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龍に勝るは虎に翼  作者: 平沢 吉野
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空手対形意拳


 板の間の道場の中には、道着を着た六人の男がいる。彼らは全員、布製の柔らかそうな靴を履いている。私達二人は、公共機関で使われてる様なスリッパを用意され履いていた。

「板の間ですので、立ったまま要件を伺います」あの動画の男が気安い調子で言う。背は京佑より十センチ程低い。年はまだ二十代前半に見えた。


「先に言っとくと、あんたの動画を見てここに来た。そしてアップされる度わざわざ削除している理由が知りたくなった」京佑はやけに堂々とした態度で聞いた。

「どうやって此処を知ったかはなはだ疑問は残りますが、来て頂いて手ぶらでお帰り頂くのは心苦しいのですがお答えします。簡単に言いますと、素人が何もわからず真似すると危険な技が幾つも有ります。仮に怪我をされても、責任が取れないからです。もう一つは、営利目的第一で運営している訳ではないから。と、これで納得頂けたでしょうか」

私は随分凛とした声だなと思いながら、黙って聞いていた。


「その理由が本当だと信じよう。でもそんな答えを聞くために来た訳では無い位、分かるだろう。俺はこれでも空手の有段者だ。手合わせしてもらう為、東京からはるばるやって来たんだ。別に道場の看板は賭けなくていいから、俺と勝負しろ」京佑は堂々と言った。


何か私の想像していたのと違う話になっていた。イケメン探しではなく、道場破りになっている。京佑の袖を引いたが、一言もなく無視された。

「困りましたね。うちは他流試合は基本的にしないんですよ。それに空手とはルールが違うので、難しいと思います」動画の男は説明した。

「じゃあ俺が形意拳のルールを飲めば、戦えなくはないって事だろ」京佑は食い下がる。

「それだと多分、貴男の方が圧倒的に不利になりますよ」

「少林寺拳法みたいに、拳と蹴りを禁止しているとか」京佑は聞く。


「いいえその逆です。打撃は有りで、投げと関節を決めるのも有りです。そうすると、打撃しかない貴男の方が大変ではないですか?」

「不利でも戦うのが空手道だぜ。条件は全部飲む。それと俺は二十歳で、自己責任で出来る歳だから、どうなろうと後からのクレームはしない。ここまで言わせたんだから、受けない理由はない筈だ」京佑は食い下がる。

「私が勝ったら、他人にこの道場の事を一切話さない事が条件です。それならば勝負を受けましょう」動画の男は勝負を受けた。


 京佑は相手がカンフーの道着を貸す提案を断り、ジーンズと長袖Tシャツで立ち会うつもりのようだ。相手は入念に準備運動をするようにと、言ってきた。

「私は道場の館長の大和です。そして右から師範の本多、師範の渡邊わたべ、師範の田中、准師範の中條、准師範の剱持けんもちです。よろしく」紹介された男たちは、軽く頭を下げた。 

「俺は京佑、連れは穣」京佑の言葉数が少なくなっていく。


「穣です。宜しくお願いします」私は自分の口で、改めて名乗った。

「今日は車でいらっしゃったのですか?」大和と名乗った男は、私に聞いてきた。

「はい、そうです」と私は答えた。何故京佑に聞かずに私に聞いたのかというと、彼はもうアップの最中だったからだ。

「じゃあそろそろ、始めようぜ。で、誰から来るの?」京佑は聞く。勿論これは挑発だ。


「そうですねえ」と、大和館長は皆を見渡してから「私がお相手しましょう」と答えた。

「ただし、ルールを少し変更しましょう。倒してからの関節を決めるのと、投げ技は禁止としましょう。貴方は気に入らないでしょうが、形意拳の技を知らないでしょうから、ハンデではなく妥当なルールだと思いますが、如何でしょうか」大和館長は提案した。


