灰色の人形
すやすや眠る虹助の耳に、女の泣き声が響いた…啜り泣き等という陰気臭い泣き声では無く獣の闘い… 嫌、唸りに近い泣き声に 、とてもじゃないが寝ていられないと、ガバッと掛布団を剥ぎベッドを抜け出した 。
リビングへ出ると、獣の唸りは更に激しく虹助の耳を突く
「ふっ、はっ、ふんっ…」
訳もなく振り返り、背後を気にして見たが何事もない…
虹助は階段へと向かう、リビングから階段に繋がるドアを開くと、獣の唸りが3階から聴こえている事に気づき…
ダッダッダッダダダダダダ…
階段を駆け上った。
コンコンコンッ
虹助はLUZIAの部屋のドアをノックし、ドアノブに手を掛け
「LUZIAはん!どないしたんです!こんな 夜中に… 開けまっせ!」
虹助は勢いよくLUZIAの部屋のドアを開けた。
「こっ … これは… 何なん … 」
ロッキングチェアに座り泣いているLUZIAの手の中で、青白く丸い光が揺れるように光る…
「青い蛍… ?」
LUZIAの部屋中に置かれた灰色の人形達 …
「なっ、なんで… 人形 … ?」
シュンッ シュン シュンッ
灰色の人形達は、勢い良く飛び上がると
「助ケテ …」「オ願イ…」
「ニジスケ … ニジスケ … 」
一斉に虹助に跳び掛かかる
「うわぁ~ っ!助けて~っ!」
虹助は声を上げ、顔を庇おうと顔の前に両腕でXの文字を作った …
「はっ? あれ?何も… 来ない … ?人形もおらん…」
虹助が目を開くとLUZIAが
「虹助… グスンッ、何してるの? それは昔懐かしの、俺達お笑い族の懺悔のイエス の真似?グスンッ… それとも… 伝説のロックバンド? ねぇ、どっち? グスッ」
「あっ、いや~どっちでも無いです…それよりLUZIAはん、唸り泣きが聴こえたんです、そんで来たんですけど…」
虹助は心配そうにLUZIAに聞いた
「平気よ、もう大丈夫… 」
ボンボンと瞼を赤く腫れ上がらせ、LUZIAは微笑んだ …
「はぁ… それならいいです… LUZIAはん、 その手の中の、それ蛍でっか?珍しいでんな、青く … えっ? うわぁ~!何持ってますの !それ人魂でっしゃろ?うわぁ~っ恐ろしいっ!」
虹助はバッと両手を開き後退った。
「そうよ… 虹助のパソ友の岩井 弘也の魂 … 可愛いでしょ?」
LUZIAは微笑んでいるが、虹助はブルブルと首を横に振り
「かっ、可愛い…? 微妙ですけど… 何で持 ってますねん、何で名前知ってはりまんねん 、聞いたんでっか?」
「名前は…虹助に会う前から知っていたわ … Indigoの名前は、全員知っているの … 魂を持っているのは… ビジョンを見せて貰いたかったからよ… それより、さっき叫んでいたけれど … 大丈夫?」
「えぇ… まぁ … その、それより、岩井さんの人魂、どないしますの?まさか!喰うんじゃ… 」
虹助はゴクッと生唾を飲んだ …
「ひっひっひっ… ば~れ~た~か~ぁ~」
LUZIAは、胸元を飾る十字架のペンダントを顎の下で傾け顔を照らした …
「ひいっ!」
虹助は驚きビクッと、一瞬、躰を後ろに傾ける、まるで懐中電灯で下から顔を照らした時のように、LUZIAの顔が浮かび上がる…
「嘘よ …」
LUZIAは、弘也の魂に十字架のペンダントを近づけた。
キラキラと十字架のペンダントが、弘也の魂を導くように輝く、弘也の魂は、嬉しそうにLUZIAの掌の上でピ ョンピョン跳ねると、十字架の中に吸い込まれるように消えた。
「よう解らんけど… あの人の魂…喜んでましたな… ピョンピョン跳ねとった…」
「そう… 虹助がそう感じたなら、きっとそうよ♪」
虹助は不思議な体験をしてしまったなと、呆然としたまま…
「俺… もう1回… 寝ますわ…」
「そうね、おやすみなさい、虹助 … 」
