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第1話 異世界への扉

 

「な、な、なんてことするんですか、あなたはーーーー?!」


 野球場ほどもあろうかという古城内部の巨大なホール。


 その端の方で、美しい銀髪を持つハーフエルフの少女が、大量のゾンビの波に飲まれながら叫んでいた。


 そんな彼女を、俺は暴れ狂うエリアボス『獄呪ヘルカース・腐竜ドラゴンゾンビ』の背中に立ち、見下ろしながら嗤った。


「ふーははははははは!! 勝てば良いのだよ、勝てば!!!!」


 ばさあっ、と自慢の黒マントを翻して見せる。


「さ、最低です。あなた、最っっ低です!」


 球状の透明な防御障壁の中から、さらに俺を罵ってくる少女。


「なんとでも言うがいいさ! ーーだけどな。先に俺たちのクランを愚弄したのは、そこに転がってるクズどもじゃなかったか?!」


 ゾンビの群れを指差す、俺。

 まあくだんのクズどもは、すでに死体になって床に転がり、ゾンビに踏まれている訳だが。


「そっ……それは、うちが悪かった、って言ってるじゃないですか」


 しりつぼみに声が小さくなるハーフエルフの少女。

 だが彼女は、すぐに顔を上げ、きっ、と俺を睨んだ。


「でも! だからといって、これはいささかやりすぎではないですか? 他の部屋で増殖させたゾンビを、トレインしてなすりつけるなんて!!」


 そんな彼女を、俺は鼻で嗤う。


「はっ! どうせうちみたいな下位クランは、こうでもしないと上位クラン様には勝てないからな!! ーーところでいいのか? いくら相手がゾンビエルダーとはいえ、そろそろ障壁がヤバいんじゃないか?」


