夜明けのスキャット
その後はTVをみたり、他愛ない話しをしたり、LUZIAから家具や冷蔵庫の配置に関してのダメ出しを受け虹助が直しながら過ごした。
夜が訪れ8時になると、LUZIAは眼を擦り
「ふぁ~眠い… 私、眠るはね、good ni~ght♪」
LUZIAは3階の自室へと行ってしまった。
虹助は考え始めた。
昨日、LUZIAとの出会いがなければ、自分は今頃どうしていたのだろうかと …
虹助の両親は二人とも、10年前に交通事故で亡くなっている。1人息子で、頼れる程親しい親戚もいない … 何か作る事が好きだ、楽しいという思いはあったが… それは子供の頃の紙細工や木工の話しであり、仕事をしなければ食べて行けないので、好きだからと言 って追い求めはしなかった。
それに、大半の人間が聴かされる言葉 …
夢を追って食っていけるのは、一握りの人間だけだ …
虹助も例外なく… と言うよりも言われる前から何もせず自ら諦めてしまい、何にも挑戦せずに年を重ねて現在に至っていると言うべきだろう…
大人なんて、そんなものだろう…
仕事は若い頃から転々としてた… けど、自分で言うのも何やけど… 何の仕事でも好きやった、人間関係いうのがアカン… 仕事辞めて自己都合やったら失業保険の給付に3 ヶ月はかかる、この間生き抜く金がないねん… 蓄えがないねん、そな良い給料貰ってなかったしな… 変な話や思うで本当に人の為になる仕事程、給料安い思わんか?例でいうなら命を支えるような仕事や、医療・介護・食に関わる仕事… そう思うの俺だけやろか?そんで失業保険の話しやけど、支給に時間掛かるから生活保護やいうても、これも支給まで時間が掛かるやろ?死んでまうて … おっかしな制度や思うで、今、仕事辞めてメンタル参っとる時に金銭的にも安心出来んかったら、更に追い込まれてWパンチやろ?生活保護でも失業保険でも、支給はスムーズにして、それに頼りきりにならんようにサポート出来んもんかな?支給は直ぐにしますよ、でもあくまで貴方が社会復帰出来る迄ですよ、社会復帰して、躓く事になったら又来て下さいてな、窓口は拡く迅速にサポートは確り、そうせな死んでまうて … それは敗者なんかな ? 俺は違う思うで…
「はぁ… また考えてもうた… そや、パソ友 と話してみよ…」
虹助はパソコンを開き、カチャカチャとキ ーボードを押した。
昨夜はありがとな、お陰で助かったで
あんな、俺、不思議な人形に助けてもうてこうしてんやけどな、その人形があんたと夢の話しせぇ言うねん、あんた下の店で商売しとったやろ? 何の商売しとったん?
話しとうなかったらいいんやけど…
己を探すには、先ず、己を知れ、言われたもんやから … 難しくてな …
パソコンに入力し10分程待ってみたが、返事は無い… 虹助は夕飯でも作ろうかとキッチンへ向かった。
虹助のレッツ・クッキングやで!
今日の夕飯は…
俺の大好物♪ パン・グラタンやで~
先ずな、玉子茹でるねん、茹で玉子を作る 、茹で玉子できるやろ?まぁ…えぇけど…出来んかったら、その辺の道歩いとるオカンに頼み、それから茹で玉子輪切りにする 、殻むけや 、そのままやったら喉に刺さるで熱いから気つけてな、そいで輪切り玉子は置いといて食パンを焼く、オープンレンジがチ~ン言うて焦げめがついたらOKや、焼いた食パン4等分に切ってグラタン皿に置く、さ っきの茹で玉子も置いて、マッシ ュルームを散らす、ハムかウィンナーも切 って、これも散らす、今日はウィンナーにしたろか、そんでホワイトソースかけて 、粉チーズを振る、後はオープンレンジで 、そやな… 12~15分位熱通す、チ~ンッ!これで完成や!俺流、パン・グラタンや!