LUZIAは優しく虹助に応えた
「お休みなさい、LUZIAはん…」
虹助はLUZIAの部屋のドアを閉め、階段を下った。
虹助の足音が聴こえなくなると、LUZIAはパソコンに目を向けた…
アリガトウ … LUZIA …
「神ヲ待ツ… 」
アレハ、俺ノ言葉ジャナイ …
読み終わるとサーッと文字は消えた。
「it has been found aIso not have to say thank you … 弘也 …」
ありがとう、言わなくても解っているわ…弘也…
LUZIAは、十字架のペンダントを両手で優しく包み込み、声を殺して泣いた …
虹助はベッドに潜り込み目を閉じた。
ウワッと、灰色の人形達が虹助に飛びかかる姿が目の中に浮かぶ…
あん時…
突然やったから驚いてまったけど …
どれもこれも灰色で可哀想やったな…
皆、可愛い人形さんやのに …
真っ白な光が押し寄せ、虹助の頭の中に、さっきと同じイメージが甦える …
えっ? 何や?この光の塊は …
そうか、人形なんか …
虹助が手にしていたのは、LUZIAのように可愛いらしい人形達だった…
ニジスケ … 助ケテ …
ニジスケ … ニジスケ …
「よし、解った!おいちゃんが全員助けち ゃるっ、待ってろや~ん~ むにゃむにゃ 」
人形達が可哀想だという想いだけで、虹助は後先も考えずに安請け合いをし、大きな声で寝言を話すと、微笑みを浮かべながら眠っていた。
夜が明け、太陽の光が窓辺に射し込んでも 、昨夜の疲れからかLUZIAも虹助も爆睡していた。
陽が高くなる頃、ようやく虹助はベッドから起き上がり、バスルームの隣にある洗面所へ向かった。
寝ぼけ眼で鏡を見ると…
モシャクシャの髪に、のっぺり顔のモンゴロイドが映る …
「オヤジやん …うわっ、イケテないわ~」
虹助はバシャバシャと顔を洗い、歯も磨いた。
カッ…タン
玄関の郵便受けに何か落ちた音がした。
歯磨きを終え、パジャマ姿で階段を下り郵便受けを覗く …
「チラシ… 人形展の案内のチラシや… 」
虹助はチラシを持ちリビングへと戻ると、ソファーに座りチラシを眺めた …
… … … 淡雪 涼一… … 人形展 … …
2017年9月8日[金]ー 9月19日[火]
開催時間:10時~17時
(入館は16時30分迄)
入館料金:大人1500円 子供 800円
開催場所:梅木町4丁目1-13
アトリエ フクロウ
チラシには開催場所、アトリエ フクロウの地図も印刷されていた。
「人形展か… 直ぐ近くやし行ってみようか … 10時なら、もう開いとるし…」
虹助は、パジャマのままでは捕まるなと、デニムのシャツにメンパンを履いた。
LUZIAは、まだ起きて来ない…
小銭入れの中身を確認すると、まだ1800円入っていた。
「よし、行けるで!」
虹助はローテーブルの上に
LUZIAはんへ
近所でやっとる人形展観てきますわ
虹助
走り書きを残しチラシを持って家を出た。
4丁目のアトリエ フクロウ迄、チラシに印刷されている地図を頼りに歩くと、10分程で迷う事なく着く事が出来た。
「へぇ~近くにこんな所があったんやな」
焦げ茶色の木造2階建ての建て物は、外壁に蔦が這い、2階にはステンドグラスの丸窓が見える、ノスタルジックで大正モダンを思わせる外観だった。
虹助はアトリエ フクロウのドアを開けた。
♪~ ♪♪♪~ ♪ ♪♪~
アトリエには、オルゴールの音色が流れていた…
「いらっしゃいませ… 此方で受付をお願い致します。」
濃紺のスーツを着た、美人秘書のような女性が、落ち着いた声で虹助に声を掛けた。
虹助は入館料を払い、美人秘書に渡されたチケットの半券を胸ポケットに入れ、アトリエの奥へと進んだ。
春・夏・秋・冬…