「じゃあ俺からもルールの提案が」京佑は言う。

「どんな事でしょうか」大和は聞く。

「空手だと有効打が当たると一本で終わりになるけど、一方が参ったって言うまで続けるって事にしない」京佑は笑顔でいう。


私からは横顔しか見えないが、目は笑っていないだろう。弟は手足も長く柔軟で、攻撃は早くそうそう負けたことは無いらしい。大和館長の功夫がどれ程強いか知らないが京佑より背が十センチ程低いのに、投げ技や寝技を封じたらそう簡単に勝負がつくとは思えない。空手には一撃必殺が有るので、相手もまず油断できない筈だ。


「面白い。そうしましょう」大和館長は答えた。

「じゃあ始めるとしますか」京佑は切り出した。そして、靴下を脱いだ。

「そうですね。では皆さんは後ろに下がっていて下さい」道場の方々と私は五メートル四方に下がった。


「押忍!」京佑は掛け声を出して礼をすると構えた。

私の対面に居る大和館長は拳を掌に当てて、軽く一礼した。顔を上げた時に見えた目は、闘う男の眼をしていた。京佑は恐い人間に、戦いを挑んだ気がした。


最初に京佑が前蹴りを出した。大和館長はギリギリの間合いで下がる。それを何度か試し、不発に終わった為、京佑は十分に踏み込んでから右の上段回し蹴りを出した。その途端、京佑は後ろに吹っ飛んだ。大和館長は後ろに下がらず、前に出てかわしたのだ。


後に京佑の説明によると、高く上げた脚の膝を右手で押さえ、その反動で大和館長は右に回転して鼻先迄近付くと、両手の手の平で胸をポンと押したのだそうだ。肉体的ダメージは無いので、そのまま試合は続いた。


私は格闘技に関しては素人だが、京佑から空手の技の名前だけは教えてもらっているので、それだけは知っている。

警戒しながらも果敢に攻める京佑。防戦一方の大和館長。

これは空手の正式ルールを採用していないので、顔面にパンチも出し始めた京佑。手の平で受け流す大和館長。拳の攻撃を十分意識させてから、中段に左回し蹴りを放つ。それは膝を上げて防御された。ローキックは下がってかわされる。


今度は見えない所からのロシアンフック。これは後ろにかわされた上に、手首と肘を掴まれ体を反転させられた。後ろ向きから裏拳を出してこれも外れたが、正面に向き直る事は出来た。距離が近いので上段蹴りからの、かかと落とし。身を屈めて避ける大和館長。その体勢から、ふくらはぎを押す。京佑は後ろに転倒した。


幸い後頭部は強打しなかったらしく、直ぐに起き上がる。十五分経過。京佑の呼吸は荒くなる。ここで彼は勝負に出た。左右の上段回し蹴りを多用してきた。

大和館長は連続攻撃に対しては、下がって避けるのみ。まだ自分からは、一回も攻撃を繰り出していない。


京佑が右上段回し蹴りを外しバランスを崩してしゃがみ込む、大和館長は前に踏み込んだ。京佑の誘い水は成功したかに思えた。

必殺のブラジリアンキック、下から突き上げる蹴りだ。その途端京佑の視界から、大和館長の姿が消えた。体を下げて京佑の右太股を足の裏で蹴っていた。京佑はゴロゴロと横に転がった。それから少しして彼は立ち上がる。


右脚にダメージは無い様だ。ただ、もう肩で息をしている。しかしもう一度、威力のある右上段回し蹴りを出した。そしてまた、胸を掌で押され後ろに吹き飛んだ。京佑は大の字になって私の前で倒れている。


「もう、まいったよ」乱れる呼吸の中で、振り絞って京佑は言った。

「京佑大丈夫。ケガはない」私は泣きそうだった。

「ああ、相手が一つも攻撃しなかったからね」京佑は大の字のまま答えた。私は安心した。


最後に技を出した所に、大和館長は居た。最初と同じ様に、拳を手の平に合わせて礼をして顔を上げた時、今度は微笑を浮かべていた。

それは見下した笑いではなく、頑張って戦い続けた京佑に対する称賛だろう。


私は大和という男に興味を持ったし好意もいだいた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 人物描写がわかりやすく、読み進めやすい [気になる点] 「面白い。そうしましょう」大和館長は答えた。 などの間に”と”をいれるか、空白もしくは改行があった方が読みやすいかと。 [一言] 応…
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