忘れる努力と能力
リビングへ行くと、オムライスとオニオンスープが、ソファーの前のテーブルの上に並べられていた。
「うっわ~旨そうでんな~!誰が作りはったんでっか?」
「LUZIAよ♪ ヘヘヘ~♪」
LUZIAは得意気に、杓れない程度にほんの少しだけ顎を上げ、得意気な顔をした。淡雪はCielを膝に乗せると車椅子をテ ーブルに寄せ、虹助、LUZIA、八重弁護士はソフ ァーに座った。
「頂きま~す!」
LUZIAはオムライスの臭いを楽しみ、3人はオムライスを食べ始めた。
「虹助君、今は … 指を作成中ですか?」
淡雪が虹助に聞いた。
「えぇ、はい、そうなんですが … 難しいですわ… 形が上手く出来んのです… 」
虹助はスプーンを持つ手を、皿の上で止め淡雪に話した。
「そうですね … ですが虹助君は、骨の人体模型を創りましたよね? 大丈夫ですよ」
「えぇ、まぁ … 頑張ってみます…」
虹助の頼りない返事にも、淡雪はニコッと微笑み …
「虹助君、今、作成中の人形はどんな子ですか? 良ければ思いつくまま、話して下さい、ああ、食べながらで結構ですから」
「はい、名前は楓言います、俺はゴッツイナイフ持たせたいんやけど … 楓が何て言うか …」
虹助はパクっと、オムライスを口に運んだ。
「ふぉっふぉっふぉっ!楓さんですか… 話し掛けて来ましたか?彼女から … 」
「はい、色々教えてくれます … 」
ギ ョ ッ !
八重弁護士の、スプーンを持つ手がピタリと止まりLUZIAと2人、虹助を心配そうに見ていた。
「そうですか、それは素晴らしい事です!何も臆する事はありませんよ…」
淡雪は終始優しい笑顔を、虹助に向けていた。
LUZIAと八重弁護士は、危な過ぎはしないかと虹助に聞きたいが、聞くに聞けずにいた。
「あ、そや、何で淡雪はんは魔法でっか?呪文でっか?あれ使えますの?」
「ふぉっふぉっふぉっ、実は何故か私にも解らないのですよ、気がついたら… と言う事ですかね… 呼吸法や気功と言うものに興味を持った時期がありました … ですが、誰かに習うと言う事はしていませんよ、本当に自然になんですよ、多分、私のは気でし ょうね … 呪文ですが… 実はあれも使おうと思った時に、無意識に口から出る言葉でしてね… 意味も何処の言葉かも解りません…自分でも不思議ですよ、ふぁっふぁっふぁ っ!」
淡雪が、話しを誤魔化している気はせず、隠そうとしているとも思えなかった。
「凄いでんな~ 俺もいつか、自分の意志で使えるやろか…」
「ふぉっふぉっふぉっ、ええ、そうなりますよ… 虹助君が望めば必ず…」
昼食を終えると …
「ごちそう様でした!旨かったです!俺、アトリエ入ります!」
虹助は軽く会釈をし、リビングを後にした。
「あぁっ!弁護士さん … 夜はすき焼きにしたいんだけど … お買い物~ LUZIAも行きた~いっ♪連れて行ってね♪」
「ええ、構いませんが … 抱っこでしょうか?それは私も職業柄、少々… 不味いですよね … 」
LUZIAはジュワッと、瞳に涙を滲ませ …
「お買い物に行きたいの … LUZIA… ガサガサ鳴らない袋でいいから … 葱・お肉・卵…この3品は… LUZIAの目で選びたいの…」
葱・肉・卵の3品に、LUZIAは、どんな思い入れがあるのか聞いてみたくなる程、力を込めて話した。
「八重さん、いいじゃないですか… 誰かに聞かれたら、依頼主の希望ですと話せば … 独立したんですから… 抱いて買い物してあげなさいよ、大人げ無いですよ… 」
いえいえ、淡雪さん、人形を抱いて買い物をしている方が、一般的に大人げ無いですよね? 八重弁護士は淡雪に、突っ込みたか ったが… 万が一 、LUZIAが気にして小さな怪獣が暴れ出したら、それこそ大惨事だろうなと考え、言葉にする事を控え…
「解りました … トライ致します…」
色々思う所は有るけれど、私はまだ自分を見つけていないのかも知れない … 芸術家達の影響をすっかり受け、新な自分を探す事も必要だと納得をした、八重弁護士だった。
夕方になるとお買い物ラッシュが訪れ、ス ーパーが戦場と化す為、八重弁護士とLUZ IAは直ぐに買い物に出掛けた。
Cielは珍しくソファーの上で、グッスリ眠 っていた。淡雪は車椅子を少し動かし、何か読もうかと本棚に並ぶ本を眺めていた。
神ハ酷イナ …
「誰です … 名乗りなさい…」
俺ハオ前ダヨ … 忘レタノカ?
