カレはクール男子☆
教室にふたりきりなんだから、うれしくないと言ったらウソになるけど、
隣りにいる悠真は相変わらずクール。
みんなでいるときはそうでもないのに、ふたりきりになると話さなくなる。
プリントを抱えた先生が入ってきた。
「要点だけだから、そんなに多くはないよ」
さらっと言う割には何ですか、この量?
先生の本気が窺える。
「できるまで帰さない」
先生の声が地獄の鐘のように響く。
とはいえ、英語は得意のはずなんだ。
それがどうしてこんなことに……。
私は悠真をチラリと見た。やっぱり涼しげだ。
私も気を取り直してプリントに向かい合った。
だけど、やはりあの日が頭のなかをグルグル回り出す。
あの日……、運命の日……。
テスト前になんとはなく鉛筆を転がしていた私に凛々花の潜めた声が届いた。
「美琴が悠真に……!」
(告っただと!?)
一気に体が熱くなる。
夢莉が潜めながらも声を上げる。
「普段あんなにふわふわしてるのに。タイミングを窺ってたんだ」
「やられたねぇ~、オンナだねえ~」
「悠真にしても美織がタイプだったとはね」
「私はちょっと気づいてたけどね!」
「キザ男と不思議ちゃんかぁ…… って、玲奈、聞いてる?」
「えっ?なに?」
凛々花と夢莉め……、私の気持ちも知らないで。
「へー、美織と悠真がねえー」
笑い飛ばしてみせる私。
悠真と美織、クールなキザ男と不思議ちゃん……。
似合わない二人じゃないと思う。
映画やドラマでもありそうなコンビだ。
でも……。
私のほうが悠真のことを知ってる。
それに、好きな気持ちだって負けてない。
美織だけじゃなくて、誰にも負けない!
世界中の誰にも!
だけど、その気持をずっと言い出せないままだった。
みんな仲良しだから、この関係性が壊れたら・・と思うと。
だから全部、私の中だけのものだった。
私以外の誰も知らない、私の悠真への想い。
悠真との出会い、交わした会話、時折ふっと見せる無邪気で優しい笑顔、
らしからぬトボけた受け答え……。
思い出が駆け巡る。胸が苦しい。
私、こんなに、自分で思っているよりもずっとずっと悠真のことが大好きだったんだ……。
それは本当によくわかった。
だけど、おかげでテストが全く手につかな―い!
問題が見えない。名前を書いた記憶もない。返ってきた点数は無惨の一言。
ありえないケアレスミス、想定外に最悪。
更には今季から開始された補習つき。
そして赤点は私と悠真だけ。
そんなわけで先生はミニ授業をすると、私たちにプリントをやるように命じたのである。
椅子の背もたれに体を預け、手を頭の後ろに組んで窓の外を物憂げな表情で見ている。
先生だって帰りたいはず。これも生徒に対する愛なのだろう。
それは感謝するとして……。
私はその隙をついて悠真の横顔をチラリチラリと盗み見る。
ニッコリ笑う顔も好きだけど、何かに集中してる姿は更に輝きを増す。
シャープなフェイスライン、騎士のような美しさ。
そして可愛く並ぶキュートな3つのそばかす、私が一番最初に気づいた悠真の隠れた魅力。
これが全部あの美織のモノに……。
いや、美織もいい子だし。大事な友達だし。
だけど、だけど…………。
(美織も言い出せなかったんだろうな)
悠真のよきライバル雅紀も「水臭いよな」とは言っていた。
こっちだって知らん顔するのは限界がある。
きっとふたりは完全カミングアウトのタイミングを図っているのだろう。
だったらもう、早く言って欲しい……。
そんなことを思っていると悠真が顔を上げて鋭い目で見る。
目がバチッとあった。外せない。だけどこの流し目もイイ!
