屁の功名
紅茶を楽しみ一息つくと、
「皆さん、話をしても宜しいでしょうか… 今、私の目の前におられる皆さんは、私が最も信頼を置く方々ですのでね、実は… 8年前、私が長年暮らしておりましたフランスから帰国しましたのには訳が御座いまして… 皆さんにご迷惑をお掛け致しました姪の典子 … 私の妹の娘なのですが、交通事故で両親を亡くしてしまいましてね… ですが 、その半年程前から妹の幸、典子の母親から頻繁に連絡がありまして、典子が私の居場所を知りたいと話しているとか、私の所へ来たいと話しているとか… 何十年も海外で生活をする私の事を、幸は良く理解してくれていましてね、それまでは手紙が年に2~3通届く程度でしたが、電話まで掛けて来るようになりまして … その電話の声が… 震えると言うよりも怯えていると言うべきでしょうか… 日に日に弱っていくようだと感じていましたら「典子が怖いの、あの子が可笑しいの … 殺されるような気がするのよ、兄さん… 」私は妹に、直ぐフランスに来るように話したのですが、その翌日… 典子の運転する車の事故で … 命を落としました… 」
淡雪は、リビングの入り口の真正面にある大きな窓の横、古い本棚の下段に並んだ本の奥から、事典や辞書のような分厚い本を取り出すとテーブルの上に置いた。
分厚い本の表紙を開くと中は本ではなく箱になっていて、その中にB5サイズの茶封筒が数袋と、束ねられた手紙が収められていた。
淡雪は茶封筒の中に手を入れ、数十枚の写真を取り出すと、テーブルに広げ、
「この写真は… 亡くなる前日に幸から私宛に送られた写真です… 幸は典子の異変を調べようとしていたようで、探偵を雇い調査を依頼し… これが… その報告書です…」
淡雪は、本棚の下から二段目の奥からバインダーに収められた調査報告書を取り出した。
「はぁ … 」
淡雪は、青息吐息で目頭を抑えた。
「報告書は私が説明しましょうか …」
八重弁護士は心配し、淡雪に声を掛けた。
「すみません… 八重さん…」
淡雪はバインダーを、八重弁護士に手渡した。
「探偵所の調査は、2008年の8月から始まっています。典子さんのご両親が亡くなる半年程前からになりますか… 全てお読みするには時間が掛かり過ぎますので、大切な所だけ… え ぇと… はい、見つけました。 典子さんは、毎週日曜日に教会に通われていまして、その教会で知り合った男性と親しくなり、不定期に教会外で限られたメンバーだけが集まり、夜間に行われるミサに出席するようになったと書かれていまして、この後、探偵が調べた夜間に行われているミサの様子が書かれていますが … 簡単に言いますと、俗に言う黒ミサと言われるもののようです。 その後、探偵の調査が始まってから4ヶ月後になりますが、典子さんは、このミサで知り合ったメンバーと海外旅行をしています。期間は14日間です… ちょっと… 前を… あっ、すみません…えぇっと… 」
八重弁護士は、テーブルの上に広げられている数十枚の写真の中から、調査報告書と照らし合わせ2枚の写真を取り出した。
「こちらですね… これと同じ写真が調査報告書に載せてありますが、左側の写真が出国前、右が帰国後になります。」
2枚の写真を見比べると、明らかに違いが解る、旅行前は健康的であった典子の顔色が血の気を失ったように青白くなり体型もかなり痩せている、とても不健康そうで、親であれば病院にいったら? と心配し声を掛けるのも当然と思える程に変わっていた。
「調査報告書では最後に、海外旅行先のアメリカで何らかの医療的治療を受けた形跡があると書かれていまして、幸さんは調査続行の依頼をしましたが、典子さんの調査を担当していた調査員が自殺し、調査資料等も紛失していると言われ、調査続行を断念しています。」
八重弁護士はそう説明をした。
淡雪が重たい口を開き、
「八重さん、有難う御座います、 幸は典子が海外旅行から帰国してから、典子を怖いと言うようになったようです… アメリカで何があったのか … 調査員の方が亡くなられ妹夫婦も死に資料も消えてしまった今とな っては … 」
淡雪は、肩を落とし首を左右に振り俯いた。
「典子さんを見ているしかないと淡雪さんは、そう考えておられます。」
八重弁護士が淡雪に変わり話した。
淡雪は小刻みに頷き、
「八重弁護士とは、否、八重弁護士のお父様とは数十年の仲でしてね、私の絵や人形を気に入って下さりまして、態々(ワザワザ)フランスまで私を訪ねて下さって、私達は年が近いですし話も合いまして、親友と呼ばせて頂けるような仲になりました。ですから、八重さんにも何を話しても安心しているんですよ…」
淡雪は悲しそうに微笑んだ。
「もう一杯、紅茶でも飲みましょうか…」
淡雪はキッチンへと向かい紅茶を入れて戻ると、それぞれのティーカップに紅茶を注いだ。
再び紅茶を飲み、一息ついた …
重たい空気が室内に流れる…
何か言わなアカン!
