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第13話 オークのお値段

 

 マヌエルさんはひとしきり笑うと、優しげな目で俺たちを見た。


「だからまあ、君たちへの感謝は本心なのさ。あのままじゃ俺は、二人の子供をいっぺんに失うところだった。子を持つ一人の親として、あらためて礼を言わせてくれ。ーーありがとう。ユーイ殿、サヤ殿」


 深々と頭を下げるマヌエルさん。

 俺は慣れない感謝の言葉に、ちょっとだけ動転してしまう。


「いや、あの、頭を上げて下さい、マヌエルさん。気持ちは十分伝わりましたから」


 その様子を見て、村長が「ふぉっふぉっ」と笑った。


「マヌエルの言う通りですじゃ。グランとリオナだけじゃなく、多くの村の者が助かったのは、お二人のおかげ。わしからもお礼を申し上げますぞ」


 そう言って、再び村長が頭を下げる。

 今度は柏木さんが止めに入った。


「あの……分かりましたから。村長さんも頭を上げて下さい」


 そこまで言って、やっと二人は頭を上げてくれた。




「そういう訳で、お二人にお礼をしたいと思うんじゃが、見ての通り取り立てて何もない村でしてな。お金をお渡しできない分、今回倒した魔物からとれた素材を全てお渡ししようと思うとるんじゃが、それでよろしいじゃろうか?」


「へ?」


 それってもらい過ぎじゃね?


「もちろん死体からの剥ぎ取りはこちらでやるし、革のなめしまでしてから渡すから、そのあたりのことは心配しなくていいぞ」


 マヌエルさんが見当違いの補足をしてくれる。


「いやいやいやいや、違いますって。そんなのもらい過ぎですよ! だって今回の件で村の畑や家にもかなりの被害が出てるでしょ? 復興や被害者の救済にもお金が必要じゃないですか!」


「……私も、そう思います」


 同調してくれた柏木さんに驚き、彼女の顔を見る。

 が、向こうはこちらを一暼もせず、無視された。


 ーーヒドイ。


「むぅ……。じゃが、お二人への恩に報いるには、そのくらいせんと合わぬしのう……」


 目の前では村長が、困ったように白ひげをなでていた。




「よかったら教えて欲しいんですが、オーク一体でどのくらいの価値になります? よそ者なんで、この辺りの物価事情に疎いんですよ」


 俺の疑問に、マヌエルさんが答える。


「オーク一体を綺麗に解体すると、牙、骨、革、魔石で大体2000セルーくらいになる。肉もそれなりの値段で取引されるが、日持ちしないからな。バラしたらすぐに食べるか、加工するしかない」


 へえ……。「ノーツ・オンライン」ではドロップアイテムを売って500セルーくらいだったけどな。

 ……物価自体が高いんだろうか?