慌てる私。
「できたかなぁ?って」
「あー、うん……」
「終わったか」
先生が取りに来た。
「はい」
もう終わったんだ、全部……。
プリントを手渡すと先生は悠真を見た。
「すいません。オレはまだっす」
先生は再び簡単に解説してから時計を見る。
「まぁいいや。あとは調べて埋めてこい。休み明けに提出。いいな、完璧にしてこいよ」
「はい、あざっす」
悠真は頭を下げた。
こういう礼儀正しい所も好きだよ。
「気をつけて帰れよ」
先生が教室から去っていく。
「はーい、ありがとうございましたぁー」
悠真とハモる。
また二人きりの空間。
「玲奈、なんかあった?」
「え?」
「英語得意だったはずだろ?」
「うん」
「赤点なんて、何かあったんじゃないの?悩みなら聞くぜ」
気にしてくれてたんだ。
いつもさりげなく優しい悠真。
だけど今はその優しさが一番つらい。
「ありがと。大丈夫」
悠真はまたクールな表情に戻ってカバンを肩に担ぐ。
「明日のことだけどさ」
明日は休みですが……。
いつものオトボケだろうか?
こんな悠真も大好きなのだが、なんだか様子が違う。
「え、明日って?」
「休みだろ」
「どっか行くの?」
「え、メイプルランドじゃん」
そう言うと悠真は爽やかに笑い、サラッと髪をかきあげて、
さっさと教室を出て行ってしまった。
慌てて追いかける。
……てか、行くメンバーも知らないんですけど?
悠真は廊下で待っていてくれた。
追いついた私。
「で、誰来るの?」
「いつものメンバーだよ。まじで聞いてない?」
「美織も来るの?」
「来るよ」
逃げるわけにはいかないな……。
「ところで悠真」
「何?」
「ううん、やっぱ、なんでもない」
黙りこんでしまう私。
美織と別れて私と……!なんて言えるもんか。
こうなったら二人の幸せを祈るしかない。
祈るしかないんだ。
だけど、こんなことになるなんてね……。
「玲奈、この前からどうした?ほんと大丈夫?」
またそんなことを言う。原因作ったのはあんたでしょ!
「友達なんだぜ?」
トモダチ……。
背の高い悠真がちょっとかがんで私の目をじっと見つめる。
本当に心配してくれているんだ。
でも、言えない。
トモダチでもいい、ずっとそばにいて欲しい。
「ごめん、悠真、わたし、言えない」
「いやいや、ごめんごめん、無理に言わせようなんて気はないんだ」
悠真が私を気遣ってくれる気持ちが痛いほど伝わってくる。
だから泣いちゃいけない。
私は精一杯笑ってみせた。
「私は大丈夫!悠真こそ大丈夫なの?こんな赤点とっちゃって」
「まーな。だけど、オレの一番の悩みはそれじゃないんだ。努力じゃどうしようもない」
それきり悠真が黙りこんでしまった。並んで階段を降りる。
クールな人ほど実は悩みが深いという、これは案外深刻だぞ。
今度は私が聞く番だ。
「悠真の悩みも人に言えない系?」
「いや、オレの悩みは、言えるけど、誰にでもって、わけではない」
「私にも言えない?」
悠真は立ち止まった。私も立ち止まった。踊り場だった。
ステンドグラスから光が差し込む。
「むしろ玲奈にしか聞いてもらえない」
他でもない、大事なトモダチである悠真の悩みだ。
私がしっかり聞いて、答えてあげる。
世界一の応援団として。
「なんでも言ってごらん!」
私は芝居がかった態度で薄い胸を張ってみせた。
「玲奈はさ、雅紀と付き合ってるんだよな?」
「えっ……?」
「雅紀は確かに、とてもイイ奴だ。ルックスもいいし、スポーツも得意。
勉強は俺なんかよりずっとデキる。」
「だからオレは二人をずっと見守って幸せを祈りたいとマジで思ってる。」
悠真は私の両肩を持って、そして目をしっかりと見据えていう。
「だけど俺だって、俺だって玲奈のことが好きなんだ!」
「ちょっ、悠真……」
「ものすごくバカなことを言ってるのは自分でもわかってる。
だけど、だけど、俺は玲奈をこのまま諦められない!!」
こ、これはどういう夢だ?
