魂の器…
「あっ、八重弁護士が帰って来たのかしら?」
チャイムの音が聞こえ、LUZIAが嬉しそうに言った。
「… LUZIAさん 、少し様子を見ましょう、八重さんは家の鍵を持っていますし…誰か来てもドアを開けないようにと言いましたよね?」
淡雪の言葉に、LUZIAは頷き …
「そうだわ… 確かにそう言われたわ…」
淡雪とLUZIAは耳を澄ました。
ガチャッ
鍵を開けると音が聞こえ、慌てて子猫を抱いたLUZIAは淡雪の膝の上に座り、
キ-イ-キイ-キ-イ-キイ-
淡雪は車椅子を飛ばし、アトリエの出入口へと急いだ。
カチャン
ドアの鍵を閉める音が響いた…
「あぁ、八重さん …? にっ、虹助君!」
虹助はグッタリと八重弁護士に背負われていた。
「心配はないと思います … 取り敢えずベッドに … 」
「あぁ、私のベッドに… 」
キ-イ-キイキイキ-イ-
八重弁護士は、淡雪のベッドに虹助を降ろし休ませた。
LUZIAは驚き過ぎたのか …
まんまるの目をし、淡雪の膝の上で固まっていた。
「リビングへ行きましょうか… 」
八重弁護士は淡雪とLUZIAに声を掛け、リビングへと向かい、淡雪もまんまるの目をしたままのLUZIAを連れ、リビングへ車椅子を向けた。
リビングのソファーに腰を降ろした八重弁護士は、淡雪とLUZIAがリビングに着くと
「淡雪さん、済みませんが水を一杯頂きます…自分でしますので…」
「あ… はい…」
淡雪に断りキッチンに向かうと、水道を捻り、キッチンに伏せて置かれているコップを使いガブガブと水を飲んだ。
淡雪は、何があったのだろうと不安気な顔をして八重弁護士を見つめ、LUZIAは本来の魂を持たない人形のように、微動だにせず固まっていた。
「ふぅ~ 落ち着きました … 」
八重弁護士はソファーに戻ると、
「先ず、典子さんの話しをしましょうか …? 」
「あぁ、そうだね… 典子の話しからお願いします …」
淡雪が応えると、八重弁護士は頷き
「先程、典子さんが裏庭に現れ、今、LUZIAさんが抱いている子猫を殺そうとした事は、淡雪さんもLUZIAさんも見ていたので解ると思いますが、あの異様な光景が、典子さんが夜な夜な限られたメンバーと行っていた黒ミサの儀式の一つです …血の生贄を、信じる邪神に捧げ願望を叶えよと願う儀式です、簡単な説明ですが… 問題はその後の典子さんの言動OK~と、あの表情 、そして救急隊員ですよね、あまり当たって欲しくなかったのですが… 予想が的中していまいました … 典子さんは… 俄には信じられないと思いますが … いや …しかしな …」
話しの途中で八重弁護士は躊躇したが、
「八重さん… 1人で困らずに続きを話して下さい…」
淡雪に急かされ
「はい、では決意を持って話します!先程見た典子さんはクローンではないでしょうか? 根拠は、アメリカで何らかの医療行為を受けた形跡があるという探偵の調査資料にもあった件と、帰国後の典子さんの様子 、親御さんが怯える程の変わりようであった事、それと救急隊員の対応… 実は私は父の遺言で、淡雪さんが日本に戻られてから 、典子さんの件を調べていました。淡雪さんから話しを聞いていた父は、臨終の際に「全てをお前に託すから必ず解決し、私の親友を必ず救いなさい…」私にそう話し逝 ってしまいましたから… ですから、他方向から調べました… そして私は… 典子さんが帰国後、1度も協会へも黒ミサへも参加していない事を知り、 同様に典子さんと海外旅行へ出掛けた5人のメンバーも参加をしていない事、 5人のメンバーは既に本人もご家族も亡くなられていると言う事実 …それも 旅行後1年以内に全員です… それから 、亡くなられた方々の資産、財産等は全て巧妙にメンバーの通っていた協会に寄付されている事実を知りました… 亡くなられた方々の親戚縁者の話しを聞いても、どこの家でも、典子さんのお母様と同じように我が子の変貌ぶりに怯えていたそうです … 」
「しかし… 帰国後に変貌したからと言ってクローンとは、話しが少々飛躍し過ぎてはいませんか?
