住居不法侵入
「はい … 解りました … では、病院へ … え !… それは本人の意思でしょうか…? … 解りました … では、失礼致します … 」
淡雪はスマホをテーブルの上に置き、目頭を抑えた。
「淡雪さん? 今の電話は… 」
八重弁護士は、心配そうに淡雪に聞いた
「… … 典子が… 息を引き取ったと… 十字病院から連絡がありました … ですが、献体の登録をしていたそうです… 遺体が何時戻るかは不明です… 最短で1~2年は掛かるそうです… 」
淡雪はリビングの窓の外に目を向け、深いため息を漏らした…
「新藤が… 動き出しますね …」
八重弁護士は、テーブルの上に目線を落とした…
トゥルル トゥルルル …
スマホが鳴り、八重弁護士は電話を受ける
「はい、もしもし?」
「八重弁護士ですか? 新藤ですが …」
電話の向こうから、ザワザワと人の話し声が聞こえた …
「ああ、はい、新藤弁護士、どうも… 」
八重弁護士は、電話の相手が新藤弁護士である事が、淡雪に解るように名前を復唱して聴かせた。
淡雪の視線が窓の外から、八重弁護士へと移る …
「十字病院から連絡がありまして、典子さんが亡くなられたそうなのですが… 典子さんから遺言書を預かっておりまして、献体を希望されておられましたから、亡くなり次第、淡雪氏に伝えて欲しいと… お伺いしたいのですが …? 」
「解りました… 淡雪さんに連絡してから折り返します、電話番号はこの番号で宜しいでしょうか?はい、それでは後程…」
八重弁護士は、新藤弁護士に話し電話を切 り、淡雪に電話の内容を伝えた。
「そうですか … では、お呼びして下さい」
淡雪は力なく応え、八重弁護士は新藤弁護士に電話を掛け直すと、30分後には伺うと新藤弁護士は話した。
淡雪も八重弁護士も何も話さず、新藤弁護士の訪れを待った。
キ~ンコ~ン
淡雪の家のベルが鳴り、八重弁護士が玄関へと向かい、新藤弁護士を連れリビングへ戻った…
「… 新藤弁護士… どうぞお掛け下さい… 典子の事で、ご面倒をお掛けします…」
「いえ、失礼します」
新藤弁護士は、淡雪の向かいのソファーに座り、黒いビジネスバッグの中から封印を押され、典子の遺言書が入った封筒を取り出しテーブルの上に置いた。
「此方です… 読み上げて宜しいですか?」
「えぇ、お願いします …」
「遺言書 … 私、橋田 典子は次の通り遺言する… 私は下記財産を敬愛する十字教会に寄付します… 」
新藤弁護士は典子の遺言を全て読み上げ、淡雪と八重弁護士の前に文面を提示した。
典子は所有する土地と家屋、それに預貯金全てを教会に寄付すると書いていた。
「解りました … 典子の意思です… 叶えてあげて下さい… 」
淡雪は新藤弁護士に伝えた…
「私も… 典子さんが、このような事になり … とても残念に思っています… お優しい方でした … 」
新藤弁護士は俯いた …
「新藤弁護士、十字教会への財産の寄付… 随分担当されておられますが、やはり、そのように希望をされる方は多いのでしょうか? 」
八重弁護士が、新藤弁護士を食い入るように見つめながら質問をする …
「そうですね … やはり信者の方には多いのでは無いでしょうか? 何らかの安らぎを得られたと感じられる方は特に… 」
新藤弁護士は、鋭い視線を八重弁護士に向け応えた。
「安らぎですか… ?洗脳では無く?」
八重弁護士は、新藤弁護士から目を反らさず、冷やかに心を覗き込むような視線を新藤弁護士に向けた。
淡雪はじっと2人を見つめていた…
「八重弁護士、随分… 軽率な事を話されますね?… こんな時に何ですが、この場をお借りして… 八重弁護士、独立されたそうで … おめでとう御座います… 私は貴方のように優秀ではありませんので、個人事務所等とても持てませんが… 人には好かれるようでして… 私は、無駄に人を苛立たせたりは致しませんので… では 、失礼致します…淡雪さん、八重弁護士 …」
新藤弁護士はニヤッと笑みを浮かべ、ソフ ァーから立ち上がると淡雪の家を出て行っ た。
時計の針が午後3時を示す頃、虹助はムックリと起き上がり部屋を出た。