 慌てて防御障壁の残HPを確認する、銀髪少女。


「お、覚えてなさい!!」


 そう捨て台詞を吐いた彼女は、防御障壁を張り直すべく、詠唱に入ったのだった。




 さて。現在の状況を説明しよう。


 彼女の名は『詠唱姫スペルプリンセス』エリシア・オルコット。

 某上位クランのサブマスターで、このVRMMO「ノーツ・オンライン」最高の詠唱魔術師スペルリンカーだ。


 美しく長い銀色の髪。

 魔術学園の制服。

 その上から羽織った漆黒のローブ。

 欠けた月をあしらった杖。

 そして、彫刻のように整った色白の顔と、ハーフエルフの特徴である少しだけ尖った耳。


 このゲームのユーザーで知らない者はいないくらいの有名人である。


 その特技は、詠唱時間十分を越える超極大魔術。

 彼女がレイドボスのベヒモス戦に於いて叩き出した最高ダメージの記録は、彼女以外には更新できないだろうと言われている。




 そんな彼女がなぜ俺とあんなやりとりをしていたのかというとーーーー。


 簡単に言えば、彼女のクランの別のサブマスターとその取り巻きが、クランバトルでマッチングしたうちのクランを侮辱してきたのだ。

 なんと『アイドルのおっかけばかりの下位クラン』とか言いおった。


 確かにうちはガチではないけれど、一応それなりの歴史と戦績を持つ中堅クランだ。当然こちらのメンバーは全員激おこで「どんな手を使っても勝とう!」となる。


 最終的に作戦担当サブマスターの俺ことユーイ(仁藤裕一にとうゆういち(17))が考えた華麗なる作戦が当たり、相手クランは詠唱姫を除いて全滅。

 今に至る、というわけだ。




 詠唱姫がわたわたと結界を張り直すのを眺めていると、一つの小さな黒い影が腐竜の攻撃をすり抜け、俺のところまで駆け上がってきた。


 おそらく今回のクランバトルの殊勲賞は、彼女だろう。


「お疲れ、セリカ。よくやってくれた。あれだけのゾンビの誘導は大変だっただろう」


 俺の前に立った黒髪ポニテの暗殺者アサシンの少女にそう声をかけると、彼女は一瞬目を閉じ、再びこちらを見て頷いた。


「ーー問題ない。次は?」


 セリカの問いに、俺は腐竜の頭に目をやる。


「うちの攻撃陣ができるだけ腐竜こいつの攻撃を受けないように、うまく立ち回って欲しい。……できるか?」


「ーー分かった。やってみる」


「OK。よろしく頼む」


「ーー(こくり)」


 セリカは黙って頷くと、腐竜の体から飛び降り走り出す。そして腐竜の鼻づらに近づくと、自らが囮となってその巨体を翻弄し始めた。

 さすがうちのクラン最高の暗殺者アサシン


 セリカは口数が少なく、特定の誰かとつるむことがない孤高の少女だ。だが、クランのイベントには必ず参加して、ここぞというところで皆を支えてきた。


 だからこそ俺は今回彼女に賭け、結果、彼女セリカはその期待に見事に応えてくれた。




 そんなことを考えていた時、突然あたりに少女の声が響いた。


「『爆煌浄化シャイニング・ピューリフィケイション』!!」


 ホールの隅にある球体の防御障壁から、周囲に眩い光の半球が広がる。

 次の瞬間、


 ドォオオオオオオオオーーン!!!!


