elders of zion
「虹助… ? 何かあったのかしら…」
LUZIAは、開けっぱなしのドアの陰から、そっと虹助の様子を伺った。
ぐがぁ~ごぶるぶるぶるっ
ぐがぁ~ごぶるぶるぶるっ
「… … 馬 … ?」
LUZIAは、虹助の鼾を聴いて一言漏らした 。
眠っているのね …
随分、弱っているようだけれど…
大丈夫かしら…
あらっ?
テーブルの上に置かれた袋に気づいたLUZIAは、音を立てないように、そっと袋の中を覗いて見ると、本が3冊入っていたので、3冊とも取り出すと胸に抱き、リビングのソフ ァ ーに座った 。
何の本かしら…
LUZIAは3冊の本をソファーに並べた。
「 人形師… 淡雪 涼一の世界 … ? これは人形の写真集なのね ♪ 楽しそう~♪」
LUZIAは写真集を開いた。
和服を着た人形が、赤い手すりの太鼓橋から橋の下を流れる川を悲しげに見つめている写真を見て
「何を悩んでいるの?可哀想に…」
LUZIAはホロホロと涙を落とす…
色彩り豊かに咲き乱れる花の中で、ドレスを着た精霊のような人形がうたた寝をしている写真を見ては
「可愛~い♪ LUZIAみた~い♪」
自惚れてみたりと大忙しで、最終的には
「LUZIAも写真集出そうかしら~♪」
すっかりその気になっていた。
1冊目を読み終わると2冊目を手に取り
「球体関節人形 ~ 淡雪 涼一 … へぇ~♪この本は淡雪 涼一と言う人形師が球体関節人形の作り方を説明しているのね♪ 」
LUZIAは頁を捲りながら
「ふんふん、へぇ~♪ ふ~ん … ずご~ぴ~ ずご~ぴ~」
眠りに落ちてしまった。
決して本が悪い訳では無いが、専門書や説明書きのような本という物は、興味のある者の瞳は輝き出すが、興味が無い者は魚の目になってしまうものである。
2~3分眠るとLUZIAは体勢を崩し、ガクッと目覚めた。
「ハッ!堕ちたわ… 文字のtrapよ、油断できないわね、危ない危ない… この本は危険過ぎるから止めておこう♪」
淡雪の書いた球体関節人形の本は、ソファ ーに戻された。
3冊目の本は、何やら妖しげな本で、随分昔の本なのか革のカバーに包まれていた 。
「これ… 何の本? 題名ないし… カバーもピ ッタリ貼り付いてるし… 」
LUZIAが本を開こうとすると十字架のペンダントが、ギュッと、LUZIAの首の後ろにメリ込んだ。
「痛いわね~ 首もげちゃうじゃな~い!解ったわよ、これは見ちゃイケナイ本なのね!」
LUZIAはぷんすか怒りながら、開きかけた本を閉じ、ソファーの上に本を置こうと、本の背を持った。
えっ … ?
指先に凹凸を感じ、LUZIAはもう1度、本の背に指先をあて、ゆっくりと動かした。
「e … I … d… e … r … s … o … f… z … i … o …n … 」
ギュッとLUZIAは唇を噛み
「この地球上にある全ての書物の中で … 愛の欠片もない、悪名高く穢らわしい書物! シオン… 議定書… 何故こんな本を虹助に? 淡雪 涼一って何者なの …」
※シオン議定書 = 1897年8月29日~31日開催されたシオニスト会議の席上で発表された決議文であるという体裁をとる書物
LUZIA … 吐き気がする程、この本が嫌いよ !読めば読むほどに胸が悪くなるの…
特に第4議定に書いてある事が嫌いなの…
要約すると、他人との競争に勝とうという闘争と、事業界における不断の投機とが、道徳も人情もない社会を造ると書いてあるの …解るでしょ?これが現代よ…
人類家畜化計画の手引き書と言われているわ… 勘違いして欲しくないのは、この本では、ユダヤ人と言う言葉が使われているけれど、偽ユダヤ人の事よ …
それと、LUZIAはこの本の中で、最大の悪と思 っている「自由・友愛 ・平和」実現する気が全くない、この言葉を利用して一般大衆を誘き寄せ、安心させ、意のままにすると書いてあるの…