オドケるんや虹助!
虹助は自分にそう言い聞かせるのだが、言葉が出ない …
仕方ない…
ここは、屁でもして笑い取らな…
虹助が勢んだ、その時 …
「皆さん、お話ししても宜しいでしょうか? 私、思いつきましてね、私の人形達を虹助君の家の1階にある店舗で販売してみては如何でしょうか? 突拍子もない話しだと思われるかも知れませんがね、虹助君は人形作りを始めますでしょ、勿論、私は知っている事は何でも教えますよ、ですがね、此は私の嫌なところかも知れませんが… 知りたい事、聞きたい事を何も持たずに教えろと言われてもね、虹助君は何を知りたくて、何が解らないかが、私も掴めないのですよ、ですから、先ずはね、虹助君の思うままに作る、その上で虹助君の知りたい事を教え、私の知る限りの事をアドバイスするという形が一番良いのではないかと思いましてね、それにね、あの店舗はあのままにしておくのは可哀想ですよ、私の人形や人形達の洋服なんかも置いてね~こう~可愛らしく、そう!LUZIAさんの意見を取り入れてね、そうしたら素敵ではないかと思ったのですが… 如何でしょうか?」
頭の中には人形店が浮かび、淡雪はうっとりと想いの中に身を置いていた。
「虹助、どうする?」
LUZIAは、神妙な面持ちで考える虹助に聞いた。
ぷ ~ うぅ~
止めた筈の屁が漏れた。
「嫌だもぉ~虹助~ !もぉ~あははっ♪」
皆、一斉にゲラゲラ笑った。
「ハハハッ すんません… 出てもうて… あの実は… 俺も同じ事思っとったんですけど … 爺ちゃん人形売らしてや~言う訳にもいかんしって思ってたんです… 」
「あははっ♪じゃ、決まりね♪」
LUZIAは笑いながら言った。
キ~ン~コ~ン
淡雪の家のチャイムが鳴った。
「あ~ 面白い~ いえ、失礼しました。私が出ましょう…」
八重弁護士が笑いながら玄関へ向かった。
宅配業者が訪れたらしく、八重弁護士は大きな段ボール箱を3箱受け取った。
「すみませ~ん、虹助さん、お手伝い頂けないでしょうか?」
玄関から虹助を呼んだ。
「はい、今、行きま~す」
屁の功名だろうか?重たい空気は一変し、アットホームな空気に変わった。
虹助は玄関へと向かい八重弁護士と2人で重そうな段ボール箱を持ち、足並みを揃えてリビングに運んだ。
「淡雪さん、フランスから荷物が届きました…」
八重弁護士が淡雪に言った。
キィー キィーキィー
淡雪は車椅子を段ボール箱の側に寄せ、ビリビリとテープを剥がし箱を開けた。
ゴクッ …
虹助は何が入っているのかと緊張し唾を飲み込み、LUZIAも中を覗き込もうと箱の側に寄った。
淡雪は段ボール箱の中から、アンティ ーク人形や球体関節人形を、そっとゆっくり優しく取り出した。
「そうだ、この人形達を虹助君のお店で販売しましょう、今、展示している人形達も … そうだ、それが良い!」
淡雪は優しい笑顔を浮かべ、ニッコリと微笑んだ。




