第11話 詠唱姫の正体
☆以下、再掲載部分がありますが、展開がちょっとだけ変わってます。
「か、柏木さん……?」
魔術学園の制服に、漆黒のローブ。
欠けた月の意匠が施された杖。
VRMMO「ノーツ・オンライン」で最も有名な詠唱魔術師の格好をしたその少女はーーーーどう見ても俺の高校のクラスメイト、柏木小夜だった。
「嘘だろ……」
思わず顔が引き攣る。
そんな俺に、形のよい眉を顰め冷たい視線を浴びせてくる柏木さん。
リアルの彼女とは、ほとんど話したことがない。
それどころか、ごく最近ちょっとだけあったやりとりも、どちらかと言えば最悪の部類に入るものだった。
〈クランバトル当日・学校にて〉
「仁藤くん」
終礼のHRが終わり、だらだらと鞄を担いで教室を出ようとしたところで、背後から声をかけられた。
学校で女の子に声をかけられることなんてほとんどない俺は一瞬固まり、次にほのかな期待とともに振り返る。
「えっ……と。なに? 柏木さん」
そこに立っていたのは、やや小柄で華奢な眼鏡の美少女。
艶のある黒髪を後ろでまとめ、キツめの視線を投げかけてくるその姿はまさに『ザ・委員長』だ。
実際のところ、彼女、柏木小夜は我がクラスの委員長だったりする。
容姿端麗。成績優秀。いいとこのお嬢さんで、常に冷静さを失わない。
悪く言えば、笑顔がなく冷たい感じがするとも言えるんだけど、美しい立ち居振る舞いと相まって、二年だけでなく学校中に多くの隠れファンを抱える同級生だった。
その柏木さんは、俺に一枚の紙を差し出してきた。
「自転車通学の申請書。うちのクラスの未提出は仁藤くんだけだって。高浦先生から預かったわ」
「あ、ああ。ありがとう……」
おずおずとその紙を受け取ると、柏木小夜は「明日には提出してね」と冷たく俺を一暼し、くるりと背を向けて去って行った。
まあ、そうだよな。
彼女が俺みたいなぱっとしない隠れオタに興味を持つはずがない。
ちょっと期待した分、なんだかミジメな気分になった。
一時間半後。
部室で先輩と夜のクランバトルについて話をした俺は、自分の教室の前まで戻って来ていた。
体操服を持って帰るのを忘れたのだ。
六月上旬という季節柄、土日放置するとえらいことになるのは目に見えている。いくら面倒くさいとはいえ、取りに戻らざるを得なかった。
ところが、だ。
俺は教室の前にいるにも関わらず、扉を開けるのを躊躇っていた。
理由は簡単。
中から女の子が歌うような声が聞こえているから。
誰かとおしゃべりする声じゃない。
鼻歌のような、抑揚のある歌声。
しかもその声は、明らかに一人のものだ。
誰だか知らないが、ここで無神経にガラガラ扉を開けて入っていけば、気まずい雰囲気になること請け合いである。
さて。どうしたものか。
俺はしばらく悩んで、とりあえず相手が誰かを確認することにした。
中の人が陽気な子なら、そのまま堂々と入って行ってお互い笑い話にしよう。
そう思ったのだ。
ーーまあ、それが結果として最悪に裏目に出た訳だが。
とにかく俺は音を立てないように細心の注意を払い、扉を少しだけ開けたのだった。
それは、神々しさすら感じる光景だった。
夕陽をバックに佇む黒髪の美少女。
姿勢の良い立ち姿。美しいうなじ。
一目でそれが、委員長・柏木小夜だと分かった。
彼女は左手にノート、右手にボールペンを持ち、夕焼けに染まる窓の外に向け、まるで指揮者がタクトを振るようにペンを動かしながら歌っていた。
いや、歌にしてはメロディーが薄い。
どちらかと言えば、詩の朗読に近いだろうか。
俺は彼女の姿に見惚れ、立ち尽くした。
ーーそして、それは起こった。
まったく不運としか言いようがない。
彼女がペンを持つ右手を大きく後ろに振り、半分だけこちらを振り返ったのだ。
視線が床を走り、扉にやって来る。
ーーそして、目が合った。
柏木さんの目が見開かれ、時間が止まる。
永遠のような一瞬。
「…………」
「…………」
互いの視線が重なりーーやがて、時が動きだす。
彼女は何も言わず、静かにペンを持った手を下ろした。