地球には、絶対的支配者が1人いれば良くて 、その他の人間達は、真実に目を向けないように、情報を操作し、自分の頭で考える事を止めさせるシステムを社会として創り上げてしまえばいいと書いてあるの …
人間達をゴイムと書いているのよ…
ゴイは家畜・獣の意味よ、ゴイの複数形がゴイム、家畜達・獣達という意味なのよ…
違うわ、絶対に違うの… 地球はこんな事を望んではいないのよ…
LUZIAの心に悲しみが拡がる …
ソファーに座り悩んだLUZIAは、シオン議定書を抜き、2冊の本を虹助の部屋の袋へ戻すと3階の部屋へ向かった。
部屋へ入ると紫色の大判スカーフに、シオン議定書を包み、クローゼットの奥に押し込んだ。
バフッ
LUZIAは、仰向けでベッドに躰を投げ出し 、天井を見つめながら、納得出来ないシオン議定書の事を考えていた。
イエスは…
ガリラヤ人よ …
ガリラヤと言うのは、ユダヤ人でもありイスラエル人でもあるのよ…
ガリラヤ地方出身というのが正しいのかしら…
シオン議定書は、イエスさえも愚弄しているわ… 否、 利用していると言えばいいかしら …
あぁ… どうしたなら人間達は気づいてくれるの …
LUZIAの心は、深く暗い、悲しみの海の中に沈んでいった。
夜が更けても、虹助が起きる気配は無かった。
LUZIAはクローゼットの奥から、Tシャツとデニムとキャップを引っ張り出し、アメカジ風衣服に着替えると、スニーカーを持ち 虹助の部屋へ向かい眠っている虹助のズボンのポケットから、家の鍵をこっそり取り出した。
ポトッ
ん?
ポケットから、6つ折りの紙が落ちた…
LUZIAは落ちた紙を素早く拾い、虹助の部屋を出るとドアを閉め、直ぐに紙を広げ、淡雪 涼一の人形展のチラシである事が解ると、チラシを持ち玄関へ降りた。
玄関の鍵を確り閉め、アトリエ フクロウへと向かった。
時刻は深夜0時を過ぎている…
考えても考えても良知があかず、考える事に少々疲れたLUZIAは、シオン議定書から始ま った問題を、本を渡した淡雪 涼一に会いスッキリさせようと思いつき、大胆な行動に出る事に決めた。
梅木町は住宅街ではあるが、街灯は然程明るくはない、殆ど歩いてはいないが、なるべく人を避けるようにアトリエへ向かい急いだ。
「Poupee de tuteur par Indigo…」
(インディゴの守護人形か… )
暗闇の中で何かが… 小さな声で呟いた …
LUZIAの脚で20分弱、無事にアトリエ フクロウの前に着いた。
勿論、閉まっているだろうと思いながらも 、ドアに手を掛け引いてみると
キィー …
「えっ? ドアが開いた… ?」
LUZIAは、足音を忍ばせアトリエの奥へと向かった。
アトリエを抜けると …
「よせ!止めろ! 止めるんだ!」
LUZIAの立つ、直ぐ右側の部屋の中から、男の叫び声が響いた。
キ … ィ… ッ …
LUZIAはドアを静かに開けた。
ベッドに上半身を起こし座る白髪の老人に 、ベッドの横に立つ女が刃物を向け
「何故、遺言を書き直したの、伯父さん … 新藤弁護士に聞いたわ… 」
「… … 典子にも幾分かは渡るんだ … だから物騒な物はしまいなさい!」
白髪の老人は、落ち着いた口調で、刃物を向ける女に言った。
「幾分 ? 何の為に8年も、あんたの面倒看てきたと思ってんの!槐 虹助って…誰なの 伯父さん!」
白髪の老人は、目を潤ませギュッと口を結んだ。
「言わない気?」
女の顔がクッと怒りの表情に変わり、左手で白髪の老人の胸元を掴み、刃物を持つ右手を高く振り上げた。
白髪の老人は覚悟を決めたように、目をきつく瞑った。
まずいわ!まずいわ! どうしよう!
あっ !
LUZIAは、そ~っと静かに窓際に寄せられている車椅子へ急いだ。
「いいわ … 言う気がないなら、伯父さんが死んでから考えるからっ!」
女の目が細い三日月の形に変わり、刃物を老人の胸元に振り降ろした
「ダメッ!N - O -!」
キィーキィーキィッキッキッー!
