震える魂 …
「虹助~アンニュイなお粥が出来たわよ~ ♪ さぁ、ゆっくりね、躰起こせる?」
LUZIAはアンニュイなお粥を、パソコンを置いていたテーブルの上に置いた。
それから優しく虹助の躰を支え
「お父っつぁん、お粥が出来たわよ…」
うるうるした瞳で、虹助の顔を見上げた
「… すっ、すまねぇなぁ… LUZIA…」
虹助は、何かヤらねばならないという衝動に駈られ… 応えてしまった …
LUZIAは更に瞳を輝かせ…
「お父っつぁん、何を言っているの… 親子なんだから当たり前じゃない、さぁ、お粥を食べて早く元気になってね …」
微笑みながらレンゲを虹助に差し出した。
虹助はアンニュイなお粥を口に運び…
「LUZIAの粥は旨いな… 旨っ、LUZIAはん料理上手いんですね~ いや~これ旨っ!」
虹助はお父っつぁん役を忘れ、ハグハグとアンニュイなお粥を夢中で食べていた。
「良かった…お父っつぁん … シクシク…」
LUZIAはクルリと虹助に背を向け、ホロリと涙を溢した。
虹助はアンニュイなお粥をペロリと食べ終え…
「あの、LUZIAはん… お取り込み中、恐縮ですが~おかわりありまっか?」
LUZIAはクルリと振り返り
「虹助、乗ったなら最後まで役になりきり なさいよっ!もぉ!今、持ってくるわ!」
シュッと虹助の持つ茶碗を引ったくると、ぷんすか怒りながらキッチンへ向かった。
「すんませ~ん!」
虹助はすっかり治ったのか、元気な声でLUZIAの背中に向かい言葉を投げた。
キッチンでアンニュイなお粥を盛りながら 、LUZIAは1人微笑み…
良かった… 虹助 …元気になって…
原因不明で体調を崩しやすいけれど…
知らない間に治っている …
これもIndigoの特徴の一つよ…
繊細だから …
エネルギーの使い方を間違えてしまうの…
でもね、エネルギーの塊である、凄いパワ ーを持っていると言う事を忘れないで欲しいの
今は … 無理だろうけれど …
LUZIAはクスッと笑い、アンニュイなお粥のおかわりを虹助の部屋へ運んだ。
虹助はすっかり布団を剥ぎ、ベッドの上に起き上がって座ると、アンニュイなお粥が届くのを 、今か今かと子供のように待っていた。
「お待たせ~♪ 」
LUZIAがアンニュイなお粥を手渡すと
「いただきまぁ~す!」
ハグハグ、ハグハグ …
すっかりペロッと食べ尽くした。
「ふはぁ~満腹です~LUZIAはん、本当、 感謝します」
虹助のニッコリ顔を見て、LUZIAは安心したように微笑み
「じゃ、食器下げるわね、虹助、今日はゆ っくり休んでね♪」
「はい、そうします」
LUZIAは頷き、食器を持ってキッチンへと向かった。
「ふんふ~ん♪ふ~ん♪」
結婚したての新妻のようにホンマデッカ !をスポンジに少量つけ、鼻歌を唄いながら 、LUZIAは楽しそうに食器を洗っていた 。
食器洗いを終えると、リビングの電気を消して階段を上り3階の部屋に入ると、パソコンを開いた。
虹助の入力文字だけが液晶画面に浮かぶ…目を通したLUZIAは…
カタカタカタッ、カタカタッ
虹助のパソ友宛にメーセージを入力した。
岩井 弘也さん、初めまして。
あなたのパソ友と一緒に住んでいる、LUZIAという人形よ…
あなたが亡くなってしまったのは… 本当に残念な事だわ…
これからも、彼の秘孔を突かない程度に応援してあげてね …
回復したけれど、高熱を出したから…
2~3日は彼の部屋へ入れなくしたわ…
生身の人間は弱いのよ …
岩井さん、あなたは死にたくて死んだ訳じ ゃないと、彼が私に話したの…
詳しく知りたいのよ、最後に店を訪れた客はどんな人だったの?