そしてノートとペンを鞄に仕舞うと、教室の入口で立ち尽くす俺の前までやって来たのだった。
「…………どいて下さい」
夕陽のせいか。それとも羞恥心のせいなのか。
彼女の頰は朱く染まっていた。
柏木さんの短い言葉に、後ずさりしながら道を空ける。
彼女はゆっくり扉を引き開けると、すれ違いざま、ちら、とこちらを見た。
軽蔑と怒りの入り混じった視線。
その瞳に、俺は凍りつく。
「のぞきとか、最低だと思います」
ぞっとするほど冷たい言葉が、俺を切り裂く。
そして彼女は、そのまま足早に廊下を歩いて去って行った。
「……何なんだよ、一体?」
強がりを口にしてみるものの、ショックは大きかった。
しばらくぼんやりとそこで佇んでいた俺は、やがて心に傷を負ったまま、もそもそと教室を後にする。
ーー体操服を持って帰るのを忘れたのは、言うまでもない。
〈屋敷のエントランスホール〉
ーー今なら分かる。
あれは詠唱の練習だ。
一瞬、走馬灯のように嫌な思い出をフラッシュバックさせていた俺は、目の前の少女の言葉で現実に引き戻された。
「……そう。あれ、仁藤くんだったんだ」
にこりともせず、むしろ無表情で冷たい視線を投げかける柏木さん。
「あ、『あれ』ってどれかな?」
俺の言葉に、柏木さんの片眉がぴくりと動く。
あまりの居たたまれなさに、さらに頰が引き攣った。
クランバトルでやりあったことだろうか。
それとも先ほどの戦闘で偉そうに命令したことだろうか。
心当たりがあり過ぎて、気まず過ぎる。
「…………」
「…………」
沈黙。
ちょっと、マジ逃げ出したいんですけど……。
その時突然、背後から助け舟がやって来た。
「なあ、あんた。さっきのアレ、何なんだ?」
「ーーえ?」
振り向くと、先ほど柏木さんと一緒にパーティーに入れた、勇敢な少年と少女が立っていた。
「ちょっとグラン! 先に御礼でしょ!?」
ガスン、と容赦なく少年の後頭部を杖で叩く少女。
「痛ってーーっ!! 何すんだリオナ?!」
「村長さんから言われたこと忘れたの?」
「うるせー! 忘れてねーよ!!」
赤みがかった茶髪の二人は、目の前でケンカを始めた。
顔立ちも似てるし、兄妹だろうか?
年齢は、俺とそう変わらない気がする。
そうして二人の掛け合いを眺めて柏木さんへの気まずさから現実逃避していると、リオナと呼ばれた少女が、はっとしたようにこちらを振り向いた。
「あ、あの、すみません! みっともないところを見せちゃって」
「いや、別に気にしないけど……」
俺が答えると、彼女はぐい、と身を乗り出すようにして話し始めた。
「私たち、村長さんからあなたとサヤを探してくるように言われたんです。ーーあ、私はリオナっていいます! こっちは双子の兄のグランです」
ーーうん。元気で明るい子だ。
柏木さんとは対照的だな。
ちら、と柏木さんの方を見ると、例によって絶対零度の視線を一瞬だけこちらに向けてきた。
ーー怖っ?!
「ええと……リオナに、グランだな。覚えておくよ。俺は仁藤裕一。呼びにくければ短く『ユーイ』と呼んでくれ」
俺の言葉に、リオナは笑顔を向けてきた。
「ユーイ様……いいお名前ですね!」
「そ、そうか?」
「はいっ。オークキングを倒し、この村を救って下さった勇者さまに相応しい、素敵な名前だと思います!」
ーーあれ?
「いや、別に倒してはないぞ? 実際にトドメを刺したのは、柏木さんだし」
「いえ……。それでも、足がすくんで何もできなくなっていた私たちを守り、導いて下さったのはユーイ様です」
ーーんん???
なんか、この娘の中の俺の株が、妙に高くなっていやしませんか?
微妙な居心地の悪さに、思わず引き攣った笑顔で彼女を見返したら、彼女は勢いよく頭を下げてきた。
「この度は、私たちの村を守って頂きありがとうございました! 村長も御礼を申し上げたいと申しておりますので、宜しければご同行をお願い致します」
そう言って顔を上げた少女の、輝くような笑顔。
その後ろで不機嫌そうに腕を組む少年。
そしてその様子を、冷たい目で眺めている柏木さん。
ーーちょっと、誰か、この居心地の悪さをなんとかして欲しいんだががががが?!