リビングのソファーで、LUZIAとCielが昼寝をしていたので、起こしては悪いと思い何も告げずに虹助は、1階へと向かった。
「さぁ~創るで創るで~!俺の人形!」
虹助は気合いを入れ、作業台へ向かうと、昨日、途中で投げ出した、発泡スチロールを丁寧に削り始めた。
「何や、昨日と違うで… 何か、こう… 負ける気せん言うか… 出来る気がする…」
虹助の目つきは、真剣過ぎて危なかったが、淡雪の本、人形感に目を通しながら
「ふんふん、そうか!人形の表情を豊かにするには…顔面少し多めに抉るんやな…なるほどな~」
今朝迄の虹助とは、比べものにならない理解力と素直な心 … 虹助は黙々と本を見ながら手を動かし、人形創りに励んでいた。
夕陽が沈む頃、八重弁護士が段ボールを持ち店を訪れ、Crimson Ghostを虹助に返した。
「少し早いですが、夕食買って来ましたから置きますよ、後で温めて食べて下さい、それと… 空いた段ボールは持って行きますね … LUZIAさんは2階ですか?」
八重弁護士は虹助に聞いた…
「はい、2階です、俺が降りて来る時は昼寝してました、ハハハ!疲れさせてまって 、すまん事しました …」
虹助は困ったように、笑った …
ド キ ッ …
「そうですか、では少しお邪魔します… あ 、そうそう虹助さん!淡雪さんが、正しい選択をしたと話していましたよ、表面だけでは無く骨に目を向けるのは、中々ですと … それと、ご報告が… 典子さんが病院でお亡くなりになりました… 」
「えぇっ? あの、美人秘書はんが?」
虹助は手を止めた …
「はい… ですが、それは … 想定内の事ですので …」
「あの、淡雪はん、それで体調悪なったんでっか… ? 俺も10年前、両親死んだ後に 、体調崩して下血して病院で診て貰ったら… イボ切れ痔で…酷い目にあったんで… 人間、精神的に疲れたりショック受けると、躰に何出てくるか予想がつきまへんから… あれはシンドかった~ それに恥ずかしかったで~カーテン1枚の診察台に尻に穴空いた病衣着せられて、医者が、このイボいつ出たイボや~ってデカイ声で… いつ出たかなんて知らんがな… ねぇ、八重弁護士はん」
ド キッ …
虹助は真剣な顔をして、イボ切れ痔は辛かったと話した …
ああ、やっと解りました … 何故、同姓愛者ではない筈の私が、虹助さんに心臓が高鳴るのか … 眼ですよ … まるで、別人のように澄んだ瞳をしている、そして何故か… 幼さを感じる … そう、純粋 … 今の虹助さんにピッタリの言葉です …
「八重弁護士はん?聴いてます?」
「あ、はい、勿論、聞いていました、いつ何の病気になるか解りませんよね… でもその医師も失礼ですね!Drハラですよ… プライバシーの侵害です!」
「まぁ、もう昔の話しやから、すんません … くだらん話しを… あ、LUZIAさんに用あるんでしたね、そっから上がって下さい」
虹助はニッコリ笑った …
ド キッ …
「はい、では失礼します …」
八重弁護士は階段を上り、リビングへ向か った。
「LUZIAさ~ん… 」
「ふはぁ~い?」
LUZIAは八重弁護士の声で目を覚まし、右手を口の前でアワアワと動かし、あくびを誤魔化し返事をした。
「すいません、お休み中に …」
「ううん、いいのよ、弁護士さん、お爺さんの様子は?」
LUZIAは淡雪を心配して、八重弁護士に聞いた…
「えぇ、今は少し… 元気が無いです… あ、忘れる前にLUZIAさんに此を…」
八重弁護士はLUZIAに、ピンク色のスマホを渡した。
「うわ~!お爺さんから?」
「はい、直ぐに使えますから、LUZIAさんにも必要だと淡雪さんが仰いまして…」
「ありがとう!此でお爺さんと、いつでも話が出来るわ~♪料金は… LUZIAは銀行口座が無いから… 毎月金額を教えてね、弁護士さん、LUZIAきちんと払うわ♪」
LUZIAは嬉しそうに話した。
「淡雪さんは、家族割にしたので携帯代は淡雪さんが持つと…」
「ダメよ!そんなの… じゃぁ、虹助の携帯代を払うわ♪それなら良いでしょ?」
八重弁護士は困った顔をして…
