home theater
八重弁護士は淡雪の家の鍵を使い、ドアを開けリビングへ向かうと、室内は暗幕のようにカーテンが引かれ日射しは遮られていた。ソファーの真正面の壁の前に、ホ ームシアター用のプロジェクター・スクリ ーンが降ろされている…
「淡雪さん、戻りました …」
八重弁護士がソファーの奥、窓に背を向け車椅子に座る淡雪に声を掛けた …
「ああ、八重さん、お疲れ様でした … おや ?その空箱は …? 」
淡雪はMr Rightの箱を見て、八重弁護士に聞いた。
「ええ、どうやら人形として、この箱の中から現れたようですね …」
「そうですか… それでは避けようが有りませんね… それにしても… Mr Rightですか…呆れてしまう名ですね… まあ、併し、仕方無い事です… 試練ですからね …それでは観賞会を始めましょうか …」
淡雪はソファー前の、テーブルの上にセットしたティーカップに紅茶を注ぎ、バタ ークッキーを菓子皿の上に置いた。
「Ciel … 」
淡雪がソファーの上に伏せるCielの名を呼ぶと、Cielは顔を上げスクリーンを見つめた。Cielの瞳から光の光線がスクリーンに向けられ、光線が虹助の映像を映し出した。
「さて、どれどれ… どんな感じになっているでしょうか … 」
淡雪は紅茶を飲みながら、スクリーンを見つめた。八重弁護士は何も言わず、バタークッキーに手を伸ばし、口に運びモグモグと動かし紅茶を含み、それからスクリーンに目を向けた。
得体の知れない男が運転手の車は、夕日が傾く頃、柳沢自然公園のパーキングに着いた。思いの外几帳面な男のようで、白線通り真っ直ぐに止めなけば気が済まないようで、数回止め直していると …
「もう、いいから、サッサと止めろよっ!いつまで掛かってんだよ!この木偶の棒っ!」
Michaelがキレかけた …
得体の知れない男は、渋々、車をそのまま止めた。
「 到着~し~た~け~ど~?」
Michaelは瞳孔を拡げ、グリグリと大きな瞳で首を伸ばし、虹助の顔の前に顔を寄せた
「 … 」
虹助は無言で車のドアを開け、車を降りた。津田刑事はMichaelを抱き、虹助の後ろを尾行する、得体の知れない男は運転席から動かなかった。
「逃げられると思うなよ、Michaelも俺も銃があるからな … 後ろから狙っているぜ、バ~ンッ! いつでもOK~!」
津田刑事は虹助の背後から、脅し文句を言 った。
柳沢自然公園のパーキングから、首吊り松の木迄は、自然公園内を7分程歩く、夕方になると、公園内の人気は極端に減り疎らになる、霊が見える人には朝昼夜いつでも見えるらしいが、見えない人間でも、夕刻になると躰に異常な寒気を感じ、見えると言う話しが後を絶たず、午後3時以降は殆ど人気が無くな ってしまう日の方が多い、今日は10人くらいは公園内にいるようだ。
虹助は相変わらず、険しい顔をしたまま公園内を牛歩で歩いていた。
「おい、もっと早く歩けねぇのか!」
津田刑事の急かす声が聴こえたが、虹助は知らぬ顔をし歩く
「俺は自然の中は観察しながら、ゆっくり歩くて決めてる!急ぎたきゃ先行け!」
脅されている事を忘れているのか、それとも腹が座っているのか、 頭を撃ち抜かれても不思議ではない、今、この状況に於て、虹助は余裕のヨッちゃんスタイルを崩さなかった。緑っていいなぁ~木霊の音が聴こえる~そんな言葉が今にも飛び出して来そうな、ナチュラリストのようだ。
公園内を4分程歩いた頃から、体感温度が変わる、露出した皮膚を、サァ~っと冷気に撫でられている感覚が全身を走る。
それが原因なのか、この辺りから先に人気は無い、風がザワザワと木立の葉を揺らし 、虹助の足元まで寒気が走り抜けた。
… … 首吊り松の木が見えた … …
何故、松の木なのか …