 炸裂する白い火球。

 放射状に吹き飛ぶゾンビ軍団。


 爆発が収まったときそこに残っていたのは、彼女・・の防御障壁のみ。その内側で詠唱姫スペルプリンセスは、きっ、と俺を睨んでいた。


 俺は叫んだ。


「やってくれるじゃないか、詠唱姫エリシア・オルコットォオ!!!!」


 その叫びに、びっ、と杖をこちらに向ける詠唱姫。


「どの口がそれを言うのかしらね。ーー覚悟なさい。次で決着をつけるわ!」


 彼女はそう応えると、再び詠唱を始めた。

 次は極大魔術を使うつもりなのだろう。


 このクランバトルはボス撃破までの総ダメージ量を競うイベントだ。

 ターゲットはエリアボスの『獄呪ヘルカース・腐竜ドラゴンゾンビ』。

 詠唱時間は10分。


「……くそっ!」


 彼女一人の攻撃力を、我がクランの総攻撃力が上回れるかどうか。正直、分が悪かった。




 その時、クランチャットで俺を呼ぶ声が聞こえた。


「ユーイ、ちょっといいかにゃ?」


 いかにも可愛い感じの少女の声。


「どうした?」


「相談があるんだけどさ。こっち来れる?」


「ーー分かった。ちょっと待ってくれ」


 俺は腐竜の背から飛び降り、ホールの隅の方で腐竜に遠距離魔法を打ち込んでいる少女のところへ走ってゆく。


「どうした? エイミー」


 俺の問いかけに、ピンク髪のロリっ娘魔術師は、ぱっと片手の平を広げ、にこっと笑った。


「やあ、ごめんねユーイ。呼び出しちゃってさ」


 可愛らしい白のワンピースに、黒で揃えたとんがり帽子とコートと靴下。

 うん。実にあざとい。


 彼女の名は、エイミー・パルフェリューム。

 第1回のミス・シルフェリア(ゲーム世界の名前)で、数百人規模のファンを抱えるアイドルプレイヤーだ。


 相手クランのクズどもが言っていたアイドル云々とは要するに彼女のことなのだが、その侮辱的な発言に一番怒ったのは実は彼女自身だった。

 このクランの創立メンバーであり、サブマスターでもある彼女は、仲間をとても大事にする。


「ボクを笑うのは構わないけど、うちのメンバーをバカにするのは許せないなぁ。うちの力を見せてあげるよ!」とか言って、率先して啖呵をきりおった。

 おいおい……。


 ちなみに俺は、彼女の中の人を知っている。

 俺の高校の部活の先輩(奥沢文男おくざわふみお・♂・イケメン)だ。

 ーーもちろん、トップシークレットである。




「それで、相談っていうのは? クランチャットじゃできない話なんだろ?」


 エイミーは俺の顔を見ると、バツが悪そうに頷いた。


「ーーうん。相変わらずキミは頭の回転が早いね」


「おだてても何も出ないぞ」


「ふふっ……さすが『詠唱スペル九騎士・ナインツ』のユーイだな、って思ってさ」


 うぐっ。


「そっ……、それは今は関係ないでしょ?」


 つい素の言葉遣いが出てしまう。


「なんでさ? カッコイイじゃないか」


 ニコニコと邪気のない笑顔で笑うエイミー。


「なんか恥ずいんですよ、その称号。『ナイン』と『騎士ナイツ』を掛けるとか。もうちょっとどうにかならなかったのか、と」


「カッコイイのに」


「いやいやいや。ーーまあ、それはいいです。それで用件は?」


 俺が尋ねると、エイミーは、びっ、と俺の背後を指した。


「ユーイはさ。あの子に勝てると思うかい?」


 言うまでもない。

 詠唱姫エリシア・オルコットのことだ。




「……正直、難しいだろうな」


 せっかくゾンビたちをなすりつけたのに、ものの数分で片付けてしまうような規格外だ。

 もう、手に負えない。


「同感だね。このままじゃ勝てない」


 エイミーの言葉に、どこか引っかかるものを感じる。


「何か、勝てる方法があるような言い方だな」


 エイミーは一瞬視線を外して躊躇い、次にこちらを見て言った。


「…………あるよ。『次元斬ディメンション・エッジ』って知ってる?」


「え?」


 その技の名に、俺は一瞬ぽかんとしてしまった。




 『次元斬ディメンション・エッジ』は、このVRMMOの元になったオフラインRPG『シルフェリア・ノーツ』に登場する、ゲーム内最強の必殺技だ。


「ーーえ、いや。でも次元斬アレって、詠唱は公開されてるけど、実際は発動しなくて使えないんじゃなかったっけ?」


「うーん……。その理解は半分合ってるけど、半分は間違ってると思うよ」


「どういうことだ?」


「あの技の説明をよく読むと書いてあるんだけどね。次元斬はただ詠唱するだけじゃりないんだ」


「足りないって、何が?」


「詠唱の前に『七精霊の祝福』を受けてないと、技が発動できないんだよ」


 七精霊の祝福?

 なんかどこかで聞いたことがあるような……。


「ユーイは原作の『シルフェリア・ノーツ』やったことある? オフラインのやつ」


「ああ。かなり前にな」


「じゃあ、知ってるはずだよ。ラスボス戦でヒロインにペンダント装備させて、主人公に向かって『使った』でしょ? あれが『七精霊の祝福』だよ」


 ーーああ!!


「そういえば、そんなイベントもあった気がするな!」


「思い出してくれたみたいでよかったよ」


 エイミーは苦笑いした。




「つまり、そのペンダントを手に入れれば、今まで誰にも使えなかった次元斬が使えるようになる、って言いたいのか?」


「そうそう」


 うん、うん、とドヤ顔で頷くエイミー。


「それで、そのペンダントはどこにあるんだよ?」


「さあ?」


「……おい」


「ははっ! 冗談だよ、冗談っ!!」


 そう言ってエイミーは、自分の胸元を指差した。


「ーーほら。これさ」


 彼女の胸元には、ライトグリーンのペンダントがあった。

 凝った意匠はないけれど、はめ込まれた透明な石は品の良い淡い緑の光をたたえている。


「え? いや。それって、あんたがいつもしてるやつじゃん」


「そうだよ。みんなのアイドル☆エイミーちゃんのトレードマーク『世界ハート・オブ・シルフェリアい』さ!」


 ドヤァ!!

 ペンダントを見せつけるように胸を張るエイミー。


「いやいや、ちょっと待ってくれ」


「なーにかな?」


 ネカマの少女は、ニコニコと笑いかけてくる。

 可愛いけど、やめてくれ。


「今までの話が本当なら、そのペンダントって、結構なレアアイテムじゃないのか?」


「もちろん、そうだよ。ボクが知ってる限り、このゲームの中ではこの一個しかないもん」


 ーーはあ?!


