アトリエ フクロウ
「ル~ルルル~♪ラ~ラララ~♪」
LUZIAは、レッドカーペットの上をゆっくり歩き階段を下る、口づさんでいるのは、何時もの曲である。
今日の衣装は…
淡い黄色のシフォン生地のフリルのドレス 、衿回りと袖口とドレスの裾には黄色と白のマーガレットの刺繍が施されており、頭にはスワロフスキーのクラウンをチョコンと乗せ、胸元は忘れず十字架のペンダントが輝いている。清楚で可憐な、お姫様の出来上がりである。
ガチャッ
LUZIAはリビングのドアを開けた。
「good morn~ing 虹助~♪ あれ… ?」
リビングに虹助の姿は無く…
「はぁ~まだ寝ているのかしら?でも、仕方ないわね♪」
少しガッカリしているようではあるが、ソファーに座った。
「あら?」
LUZIAはローテーブルに置かれた、虹助の走り書きを見つけ手に取った。
「なっ、何ですって~ ! Oh~ my god…人・形・展… あ~ん♪ LUZIAも行きた~い !行きた~い!」
LUZIAはソファーの上で足をバタバタと動かし暴れた。これでは、折角のお姫様ファ ッションがぶち壊しである…
ピンポ~ン
チャイムの音がリビングに響いた
「来たー!エレファントよ!あっ…虹助いないんだったわ…わ~んどうしよう~これじゃ荷物を受けとれないじゃな~ い… 仕方ないわね …」
LUZIAは覚悟を決め …
「は~い、何方で御座いますの~?」
ざーますオバサンのように熟女な口調で、ドア越しに応えた。
「あ、すみません、エレファントです、海外からお荷物が届いてます~」
「あら~ 今ちょっ~と手が離せないんざーますの~ おほほほほ~ それでね、悪いんだけどカラクリ人形にドアを開けさせるから ~ お荷物2階のリビングに運んで頂けないかしら~カラクリはサインも出来ますから ~」
「は… はい、承知しました…」
エレファントの配達員は、多少困り気味ではあったが、爽やかに応じてくれた。
ガチャッ
LUZIAは家のドアを開け
「イラッシャイマセ… コンニチハ…」
何故かロボチックな口調で話した。
「へぇ… 凄いな …」
エレファントの配達員は瞳を輝かせ感心していた。
配達員はざーますの言った通り、届いた段ボール箱5箱をリビングに運び
「サインお願いします」
配達伝票とペンをLUZIAに差し出した。
「ハイ ワカリマシタ… OK OK」
ロボチックLUZIAは、サラサラと配達伝票にサインをした。
「ハハ、凄いね~ 有難う」
配達員はサイン済みの伝票を受け取り、爽やかに笑った。
ポッ
LUZIAは爽やかな笑顔にヤられ、頬を赤らめた。
配達員は階段を下りると
「有難うございました。失礼します」
帰って行った。
LUZIAはツカツカと階段を下り
ガチャンッ
玄関のドアの鍵を閉め
「あのsmileはKillerよね… 悩殺よ悩殺…油断したわ…」
何やら独り言を呟きながら、ハサミを手にすると、段ボールを開けていった。
「あはっ♪ やっと来たわね~♪LUZIAのミシン♪」
LUZIAは嬉しそうに、古そうな足踏みミシンのボディを撫でた。
曲線の美しいライが魅力的なミシンで、良くみると足踏みとしても、電動としても、使えるようにコンセントが付いていた。
「あはっ♪ うふふっ♪」
余程嬉しいのか、LUZIAはクルンクルンとミシンの周りを、バレリーナのように回った。
私のような人形の始まりは、15世紀…
私達人形が流行の最先端、ファッション・リ ーダーだったのよ ♪ うふふ♪
私達は宮廷婦人に流行りのファッションを広める為の使者として生まれたの …
それから時が過ぎて18世紀 …
ヨーロッパでは、玩具として使われるようになたったの♪
哲学者ジャン = ジャック・ルソーによって 、子供の、ありのままを尊重するという考え方が流行してね、女の子は、人形遊びによって洋服の着こなしを学ぶ事ができ、人形のドレス作りは、裁縫教育に役立つと奨励して、市民に拡まって行ったのよ♪ 中々、お勉強になるでしょ♪
だからね、この当時の人形には、刺繍や縫い物のサンプル、裁縫道具がセットになって売られているものも沢山あったのよ♪
