第10話 傷ツキ、ナオ前ヲ向ク
「うわあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
絶叫。
左腕を切断された黒マントの詠唱騎士は、身を抱きしめるように屈み込んだ。
地面に転がる彼の腕。
土を濡らす、赤黒い液体。
その姿を見たオークキングの顔が、愉悦に歪む。
再び振り上げられた巨大な戦斧。
それを睨むように見上げる詠唱騎士。
斧が、振り下ろされる。
「『物理障壁』!!」
同時に案内AIが小さなメダルのようなものを彼に投げた。
ガガンッ!!!!
叩きつけられた斧は、しかし彼の頭上で見えない壁に阻まれる。
「ブオオオオオオオ!!」
怒り狂い、さらに斧を振り上げるオークキング。
「ぐっ!!!!」
顔を上げ、呻きながら地を蹴って飛び退く詠唱騎士。
そこに振り下ろされる巨大な戦斧。
ドンッ!
間一髪で斧が地面にめり込む。
その時、案内AIが再びアイテムを使った。
「『エリクサー』けぷー!!」
透明なフラスコのようなガラス瓶が詠唱騎士の頭上に現れ、虹色に光る液体が彼に注がれる。
「うそっ?!」
その瞬間、私は目を疑った。
虹色の液体が霧状になって彼を包んだ瞬間、切り落とされた左腕が一瞬で再生したのだ。
彼はそのまま宙を二回蹴って跳躍すると体を捻り、叫びながらオークキングの顔面に回転斬りを叩き込んだ。
「早く詠唱しろって言ってんだろうが! 詠唱姫!!」
バシュッ!!
「ブォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!?」
オークキングが斧を投げ捨て、右目を押さえてふらつき、よろめいた。
彼は更に数段跳躍し、落下しながら剣を振りかぶる。
「シルフよ、我が剣と竜巻の如く舞え! 『回転乱れ斬り』!!」
ザシュ ザシュ ザシュ ザシュ ザシュ!!
宙を舞い、目にも留まらぬ勢いで連撃を叩きこむ詠唱騎士。
「ブオオオオオオオ!!」
怒り狂い、滅茶苦茶に両腕を振り回すオークキング。
その腕を彼はなんなく躱し、さらに攻撃を続けた。
この時、私はやっと理解した。
彼の斬撃はオークキングを傷つけダメージを与えているけれども、どんなにきれいに技が決まっても、致命傷を与えられない。
だから彼は私に呼びかけているのだ。
ーー「詠唱しろ」と。
私は右手の中の『未完の月の杖』を、ぎゅっと握りしめた。
〈ユーイ視点〉
詠唱姫が杖を掲げたのを見た時、この戦いの勝利を確信した。
あとはこの巨大豚を俺が引きつけておけばいい。
ーーそう思った俺が、浅はかでした。
「「「ブオオオオオオオ!!!!」」」
それまでオークキングの後ろで家々の破壊に勤しんでいたノーマルオークどもが、こちらに斧を向け突進し始めたのだ。
「ちっ!!」
親分が劣勢になるのを見て、加勢しようという腹らしい。
このままじゃ、嬲り殺しになる。
オークキングに斬りつけながら回転した俺は、視界の端に立ち尽くす二人の少年少女に気づいた。
ーーおい!?
「そこの馬鹿ども! 早く加勢しろ!!」
俺の声に、はっとしたようにこちらを見る二人。
だが、足がすくんでいるのかすぐには動かない。
オークキングにさらに一撃を入れ、続けて呼びかける。
「即死じゃなきゃ、俺の相棒が治してやる!!」
その言葉に、意を決したように動き出す二人。
「『炎の矢!!』」
「『炎付与!!』」
少女が放った炎の矢がオークに突き刺さり、剣に炎をまとわせた少年が、敵に向かって走り出す。
どこまで戦えるのか。
不安を胸に、俺は怒り狂うオークキングへの攻撃を続ける。
どれだけ経ったのか。
豚王の拳を避け、斬りつけ、また避ける。
西側で戦っていた村人たちがこちらに合流し、あちこちでオーク相手に死闘を繰り広げていた。
パーティーに加入させた少年も、何度か大怪我を負いながらも、まだ剣を振り続けている。
大混戦。
だが、果てしなく続くかと思われた攻防は、突然終わりを告げた。
「ーー『絶雷召喚』!!」
エリシアの叫びとともに、目の前に閃光が走る。
稲光。
そして耳をつんざく爆音。
ピシャッーーゴォオオオオオオオオン!!!!
空から地面へ走った電撃の柱は、オークキングの脳天から脚を貫通した。
白目を剥き、棒立ちで固まる豚王。
その巨体がゆっくり倒れていく。
ーーーードオン。
血塗れのオークキングは、ついに生命活動を停止した。
「「「うおおおおおおおーっ!!!!」」」
「「「ブヒィイイィイイッ」」」
村人から巻き起こる歓声。
オークたちから上がる悲鳴のような鳴き声。
大勢が決した瞬間だった。
半刻後。
オークの群れは全て掃討され、村人たちは絶望を乗り越えた歓喜と、大切な人を失った悲しみで、不思議な興奮の中にあった。
ただ一つ言えることは、今立っている者たちは、あの乱戦の中を生き残ったということだ。
村の外で最後のオークを討ち取った俺は、押し寄せる疲労と戦いながら村に戻り、彼女を探していた。
ーーだが、なぜかなかなか見つからない。
「ひだりちゃん」
俺の呼びかけに、ぽんっ、と目の前に現れる相棒。
「どうしたけぷ?」
ふよふよと宙を漂う彼女に、俺は笑いかけた。
「ありがとう。おかげで死なずに済んだよ」
その言葉に、嬉しそうにぴょん、ぴょん、と跳ねるひだりちゃん。
「どういたましてけぷ☆ ユーイがひだりちゃんを信じてくれたからけぷよ!」
正直、何度も死ぬかと思った。
それでも紙一重で生き残ったのは、まさに彼女のおかげだった。
ーーいつか、何か恩返しができるといいんだが。
そんなことを思う。
「それで、また一つ頼みがあるんだが」
「何けぷか?」
彼女とはパーティーを組んだままになっている。
ひょっとしたら、あの機能が使えるかもしれない。
「マップに、エリシアの位置を表示できるかな?」
「もちろん、できるけぷよ!」
ひだりちゃんは得意げに胸を張ったのだった。
エリシアを示す光点は、村で一番大きな屋敷の中にあった。
そりゃあ、見つからない訳だ。
屋敷の玄関の扉は大きく開かれ、玄関ホールには怪我人が運び込まれて寝かされていた。
まるで野戦病院だ。
怪我人に包帯を巻く女性たち。
神聖魔法と思しき魔法を使い、治療する聖職者。
そんな中に、彼女の姿があった。
詠唱魔術を使って怪我人を癒してまわっている、漆黒のローブの少女。
俺は一区切りつき、立ち上がった彼女に話しかけた。
「やっと見つけたぞ。詠唱姫」
俺の言葉に振り返る黒髪の詠唱姫。
「……え?」
初めてまともにその顔を見た俺は、固まった。
詠唱姫も目を細め、不審そうに俺を見る。
「…………ひょっとして、あなた、仁藤くん?」




