、大勢の商人や冒険者が列をつくり、入門の時を待っていた。
マヌエルさんによれば、学園都市カンタルナには東西と南に市門があるそうで、今回俺たちは最寄りの南門から町に入る予定だ。
入門には身分証の確認が必要で、そのためにこんな列ができているらしい。
ちなみに俺とエリシアの身分証は、村長が村民証明を書いてくれたので、それを使うことになっている。
「順番が来るまで、結構かかりそうですね?」
御者台のマヌエルさんに声をかけると、彼は「ははっ」と笑って言った。
「この行列を見ればそう思うだろうな。だがまあ、列が捌けるのは意外と速いからな。俺の見立てでは、三十分てとこだ」
「三十分! ーーそんなもんで入れますか?」
「こう見えて、三ヶ月に一度はこの町に村の収穫物を売りに来てるんだ。まあ、見てろ。ーーそろそろ腹も減ってきたし、昼飯は魚料理の美味い店に連れてってやるぞ」
「魚料理!」
背後でエリシアが声をあげた。
確かに、こっちに来てからずっと肉料理ばかりだったからなあ。
魚料理が食べられるなら、俺も楽しみだ。
かくして俺たちは三十分ほど後には無事入門を果たし、一時間後にはカルタナ湖産の魚料理にありついていたのだった。
カンタルナは、遠景で見るよりはるかに大きく、賑わっている町だった。
通りの左右には様々な商店が建ち並び、学校の敷地ほどもある中央広場には大規模な市まで立っている。
城塞都市ではあるが、都市の膨張により数度にわたり市壁がつくり直され、今もまた拡大を続けている。
正直『ノーツ』のVRで見た学園都市に比べ、建物の多さも、活気も、比較にならないほどの規模だ。
「さて。腹休めしたら冒険者ギルドに行くぞ」
白身魚のムニエルを堪能した俺たちに、マヌエルさんが言った。
「魔物の素材を売るんですか?」
俺の問いに、頷くマヌエル。
「それもあるし、お前たちの入学申し込みもしなきゃならんだろう」
「え、魔法学園の入学申し込みって、冒険者ギルドでできるんですか?」
「短縮コースだけな。本コースの申し込みはもちろん学園の庁舎だぞ。短縮コースで入学するのはどうせ冒険者志望だけだし、学園とギルドどちらでも申し込みできるようにしてあるのさ」
なるほど。
便利なもんだな。
「ーーどうせ明日には学園に行くんだ。せっかくだから、今日は冒険者ギルドを見ておくといいんじゃないかと思うんだが、どうだ?」
「異議なし」
即答する俺。
エリシアも少し考えた後、頷いた。
「お願いします」
そうしてしばらく町の感想などを言い合った後、俺たちは市門横の馬車の駐車場に戻ってオークの素材を担ぎ、冒険者ギルドに向かったのだった。
町の中はとても賑わっていた。
客引きの声が飛び交い、音が溢れている。
そんな中でそれに気づいたのは、エイミーにかけてもらった『七精霊の祝福』のおかげだった。
「はいはい、ちょっとごめんよ!」
背後から声が聞こえ、直後、隣を歩いていたリオナが「きゃっ」と悲鳴をあげてよろめいた。
ーーポーン
ゲームシステムの警告音。
よろめくリオナを受け止めると、その脇を小柄な男が走り去る。
『スティール』
男の頭上に、スキル発動のサインが浮かんでいる!!
「ひだりちゃん、犯人をマーキング!!」
「まーきんぐけぷっ!!」
目の前に現れたひだりちゃんが飛び跳ねると、スリの頭上に赤い矢印が浮かんだ。
あの矢印は、俺とパーティーメンバーにしか見えない。
「大丈夫か、リオナ?!」
半分抱きかかえる格好になった彼女に問うと、少女は顔を朱くしてコクコクと頷いた。
「どうした、ユーイ?」
前を歩いていたマヌエルさんが、振り返って首を傾げる。
「スリです! さっきの男がリオナから何かをスッていきました!!」
「なんだと?! ーーリオナ。なくなってるものはないか?」
「えっ?! ちょ、ちょっと待って!!」
ごそごそと肩から掛けていたバッグを確かめるリオナ。
「ーーないっ! オークキングの魔石がなくなってる!!」
……くそっ。
軽いものを女の子に持ってもらおうと思ったのが裏目に出たな。
「マヌエルさん、リオナと荷物を頼みます!!」
「お、おうっ!?」
「冒険者ギルドで会いましょう!」
俺は背中に背負っていた鞄をその場に下ろすと、スリ野郎の追跡にかかったのだった。