LUZIAは車椅子のステップに左足を乗せ、左右のアームレストに掴まり、右足で床を素早くシャッシャッと蹴ると、カーリングスタイルで女に激突した 。
「嫌っ、ギャッ!」
ゴツンッ バンッ
女に避ける暇など無く、足先を車椅子のステップに挟まれ固定されたまま斜めに倒れ 、頭を壁に強打し、弾みで刃物が手からすり抜け、弧を描いて宙を舞い床に落ち、女も壁を滑るように床に沈んだ。
カチャ~ンッ
ズルルル…
LUZIAは慌てて落ちた刃物を拾い、デニムのウエストからヒップに向け突っ込んだ。
「に … 人形 … 」
白髪の老人は、目をしばしばさせLUZIAを見つめた。
「お爺さん、携帯電話を貸して… ベッドの 足を伸ばす方へ投げて… 」
LUZIAは、老人の手が届き掴まれないように、念の為、距離を置いた。
「あ… あぁ … 」
白髪の老人は、枕元に置いていたスマホをLUZIAの言う通り、ポ~ンと足の方へ放った。
LUZIAは、白髪の老人から目を反らさずに 、シュッと手を伸ばしスマホを手に取ると
「あぁ、お願いだから警察は呼ばないで欲しいんだ、私の姪なんだ…」
右手を前に出し白髪の老人は、慌てて止めた。
「解ったわ… じゃ、警察は呼ばない… 」
そう応え LUZIAは虹助に電話を掛けた。
ブッブーブーブー ブブブブー
虹助のスマホが、ズボンのポケットで震動した。
「うわっ!何? 電話? はぁ?これ誰や?一応出たろ … はい、誰でっか ?」
虹助と電話が繋がると
「虹助、LUZIAよ!直ぐにアトリエ フクロウに来てっ!大変なの!キャーッ!」
ガチャッ
LUZIAは、助けを求める風に電話を切った
「お爺さん、車椅子に1人で乗れる?」
LUZIAは白髪の老人に聞いた。
「あ、はい… 乗れます … 」
「じゃぁ、乗って、迎えがくるから…」
LUZIAは、壁に突っかえ止まっている車椅子を老人が乗り易いように、ベッドに近付けると直ぐに、ベッドの足元の方へ離れ、老人を見ていた。
「LUZIAはん!どないしたん!LUZIAはん! 切れてもうた、寝とる場合やない、行かな !」
ダダダダダダダダダダッ!
虹助はベッドから飛び起き、凄まじい勢いで階段を駆け下り家を跳び出した。
「あれっ? 可笑しいな … えぇわ、考えてられへん!」
鍵を閉めようとポケットを漁るが、鍵がないので諦め、走ってアトリエ フクロウへ向かった。
「はぁはぁ… あ~しんど~はぁ~」
虹助は、息を切らせ5分でアトリエに着くと、中に入り声を上げた。
「LUZIAはん、どこでっか!」
「虹助、ここよ!」
虹助は、LUZIAの声が聴こえた方へ向かった。
アトリエを抜け、直ぐ手前の部屋のドアが少しだけ開いていたので、虹助はドアノブを持ち、勢いよくドアを開けた。
「LUZIAはんっ!」
「虹助!」
見るとベッドの足元にLUZIAが立ち、淡雪がやっと車椅子に座り終え、女が1人、床に伸びていた。
「なっ 、何があったんです…」
「話しは後よ!虹助、お爺さんを家に連れていきましょう! 」
虹助は頷くと淡雪の後ろに立ち
「車椅子、押しますんで … 」
「ちょっと待って頂けますか、すみませんが、あのスーツケースを持って行きたいのです…」
淡雪は、LUZIAの後ろの壁に扉が見える、クローゼットを指差した。
LUZIAが扉を開くと、革製のスーツケースが、衣類を掛けたポールの下に置かれていた。
虹助はスーツケースをクローゼットから取り出した。
「私が持ちます…」
淡雪は手を差出し、虹助はスーツケースを淡雪にわたすと、淡雪は膝の上にスーツケ ースを置いた。
虹助はLUZIAを持ち上げると
「少し我慢して下さいね、LUZIAはん!」
LUZIAを車椅子の背凭れの後ろにある、ポケットに入れた。
「ありがとう、虹助…」
虹助は来た時と同じように、凄い勢いで家へと走った。
家に着くとLUZIAを車椅子のポケットで待たせ、淡雪を背負い階段を上がった。
リビングに入り、淡雪をソファーに座らせると
「はぁーはぁー ちょっと待ってて下さい … はぁー」
「はい、虹助君、すみません…」
淡雪は虹助に頭を下げた。
「いぇ、そんな…気にせんといて下さい」
虹助は直ぐに、1階へ戻り玄関の鍵を閉め
、車椅子ごとLUZIAをリビングへ運んだ。
「はぁーはぁーしっ、死んでまうわ…」
虹助は床にペタンと座り込んだ。
LUZIAは淡雪の携帯を使い、救急車がアトリエ フクロウに向かうように、チラシで住所を確認しながら電話を掛けた。