「いやいやいやいや。ちょっと待て。それ、超弩級レジェンドのレアアイテムなんじゃね? どうやって手に入れたんだよ???」


 確かに先輩エイミーはベータ版時代からのベテランプレイヤーだ。だけど、レベルにしてもセルーにしても、そこまで際立ったものはなかったはず。


 あまりの衝撃的な告白に彼女を問い詰めると、エイミーはあっさりこう言ったのだった。


「第一回ミス・シルフェリアの賞品だったんだよね、これ」


「マジか!?」


「まじだよっ!」


 俺は天を仰いだ。




「そんな訳で、ボクとユーイが力を合わせれば、世界最強の必殺技『次元斬ディメンション・エッジ』が使えます。ーーさて。使いますか? 使いませんか?」


 びしっ、と俺に指を突きつけてくるエイミー。

 そんな彼女に、俺は尋ねる。


「…………それさ。一度そのペンダントを使うと、壊れちゃったりしないのか?」


「壊れないよ。これは七精霊の祝福を与えるアイテムであって、次元斬を発動させる本体ものじゃないからね」


「……そうか」


「そうなんだよ。ーーそれで、どうする? 早くしないと詠唱姫が攻撃しちゃうよ」


 俺に決断を迫るエイミー。

 そんな彼女に俺はーーーー


「…………やってみようか。『ノーツ』初の次元斬を」


「おーー!!」


 エイミーは嬉しそうにこぶしを天に向かって突き上げたのだった。




「それじゃあ『七精霊の祝福』、いくよ〜〜!」


 エイミーが胸に光るペンダント『世界ハート・オブ・シルフェリアい』を両手で握って目を閉じ、詠唱を始める。


 毎度のことだが、彼女の詠唱は小声で早口なのでほとんど聞き取れない。


 やがて淡い光を湛えていた『世界ハート・オブ・シルフェリアい』が、強い光を放って輝きはじめた。


 緑色の光の粒子に包まれるエイミー。


 その姿はいつになく美しく、神々しさまで感じてしまう。

 ーードキドキなんてしてないぞ。うん。


「『世のことわりを司りし六精霊よ。いにしえの盟約のもと、創世のシルフェリアの名において命じる。我が盾ユーイに、扉を開く鍵と世界を渡る加護を!』」


 詠唱が完成に近づく。

 エイミーはペンダントから手を離し、俺に向かって大きく両手を広げ、天使のように微笑んだ。


「『七精霊フルエレメンタル祝福・ホーリーブレス』!!」


 叫びとともにエイミーの胸元のペンダントから緑の光が溢れた。


 その光の粒子はこちらに向かって一直線に飛んできて、俺の体を包み込む。


「おお……」


 温かい。

 今のVRではまだ繊細な感覚までは再現できないはずなのに、全身が温かくなるように感じる。


 光の群れは、そうしてしばらくゆっくり俺の周囲を漂うと、やがて静かに姿を消していった。


「ーーはい。これで終わり! あとはいつでも技を発動できるよ」


 びっ、と親指を立ててみせるエイミー。


 俺は頷き、ちら、と詠唱姫エリシアの方を見た。

 ……ヤバい。発動間近って感じだ。


「『次元斬ディメンション・エッジ』は範囲指定攻撃だよ。できるだけ高い位置から、腐竜の頭と全身が一直線上に来るようにして、発動して!」


「OK、分かった」


 頷いてみせると、エイミーは「それから……」と首からペンダントを外して、差し出してきた。


「これ、君に預けるよ」


「え?」


「ちゃんと祝福できたし、ボクが持ってるより今は君が持ってる方が役立つでしょ。そのペンダントって、結構すごいステータス補正と機能があるんだよ」


「そんなに?」


 首を傾げながらそのペンダント……『世界ハート・オブ・シルフェリアい』を装備する。


 そうしてステータス画面からアイテムの性能を確認した俺は、目を剥いた。


「ちょっ、全ステータス+10で、詠唱の自動補正機能まで付いてるって……マジか?!」


「まじだよっ。ーーすごいでしょ?」


 ふふん、とドヤ顔をするエイミー。


 確かに、これはすごい。

 さすが世界に一つの超レアアイテム。性能もチートだわ。


「それ、貸してあげるんだからね! 失くさないでよ?」


「…………はい」


 思わず素直に頷く。

 こんなん、預かるのも怖いわ。


「分かればよろしいっ! ーーそれじゃあ、始めようか。次元斬の詠唱、分かる?」