Lavege de cerveau… あぁそうです… 洗脳されてしまったとか … 」
淡雪は八重弁護士に聞いた。
「はい、勿論、洗脳は通過儀礼として行われていたと思います。ですが、それは海外旅行に出る前の段階であったと思います… そうでなければ、黒ミサへの参加も無かったのではないでしょうか? それに… 典子さんの先程の表情筋…あれは明かに人間の表情ではありません、少なくとも私はそう感じました… インプットされた何かの誤差動が起きた … そして呼んでもいない救急車が駆けつけ… 隊員が現れる前に典子さんが話したパロアルト…この言葉を知っていた… 盗聴器かも知れませんが… 何故です?何故一般市民に? 私は一般市民では無かったと考えています… 否… 一般市民に適応可能かと試験的に試されていると考えていると言うのが正確でしょうか … 」
「いや… 然し… そんな、事実であるなら犯罪ですよ… そんな勝手に … 典子を …」
淡雪は落胆し肩を竦めた …
「そうです、犯罪です… ですが、国が黒幕 なら犯罪にはならない … 違いますか?私達は、唯の器であればいい… 自分で頭を使わず考えず、YES… それだけで、言われた事を黙々と行えばいい… 脳は人工知能一つだけの世界… まさに家畜です…品種改良の為だけに生かされる… 陰謀論? 本当にそうでしょうか…? 何れ未来はそうなるのではないかと、私は自分の眼で現実を見て、そう感じているのですが …」
淡雪の目の奥に、典子のあの異様な様子が浮かぶ… 淡雪はウワッと両手で顔を覆った。
「あぁ… 済みません… 信じられない話しですが… 典子は確かに… 人間では無いかも知れないと感じました … それが本心です… はぁ… 八重さん… 以前、私に仰られた事を…お願いします … 典子を訴えます … 」
「淡雪さん、訴えを起こせば、典子さんのクローンも2度と現れないかも知れませんが、今、この状態でしたら… 病死でそのまま闇の中に葬られる可能性の方が高くなりますが… 宜しいですか?」
八重弁護士は淡雪に、もう一度、真意を確認した …
「えぇ… 私には… 守らなければいけない者があります… 孫の虹助君です…ですから… お願い致します … 典子の話しはこれくらいで… それで、虹助君には一体何が … 」
ブルブルッ …
LUZIAが身震いをした …
「LUZIAさん? 」
淡雪はLUZIAに目線を移したが
LUZIAは何でもないと首を横に振り、何も話さなかった。
八重弁護士もLUZIAを見たが…
LUZIAはまんまるの目で、一点を見つめているだけだった…
八重弁護士は少し困った顔をしながら…
「私が店舗の前に着くと… 虹助さんは床に倒れ眠っていました… 声を掛けても目を覚ましませんでしたから、連れて来たのですが … 店に入った時に、生き物の腐敗臭がしました … かなりの強さで … それで… その匂いですが… 以前何処かで嗅いだ覚えがあると、自分の記憶を辿り思い出したのが… Augustin… フランスのアトリエを見学した時に同じ匂いが …」
「八重さん!あぁ…済みません…いえ、そのですね… Augustinの話しは止めましょう… 」
淡雪はブルブル震えるLUZIAの肩をそっと撫で、悲しそうに八重弁護士を見つめた…
八重弁護士は淡雪の仕草と表情から、LUZIAとAugustinが何らかの関係があるのだと覚り話しを止めた。
「いいのよ … 大丈夫 … 弁護士さん、続けて … Augustinが現れたの? 虹助に呪いの言葉を呟いたの ? それとも… LUZIAの魂を砕けと言ったかしら… ? 私がAugustinの人形の中に入ったから… でも… それは… 」
LUZIAはブルブルと躰を震わせ、大粒の涙を流し八重弁護士に聞いた。
「… いえ、それは解りません… 私は匂いしか … 姿はありませんでしたから …」
カチャッ… ギ ィ --
リビングのドアが開き …
八重弁護士も淡雪も、そして怯えたLUZIAもドアに目を移すと
ドアの前に、虹助が呆然と立っていた …
「虹助… 君 …?」
淡雪は声を掛けたが、虹助は夢遊病のように、ふらふらとソファーに近づき…
淡雪の膝の上で、子猫を抱いたまま震るえ、虹助を見上げるLUZIAを両手で子猫ごと目の高さまで抱き上げ…
「何もかも … 」
一言呟き、LUZIAの怯える瞳を見つめながら、ぎゅっと唇を噛んだ…
虹助の唇からは血が滲む…
「虹助君!確りしなさい!」
淡雪は様子の可笑しな虹助に叫んだ…
八重弁護士はサッと立ち上がり、虹助に近寄り、虹助の手の中からLUZIAを離そうとLUZIAの躰に手を伸ばした…
「嫌!弁護士さん、LUZIAに構わないで ! 」
LUZIAは八重弁護士の手を拒んだ …
「虹助 … 何があったの… 」
LUZIAは震えながらも、虹助の瞳の奥をじ ぃっと覗き込んだ。
虹助はボ~っとしながら
LUZIAはんが …
俺の目ん中に映っとる …
震えとる …
手に … ブルブルが伝わっとる …
必ズ … 伝エル… LUZIAニ …
燕尾服の白髪紳士の声が、虹助の頭に響く
虹助の意思に逆らい、唇が勝手に開き …
「… 嫌 … や… 」
虹助の微かな声が聞こえ、
「虹助 … 何が嫌なの… ? 」
LUZIAが虹助に聞き返す。
俺の頭ん中で何しとる …
LUZIAはん震えとるやないけ …
傷つけとうない … 傷つけとうない…
そんなん人間やないで ーっ!
「俺…の… 頭ん中から…出てけーや!」
ボンッと虹助は、堪えた言葉を吐き出すように叫んだ。
グワンと空気を揺らす虹助の覇気に、LUZIAも淡雪も八重弁護士も驚き、覇気を浴びた順に、ビック・ウェーブが訪れたように躰を大きく仰け反らせ揺れた途端、虹助はグランと大きく躰を揺らし、八重弁護士は、LUZIAを虹助の手から素早く離し、淡雪の膝の上に乗せると、意識を失い、前方斜め45度の角度に崩れた虹助を、上半身で受け止めソファーに寝かせた。
LUZIAはタンッと淡雪の膝の上から床に降り、虹助に近寄り、子猫を虹助のお腹の上に乗せると子猫は安心したようにフハ~とあくびをし、虹助のお腹の上に顔を埋め、すやすやと眠り始めた。
数秒も経たないうちに …
ズゴ~ッ ブルブルッ
ズゴ~ッ ブルブルッ
虹助は唇をブルブル揺らし、鼾をかき始めた。
「… 馬 … ですか… ?」
淡雪は虹助の鼾に、思わず言葉を漏らした。
八重弁護士は堪らず、真っ赤な顔をして口を抑え、吹き出しそうになる自分を止めたが、無理なようで淡雪に背を向けヒィ~ヒィ~と笑い、LUZIAは、じぃっと虹助と子猫の寝顔を見つめていた。




