銀色のナイフと銀色の懐中時計
八重弁護士は、虹助を気にしながらも車に乗ると、再び淡雪の元へ車を走らせた。
「あ、言い忘れてしまいました … 閣下はハードロックでは無く、ヘビメタだと… 後で虹助さんに伝えなくては …失敗しました … 」
1人の車内で、八重弁護士は音楽プレーヤ ーに手を伸ばした。
デレレッ テレレッ デレレッテレレッ♪
「シャーッ!ハッ!ハッ!」
プレイヤーから流れたのは、蝋人形の館…八重弁護士はノリノリで、閣下ソングを歌い始めた。
「身の毛もよだつ 悪魔の芸術~ シャーッ! 裸の少女に迫る惨~劇~♪ハッ!窓~に~映る… 殺~人~ 儀 … 式 …? ハッ! あれは… 」
2番がセットされている等、やはり虹助が言う通り、かなりの通である。八重弁護士は何かを見て、急いで淡雪の家の直ぐ近くのパーキングに車を止めた。
タッタッタッタ …
車から降りると直ぐに、淡雪の家へ向かい走り出し家の入口迄走ると、足音を忍ばせ耳を澄ました。
カサッカサッ …
草を踏む微かな音を頼りに、八重弁護士は静に後を追った …
アトリエの外から住居の裏へ、丁度リビングの大きな窓から見える裏庭へ建物沿いに歩く…
はっ !
八重弁護士は素早く、住居の影に躰を隠した。
頭から足の先迄、スッポリと黒いマントを被り、如何にも怪しい姿の典子が両手にバ ッグを持ち、そのバッグを地面に置いた。
ミャンッ ミィー… ミィー …
子猫 … ?
バッグの中から、子猫の鳴き声が聴こえる
典子は両手を高く挙げ、訳の解らない呪文のような言葉を空に捧げると、地面に置いたバッグから子猫を取り出し、左手で子猫の首の後ろを掴み、空に高く翳した …
ミャンッ!ミィ― ミャンッ!
子猫は、典子に吊るされ暴れて鳴いた …
「典子さん …」
典子は子猫の鳴き声など、気にもせずに、黒いマントの胸元から、銃刀法違反で今直ぐ逮捕だよ!と言われても言い逃れ出来ない、鋸のようにご っつく、柄は銀色で装飾の施されたナイフを取り出し 、刃先を子猫の心臓に向けて構えた。
典子は子猫の心臓を見つめ、何やらブツブツ呟き右手を大きく動かした。
バ ン ッ!
「この鬼畜が!」
リビングの窓が開き、淡雪が典子を怒鳴る
LUZIAは、淡雪の膝から出窓に捩登り、典子に飛び掛かると右足を突き出し、典子の右頬にカンフーキックを決め、典子の手から子猫を奪い取り抱きかかえ、そのまま草原に転がった。
「ふふふっふふ … 叔父さん 、私が死んでもね、何の心配もないわ、ふふふっ、次の子が、私より上手くやるから…ふふふっ」
典子は気が降れたように笑った…
「のっ … 典子 … ?」
LUZIAのカンフーキック命中で、典子が頭に被っていたフードが脱げ、典子の顔がハ ッキリと見えているのだが …
典子の表情が可笑しい …
右目の玉も左目の玉も、変顔の寄り目のように顔の中心へと寄せているのに、頬骨を確りと上げ、口が裂けそうな程に笑っている …
それだけでは終らず、今度は右目の玉だけを外側に動かし、次は内側へと移動させた…
その表情は、人間では無く、異様な表情としか言いようが無かった…
典子の表情はそのまま …
今度はナイフを自分の喉元に向けた…
「典子!止めなさい!止めるんだ… あぁ… 典子 …」
淡雪は必死に典子に叫んたが …
「ふふふっ、ひゃふふっ… 次も次も…OK~
私ハ典子よ~OK~!パロアルトノガレージ … ガレージ…OK~!」
訳の解らない事を話し始めた…
「あぁ…どうしたら… そうか、救急車だ…」
淡雪は直ぐに救急車を呼ぼうと、携帯を手にした。
一部始終を見ていた八重弁護士は、ツカツカと典子に近づき、サッと典子の手から刃物を取り上げると…
「淡雪さん、救急車は黙っていても来ますよ…掛けるのは止めた方がいい… 」
淡雪は手を止め
「八重さん… でも … 典子が …」
「えぇ、大丈夫と言いますか… 私の予想が正しければ… 典子さんは、このまま帰るか 、誰かが迎えに来ますよ …」