テーマごとに仕切られたブ ースに
もの悲しく…切ない …
淡雪 涼一の人形の世界が拡がる …
虹助は食い入るように1体1体、真剣な眼差しで人形を見つめていた …
ギィ ギィ ギィ-ギィ-
「人形がお好きですか?」
虹助が声に驚き振り向くと、車椅子に乗った白髪の老人がニッコリと微笑んだ。
「せっ、人形師!」
美人秘書は車椅子の老人に駆け寄ったが
「私は、この方と話しがしたいのです… 君は君の仕事をして下さい …」
車椅子の老人は穏やかな口調で、美人秘書を嗜めた 。
虹助は重い空気を何とかしようと話し始めた。
「はぁ…あの~俺、人形展いうの観るの初めてなんですけど… 何でっかこう~胸ん中が熱くなりまんな… 感動いうんでっか… 失礼でっけど、この人形作らはった人なんで っか ?」
虹助は緊張しているのか顔を硬直させ、車椅子に座る白髪の老人に尋ねた。
「はい … 淡雪 涼一と申します …」
白髪の老人、淡雪は、照れくさそうに頬をポッと赤らめた。
「あの…淡雪はん、何で人形って…こんな悲しげなんでっかね? 可笑しな事言っとったらすんません、只 … 何れも此も人形… 悲し ゅうて… 胸にキュンキュンくるんです … 」
虹助は正直に心に感じた想いを話した。
「それは… 私という人間が悲しいからではないでしょうか … いや失礼しました、折角 、人形達を観に来て下さったお客様に…お恥ずかしい … お詫びと言っては何ですが… 貴方にお見せしたい物があるのですが… お時間ありますか ?」
淡雪は、優しい笑みを浮かべ虹助に聞いた
「あっ、はいっ、時間はかまへんです … 」
「では、此方へ …」
ギィ ギィ ギィ- ギィ-
淡雪は車椅子を動かした 。
「あの~ 俺、押しましょか?」
虹助が淡雪に声を掛けるとニッコリ笑い
「すみません、これもリハビリなんですよ … お気持ちだけ頂戴致します…」
穏やかに虹助に話した。
美人秘書の鋭い視線を感じながらも虹助は 、アトリエの奥へと向かう淡雪の後ろについて歩く、幾つかの部屋のドアを素通りし 、淡雪は、一番奥の突き当たりの部屋のドアを開けた。
「此方です… 」
淡雪はそう言い虹助を部屋へ案内した。
「うわぁ~ 凄いな …」
その部屋は、淡雪が人形達を創り出す作業部屋のようで、人形創作に必要な道具や材料が所狭しと置かれていた。
虹助は勿論、眼にするのは初めての事で、何に使うのかが解らない物ばかりではあるが、それでも眼を離せなくなる程に興味を引かれ、虹助自身がここに置かれた道具を使い、人形創作をしている姿を想像し、うっとりしていた。
淡雪は、そんな虹助を微笑みながら見つめ
「人形というのは不思議なものです… かれこれ数十年、私の人生の半分以上の月日を 人形の創作の為だけに生きてきましたが… 未だに解りません … 可笑しな話しですがね … 只 … その魅力に取り憑かれたとしか言いようがないのですよ… あっ、そうだ、名前をお伺いしていませんでしたね? 」
「はっ、はい、俺は、槐、言います、槐 虹助です」
虹助は緊張気味に応えた。
「えっ… 槐さんですか… あの… 失礼ですが …お父様は?」
淡雪は興味津々な顔をして虹助に聞いた。
「あっ、親父は10年前に他界しました… 車 の事故で…」
「… それは失礼な事をお伺いしました… 申し訳ありません …」
淡雪は、申し訳なさそうに虹助に頭を下げた。
「いえ、死んでまったもん仕方ないですし 、墓場からゾンビになって戻られても同居できまへんからな~ハハハッ」
虹助は淡雪を気遣い笑い話しにした。
「… 槐さん、しつこいようで恐縮ですが…私の記憶違いで無ければ… お父様の名前は … 光介さんではないでしょうか ?」
淡雪は真剣な表情で虹助に聞いた。