なかなか旨いで、試してみてや!
勝手に開かれたお料理教室ではあるが、作者であっても止められないので …
続きを…
出来上がったパン・グラタンをダイニングテーブルに運び、虹助は椅子に腰を下ろすとハグハグと食べ始めた。
「旨っ、熱いけど旨っ、熱旨やな!」
虹助は熱旨、パン・グラタンを食べながら 、やはり気になりパソコン画面をチラ見した。
パソ友からの書き込みは無い …
「そやな… 俺の都合ばかりで… 相手にも都合あるわな… 今日は寝るか…」
虹助は、もしもパソ友が来た時の事を考えパソコンを持ち、リビングの奥にある洋室へと向かった。
2階の洋室は12畳程の広さで、買ったばかりのクィーンサイズのベッドが置かれていた。ベッドの横に置いた、折りたたみ式のテーブルの上にノートパソコンを置き、カザゴッソと寝具を袋から取りだし、ベッドにセ ットすると布団に潜り込んだ。
時刻は夜中の0時を過ぎていた
ぐがぁ~ごぉ~ぴぃ~ぃ
ぐがぁ~ごぉ~ぴぃ~ぃ
虹助はベッドに入ると直ぐに、獰猛な獣のような鼾を立て眠っていた。
時計の針が2時を回ると …
カチッカチャッカチカチッ
パソコンのキーボードを押す音が、静かな部屋に響いた…
ん~う~ん…
虹助は何かの気配を感じ、寝苦しさにガバッと躰を起こした。
「何やこれ…寝汗びっしょりや…」
虹助はクローゼット開けシャツを変え、ベ ッドに戻る前に確認をとパソコン画面を覗くと …
夢… 下ノ店デ雑貨屋シテタ…
ソレガ夢ダッタカラ …
貿易ノ会社ニ勤メテイタ…
夢、叶エタクテ退職シタ …
虹助はキーボードを押した
今晩は、来てくれて良かったで
今日はダメかと思ってたわ
そうか、雑貨屋やるんが夢やったんか…
えぇ夢や思うで、で…何で店、ダメなったん? 景気か?
虹助が入力すると直ぐに、キーボードのボタンが沈み
店ハ問題ナカッタ …
順調ダッタ …
虹助は慌てて次の言葉を入力した
じゃ何で、死んだんや?
暫くキーボードは動かなかず…虹助が諦めかけた頃だった …
カタッ … カタカタッ …
キーボードがゆっくり押された
死ノウト思ッタ訳ジャナイ …
アノ場所ヘ行ク前日
閉店間際ニ来タ客…
ソノ客ノ接客ヲ終エ、店ヲ閉メタ…
急ニ眠気ガサシテ眠ッタ…
起キタラ真夜中… 意識ハアッタ… 遠クニ …
躰ガ勝手ニ、アノ樹ノ前ヘ行キ…
首ヲ吊ッテイタ …
何故ソウナッタノカ、解ラナイ …
ゴクッ虹助は生唾を飲み込んだ
「どういうこっちゃねん … 」
虹助は目をパチクリさせ独り言を呟た…ザワザワと全身に悪寒が走り、頭の中がグワングワンと揺れた…
すまんけど…体調悪うなってもうたわ
話しありがとな また 明日話そや
ようやくパソコンに入力すると、ベッドに倒れ込んだ。
うわぁ、何なんや、この胸の悪さ…
目閉じてもグルングルン回るで…
メニエールかいな…
虹助はそのまま気を失った…
夜が明け、LUZIAは3階の部屋の中で今日の服装を考えていた。
「あ~ん、どれにしようかしら… LUZIA迷 っち ゃ~う♪」
ネグリジェ姿で散々迷い、本日の衣装は黒いベルベット地のフリルドレスと、頭には同じく黒のベルベットで作ったヘアバンド …何時も胸元には十字架のペンダントをつけていた。
LUZIAは、海外から届いた段ボール箱の蓋を止めたビニールテープをバリバリと剥がし、中から丸く巻かれたカーペットを引っ張り出すと、ズルズルと引き摺り2階へ降りる階段に落とすように拡げた。