お願い教えて …
入力を終えるとLUZIAは、ロッキングチェアに座り、ゆらゆらと揺れながら、虹助のパソ友である岩井からの入力を待った。
虹助はお腹もいっぱいになり、うとうとと微睡みながらも、自分はこの先、何をして生きて行けばいいのだろう… と眠れなくなるような難題を漠然と考えていた 。
やや時間は掛かったが…
そのうちに、すぅーっと眠りに落ち…
目を閉じて眠っている筈なのに、頭の中に文字が浮かぶ …
苦悩・美 ・芸術・憂い・横顔・闇と光 …
全ての文字が、グルグルと竜巻のように回り出し、一つに重なって行く …
全て重なった文字は…
白く強烈な光を発し、虹助の頭全体に拡が った …
ドックンッ ドクンッ ドクドクドク…
速まる鼓動に息苦しさを感じる
その時 … 光の幕が破裂し破れ飛んだ…
破れた光の幕は小さな粒になり、砂のようにサラサラと銀色に輝いた。
銀色の輝きの中にイメージが浮かぶ…
何かを見つめ、嬉し涙を流している自分
何かに悩み頭を抱えながらも、集中し手先を動かしている自分…
全てが充実し満たされている自分…
それが何なのかは、光が強過ぎて見えないが、幸せな気持ちの中で虹助は穏やかに眠 っていた …
静けさが増し夜が深まり、時計の針の音だけが家の中に響き渡る頃…
カチッ… カチカチッ … カタッ…
LUZIAの部屋に置かれたパソコンのキーボ ードが押された。
ロッキングチェアに揺られ、すっかり気持ち良くなってしまったLUZIAは、コックリコックリと眠っていた。
微かに聴こえるカチカチと言う音に瞼を閉じたまま…
「Welcome back … 弘也」
LUZIAは呟き瞼を開いた…
ライティング ピューローの前に…
半透明で丸い魂が、青白い炎に包まれ揺れていた。
LUZIAは掌を差し出し…
「Can you Please com here ?」
優しく魂に声を掛けた。
魂は青白い炎を揺らし躊躇うように暫しその場で揺れていたが… 軈てゆっくりと揺れながら、LUZIAの掌に留まった。
LUZIAは宝物のように両手で魂を包み込み 、そっと胸の前に寄せた …
ザッ ザッ ザーザーザーザー
音と共に、LUZIAの前頭葉に灰色の砂嵐が流れる、アナログTVのチャンネルを手動で変えていた頃のような砂嵐が …
LUZIAは、ゆっくりと深呼吸を繰り返す…
砂嵐が去ると…
岩井 弘也という1人の人間の、出生から死までのビジョンが拡がった…
慈しまれ育てられた、子供時代
学生時代は語学とラグビーに燃えていた …
貿易会社に就職を決め、出張先の海外で偶 々目にした、可愛らしくもユニークな雑貨たち …
「雑貨に囲まれた生活がしたいな… 」
趣味の範囲で、一つ、又、一つ
弘也の部屋に、お気に入り雑貨たちが集まる …
「そうか… 俺、こういう雑貨たちが好きなんだな、よし!やってみよう!」
決断し、会社を退職した弘也は、この場所で店を始めた…
満たされた想いに反し、伸び悩む売り上げ
食事は2日に1個のカップ麺 …
水道水で腹を膨らませ凌ぐ、厳しい現実…
それでも諦められずに、夢にしがみついた3年目、近所の主婦の口コミから始まり、店が徐々に変わり始め、店はやっと弘也が夢描いた形に整った。
それから2年の時が過ぎ …
あの夜が訪れた…
最後の客が店のドアを開く …
コツッ … コツッ … コツッ …
「いらっしゃいませ!」
弘也の弾む声が最後の客を迎えた…
「Excecuse moie?」
すいませんが…を意味するフランス語に弘也は笑顔で最後の客の側へ寄る…
深めに黒い帽子を被り、顔はよく見えない … 黒いコートに同じく黒の革靴 … 黒尽くめの紳士は、今度は日本語で
「人形ヲ探シテイマス… トッテモ可愛ラシイ… アー、古イ人形デス… 来テイマセンカ ?」
「はっ?人形?申し訳ありません… アンテ ィークドールは扱っておりませんが…」
弘也は黒尽くめの紳士に頭を下げた…
黒尽くめの紳士はウンウンと首を縦に小刻みに振り、店内をぐるっと見回した…
赴ろに、コートのポケットから銀色の懐中時計を取り出すとパカッと開き、時刻を確認するように、小声で何かを呟いた…
「merci…」
黒尽くめの紳士は、ほんの少しだけ帽子を浮かせ口元を緩ませた …
「…… あ、ありがとう御座いました 」
黒尽くめの紳士は店を後にした。
「ふぅ… 」
弘也は店の鍵を閉め明かりを消すと、溜め息をつきレジの後ろの椅子に腰を降ろした 。
黒尽くめの紳士が、少しだけ帽子を浮かせた時にチラリと見えた、額の左上、丁度、髪の生え際辺りに見えた、火傷のようなアザのような赤黒い傷を思い返し…
「確か … 文字 … O… V…?嫌、まだ何かあったような気が… す… る… …」
弘也は呟きながら、コクンッと眠りに落ちた。
ザッ ザッ ザーザー ザー
LUZIAのビジョンが変わる …
弘也は…
項垂れ太い松ノ木の前に立っていた…
右手に持つロープを松ノ木に括ると、ゆっくりと両手をロープに伸ばした…
「 N - O -!」
LUZIAは叫んだが…
弘也は、ゆらゆらと揺れ…
ゆっくりと躰を傾け、首をロープの輪の中に掛けた …
「NO!ダメ!止まりなさい!N-O-!」
LUZIAは必死に叫んだ …
「神…ヲ … 待…ツ … 」
グッ ギュッギューメリッ…
首がロープにメリ込む嫌な音が響き …
弘也はダラリと力尽き…
松ノ木に揺れた …
LUZIAの瞳から涙がボロボロ零れ落ちる
「ごめんなさい… sorry … 弘也… うっう っうっ… うわぁ~ん!うわぁ~ん!」
LUZIAは手がつけられない程、大泣きし…
弘也の魂はLUZIAの掌の中で、オドオドと震えながら揺れた。




