えべっさん
「ほほう… 素晴らしい!楓さんは頑張ってますね」
「はい、自慢の娘ですっ!」
虹助は楓のポスターを堂々と広げ、淡雪に見せた。折角、淡雪が来てくれたので、虹助は若菜と煌を淡雪に紹介した。
「これまた素晴らしい人形達ですね、若菜さんに煌君ですか… 虹助君、心境の変化ですか?作風が変わりましたね … 若菜さんも煌君も楓さんとは違いますね… どちらも声 に従い創作したのですか?」
「えぇ、若菜も煌も成りたい自分を持ってますんで、俺が手伝ってるような感じですわ、助かります!」
虹助にとって、人形達の声を感じながら創作する事は極々普通の事、だがその事を知る度に淡雪の心の中に、モヤモヤと黒い霧が漂った。作り笑顔を浮かべながら、淡雪は自分の心に問い掛けた …
私は何体の人形の声を、感じる事が出来たのだろう … 気のせいでは無く、ハッキリと正確に … 私のそれは、本当に感じていたのだろうか… 虹助君のように …
疑心暗鬼になる淡雪の心 …
ああ、忘れていました …
「ふぉっふぉっふぉっ、ふぉっふぉっ!」
突然、笑い出した淡雪に …
「どないしたんです?淡雪はん?」
驚いた虹助が聞き、八重弁護士は眼を丸くして淡雪を見つめた。
「いえいえ、済みません … 実はですね … 私 … 人形の声を感じられる、虹助君の才能に嫉妬しましてね、妬んでしまう所でしたので、笑ってみたのですよ、ふぉっふぉっふ ぉっ!ほんの一瞬の隙で、黒い思いが押し寄せます、けれど笑ってね、相手と私は違う人間なんだと、確り心に言い聞かせると 、より確かに、私は私らしくあろうと思えるんですよ、こんなふうにね、今迄に何百回も繰返してきたのですよ、ふぉっふぉっふぉっ!」
「淡雪はんが … 妬む… ?」
虹助は淡雪を呆然と見つめた。
「はいはい、妬みますよ、クソ!コンチクショー!とも思いますよ、ふぉっふぉっふ ぉっ!けれど … 私には、私にしか創り出せない世界があります… それが芸術と言うものです!いつか虹助君も、嫉妬や妬みの思いに苦しめられる事があったなら、試してみて下さいね、ふぁっふぁっふぁっ!」
辛い時や苦しい時は笑う、そうして自分の小ささを思い知り、また前に進む … 淡雪が付けた足跡の横に、チョコンと小さな自分が立っている … 淡雪の足跡の上を辿るのでは無く、横に並んで遥か彼方にある足跡を目指す… 虹助の脳裏にそんなイメージが浮かんだ。
「人生は旅のようなもんやな… その旅が俺の人生になるんやな …」
虹助は詩人のような言葉を呟いた …
「Life is like a journey and the journey makes my life … 素晴らしい言葉ですね …」
何故、英訳したかは不明だが、八重弁護士も人生の旅がお好みのようで、偉く感動していた。
「あ、ああ!この脳が揺れる感覚は~!皆さん、大変です!私、アトリエに戻ります !数十年振りの天啓です!八重さん!車を !早く早く!うおお~これは!」
なっ、何か降りたか憑いたのか、淡雪は車椅子に座りエクソシストのように、ブルブルと躰を痙攣させた。
アトリエよりも病院では無いか?と思われる症状だが …
「それでは、皆さん、失礼します!」
八重弁護士は冷静に話し、笑顔迄浮かべ淡雪を車に乗せ、自宅兼アトリエへと帰って行った。
「はっ、激し過ぎやで … 焦ったわ …」
虹助は呆然としたまま、淡雪を見送った。
虹助はストンッと椅子に座り、10分程一点を見つめていたが気を取り直し、楓出演の映画のポスターを店の何処に貼ろうかと、考え始めた。
「悩むな~何処がええんかな?やっぱり目立つ言うたら窓やろな … 」
虹助は店のドア横の、大きな出窓に通りから見えるように楓のポスターを貼り、店の外へ出てニッカリ笑いながら、ポスターを貼った出窓を眺めていた。
オ父チャン …
楓の声を感じた …
虹助はクリックリッと振り返ったが、楓の姿がある訳も無く…
「かっ、楓 … そや、俺、父ちゃんとして大事な事忘れとった …」
店のドアに下げたプレートを、openからclauseに変え、ドアの鍵を閉めると、階段の下から …
「LUZIAは~ん!用、思い出したんで出掛けます~っ!」
デカイ声で、LUZIAに聞こえるよう叫んだ
「行けばいいでしょっ!」
LUZIAは機嫌が悪いらしいが …
「ほな、すんません!」
一応、LUZIAに声を掛け、自宅側の玄関から外へ出てドアの鍵を掛け、地下鉄の駅へと歩いた。
家から10分程歩くと、地下鉄の駅が見えて来る、片道の切符を券売機で買いホームで待つ、電車が止まり虹助は電車へ乗り込む、通勤ラッシュの時間は過ぎていたので、直ぐに座る事が出来たが空いているとは言えないが、立っている乗客も疎らだった。
電車に揺られていると、ウトウトと眠くなる、虹助は顔がブルブルしないように、眠る事を微睡む程度に抑えた。
「次は大国町~大国町~」
地下鉄のアナウンスが聞こえ、電車が止まった。
虹助は立ち上がり電車を降りると、出口へと向かう、地下鉄の階段を上り地上に出て7分程歩いた。
「久しぶりやな~えべっさんっ!何や解らんけど … 親父とお袋に連れられて、昔、よく来たで … 何年振りやろな~」
虹助が訪れた「えべっさん」とは大阪市浪速区にある今宮戎神社である。
「祭りやないから、人も少なくてええな … 多いは多いで楽しいけどな … 」
境内を見渡しながら歩く、虹助の足取りも、ゆっくりと穏やかで、全てを懐かしむようだった。
「ガキん頃は、何でもデッカく見えとったな … 親父もお袋も … えべっさんの鳥居ももっともっとデカかったな … 」
虹助は子供の頃に両親と訪れた、今宮戎神社を思い出していた。
あれは1月の… 十日戎の時だったな …
「商売繁盛!笹持って来いっ!」
大阪じゃ、有名な言葉や …
親父もお袋もずぅ~っと笑っとってな、詣でた帰りにお袋が、出店で飴買ったんや …
袋に恵比寿さんの顔がプリントされただけの飴や … 飴もそんなに入っとらんのに高くてな … 値段付いてないねん … お袋、めでたい日だし言うて買ったんやけど …神社の出口に並んでた出店で、お袋が買ったんと同じ飴売っててな、お袋が買った半値やったんや … 滅多に怒らん親父が、目剥いてお袋に怒り出してな、俺はワンワン泣いたねん … 暫く、飴恐怖症になったで … まぁ~親父も何であんな怒ったんかな … 今となってはオモロイ思い出やけどな … ハハッ!
虹助は1人で笑った。
「楓の出とる映画が、ヒットして満員御礼になりますようにっ!」
本殿の前に立ち、虹助は心を込めて願う、
楓の為のお詣りを済ませると、境内の休憩所に設置された自動販売機でジュースを買い、ベンチに腰を降ろしジュースを飲みながら風景を眺め …
いつか… 子供ら皆連れて来れたらええな …
親父とお袋が、そうしてくれたように …
そんな事を考え、両親との思い出に浸りながら夕方まで、ベンチに座っていた。