「ああ。以前、練習したことがあるからな。詠唱ガイドを使えば問題ない。ーーーーよし。行くぞ!!」


「頑張って!!」


 俺はエイミーの声援を背に、床を蹴って走り出した。




 『帝王の間』と呼ばれる巨大なホールで、炎と光属性の魔法、魔術が、絶え間なく炸裂していた。


 うちのクランによる『獄呪ヘルカース・腐竜ドラゴンゾンビ』への総攻撃。

 その爆音と閃光の中を俺は駆ける。


 ーーそして、腐竜が目前に迫った。


「『シルフよ、我が意のまま宙に道をつくれ。ウインド踏段・ステップ』!!」


 走りながら唱えた詠唱が発動し、俺の足が見えない階段を捉え、そのまま宙に駆け上がる。


 エイミーから聞いた「腐竜の頭と胴体を一直線上に納めて技を発動するように」というアドバイス。その言葉に従い、位置どりにかかった。


 腐竜の頭部は、暗殺者の少女セリカに翻弄され、左右に激しく揺れ動いている。


 チャンスは一瞬。


 自分と頭部、胴体が一直線に並ぶタイミングを逆算し、最後の跳躍とともに頭上に剣を掲げ、詠唱する。


「『創世のシルフェリアよ。我が剣に時空ときを拓く力を!!』」


 愛剣『業火ヘルフレイム長剣・バスタード』が光輝く。


 刹那、視界に飛び込んでくる小さな影と、漆黒のガスで形作られた腐竜の頭部。

 俺は暗殺者セリカを避け、剣を振り下ろしながら発動の言葉を叫んだ。


「『扉を開け! ーーーー次元斬ディメンション・エッジ』!!」


 振り下ろした光剣が、眩い光とともに腐竜の頭ごと空間を切り裂いた。




 巨大なホールを照らす白い閃光。


 その光は、半分は俺が放った次元斬ディメンション・エッジによるものだ。

 だけど、あとの半分はーーーー


「『エクストリーム爆煌浄化シャイニング・ピューリフィケイション』」


 背後から響く、詠唱姫エリシア・オルコットの叫び声。


 直後眩い光の奔流が、俺が斬り裂いた空間の裂け目を直撃した。


 バリバリバリバリッ!!!!


 目の前で、膨大なエネルギーが暗黒空間に注ぎ込まれてゆく。

 それに比例するように急拡大する、暗黒の口。


「なっ、なんだこれ?!」


 何か異常なことが起こっている。

 ーーそう直感が叫んでいた。




 空間の裂け目は、周りの空気を巻き込み、うねりながら腐竜の頭から胴体にまで広がってゆく。

 その暗い口は、腐竜の巨体さえゆっくりと飲み込みつつあった。


 同時に周囲に発生している猛烈な風は、裂け目に向かって吹き込んでゆく。

 それはあたかも光さえ飲むこむブラックホールのように……。周囲のものをすべて吸い込もうとしていた。


 俺はその様子を茫然として見ていたが、強風に流され『裂け目』に引き寄せられようとしていた暗殺者アサシンの少女に気づき、慌てて宙を蹴った。


「セリカ!!!!」


 風に流される仲間に向かい、必死で手を伸ばす。


「!!」


 その声に気づき、セリカも手を伸ばす。


「くっ……!!」


 間一髪。

 セリカの手を掴み、引き寄せる。


 俺は空間の裂け目から遠ざかるように続けざまに宙を蹴った。


「ーーあ、ありがとう」


 腕の中で、普段感情を見せないセリカが、珍しく戸惑ったように呟いた。


「ど、どういたしまして?」


 普段女の子から感謝などされたことのない俺は、彼女以上にキョドりながら応える。


 この時、あるいはさらに空間の裂け目から距離をとるべきだったのかもしれない。

 なぜならーーーー


「きゃあああーーーーっ!!!!」


 背後から急接近してきた女の子の悲鳴とともに、ドンッと背中に衝撃が走る。


「ガハッ!!!!」 「いたっ!!!!」


 バランスを崩す俺。


 ぶつかった俺の体ごと空間の裂け目に引き寄せられる詠唱姫エリシア


「うわあああああーーーー!?」


「っっっっ!!!!」


「きゃあああーーーーっ!!??」


 俺、セリカ、エリシアの三人は、そのままぱっくりと開いた空間の裂け目に引き込まれーーーー漆黒の空間に落ちてゆく。


「ユーイぃっっ!!!!」


 その叫びは誰のものだったのか。


 俺の耳には、誰かが叫ぶ声だけが残りーーーーやがて気を失った。


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