鮮やかなレッドカーペットが階段を駆け降り、LUZIAはご満悦な笑みを浮かべ悠々とカーペットの上を歩き2階へと向かった。
「ル~ルルル~♪ ル~ルルル~♪ ル~ルルル~ルルル~♪ラ~ララララ~♪」
何故毎朝、夜明けのスキャットを口づさむのかは、LUZIAにしか解らないが、彼女は気に入っていた。
LUZIAは2階のリビングへ入り
「good morni~ng♪」
声を掛けたが… 反応がない …
辺りを見渡しても虹助の姿は無かった。
「寝ているのね、休ませときましょ♪」
LUZIAはソファーに座り、TVのリモコンを押した。
丁度、子供向けの番組が放送される時間だ
「うわ~何~この赤いモップ~セサミのパクリ~?何~この緑~turtle?横縞がピンク?趣味悪い~腹巻き~」
散々文句を言いながらも、歌のコーナーになると…
「ポストマン・パック♪ ポストマン・パック♪ポストマン・パックと豚猫ちゃ~ん♪リフトにマグロを吊り上げて~♪夜明けの3時に出発だぁ~♪」
ポストマンなのに何故マグロを吊るのか…これはポストマン・パックが出勤前にアルバイトをしていると言うチクリソングなのか…不可思議で難しい歌だが… LUZIAは気に入っているようで最後まで笑顔で歌っていた。
その後もLUZIAのTVっ子状態は継続し、まるで双子のホォ~モォ~のように、TVに映るMCやゲストのファッションをチェックし意見を述べていた。
昼過ぎの番組にディビィ・スカルノンがコメンテーターとして登場すると、LUZIAの瞳はキラキラと輝き
「Oh~スカ~ルノン♪ LUZIA、スカルノン大~好きっ♪」
スカルノンが何を言っても
「そうよね、LUZIAもそう思うわ♪」
スカルノン教の信者のようにTVに食いつき観ていた。
LUZIA、ディビィ・スカルノンが大~好き♪だってね、スカルノンたら、あるパーテ ィーで愚弄されたのよ変な女に… そしたら 、シャンパングラスで変な女の頭を叩いたの、スカルノンはアメリカの刑務所に入れられたのよ… でもね、スカルノン有名人だからTVの取材に応じたの、スカルノンが収容されている部屋のドアを開けたら…
スカルノンがレオタード姿で、自転車漕ぐようなマシーンに乗って
「ハーイ♪皆さん、この度はお騒がせ致しまして ~♪」
バッチリカメラ目線でそう言ったの…
もぉ~LUZIA釘づけ~♪
何てcharmingなのかしら~♪
だからLUZIAは、スカルノン大~好き♪
それに賛否両論あったけれど…
テロリストに日本人が拉致された時も
「自害して頂くべきではないか…」
そう言ったじゃな~い?
腹切りよ、腹切り、流石、スカルノン♪素敵な女性だわ~♪
スカルノンは確かに祖国を離れ、日本では愛人という言われ方をされたけれど …全然違うじゃない?日本人の思う愛人というのと… 言葉・風習・宗教・全然違う国で頑張 っていたのに…酷いわよ … スカルノン可哀想よ… LUZIAはスカルノンの味方よ♪
多分LUZIAの事を知らないであろうスカルノンにLUZIAは心からエールを送った。
時を忘れTVに夢中になっていたLUZIAが気づくと、時間は午後3時を回っていた。
LUZIAは、まだ起きて来ない虹助が心配になり洋室へと向かった。
コンッ コンコンッ
虹助の部屋をノックしたが返事がない…
「虹助~?」
LUZIAは、ゆっくり部屋のドアを開けた。




