傭兵編1話
20XX年12月25日、時刻は深夜0時近くを指している。部屋に響き渡るキーボードの打鍵音以外は時折彼 ―レイ― の口から出る溜息と独り言のみ。
彼がやっているのはPCゲーム「レジェンド・オブ・タンクス」、リアル戦車ゲームの王道と称され、総プレイ人口は全世界5000万人を記録している超人気ゲームだ。彼はそのゲームのトッププレイヤーの一人として、昼夜クランメンバーを率いている。
元々は高校に在籍していて1年生の間はきちんと通っていたのだが、鬱病を患っていた彼にとって学校は苦痛でしかなかった。2年生の始めにたまたまダウンロードしたそのゲーム――「レジェンド・オブ・タンクス」は、そんな鬱病の苦しさを忘れさせてくれた。ゲームにのめり込むあまりいつの日からかずっと休んでいた学校は留年が確定していたから潔く辞める事にしたし、親は彼がゲームに没頭するようになってからというもの、朝昼夜の食事の差し入れ以外は一切の関わりを持たなくなっていた。
「さてと」
クラン単位での戦闘が一段落し、彼は食事を摂る事にした。
母親が母親らしく振る舞う姿など生まれてこのかた見たことなどないが、飯はうまいのだ。
彼が茶碗に手をつけようとしたその時。
身体中が灼けるような感覚に包まれ、手足は麻痺したかのように動かなくなった。
こんな体験は初めてだった。エナジードリンクは毎日決まった本数までしか飲まないようきちんと管理していたはずだし、食事は多少の時間がズレてもきちんと摂るようにしていた。
それなのに何故。
次第に呼吸もままならなくなり、視界は不明瞭になっていく……。
そうして彼は意識を失った。
意識が戻ると、そこは中世ヨーロッパ然とした風景。目覚めたときにもたれかかっていた噴水の中に建てられている石碑には"ミュンヘンベルク" "ライン王国"と読めるが、文字は日本語でなく見覚えもない。
かなり盛んな街のようで、荷馬車や貴族らしき格好の者が多数見受けられた。
とりあえず飯を食おうとしていたところだったから腹が減っている。
金は持ち合わせがないし、そもそも日本円が使えるような場所ではなさそうだ。
食事にありつけないままあちこちを歩き回り、腹が痛くなる程の空腹を感じ始めた頃、大きな掲示板にでかでかと
「1日3食保証付き!」
と書いてあるポスターを見つけた。
傭兵募集のポスターのようだ。
丁度そばにいたタバコを吸っている若い男に詳しい話を聞いてみることにした。
「簡単な仕事」
「すぐ出世できる」
「死ぬリスクはほとんどない」
とうまい言葉に踊らされ、腹が減って今にも倒れそうだったのもありこの募集に応募してしまった。
応募時にはPCゲームをしていたときのハンドルネームである"レイ"で応募し、この世界ではこの名前で通していくつもりだ。
詳しい仕事内容は、ここライン王国直属のミュンヘンベルク支隊として派遣され、アヴェロン帝国と戦うとのこと。戦果によっては報酬が上乗せされたり、出世すると一定の立場を得られたりもするようだ。
ちなみに食事は応募したら食べ放題、ということだったのでなんとか死なずに済み、なんと食事どころか風呂にも入れるし個室のベッドで寝られるようだったので、ひとまず今夜はそのベッドを借りて眠ることにした。