淡雪もLUZIAも八重弁護士を見つめた。
ピ~ポ~ピ~ポ~
救急車のサイレンが近付き、淡雪のアトリエ前で止まる…
救急隊員が3人、担架を運び裏庭に現れ、何が起きているのかを知っているとしか思えない行動を取った …
担架に典子を乗せ拘束すると、
「同乗される方は… 」
救急隊員は八重弁護士に聞いた。
「その救急車には… 誰も同乗できませんね 、搬送先の病院は?何処の病院になりますか? 」
話し掛けた救急隊員に応えた。
救急隊員は、じぃっと八重弁護士の顔を見て …
「パロアルトのガレージ… でしょうか? 」
ニヤッと笑い、小走りで救急車に乗り込み
ピ~ポ~ピ~ポ~ 救急車ガ右折シマス…
走り去って行った。
八重弁護士は、ハッとした顔をして、
「虹助さん!」
子猫を抱えるLUZIAを、優しく持ち上げ、出窓から淡雪に手渡すと、
「すみません、虹助さんの所に戻って連れて来ます!私が戻るまで、誰が来ても絶対ドアを開けないで下さい!直ぐ戻ります! 説明はそれから!」
淡雪もLUZIAも典子の件で混乱していて、返事をする間もなく八重弁護士は、車に戻 って行った。
その頃 …
虹助はバタバタと階段を駆け上がり、リビングを通り抜け、自分の部屋ドアを勢いよく開けると、
「これやな …」
人形の作り方を書いた、淡雪の本を探し、ベッドの横のテーブルの上に、重ねて置かれたアルバム5冊の後ろから、貰 った本の入った袋を掴み、そのまま持ち上げた。
「あっ、そやっ、店の鍵と電気つけっぱなしや…」
手にした本入りの袋を、リビングのローテ ーブルの上に置くと階段を駆け降りた。
虹助が、店の鍵を閉めようとドアへと向かうと、ドアがゆっくりと開いた …
「あっ… すんません… まだ、何もしてないんですわ… 」
虹助は、苦笑いしながら話した。
黒いシルクハットを深めに被り、結婚式か舞台の後か?はたまた、サーカスの司会の後か?と突っ込みたくなるような、燕尾服を着てステッキを手にした白髪の紳士が、
「Excecuse moie ?」
すみませんが… と店を覗き込み虹助に聞いた。
ゾクゾクッ …
虹助の背中に寒気が走った …
燕尾服の白髪紳士は、今度は日本語で、
「ア~コノ店ハ、何時カラ開店デスカ … ?」
虹助は背中だけではなく、足元から頭の先までゾクゾクと寒気を感じながら…
「まだ決めてまへんが… 1週間か10日後くらいになると思います…」
少し日付に余裕を持ち、燕尾服の白髪紳士に応えた。
「フ~ム… ア~ 人形ノ店ヲ探シテイマス … 古イ、古イ、人形ヲ扱ウ店デス… 」
ゾクゾクッ ゾクッ …
何や寒気がするな …
淡雪さんの人形かて、100年前にはならんやろな… 83才てニュースに出とった…
確か…100年以上前の人形が、アンティ ーク・ドール言うはずや …
虹助は少し考え …
「うちの店は人形店ですけど、そんな古い人形は扱いませんわ… すんません… 少なくても後40年位経たな、アンティーク・ドールにはなりまへんわ、ハハハ!」
躰中ゾックゾックしながら、必死に笑って見せた。
燕尾服の白髪紳士は、黒いシルクハットを少しだけ浮かせ…
「merci … アァ、モウ一ツ… 全テヲ失ッタ 男ガ現レタ… LUZIAニ、ソウ伝エテ下サイ… 必ズ … 必ズ…伝エル … LUZIAニ…」
白髪紳士は燕尾服のポケットから、銀色の懐中時計を取り出し、右手の掌の上でパカッと開いた
時計の針を見つめ、解らない言葉で何かを呟き …
虹助の躰は、金縛りのように動けなくなった …
「な… ん?… LU…ZI…A… 」
声を絞り出したが、上手く話せない …
「話サナイ方ガイイ … 今ハ … 眠レ… 」
燕尾服の白髪紳士の言葉に、虹助の躰はガクッと傾き、ゆっくりと床に沈んだ …
「ふぁっふぁっふぁっ…」
睡魔に襲われる虹助の耳に…
燕尾服の紳士の笑い声が響いていた …