今でも、そうしたら良いのにってLUZIAは思うんだけどな ♪ だから、LUZIAは自分のドレスは自分で作るし、ファッションには敏感なのよ~♪うふふ~♪
LUZIAは他の箱も全て開け、生地や型紙を取り出すと、早速、新しい衣服を作り始めた。
LUZIAの話しを参考に、貴女も裁縫始めませんか?と勧めたくなる程に、心打たれる話しであったと感じているのは作者だけかも知れないので … 虹助の続きを …
虹助は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして…
「はぃ … 光介ですが …」
淡雪に応えた。
淡雪は目頭を抑えた …
「やはり、そうですか… 良く似ておられる … お母様は静音さんですね?」
虹助は言葉を無くす程驚き、ゴクリと生唾を飲み込むと …
「なっ … 何で… 知ってますの… ?」
ギィ ギィ ギィ ギィー
車椅子を動かし、窓際に置かれた木製机の引き出しを開け、薄いアルバムを膝の上に乗せると、再び車椅子を動かし虹助の前に進んだ。
淡雪は、目にうっすらと涙を溜め、薄いアルバムを虹助に差し出した。
ゴクッ
緊張しながら虹助はアルバムを開いた。
カップルと思しき男女が、嬉しそうな笑顔で写したセピア色の写真が並ぶ …
虹助は次の頁を捲った。
2頁目は、1頁目の写真に写る女性が、嬉しそうに微笑み、生まれたばかりの赤ちゃんを腕に抱き写っていた …
写真が貼られた直ぐ下の空白には、1954年9月8日、静音誕生… と書かれていた。
次の頁は静音1才、その次は静音2才、次は3才… その後は写真が1年に1枚になり、18才以降の写真は無かった …
虹助はアルバムを見つめたまま…
「オカンです… これと全く同じ写真が家に ありました… 今は俺が持ってます… どういう事なんですか ? オカン死んでまったけど聞かせて下さい… 俺も45なんで、思春期ち ゃいますから、何聞いても別に大した事ありまへんから…」
虹助は淡雪にペコッと頭を下げた。
淡雪は辛そうな顔をし …
「そうだね… 君には聞く権利がある… 私にも話す義務があるね …」
深く頷くと窓際横に置かれた椅子を指差し
「その前に… あの椅子こっちへ持って来て 座って下さい… 話が長くなりますから…」
淡雪は、泣きそうな顔をして虹助に言った 。虹助は言われた通り、窓際から椅子を運ぶと、淡雪の前に椅子を置き腰を降ろした 。
淡雪は、深い溜め息をつき話し始めた。
「君の母である静音は、私の娘です… はぁ…すいません、何から話せばいいのやら… 先ずは… 私の事から話しましょうか… 私は 、子供の頃から絵が好きでしてね、観る事も描く 事も … 将来は、絵描きになりたいと思っていました。併し、生まれた頃は戦争中 、不安定な時代で… 私も先人に習って勇ましく、日本男児らしく死ぬのだと思っていましたら終戦を迎えました。
その後は、波が押し寄せるように、アメリカの文化が日本に流れ込んだのです、私は 、10代の多感な時期でしてね、ありとあらゆる物に興味を持ったものです… 私の実家には 、私を大学へ行かせられる程の余裕はありませんでしたので、18才からキャバレ ーのボウイ等の仕事をしながら、絵を描いていたんですよ… けれど大学、今でいうキ ャンパスというものに強い憧れを抱いていましてね、私は、時々こっそり敷地内に忍び込んでいたんですよ… そして君のお婆さんと出逢いました … 私達は、互いに引かれ合い将来を誓 いました … ですが… 彼女の両親に猛反対されましてね … 当然の話しです 、彼女の家は裕福でしたが… 私には、金も財産も、何もかもが、無さ過ぎたのですから… 私達は、それでも隠れて会っていました … ある日、彼女は私に、妊娠した事を告げました。
私は迷わず彼女を連れ、親の目の届かない所へ行こうと駆け落ちをしました…
軈て娘が生まれ… 静音と名付けました。
貧しかったけれど幸せな時でした… 絵描きの夢を捨てた訳では無いけれど… 心の奥に沈め、私の、家族を守る為ならと必死に働きました 。