オ前ガ俺ニツケタ名ハ ?
「軋む月の番人 … ですか … ?」
淡雪は視線の向かう先を一点に、目を留めたまま心に響く声の、主の名を口にした。
虹助ガ人形ヲ創ルノハ初メテニ等シイ …
人形ノ声ガ聴コエルナンテ…
私デサエ …
数エルホドシカ無イノニ …
「消えなさい … 私の心の奥底にある貴方の住みかに帰りなさい… 私が孫と暮らす楽しい時間を邪魔すると言うのなら… 一緒に死にますか? ふぉっふぉっふぉっ!臆病者のくせに … 沈みなさい!」
淡雪は躰が軋む程、全身に力を入れ強張らせた。
オ前ノ気持チヲ代弁シタダケサ …
ソンナニ私ヲ嫌ウナ …
マタ、直グニ会オウ … 涼一 …
「ふぅ~ 沈みましたね …」
淡雪は全身から力を抜き、少し気だるさを感じながら呟いた。
油断も隙もありませんね …
軋む月の番人 …
私が名付けた … もう1人の私です …
歓迎はしていませんけれど …
淡雪は本棚から、古いノートを手に取り開いた。
軋む月とは、私の心です …
番人とは彼の事 …
もう1人の私です …
心は偏り易いものです …
疾患と迄は行かなくても …
人間は皆、そう言うものです …
精神論学書に書いてあるような人間に、出会った事が無いのが、何よりの証拠です。
この古いノートは、淡雪 涼一と言う人間の心模様を、書きなぐったもの。
たまには、目を通さないといけません。
人間は忘れると言う、優れた能力を持つ生き物ですから …
淡雪は、そっとノートを捲った。
青い太陽 …
心の声が私を痛めつける …
どれほど私が憎いのか …
奴の声が頭に響く夜は …
善からぬ想いが心に渦巻き …
翌朝の太陽が決まって青い …
私は墓場から戻った死者のように…
青白い顔で鏡の前に立ち…
鏡に映る私の全てを否定し…
鏡を粉々になるまで、砕き続ける …
もう何枚、鏡を砕いて来た事か …
その度に流れる…
私の鮮やかに赤い血液 …
美しいか美しくないか…
愚問に等しく …
美しいに決まっている …
私の想う太陽の色なのだから …
その古いノートには、淡雪 涼一の心の格闘と言うべき内容が、詩のようでもあり随筆のようでもあり、思いついた時に思うままに書き連ねられた、病み?闇?日記であった。手にした病み?闇?日記を読み終え…
「はあ … 泣きたくなる程の弱さです… 私と言う人間は… 思い出させてくれて、ありがとう… 」
読み終えたノートを額にあて、ノートの存在に感謝し、本棚の元の場所へ戻した。
「感謝はしますが… はあ… 気が滅入る… こんな時は音楽ですね、ええ… 何にしましょうか … ああ、これがいい …」
淡雪はEnyaのCDを、プレイヤーにセットし軽く瞼を閉じた。
♪~♪~♪~
ん?
♪~♪♪~♪~♪~
はて?
こんな曲は …
♪♪♪♪~♪♪♪♪~
揃た揃た~よ~♪
淡雪はパット瞼を開き、プレイヤーをみつめ…
「はぁ~ やっしょう~まかしょっ! 」
歌と一緒に音頭を取り、口ずさむとプレイヤーを止めた …
「私も日本人ですからね … やっしょうまかしょっには弱いんですよ…」
Cielは爆睡中で誰も聞いていないのに、淡雪は意味不明な弁解をし、民謡CDをケースに入れプレイヤーの横に置いた。
「彼が現れた後は、いつもこうです… 落ち着かない… 私もCielと一緒に昼間でもしてしまいましょう … 目覚めたら忘れているでしょう… 」
淡雪はソファーの横に車椅子を寄せ、コックリコックリと眠った。