いや、夢じゃない。
私のカラダは熱く汗ばんでいく。
しかし、クールな悠真がここまでの情熱を見せるとは……。
「私、つきあってないよ」
「えっ」
脳裏に浮かんだある可能性を考慮しながら私は努めて冷静に、まずは深呼吸してから言った。
「美織は?」
悠真の胸を押して離れる。そしてしっかりと向き合った。
「悠真は美織と付き合ってるんだよね?」
「ミオリンと?」
悠真と目が合う。
「だよね?」
「え?誰と?」
「悠真と……」
「俺と誰が?」
「美織だよ」
「誰がそんなこと?」
「凛々花と夢莉」
真顔だった悠真に笑顔が浮かぶ。
「あいつらぁー!!」
私も笑った。
凛々花と夢莉、そして美織のしてやったりの表情が目に浮かぶ。
でも、ものすごくうれしい。
「俺が好きなのは玲奈だけだよ。中学の時からずっと」
大好きな悠真が大好きな笑顔で見つめるから、
ほんとにもうドキドキしてしまって、私は思わずクルリと背を向けた。
「ほ、本当にわたしのこと、す、き……なの?」
「大好きだよ」
即答されて胸が高鳴る。
悠真が言う。
「玲奈は好きな人、いるのか?」
私は悠真のほうを振り返った。
「大好きな人がいるよ、ずっと前から……」
そう言ってから指差した。
ふんわりとした悠真の優しい香りに包まれる。
ギュッと腕を回されるから、私もギュッと悠真の胸に顔をうずめる。
「大好きだよ、悠真。いつだって」
悠真の熱が私のカラダに伝わってくる。
私の熱もきっと伝わってる。
手を繋いで校門を出てきた私達を凛々花、夢莉、
美織、雅紀、隆史達が待ち構えていた。
「おめでとー!」
「お前らなあー!」
「明日は二人で行っといで!」
そうやってみんなを代表して凛々花と美織がチケットをくれた。
大人気のテーマパーク型遊園地『メイプル対応ランド』の特別優待券だ。
「ありがと、みんなありがとうね!」
「泣かない泣かない」
「ほんとにもう、まどろっこしいんだから」
スタージェットで思いっきり悠真にしがみついた後、観覧車で寄り添う。
ゆっくり上昇する景色を二人だけで見つめる。
「あ、そういえば課題やった?」
「完璧!先生をびっくりさせてやるさ」
「うふふ」
付き合い自体は長いのに初めてのことだ。
トモダチ期間が長かった私達だから、その感覚が染み付いている。
それは悠真も同じだろう。
「俺って、キザとか言われて、見かけは肉食っぽいけど、中身は草食なんだよなあ」
悠真が私の肩を抱く時、(長い間待たせてごめん)そんな気持ちが感じ取れた。
私は悠真の肩に身体を預けた。
わかってる。時間がかかったのは大事にしてくれてたから。
「どんな悠真も大好きだよ」
てっぺんに到達した観覧車。天空のふたり。
その静かな空間に柔らかいオレンジの光が差し込む。
微笑んだ悠真と私の唇が重なる。
温かくて柔らかな、私達の初めてのキス。
「これからもよろしく頼むぜ」
「こちらこそ」
観覧車は地上へと舞い降りてゆく。ゆっくりと。
玲奈と悠真、いつまでもお幸せに!!
みんなの大事な青春、めいっぱいきゅんきゅんしちゃってね!!
夢とハッピーの『メイプル対応ランド』、絶対行ってみたいよね!
また会おうぜっ!