首を吊るのなら、この松よりも適した木が彼方此方に立っている、この自然公園の中で何故、この松の木なのか…
「津田刑事はん、何でこの松で首吊りする人が多いんでっか?云われみたいなの知ってます?」
虹助は観光気分なのか、脅されている立場であるのに、津田刑事に聞いていた。
津田刑事は胸に抱いている、Michaelの顔を見た。
「知ってんなら話してやれば!別にそんな話ししたからって、今の状況変わんねぇし… 」
Michaelはピョンと、津田刑事の胸元から地面に飛び降りた。
「本当かどうかは知らねぇが … この辺りの年寄りが言っていた話しだ…」
津田刑事は、話し始めた …
「この松の木は … 昔、二股に別れていて、片方が夢松・もう片方が神松と呼ばれていたそうだ、松と言うのは待つの意味だそうで、だから本当は夢を待つと神を待つと言う意味の木だそうだ、珍しい二股のこの松の木を、この辺りの人々は神木として崇められていたって話しだ… だが、その大切にされ崇められていた神木を、呉服問屋の主が切っちまったんだ … 呉服問屋の家には年頃の娘がいて、確か … お絹とか言う名前でな、その娘が、切られちまった方の夢松に文を括り付けて、恋仲の男と連絡を取っていたんだが、呉服問屋の主は娘の様子が可笑しいって気づいてたんだな、奉公人に娘の後をつけさせ、その日、娘が夢松に括 った文を持ち帰れと、奉公人に命じたんだ 、奉公人は娘の後をつけ、主に言われるまま文を持ち帰った…文には恋仲の男と二人 、駈け落ちを企てている、内容が書かれていた… 主は怒り狂い、娘と恋仲だった男の家へ乗り込み殺してしまった … それを知った娘が、夢松で首を吊り自殺してしま った … 呉服問屋の主は、全てを夢松のせいにして、夢松を切り落としたんだが… 主は夢松が地に落ちた途端、悶え苦しみ狂いだし、夢松を切り落としたその斧を、自分の首にあて、首を切り落とした … それから、夢に敗れた者は、この松の木で自殺するとか、神松がそう言う人間を呼ぶとか、言われるようになったって話しだ … 」
「こいつ迄知ってる事喋ったんだから、お前も~約・束・守~ら~な~い~と~な~さぁ、本を出せよっ!」
虹助はポーカーフェイスで、神松の後ろへ周り腰を屈めた。
「埋~め~た~のかっ?」
Michaelが虹助の横に寄り、顔を突き出し聴いたが、虹助は無言のまま大地の上に両手を置き、その後、ゆっくり手を動かし掘るように土を避けた …
えっ… 何かある …
虹助の手に何かが触れた…
「おぉっ!おおっ!」
Michaelは身を乗り出し、虹助の手元を食い入るように見つめた。
虹助は手に触れる何かを、土の中から掘り出した。
… 嘘やろ …
「おぉっ!お前凄ぇぞ!こいつより使えるなっ!ホホホ~ホ~ホ~ッ!」
Michaelはサッと虹助の手から、人皮装丁本を取り上げ、クルリクルリと嬉しそうに回った。
土の奥にまだ何かある気がする
虹助はザッザッと土を避け、掘り進んだ
えっ … そんな … 何でや …
「あ~ぁ!凄ぇっ!お前っ!凄ぇっ!」
Michaelはヒョイッと、2冊目の人皮装丁本も虹助の手から取り上げた。
「ホホホ~ホ~ホ~!ホホホ~ホ~ホ~! これで俺は完全に、人間に戻れるっ!確実だぜっ !2冊もあるんだ~Guedeも大喜びだぜ~!ホホホ~ホホ~ッ!」
「何が… どうなってんねん …」
虹助の顔からサーッと血の気が引き、青覚た… それも、その筈、虹助は神松の根元に人皮装丁本を埋めた覚えが端からない…この場所を訪れたのも、二十数年振りである、この松の木と言ったのも、単なる思いつきであり、 当てずっぽの気晴らしドライブ、何の策も無く苦し紛れに何となくついた嘘だった。
「神が… 降りた… 言う事なんかな … 」
虹助は呆然と、神松の木を見上げた。