「それが… 虹助さんのスマホ代も当面は淡雪さんが払うと仰いまして… 私は繋がりたいんです!皆さんにそう伝えて下さい!と強く言われてしまいましたので … 何とかお願いします…」
八重弁護士は、LUZIAの顔色を伺いなから話をした…
「う~ん… 解ったわ… お爺さんには何か別の事で、お礼をするわ~♪」
LUZIAは元気に八重弁護士に話した。
「済みません… それと… 話しは変わりますが… 典子さんが、お亡くなりになりました … 」
「えぇっー!そんな… こんなに早く? じゃぁ、お葬式… 」
「いえ、典子さんは献体を希望されていまして… お葬式は行わない事に …」
LUZIAは目を伏せ …
「そうなの … じゃぁ、今日、お爺さんに電話するのは止めるわ… 明日にする …」
LUZIAが俯いてしまい、八重弁護士は困りながら考え、自分の名刺をLUZIAに渡した。
「私でしたら淡雪さんの状況も、お伝え出来ますし、それ以外にも何かあれば電話を下さい …」
LUZIAは八重弁護士の名刺を見つめ…
「口説いてる? ダメよ… LUZIAには使命があるからっ!」
「はい… 恐縮です …」
突然の予期しないLUZIAの言葉に、八重弁護士はドギマギしていた。
「そっ、それからですね、虹助さんの2作目の作品が出来ましたら、店の開店をしましょうと淡雪さんが … それでですね、人形劇はサロメは如何ですか?と… 」
「サロメー?ヘロディアの娘よね? お爺さん、何故サロメなんか… 」
LUZIAは悲しそうに俯いた…
「ああ、LUZIAさん、淡雪さんのお話しですと、芸術魂を刺激される戯曲だそうです よ… 」
「お爺さん … 解ったわ!そうよね、キモい けど…人間らしい作品かも知れないわよね … 解ったわ!主演女優は任せて!」
LUZIAの瞳にボッと、情熱の炎が燃えた
八重弁護士は安心した顔をして…
「それでは明日、また来ます」
笑顔でリビングを出て1階の店に行き、虹助にも携帯代の話しと、明日も訪れる事を伝え 、淡雪の家へと戻 って行った。
夜の8時前に虹助のスマホを持ち、LUZIAが店に下りて来て…
「虹助、スマホありがとう、私眠るわね、 おやすみ なさい♪」
「あっ、はい、すんません、上がろう上がろ思っても中々… 行けんくて… お休みなさい、LUZIAはん …」
LUZIAと虹助はニッコリと笑顔を交わした
LUZIAが2階に上がり暫くすると、店の鍵を閉めていない事を思い出した虹助は、店の鍵を閉めようとドアに近づいた…
「うわっ!驚いたっ!」
ドアの前に、ボ~っと男が立っていた
「あれ?」
虹助はドアを少し開けた …
「うっ… 」
虹助は獣臭さに息を止めた …
「あぁ… どうも… 槐 虹助さんでしたね?」
虹助は男に見覚えがあった、十字署に連れて行かれた時に話をした、あの嫌な刑事だ…
「何でっか … 鍵、閉めるんで…」
虹助がドアを閉めようとすると、刑事は足を突き出し止めた
「槐さん、人形を探しているんですけど… 知りません?作者はAugustin… 生きてる人形らしくてね、Michaelって子を殺したんですよ… Augustinが死の間際に、その人形は自分以上の芸術家になるだろうと言ったそうなんですよ、知りませんか?此処の人形 、調べさせて頂けませんか?」
虹助はドアを閉めながら …
「礼状は? 礼状ないなら帰って下さい!名前、思い出しましたわ、津田刑事はん、住居不法侵入でっせ… 帰って下さい!」
ギリギリと虹助はドアを閉める、津田刑事はグリグリと足を捩込もうとする…
ボガッ …!
虹助は津田刑事の足を蹴飛ばし、ドアの外へ出した。
ガッチャンッ …
「不法侵入ですから!」
鍵を閉めドア越しに虹助は言ったが、津田刑事は無表情で何も喋らず、じぃっと虹助を見ている、ドアを離れない津田刑事を不気味に感じ…
「気味悪いわ!風呂入りーや!ババンババンやでホンマ!」
聴こえるように叫び、店の中を覗けないように、ドアの上からセロテ ー プで生地を貼り、窓も同じ様に生地で目隠しをした。
「最初から、こうしとくべきやったな…」
その後は、津田刑事に構わず人形創作を再開した。




