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龍に勝るは虎に翼  作者: 平沢 吉野
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ベスト・キッド?


 中條准師範が何処からか、私達二人に布の靴を持って来てくれた。お礼を言って足を通すと、サイズが合ってて丁度よかった。京佑の二十八センチの足の方も、丁度よかったようだ。


私の指導には、田中師範と剱持、中條准師範が付いてくれた。私は大和館長と話をした、中央からやや上座の位置で始まった。京佑は最初に私たちが居た入口付近で始められていた。


田中師範は私と同じくらいの百七十センチ程、他の二人はそれよりも背が高い。私はガウチョパンツで来たので、軽く動くのには支障が無い。


最初に教えられたのは、肘を横に上げて合掌のポーズから両掌を前に出す事だった。

「肘は地面から水平に。指は揃えて、体は真っ直ぐに」田中師範の指導が入る。自らその動きをする。

剱持准師範は私の左に、中條准師範は右に一メートル半離れて立っている。二人は立って見ているだけの様だ。


私は教えられたポーズをとる。胸筋と二の腕に力が入っているのが分かる。

「左肘が少し下がってますよ」剱持准師範が指摘する。

私は慌てて肘を上げる。

「では、足を肩幅に開いて、膝が九十度になるように、腰を落として下さい」田中師範は言う。

「はい」私は返事をする。


一分が過ぎた位で、ふくらはぎが辛くなってきた。

「背中が丸まって来ましたよ」田中師範は身体を横に向けて、実際に背中を丸めてから真っ直ぐに伸ばせて見せた。

「はい」私は胸を張って背中を伸ばした。


「はい!では、手を下ろして足も伸ばして、休んで下さい」田中師範が言う。


私はやっと一息つけた。単純な動きの割に、結構疲れた。

「では次は、歩く練習です。始めて宜しいですか?」田中師範は聞いてきた。

「お願いします!」私は少し休ませて下さいと言う言葉を飲み込んで、言った。


「今度は腰を軽く落として、右足と右手を同時に前に出してください」田中師範はまた、身体を横に向けて右足を上げ右手も前に出した。まだ左足だけで立ったままだ。


私も同じ動作をすると、田中師範は右の足の裏全体を地面につけて一歩目を踏んだ。同じ動作をして初めて分かった。足を前に出すだけで、体の重心は左足に完全に残しているのだ。着地してから重心を前に移してから、今度は後ろの足を前に出す。普通に歩く動作と、全く逆の事をしているのだ。


「手と足は、同じ方をだしてください」田中師範は後ろに下がりながら言う。

「はっはい」私は慌てて直す。左右合わせて六歩、そこで声が掛かる。

「はい、前はここまで。次は後ろに歩きましょう」田中師範は簡単に言う。


「うっ、後ろって?」私は前に歩いただけで、じんわり汗をかいていたのだ。当然これも、ただ下がればいいと言う物では無いだろう。


「感覚的には逆に動くだけです。下がる足に体重を掛けず、すり足でつま先から着地して足の裏全体が地面に着いた所で、体重を移し前の足を抜くのです。そしてまた一歩下がるのを繰り返すのです。手は勿論同じ方を下げてください。後ろ歩きはバランスが崩れやすいので、地面を探る様に後ろの足を出してください。では、見本を見せます」田中師範はまた身体を横に向けて、下がって見せた。


それは如何にも簡単に見えた。しかしいざ同じ様に下がろうとすると、思ったよりも地面が遠く下がっている様な感覚になる。私は上半身をぐらぐらさせながらバランスをとっていたが、三歩歩いた所で、足が止ってしまった。足が揃ってしまったのだ。


私の両サイドのやや後ろに、剱持、中條准師範がいつの間にか近づいていた。私が倒れないようにする為に、支えようと待ち構えた様だ。多分、無理にあと一歩下がろうとしていたら、確実に倒れてしまったに違いない。


「ありがとう」私は二人に向かって言う。意識しないで出た言葉だ。

「大丈夫ですか」二人は口を揃えて言う。


「後ろには目が無いから、倒れないように止まったのは良い判断です。でも頑張って後三歩、歩きましょう」田中師範は優しく言う。

「はい!」私は答えると先程より上半身を揺らさず、三歩下がった。


「今日教えるのはこれだけです。来週まで、教えた事をしっかりやっておいて下さい。ただ後ろ歩きは倒れると危険ですので、障害物の無いところで二三歩づつで構いません。見た目より力を使うので、多くこなす事は考えずに、ゆっくり確実にお願いします」田中師範はそう言って笑顔を見せた。

「分かりました。無理しない程度に、しっかりと練習してきます」そう言って私も笑顔を返した。


京佑の方はまだ続いていた。剱持准師範に何処からか持って来た折り畳み椅子を勧められ、練習をした場所に腰かけた。この道場の人達は男性の中では、かなり気が利く人ばかりの様な気がする。


正直なところ、今は立っているのが辛い位、脚の筋肉が痛い。京佑の教えられている事は、見ていても勿論分からない。なので、近くで見る必要が無く、この場所が最適なのだ。

「お疲れ様でした。お水をどうぞ」中條准師範が、ミネラルウォーターとタオルを持って来てくれた。


「ありがとう」私は礼を言ってタオルで額の汗を抑え、目の前で蓋を開けてくれたお水に口を付けた。

中條准師範は何か言い掛けたが、そのまま何処かへ行ってしまった。今言うべき事ではないので、遠慮したのだろう。気にしても仕方が無い。とにかく来週は、一人自転車で来なくてはいけない。


私は本格的に自転車に乗っていた期間は、意外にも短い。小学校は自動車通学で、中学高校は電車通学だった。子供の頃に自転車に乗る事は覚えたが、実際に自転車に乗っていたのは大学時代だ。


一人暮らしで節約のために、自転車に乗って幾つかの商店街をはしごして、食品を買って自炊していた頃だけ。四年間が実際の自転車運転歴。自動車も所有していたので、実動運転歴は一年分位。


確かに、私は入門したいばかりに、自らハードルを上げてしまった気がする。でも逆を返せば、自転車の運転は有酸素運動になるので正しい決意表明かも知れない。そう、私の目的はダイエット。格闘家になる訳では無い。十五分して京佑の方も終わった。


「今日はありがとうございました。来週も宜しくお願いします」私はその場に残っている、本多、渡邊、田中師範、剱持准師範に頭を下げた。

「最初は大変だと思いますが、頑張ってください」本多師範が言う。

「あと、大和館長と中條准師範にも、宜しくお伝えください」私は伝えた。


「分かりました。お伝えしておきます」本多師範は答えた。

「今日は本当にありがとうございました」京佑も頭を下げた。


私たちは道場から出た時に最後の礼を言ってから、パチンコ屋に止めた車へ引き返した。


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