3年の月日が流れた、ある日、仕事を終えて家に戻ると、彼女も静音の姿も消えていました。置き手紙も無く家の中は何も変わ っていませんが、2人の姿が何処にも無いのです… 私は、慌てて彼女の実家に向かいました 。けれど… 門前払いです… 地べたに這いつくばり頭を擦りつけ何度も願いましたが…彼女の父親は私を許しませんでした 。「二度と顔を見せるな!」と唾を吐かれてしまう始末です… 私は途方に暮れ… 全てが嫌になってしまいましてね… 絶望の淵に立つ自分の想いを、キャンバスにぶつけたんですよ、此が最後だと思いましてね …全く… 人生とは解らないものです… 私が、絶望の淵で描いた絵が、賞を貰い、私は芸術の都と呼ばれるパリへ留学する事が決まりました。
日本を立つ前に、もう1度、彼女の実家を訪ねましたけれど… 家族を取り戻す事は叶いませんでした …
それから私は、パリで創作活動に燃えたのです … 絵画だけでは無く、自分の可能性を信じ、最大限に生かそうと、人形創作も始めました。
それしか無かった…
全てを捧げ、没頭し、自分が生きているのだと感じられる事が…
芸術より他に無かったのです…
そんな私の元に、年に1度、たった1枚だけ … 必ず9月8日に写された、娘、静音の写真が送られて来ました … 私が何処に住んでいても … それから15年間、毎年、心待にしていました。
併し16年後、静音が19才から写真が届かなくなり… 連絡を取ろうと興信所も使い、調べましたが… 時、既に遅く… 君のお婆さん 、私の最愛の女性は亡くなられていました 。 私は静音を探し出す事も出来なかった … 今は日本で暮らしていますが、戻ったのは8年前です … それまでは、日本で作品展を開く為に訪れるだけでした …」
淡雪は、アルバムに貼られた最後の写真を取り出すと写真の裏を虹助に見せた…
槐 光介 ・ 静音
写真の裏にはサインペンで虹助の父と母の名前が書かれていた。
「虹助君、これが私の元に届いた静音の最後の写真です… 裏に名字と名前が書いてありました。私は貴方に謝らなければいけない事ばかりですが … 私が貴方のお父様にお会いした事は無いのです… 槐と言う名字は珍しいと思い、話を聞きたくて、知っている振りをしてしまいました … どうか 許して下さい… 」
淡雪は目を真っ赤にし虹助に頭を下げた
「いや、そんな… お爺ちゃ~んなんて、ハハハッ、何て言ったらいいか解りまへんわ ハハハ… 俺は全然、気にしまへんから~」
そうは言ってはいるが、虹助の顔は引き吊り、手汗がびっしょりなのは、何故なのだろう …
「ほな、俺、そろそろ帰りますわ、すんませんでした」
虹助はやはり動揺し、どうしていいか解らず部屋を出て帰ろとした。
「虹助君 … これを … これを貰って頂けませんか…」
淡雪は紙袋に本を入れ虹助に渡した。
「いや、でも …」
躊躇う虹助に淡雪は
「それは、今日の記念としてです、私の人形を観に来て頂けた事を嬉しく思ったからです… 貰って下さい…」
「はぁ … ほな、有り難く頂きます、じゃ、 失礼します… お邪魔しました」
淡雪は目を潤ませ頷き…
「虹助君、有難う…」
虹助は、淡雪に頭をペコッと下げ、部屋を出ると、人形を展示しているアトリエを抜けて外に出る為、美人秘書の矢のような視線を浴び、アトリエ フクロウを後にした。
虹助は、速足で家へと向かった。
別に腹を立てるような事ではないが、あまりに突然で衝撃的だったのだろう…
ノック ・ダウンまで …
カウント6!
意識は朦朧とし目は霞む…
家のドアを開けて、
カウント7!
バタバタバタッ
階段を一気に駆け上がり、
カウント8!
リビングに入り
「虹助~お帰り~♪」
LUZIAをスルーで、
カウント9!
部屋のドアを開け、
カウント10!
カンカンカンカンッ!
激しいゴングの嵐が部屋中に鳴り響く~!
何時でも挑戦者! 槐 虹助!
ノック・アウトだ~ !
虹助は淡雪から貰った本を、テーブルの上に置き、そのまま、ベッドに倒れ込んだ。