「2000セルーというと、宿で何泊くらいできますかね?」


「学園都市カンタルナの庶民的な宿が、朝食付きで一人一泊50セルーくらいだな。高級宿は、その倍から10倍くらいで幅がある」


「ええと、つまりオークを一体倒せば、一ヶ月生活できるってことですか?」


「そうだな。贅沢しなきゃいけるだろう」


「今回の騒ぎで何体くらい集まりました?」


「ざっと三十体というところだな!」


「やっぱりもらい過ぎですって!!」


 俺は思わず叫んでしまった。




 マヌエルさんが苦笑する。


「ちなみにオークキングだと、普通のオークの十倍は下らないぞ。キングは一つのオーク集落に一体しかいない希少種なんだ」


 マジか。


「じゃあ、オークキングの分だけ下さい。それを俺と柏木さんで折半します。ーー柏木さん、それでいい?」


 俺の問いに、左に座る同級生は黙って頷いた。

 例によってこちらも見ずに。


 ーーさすがに、ちょっとムカついてきた。


 俺の提案に、村長とマヌエルさんが顔を見合わせる。


「いや、しかし、本当にそれでいいんですかの?」


「俺たちが受けた恩に対して、明らかに釣り合ってないと思うぞ?」


 二人してそんなことを言ってくる。


 確かに、使用したアイテムの金額を考えると完全に大赤字だ。

 だけどまあ、一人が半年暮らせる分の報酬をもらえるのであれば、今の俺たちの状況を考えれば悪い話じゃない。


「それなら、俺たちが困った時、皆さんが出来る範囲で便宜を図って下さい。ーーーーそうですね。さしあたり今晩、村に泊めて頂けると助かるんですが……」


 俺の言葉に、皆がくすりと笑った。

 ーーいや、柏木さんとグラン以外の皆だ。


 マヌエルさんが豪快に笑う。


「はははっ! 最初からそのつもりだよ。ーー村長。ユーイ殿を来客用の部屋に泊めてやってくれないか? 飯はうちで用意するからさ」


「もちろんじゃよ。何もない村じゃが、くつろいで行ってくだされ」


 こうして俺は、今晩の宿とオークキングの素材の半分を確保できることになったのだった。




「それじゃあ、夕食の準備ができたらまた迎えにくる。それまでは部屋でゆっくりしててくれ」


 屋敷の玄関で、マヌエルさんたちと別れる。

 柏木さんはマヌエル家でお世話になっているらしく、そちらの家に行くらしい。


 ーー正直、今後のことを含め、話し合わないといけないことがあるんだが。

 まあ、夕食後に声をかければいいか。


 あからさまに俺を避ける彼女に心の中でため息を吐きながら、自分にそう言い聞かせた。


 その時だった。

 それまで仏頂面で沈黙を保っていたグランが、面倒くさいことを言い出したのは。


「なあ、あんた。あんたには色々と訊きたいことがある。これから話せないか?」


 うげ。

 後ろ向きな感情が思わず顔に出てしまう。


「……疲れたんで、夕食まで寝てたいんだが」


 正直、今日は色々あり過ぎて神経がすり減っていた。

 ましてや夕食後には、ツンケンしている柏木さんと話し合わないといけない。

 休みたい、というのは100%本音だった。


「おい! 俺はあんたとサシで話すのを待ってたんだぞ!? ーーーーガッ!!??」


 バコンッ! といい音を立てて、容赦なくグランの後頭部にヒットするリオナの杖。


「助けてもらった分際で、無理言わないの!!」


「お前はもうちょっと自分の立場を理解した方がいいな。そんなことじゃ騎士になるなんて夢のまた夢だぞ」


 マヌエルさんに首の後ろを掴まれ、引き戻されるグラン。

 家族にも散々な言われようだな。

 ーーまあ、同情はせんが。


「くそっ! 離せよバカ親父!! ーーガッ!?」


 今度はマヌエルさんのゲンコツを食らいおった。

 ーーこいつ、バカなんだろうか?


「ユーイ殿。バカ息子ですまないな」


「いえ、構いませんよ。ーーグラン、夕食の時なら話を聞いてやるよ。ちょっと休ませろ」


「ぐうっ……。約束だからな!」


「はいはい」


「それじゃあユーイ殿、また後ほど」


「ええ」


 結局グランは、首の後ろを掴まれたまま、マヌエルさんに引きづられて行った。


「ーーやれやれ、だな」


 ひとりごちる俺に、村長が話しかけてきた。


「ああ見えて、グランは人一倍責任感が強く、優しいところもあるんですじゃ」


「ええ、分かります」


 ちょっと鬱陶しいが、悪いヤツじゃなさそうだ。

 ちょっと鬱陶しいけど、な。


 その後、俺は村長に部屋まで案内してもらい、宣言通り夕食まで爆睡したのだった。




 日が暮れかけた頃、リオナが俺を呼びに来た。

 夕食の準備が整った、とのこと。


 寝ていた俺はあたふたと身支度を整え、彼女とともに村長の家を出たのだった。




 薄暗い中、二人で村を歩く。

 湯浴みをしたのか、彼女の茶髪からは爽やかな香りが漂ってくる。

 ーー少し、どきっとしてしまった。


「あの…………。ユーイ様は、明日からどうされるんですか?」


 リオナが、おずおずといった様子で尋ねてきた。


「『ユーイ』でいいよ。様づけとか慣れてないし」


「ええと……。じゃあ、ユーイ。明日には村を出るの?」


「ーーそうだな。出発できる状況なら、学園都市カンタルナに向かおうと思ってるんだ」


「えっ……カンタルナにですか?」


 リオナが嬉しそうに目を見開く。


「ああ。実は、一緒にこちらの世界に来ちゃった仲間がもう一人いてね。とりあえず人が多い町で、彼女を探そうと思ってる」


「ええと…………、それって女性なんですか?」


「うーん……。多分、ね。ひょっとしたら男かもしれないけど」


 先輩エイミーの例もあるしな。


「男性か女性か、分からないんです?」


「そうだな。俺と柏木小夜かしわぎさやもそうだけど、向こうの世界で『ゲーム』をする時は、別の姿に変身して遊んでたんだ。だから、本当の姿を知らないんだよ。俺が柏木さんのことを『エリシア・オルコット』って呼ぶのは、それが彼女のゲーム中での名前だからだな。……まあ、ふたを開けてみたら同じ学校の同級生だった訳だけど」


 俺は、はあ、とため息をついた。


 人差し指を口にあて、少し考えるような仕草をしたリオナは、くい、と首を傾げる。


「さっきから見ていて思ったんですけど……。ひょっとしてユーイって、サヤと仲が悪いんですか?」


 うっ……。

 やっぱり周りにもバレバレか。


「まあ、色々あったんだよ……。『ゲーム』の中でライバルのチームだったとか」


 ゾンビなすりつけたとか。

 煽りたおしたとか。

 のぞき呼ばわりされたりとか。


「そっかぁ。……そうなんですねっ」


 どこか嬉しそうに微笑むリオナ。


 なんでやねん。

 仕草がちょっと可愛いけど、なんでやねん。


「あ、着きましたよ。ーー小さな家ですが、我が家へようこそ!」


 リオナは、はじけるような笑顔で俺を彼女の家に招き入れてくれた。



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